第2話『彼女の思い・眠れぬ夜』
それを私が知ることが出来たのは、たぶん偶然だったのだろう。
ただ、その偶然は逃すには余りに惜しい気がした。
だから捕まえた。
それだけのこと。
電話を切った後に広がるのは恐怖と罪悪感。
記憶を消すというのは、過去の否定であり、そして、それはそのまま自身の否定だ。
彼女との電話中、声が震えているのが自分でも分かるほどだった。
イズミ、と本名を名乗ったのは罪悪感からくるものなのかもしれない。
明日という急な注文は彼女は迷惑に感じただろう。
だけど、早く忘れてしまいたかった。
その思いが、記憶を消すことへの恐怖を上回っていた。
明日が待ち遠しい。
それは確かに偽らざる今の心境だった。
しかし、それとは同時に明日が来ないことを願う自分がいるのも確かだった。
今更だが、本当にこんなことに手を出しても良いのかという思いもあった。
だけど、忘れてしまいたいという思いは強く、その気持ちを覆すことは、やはり無さそうだった。
布団に入って横になる。
……今日も眠気は襲ってこない、か。
あの日から眠ることへの恐怖というモノがあるのか、眠ることが出来なくなっていた。
目を瞑って、ただぼんやりと過ごす。
そうすることで目と脳を休ませ、少しでも睡眠と同じ効果を得るようにする。
それがここ数日のうちに私の日常になっていた。
人は睡眠を取ることで体と頭を休ませる。
そうしなければ、人は生きることが出来ないのだそうだ。
しかし、体を休め、頭を休めることが出来れば、睡眠は必須というわけではないらしい。
実際、そうして眠らずに生活する人もいるという。
だから私も眠れなくなってからはそれを実践するように心掛けているのだ。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、また今日も一日が終わり、始まっていく。