第13話『彼女の忘却・入院の昼』
目を開けて広がった景色は、見覚えの無い、少し汚れた白い天井だった。
「――あれ?」
どこだろう、ここ。
昨日、友達の家とかに泊めてもらったっけ?
確認するために体を起こそうとすると、ずきん、と頭に痛みが走った。
何が起こったのか、分からない。
だけどこれ以上の痛みを感じないように、そのまま体を後ろに倒した。
そんなことをしていると、引き戸の開く、ガラガラという独特な音が響いた。
私は頭の痛みを無視するように、その音が鳴った場所へ顔を向ける。
そうすることでようやく、ここがどこなのかを理解した。
いや、正確に言うと、彼女の持つ花を見て、どういうところなのか、予想がついた。
あぁ、病室か、と。
半ば納得するような奇妙な感覚を覚える。
「……あぁ、起きたんですね。良かった……」
そう言いながら、安心したように顔を綻ばせる。
少し年上くらいだろうか。
少なくとも、私にとっては見覚えのない女の人だった。
誰だろう、この人? どこかで会ったかな?
そう思いながらも、その柔らかい空気に私も思わず顔を崩してしまう。
その人は慣れたように私のベッドの隣に持ってきた花を飾ると、パイプ椅子を持ってきてベッドの横に広げた。
そこに腰掛けようとして、ふと顔をあげる。
「あぁ、すみません。紹介が遅れました。初めまして。メイといいます」
そのあと、お父さんが病室に駆け込んできて、何があったのかを説明してもらった。
話によると、私は学校に行く途中の公園――板橋公園で倒れていたところを、このメイさんが発見し、救急車を呼んでくれたらしい。
それから、お父さんのところにその連絡が来て、今に至る、というわけである。
ちなみに、検査したけど特に異常は見つからず、体の中も外も健康体そのものらしい。
意識が無い状態だったことから、念のための様子見、ということで、一日入院させるように言い渡された、ということだった。
そんな事情を話し終わると、帰る前に少しだけ二人で話したいと言ったメイさんに、お父さんは快く席を外してくれた。
私もちゃんとお礼を言いたかったからちょうど良かった。
「メイさん。あの、今日はありがとうございました」
「お礼を言われることじゃないわ。それに、そんなことを言われると、私はあなたに謝らないといけないんだし」
「……謝る? なんで?」
彼女の言葉の意味が分からず首を傾げている私を無視するように、彼女は真剣な顔になると私を見つめた。
「……それより、あなたに言っておきたいことがあるの」
「言っておきたいこと?」
「……今のあなたにとっては、確かに重いものかもしれません。逃げるのも仕方ないのかもしれません。けれど――それでも、向き合わないといけない時が必ず来るでしょう。そして、もしその時に、すべてを受け止められるくらいに成長していれば、それはきっと逃げじゃないのだと、私は思います」
何を言っているのか分からない。
だけど、何かが引っ掛かるような、そんな気がした。
彼女はそれだけ言うと、病室を出て行ってしまう。
それからはお父さんがやたらと心配していたこと以外は特に何事も無く、一日の入院を終えて、無事に退院した。
そして私は、またいつも通りの一日を過ごす。
ただ、心配をかけそうだったから誰にも言わなかったけど、不思議なことが二つあった。
一つは、昨日――病院で目を覚ました日が、私の覚えている最後の日から数えて、ちょうど二週間が経ってしまっていたということ。
みんなの話から推測すると、その間のことに関しても、私は特に変わり無く過ごしていたらしい。
まぁ、そもそも記憶が無い時間なんて結構あるものだ。
きっと、いつも通り過ぎてどうでもよかったのだろうと、そう思うことにした。
もう一つは、財布の中から20000円という大金と、5000円分の見慣れない領収書が出てきたということ。
普段はなるべく持ち歩かない様にしているから、使う予定があったのかもしれない。
それにこの領収書――『【カーネーション】の代金』って……。
それに、5000円って……。
日付を見てみると昨日の日付が入っていた。
でも、手元にはそういったものはないし、そんなモノが落ちていたとか、そういう話も聞いてない。
まぁ、記憶が無いとはいえ、私のことだ。
たぶん、衝動買いか何かをしたんだろう。
それで解決したことにしておこう。
なんだか、そう遠くない未来に思い出すような気もするし……。