第二部2話『彼の想い・振り切る事実』
アドレス帳を開くと、登録したデータのまま、それは残っていた。
それを見つめながら考えるのは、心を護れなかった彼女のこと。
もし、この事故を忘れさせることが出来れば、彼女はあの頃に戻れるかもしれない。
あれから見れていなかった――心の底から笑った――本当の笑顔を、取り戻せるかもしれない。
だけど――俺の身体は、元通りとは、言えない。
あの頃と同じではないこの身体から――好奇心旺盛な彼女は――たぶん、事実にたどり着いてしまう。
そのとき、彼女は忘れていた自分を――許すことが、出来るだろうか。
答えは、否――だろう。
それなら――。
そこまで考えて、怖くなった。
その考えは、たぶん、自分の否定だ。
いつの間にか、彼女といることが当たり前に感じるまでになっていることに、少しだけ苦笑してしまう。
それでも。
もし、彼女が俺のことを忘れれば――付き合っていたという事実だけではなく、最初から――出会ったあの頃からのことをすべて忘れてしまえば。
彼女の中から、俺という存在を消して――いや、最初から無かったことにしてしまえば。
そうすれば、あの頃との共通点を見つけることは、出来なくなる。
そうすれば、あの頃と変わりのない彼女に戻ってくれるかもしれない。
もしかしたら、俺と付き合っていたという事実を忘れてしまえば、他の誰かと付き合いはじめるかもしれない。
それは、嫌だった。
想像するだけで身体が――心が震える。
彼女を失いたくないという、恐怖と、そのときに感じるだろう、喪失感。
彼女を誰にも渡したくないという、独占欲。
彼女と付き合う相手に向けられる、嫉妬。
その相手に嬉しそうに笑いかける彼女に対する、怒り。
様々な感情――激情とも言えるそれが、心を埋め尽くす。
だけど。
そんなどろどろとした感情が、ふと勢いをなくした。
幸せになってほしい。
そう思った途端に。
確かに、ずっと傍にいてほしい。
離れてほしくない。
――それでも。
もし、そうすることで彼女が幸せになれるというのなら。
それで彼女が、笑顔を取り戻すなら。
俺は――。
俺は、その番号を表示させると通話ボタンに指を掛け――そのまま、押した。