第7話『彼女の迷い・戸惑う昼』
私が【カーネーション】という『薬』について知っていることは、そんなには無い。
それを飲めば人の記憶を消すことが出来る、ということくらいだろうか。
そもそも、最初に知った時は半信半疑だったし――まぁ、それは今でも変わらないけど、それでもその可能性に縋りたかったという、ただそれだけのことなのだ。
だから、私はこれから自分が飲むだろう『薬』について何も知らないし、本当にそんなことが可能なのかも分からないのだ。
私が思ったままの心境を伝えると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「そうね……。その認識は、そんなに間違ってはいない、です。それに、その不信感も当然と言えるでしょう。ですが、【カーネーション】は、人の記憶を消せるわけじゃないの。ただ、忘れさせることが出来るだけ……」
「……でも、記憶を忘れるのは、消えることと変わらないですよね?」
私の言葉に、彼女は首を横に振った。
「違うわ。忘れるのと消えるのとでは、まったく違ってきます。それに、消えた記憶は戻らないけど、忘れた記憶は思い出す可能性があるわ……」
その言葉に、私は固まってしまった。
それはつまり、たとえ忘れることが出来ても、未来永劫忘れ続けることが出来るわけではないということなのだろう。
何かの拍子に――ふとしたきっかけで、思い出してしまうかもしれないと、いうこと。
「忘れてしまうことが出来ても、それは消してしまうことと同じではありません。何かの拍子に思い出すかもしれません。そこは、ご了承いただかないといけませんから」
彼女はそう言って、私が答えるのを促すように、真剣な瞳で見つめつづけた。