極めて健全な関係
三年後。
俺とレナスは15歳になった。
働きに出るか、もしくは学校に通うか。その選択を迫られる年齢でもある。
前世の俺は進学を選ばず、《勇者》として活動する道を選んだ。魔族の侵攻が進んでいた時期でもあったし、学校よりも実戦で学ぶべきだと判断したためだ。
では、今生ではどうすべきか悩んでいると……
「学校がいいんじゃない?」
とレナスがさも当然のように言ってのけた。
「表では冴えない学生、裏では秘密結社《月詠の黒影》の幹部……。ああ、とってもそそるじゃない~♪」
帝都サクセンドリア。その喫茶店にて。
苺のショートケーキを頬張りながら、レナスが目を輝かせて言った。
「なるほど。それもそれで悪くないかもな」
「でしょ~♪」
どういうわけか、俺とレナスはウマが合った。
お互い、自分のことはあまり話さないし、レナスの素性もよくわからない。
彼女が身体をくっつけてくることもあり、よく恋人と間違われることもあるが……一線を越えたことは一度もない。至極まっとうな、とてもとても健全な関係性といえた。
むろん、それもレナスが「俺に合わせているだけ」の可能性もあるんだけどな。
それでも構わないと……俺は思い始めていた。少なくともこいつは、あのクロエよりは信頼できると。
ちなみにこの三年間は、《月詠の黒影》の勢力拡大に力を注いだ。
いくら俺が不正の力を手に入れているとはいっても、さすがに二人で魔王を倒せるとは思えない。だから勢力を拡大しつつ、俺やレナス自身も、より力をつけるための期間とした。
おかげで、現在のミューラ地方はなかなかに賑わっている。
《月詠の黒影》という中二めいた組織名も、それなりに知名度が高まってきたところだ。
その意味でも、進学という選択肢は悪くないかもしれないな。いまレナスが言ったように、まだ乳臭い学生ごときが、有名な秘密結社の幹部だとは誰も思うまい。
幸い、現世の両親は金をたくさん持ってるしな。その意味でも、進学することはまったく困難ではない。
「わかった。では進学するとしようか。サクセンドリア士官学校に」
「えへっ♪ 学校でも同じクラスになれるといいねー」
「ああ。そうだな」
妙にテンションの高いレナスに、俺は肩を竦めて答えるのだった。
★
入学試験の当日。
サクセンドリア士官学校。その試験会場にて、俺とレナスは集まっていた。
俺自身は初めての入学にはなるものの、実はクロエ――前世の「偽りの恋人」――が士官学校の卒業生だった。だから彼女自身から、ここがどういう学校であるかは聞いている。
いわく、最強の剣士候補が集う場所。
いわく、最強の魔術師候補が集う場所。
いわく、有能な技師たちの集う場所。
魔族や隣国の脅威に備え、優秀な若者を育てるのが基本理念だ。
入学には莫大な資金が必要になる他、帝国でも難関とされる《試験》に合格しなければならない。筆記、剣技、魔術……その合計点を競うことになるのだとか。
だが。
――この試験がね……なんか奇妙なのよね――
前世において、かつてクロエはよくそう言っていた。
実力を測るための試験ではなく、“高得点を取る”ための試験になっていると。
「クター? レクター?」
「ん……?」
そう物思いに耽っていると、ふいにレナスに声をかけられた。
「まーた違う女の子のこと考えてたでしょ。私というものがありながら、しくしくしく……」
そう言ってあからさまなウソ泣きを決め込むレナス。
「はいはい、悪かったよレナスお嬢様」
言いながら頭をぽんぽんしてやると、
「うむ。わかればよろしい」
と満足げに胸を張った。
「なんだあの二人……ベタベタしやがって……」
「ちくしょう。あの子可愛いじゃねえか……!」
「……でも、あの男の人もかっこよくない? どこかのお貴族様かしら」
当然ながら、こうしてベタついている俺たちはとても目立つ。
謎にベタついてくるレナスは、歳を重ねたこともあり、また色っぽくなったしな。
とても可愛らしいふわふわなピンク色の髪に、白く透き通った肌。それでいて女性らしい膨らみは目を見張るほどに大きく――まあ一言でいえば、オトコ好みの外見をしているわけだ。
白やピンクといった可愛らしい色合いを選んでいるのも、おそらく周囲ウケを狙ってのこと。いわゆる清楚系ビッチである。
「……なんかいま、余計なこと考えてたでしょ?」
「フフ。さて、どうかね」
――そして妙に勘が鋭いのも、この女の特徴だった。
「大丈夫よ。私はレクターにしかなびかないから♡」
「そうか。それは光栄だな」
俺は苦笑とともに肩を竦めると、やや声量を落として言った。
「……それより、覚えているな? 試験についてだ」
「もちろんよ♪ 絶対に本気を出さず、なるべく最下位を狙え……だったわね?」
「合格だ。誰にも《月詠の黒影》の人間だと思われないように振る舞う――それが入学の動機だからな」
間違っても喪失魔法なんぞを打ってはいけない。
魔族やベイリフに目をつけられてしまうのが目に見えているからな。
「うんうん、わかってるわよ。なるべく最低クラスに入って、二人でラブラブ学園生活を送ろうね♡」
「ふむ。それでよし」
ニヤリと笑いながら答える俺だった。




