第二部5話『始まりの仕事・商売の源泉』
木曜日、放課後。
今日も特に何事も無く授業が終わり、待ち合わせ時間まで少しあったのもあって、一度家に帰って軽くシャワーを浴びてから待ち合わせ場所に向かう。
少し遅くなりそうだからさすがに制服のままだとあれだし、今日は体育があったから汗も流したかったというのもある。
「……おまたせ」
私の声に振り向く待ち合わせ相手。
まだ約束の10分前だというのに、当たり前の顔して待ってる彼女は、一体どれくらい前に来てたんだろう……。
「……遅かったね」
「まだ時間前でしょ? むしろ、あんたが早過ぎ」
「そう? 普通だよ」
あんたが普通を語るな。
ほぼ確実に『騙る』になるから。
というか、なんでコイツは制服なんだ。
「……まぁ、言いたいことは分かるけど、事情ってモノがあったんだよ」
「はいはい。じゃ、とりあえずあんたの家にいこっか。着替えなきゃ、でしょ?」
「ん」
私が歩き出したのに従うようにしてついてくる。
……どこのひよこだ。
気安い友達、なんて言い方は何か間違ってるような気もするけど、彼女を指す言葉としてはそれが適当かもしれない。
親友、と言えるほどに仲が良いという訳ではないけど、私の仕事――【カーネーション】の売人であることを知っているうちの一人。
みんなが恐れて近づかない中で、なにも気にせずに近付いてきて話が出来る理由は、たぶん彼女自身が元々はお客様だったからだと思う。
最初の頃――忘れる記憶を少しずつ調整できるようになってきた頃に、私から【カーネーション】を買っていった、『最初のお客様』。
『実験』として繰り返していた私に、『商売』としてやっていくという入れ知恵を与えたのが、彼女だった。
もちろん、【カーネーション】を使う直前に話したようなそんなことは、次に会った時にはすっかり忘れちゃっていたけどね。
でも、同じ学校に通っている彼女を無視することも、あの頃の私には出来なかった。
まぁ、観察対象でしかなかったのかもしれないけど。
そうして外では『実験』を繰り返しながらも、学校にいる間は彼女のことを気にするようにして過ごしていた。
そうしている内に、気がつけば彼女の記憶は戻っていた。
いつ、どんなときに思い出してたのかは教えてもらえなかったけど、急に私のところに来たかと思えば、思いっきり頭を下げて感謝された。
ありがとう、と。
おかげで心に整理をつけることができるようになった、と……。
それが、始まり。
私が今の仕事をするようになった、きっかけだった。
「――どうしたの、ぼーっとして?」
その声に気付くと、私の顔を下から覗き込むようにして首を傾げる彼女が見えた。
「……あぁ、うん。ごめん。なんでもない」
「そう? ならいいけど」
それだけ言うと、彼女は何事もなかったような顔をして、いつの間にか止まっていた私の先を歩き出した。
先輩のことだけで頭がいっぱいで、周りに目を向けられなかったあの頃、彼女と出会わなければすぐに警察に捕まって、それで終わっていたと思う。
もう少しで、あの時から続いてた全部が終わる。
忘れていたモノを思い出させることが出来るようになる。
だから待っててね、先輩。
あと少しだけだから……。