第3話『彼女の過去・眠れぬ原因』
最初は、それが何を意味するのか分からなかった。
こういうのを気配で起きた、なんて表現してもいいものなのかは分からない。
だけど、目が覚めた私は、それがまだ朝ではないということに気付いて、ただびっくりしていた。
普段なら、少なくとも目覚ましが鳴り響く7時頃まで起きることはない。
そんな私がまだ部屋が暗いうちに起きるというのは、なんだか変な感じだった。
だけど、それを思うのと同じように、不思議なことに気が付いた。
寝ていた私の上に、人がいたのだ。
ぼんやりと見えるその顔は、もちろん、知らない人ではなかった。
いや。よく知っている人だった。
そこには、自分の手を支えにして、私に覆い被さるようにする、お父さんの姿があった。
ただ、いつもとは違う、荒い息づかいで。
目が、怖かった。
たぶんそれは、本能的な恐怖だったのだろう。
ただただ、いつもと違うお父さんの姿が、恐かった。
「おとう……さん?」
なんとか出てくれたその言葉は、掠れてしまって、本当に発することが出来たのか、分からなかったし、お父さんはそれでも、私の上で荒い息を繰り返すだけだった。
「―――」
ふいに、小さな声がお父さんの口から漏れた。
それはあまりにも小さくて、その上震えていて、ちゃんと聞き取ることが出来なかった。
だけど。
それが始まりを告げたらしく、お父さんの体がゆっくりと動いた。
悲鳴は、あげなかった。
いや、叫ぶことが、出来なかったのだ。
恐怖が、言葉を封じてしまっていた。
私に出来たのは、目を瞑ってただひたすらに耐えることだった。
感覚を遮断できたら、どんなに良かっただろう。
そんなことを考えた。
終わった後、お父さんは無言のまま、部屋を出ていったみたいだった。
ただ、それだけだった。
次の日からは、またいつも通りだった。
厳しくも優しい、私のことを心配してくれる、いつものお父さんだった。
夢だったんじゃないかと、何度思っただろうか。
夢であってほしいと、何度願っただろうか。
でも、あれは間違いなく現実で、あれから一睡もすることが出来なくなったのだから。
寝てしまえば、繰り返されるような気がしたのだ。
それが、怖かった。
そうなることが、恐ろしかった。
そんな思いが、私を眠れない体にしてしまったらしい。
そうして、何もなかったフリを続けてしばらく経った頃。
彼女のことを――【カーネーション】の存在を知った。
あれからも、私以外はいつも通りで。
だから私が忘れればそれで済むのだと、そう思った。