ひどい自己紹介
「えっと……ユミリア・レイストといいます。よ……よろしくお願いします」
異様な雰囲気で始められた自己紹介。
ニラフ教官に指名された新入生が、カチコチになりながら自身の名を述べていた。
「ふーむ、なるほど。レイスト家ですか……」
その自己紹介を受けて、ニラフ教官がメモ帳を確認しつつ呟く。
「ということは、ユーラシア殿の娘さんでしょうか? 第一魔導士隊隊長の……」
「は、はい、そうです……! 私の父上は、魔導士隊の隊長を務めておりまして……」
「なるほどぉ、そうですか!」
なにを思ったのか、ニラフ教官はぱっとメモ帳を閉じ、はにかんだような笑顔を浮かべる。
「国を背負って立つ魔導士隊隊長! そんな高貴な血を受け継いでおきながら、あなたはここEランクに入ってしまったのですね⁉」
「…………っ」
痛いところを突かれたのだろう。
ユミリアがしゅんとした表情で俯いてしまった。
「ふふ、大丈夫ですよ。ご安心なさい。あなたのような無能でも、ある程度は使えるように訓練するのが私の役目。少なくとも仕事には就けるようにしてあげますから、どうぞ大船に乗った気でいてくださいな」
「は、はい……。ありがとうございます」
そう言って、やはり俯いたまま着席するユミリア。
ここからはその表情を伺い知ることはできないが、相当に精神的なダメージを負ったことは……想像に難くなかった。
どういうことだろう。
偽物の勇者として迫害されてきた過去と、彼女の辛そうな表情が――妙にリンクしてしまった。
(……ちょっとレクター、もしかして怒ってる?)
隣に座るレナスが、肘で突っつきながら呟いてきた。
(なんだよ。もしかして焼きもちか?)
(当たり前でしょ。レクターが他の女の子のことを考えてるなんて、なんだか許せないもの)
(はいはい……)
こんなときでも《いつものテンション》を崩さないレナスに、俺は小さく肩を竦めた。
(怒ってるわけじゃないさ。ただ……明らかに妙だからな)
(そっか……。やっぱりレクターも感じたのね)
そう。
いまニラフ教官にさんざん罵倒されたユミリアは、潜在的な能力で言えば、かなりの見込みがある。
体内に巡っている魔力量は相当なものだし、それをうまく扱いさえすれば、あのクロエにも引けを取らない実力者になれるだろう。
しかしながら、総魔力量が多いということは、それだけ「魔力を扱いづらい」という欠点も存在する。
要は自分で自分の力を使いこなせていない状態だな。
それさえ改善することができれば、クラスAの生徒など軽く飛び越えてしまえるほどの才能を持っているはずなんだが――
「…………」
相当に悔しい思いをしたのか、ユミリアの表情は依然として暗いまま。
そのまま泣き出しそうな勢いだ。
にもかかわらず、ニラフ教官はそれを気にする様子もない。むしろユミリアの自尊心を傷つけられたことを、どこか快楽のように感じているようだ。
――やはり、きな臭いな。
当初は目くらましのために学園に入っただけなんだが、もしかすれば――なにか重要なヒントを得ることができるかもしれない。
「――さて、それでは次は……」
そこまで考えを巡らせたところで、ニラフ教官が次の新入生を指名した。
ユミリアのときと同じく、自己紹介をした生徒に対し、なんらかの皮肉でもって返答し続けている。
気のせいかもしれないが、ユミリアのように才能ある生徒にのみ、やたら口調が強かったようにも感じられる。
そして。
「さて。それでは次は――」
ニラフ教官は、そこでなぜか一瞬だけ表情を強張らせると。
「レクター・ブラウゼル君。自己紹介を頼めるかな」
「……はい」
正直こんな奴の言うことなど聞きたくないんだが、これでも一応、新入生の身。
目立ってしまってはなんの意味もないので、ここはおとなしく言うことを聞くことにする。
「レクター・ブラウゼルです。なんだか初日から暗い雰囲気ですが……どうもよろしく」
「ほぉ……。ブラウゼルということは……マシュー先生のご子息かな」
そこでニラフ教官の目がギラリと光ったのを――俺は見逃さなかった。
ちなみに《マシュー》というのは、俺の父の名だ。
「なるほどなるほど……。《偽物の勇者》の名を自分の息子につけるとは……ブラウゼル先生も、なかなか変わった趣味をしているようだね」
「ええ。初日から生徒をいじめる教官と、いい勝負をしていると思います」
「…………」
そこで眉をひくつかせるニラフ教官。
