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【カーネーション】  作者: 神崎慧
第一部
2/21

第1話『全ての始まり・未来の源泉』


「ふぅ……」

 私は電話を切ってから、深くため息を吐いた。

 だんだん慣れてきたとは言え、普段使わないような敬語のおかげで精神力が極端に削られる。

 まぁ、それも仕事上仕方ないんだけど。

 私の仕事は【カーネーション】を売ることだ。

 1本5000円もする私の【カーネーション】には、もちろん秘密がある。

 麻薬。

 まだ見つかってないから、薬の方が良いのかもしれないけど。

 どっちにしても、見つかれば確実に麻薬に分類されるだろう薬が、【カーネーション】の茎の中に仕込まれているのだ。

 その薬自体が見つかっていなくて麻薬にも分類されていない今は、それを売るのを犯罪と呼ぶのは難しいだろう。

 それに、見つかったとしても、薬事法違反で課せられる罰金が精一杯だと思う。

 合法とも非合法とも言えないこの【カーネーション】が見つかっていないのは、それを売っているのが私だけだからというのが大きいだろう。

 逃げ道はいくつも用意しているし、切り札もある。

 だから私は、この2年間捕まったことはなかった。

 そして、それはこれからも変わらない。



 2年前。

 私がまだ高校生になって間もない5月。

 科学探求部という変な名前の部活に所属していた私は、その中で花の配合を行っていた。

 そのとき、私はこの麻薬の作り方を知ったのだ。

 偶然という言葉が当てはまる。……そんな発見だった。

 どの花を配合させたのか、なんていう液体を使ったのかは企業秘密ってことで伏せるけど、たまたま出来たものだった。

「珍しいのが出来たじゃないか」

 よくやったな、と言って笑いながら私の頭を撫でてくれたその先輩が、最初の犠牲者だった。

 その真っ赤になった花を持ち上げて、眺めたり、香りを楽しんでいた。

 そのとき。

「……ぅ……ぁ……っ!? ……うあぁぁぁあぁぁっ!?」

 小さく呻いたと思うと、次の瞬間に叫び声をあげた。

 そのまま倒れて、床の上を叫びながらのたうちまわる。

 このときは休日で、部室にいたのは私と先輩だけ。

 私は、ただ混乱するしかなかった。

 何が起こったのかわからなくて、ただおろおろとしながら歩き回った。

 どれくらいそんなことが続いたのか分からない。

 私が気付くと、教室は静けさを取り戻していて、先輩は気を失っていた。

 そのおかげかは分からないけど、落ち着きを取り戻していた私は、先輩の手に握られている花の存在に気付いた。

 真っ赤な、思わず血を連想してしまうような色をした、そんな花。

 その花の香りを嗅いだ先輩が、おかしくなってしまったのだ。

 それはつまり。

「……私の、せい……?」

 ズキンッ。

 胸が苦しい。

「私が作った花のせいで、先輩は……」

 ズキンッ。

 息が荒くなっていくのが自分でも分かるほどだ。

「私が……せん……ぱいを……」

 ズキンッ。

 胸を押さえながら後ずさる。

 ズキンッ。

 この場所から逃げ出すように。

 ズキンッ。

 現実から目を背けるように。

 ズキンッ。



 その後、先輩はすぐに目を覚ましけど、忘れちゃってた。

 その日、何が起きたのか。

 今までに何があったのか。

 私のことも、自分のことも。

 何も、覚えていなかった。

 すべて、忘れちゃってた。

 私はそれからすぐに救急車を呼んで、先輩を病院に運んでもらって、色々な検査をしてもらったけど、原因不明の記憶喪失なのだということだけ、告げられた。

 私が花のことを言っても取り合ってもらえず、先輩はそのまま入院した。

 花のことを誰に話しても無駄だった。

 そんなことがあるはずがない、と一蹴されるか、お前のせいじゃない、と勝手に同情されて慰められるかのどちらかだった。

 医者も警察も探偵も、学校のみんなや先輩の家族も。

 誰も真剣に聞いてくれなかった。

 誰もアテになんて出来ないのだから、自分でやるしかないのだ、と。

 自分で調べて、先輩を治すのだ、と。

 そう思った。



 先輩を治すために手段を選ばないことを決めた。

 先輩を助けるための最短距離を進むことを決めた。

 だから私は、【カーネーション】を作って売り始めた。

 そして、それを使った人の様子を観察しながら、少しずつ改良していった。

 そのおかげで、最初の頃とは違って一回ですべてを忘れる人はいなくなった。

 それどころか、今では一週間単位で消せる記憶の幅を調節できるようになった。

 そして、消した記憶を戻す方法も、少しずつだけど分かってきている。

 もうすぐだ。

 もうすぐ先輩の記憶を取り戻せる。

 そうしたらきっと、今まで犠牲にしてきた人の記憶もちゃんと治すから。

 だからね、先輩。

 全部がちゃんと終わったら、私のこと、許してくれる?

 また、いつもみたいに笑ってくれる?

 今までみたいにほめてくれる?

 私は先輩が好きだった。

 だから先輩に戻ってきてほしい。

 それがワガママなのは分かってるつもりだ。

 だけど、それはおかしいことなの?

 好きな人と一緒にいたいと思うのは、そんなに変なことかな?

 私はそうは思わない。

 だから私は、今までこの仕事を続けてこれたのだから。

 悪いことは忘れてしまえばいい。

 そんな考えを持った人を犠牲にしてこれたのだから。

 あと少し……。

 もうすぐ先輩を治すことが出来る。

 だから、私は捕まったりはしない。

 せめて、先輩を治すまでは……。



 時計を見ると、もうすでに夜の11時を過ぎていた。

 そろそろ寝よう。

 明日も仕事があるのだから。




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