第8話『彼女の決意・覚悟の昼』
「……わかりました」
私がその言葉を紡ぐのに、どれだけの時間が経っていたのかは分からない。
それだけの時間、悩んでしまっていた。
正直、怖かった。
忘れていたはずの過去を、唐突に思い出すことが。
だけど、一時的にでも忘れることが出来れば。
そう思ったのだ。
「分かりました。それでは、契約は成立ということでよろしいですね? さて、それでは詳しく説明していきますね」
彼女はそう言って、持っていたバッグからファイルを取り出し、その中にファイリングされていた紙の中から一枚を抜き取った。
「これが料金表となっていますのでご確認ください。料金は【カーネーション】の質と量――つまり、忘れたい記憶の過去と期間で分かれています。また、現段階では一週間単位でしか操作できませんが、そこは理解をしてくださいますようにお願いします」
彼女の見せてくれた紙は、上と下で分かれていた。
上の方には縦と横の照らし合わせによる簡単な表が書かれていて、下の方にその料金が記されていた。
私の場合だと、二週間前のことを忘れたいから、二週間前の一週間の記憶の分、ということで……『B‐1』かな?
「また、過去の例から言わせてもらいますが、忘れたいと思ったのが一ヶ月前だった場合、その一ヶ月の記憶をまるまる忘れた方が良いみたいですね。確かに値段は上がりますが、悩んだりして思い出していた場合ですと、それがきっかけとなって思い出すという例がいくつかありましたので。どうするかはあなたの判断に任せますが」
彼女はそう言って立ち上がると、私に飲みたい物を聞いてからドリンクバーの方に取りに行ってしまった。
忘れたい記憶のある部分だけを忘れる『B‐1』は8000円、その時からの記憶をまるまる忘れることが出来る『B‐2』は12000円となっていた。
確かに少しだけ迷うような金額差だった。
だけど、思い出す確率が少しでもさがるなら、4000円はしかたないのかもしれない。
そう、思った。