――まあ、こちとら前世も含めれば、新入生らの二倍は生きている。嫌味のひとつやふたつ言われたくらいで動揺するほど、清純な心は持ち合わせていない。
「……ぷぷっ」
隣のレナスが肩を震わせていたが、それは無視することにした。
「なるほど……言ってくれるじゃないか。さすが特待生なだけはある」
「それはどうも」
「しかし……勘違いはしないでくれたまえ。君はある理由で合格となっただけで、本来は不合格だった人間だ。従来の試験においては、そもそも入学さえできなかった人間――それが君だよ」
「へぇ。どんな理由があったんですかねぇ」
「…………」
動じずに聞き返す俺に対し、ニラフ教官はつまらなそうに顔をしかめる。
こちとら、前世で散々迫害されてきた身だ。
この程度の悪口、正直どうってことない。
「ふん……。採点の詳細は答えられない。教えるわけにはいかないね」
「そうですか。ま、それならそれでいいんですけどね」
……正直気になるところではあるんだが、こいつから教えてもらうのも癪だからな。適当にあしらっておくことにした。
「レクター・ブラウゼル……。やはり要注意人物か……」
「はい? なにか言いましたか?」
「ああ、いや。なんでもないよ」
ニラフ教官はそこで爽やかな笑みを浮かべると、
「時間を取ってすまなかったね。さあ、次の自己紹介は――」
と言って、次の新入生を指名するのだった。
★
一時間後。
「――さて、以上で今日のオリエンテーションを終了とします。皆さん、お疲れ様でした♪」
ニラフ教官は爽やかな笑みとともにそう述べると、ぺこりと頭を下げ、教室を後にしていった。
「…………はぁ」
「俺、この学校でうまくやっていけるかな……」
ニラフ教官に精神をズタボロにされた新入生たちが、文字通り真っ暗な表情でうつむいている。華のある学園生活であるはずが、急転して嫌な雰囲気になってしまったな。
「よし! じゃあレクター、帰ろ♪」
「…………」
そんななかでも、レナスは相変わらずの明るさを誇っていた。
――レナス・カーフェ……。聞かない名ですねぇ――
――試験ではギリギリ合格だったようですが、一応、ウチは名門校ですよ? 高貴な血を引いてるわけでもないですし……ついていけるかどうか、楽しみですねぇ――
――はい! ありがとうございます!――
という頓珍漢な回答をしたことで、ニラフ教官の追随から見事に逃れていた。
メンタルのタフさは健全だってことだな。
「……そうだな。帰るとするか」
俺も席から立ち上がり、教室から出ていこうとする。
――が、その前に俺には気になることがあった。
『ラウ。聞こえるか』
『……は。こちら《月詠の黒影》ナンバー3、ラウです』
俺が遠隔魔法を飛ばすと、向こうからの返答が届いてきた。
ちなみにこの遠隔魔法というのは、わかりやすく言うなればテレパシーのようなものだ。
喪失魔法のひとつであり、現代では失われてしまった魔法でもある。
ただ習得自体は難しくないし、《月詠の黒影》に加入したメンバーにはほぼ全員覚えさせている。こういうことができるのも、|転生者(不正使い)の利点だよな。
『どうだ。ミューラ地方の様子は』
『はっ。いたって平穏であります』
ラウ・ツァオエル。
俺がナンバー1で、レナスがナンバー2。
そしてこのラウが次のナンバー3だ。言わば俺たちの次に《月詠の黒影》に入った人物だな。
元はスラム街に暮らす孤児であり、すれ違いざまに俺の財布を盗ろうとしたのが最初の出会いである。
その俊敏な動きと、魔法による才能も高いことから、財布を奪い返しつつ《月詠の黒影》に引き入れた。
最初こそ戸惑っていたものの、いまでは俺を命の恩人と慕ってきており――
いわばまあ、そこそこ使える部下ということだな。
『ラウ。至急、頼みたいことがある』
『なんなりと』
『サクセンドリア士官学校の新一年生、ユミリア・レイスト。こいつの動向を追ってくれ』
『はっ。承知しました』
これだけ言えば、ラウなら依頼の意図を察してくれるだろう。
俺は短く返事をして、ラウとの遠隔魔法を終えた。
「そっか。やっぱり、そういうこと?」
レナスも俺の考えていることがわかったんだろう。
やや神妙な表情で訊ねてきた。
「ああ。俺たちを狙う魔族の気配がする。とりあえずは普通の学生を演じつつ、警戒だけは怠るな」
「りょーかい」
小声で言う俺に対し、同じく小声で返事するレナスだった。
本日9/23、本作のコミカライズが各種サイトにて電子単行本化しています!
漫画家さんが超面白く描いてくださったので、ぜひともお読みくださいませm(_ _)m




