第9話『彼女の本気・警告の昼』
「はい、どうぞ」
彼女は両手に持っていたコップの片方を私の前に置いてから自分の分もテーブルに置くと、そこでようやく席に座る。
「あ、ありがとうございます。それと、あの。【カーネーション】なんですけど、この『B‐2』を欲しいな、と思いまして……」
私は表を指差しながら示して見せる。
すると彼女は、真剣な目で私のことを見つめてきた。
そして、そのままの状態で口を開いた。
「12000円ですが、本当に良いんですか?」
確かに、家が金持ちとかそういうわけでもない、ただの女子高生である私からすれば、この金額は痛い。
それでも、それを代償にあの日のことを忘れられるのだ。
そのための12000円なら、むしろ安いものだと、そんな風に思えた。
そもそも、普通の『薬』なら、こんな安くはないだろう。
病院から出る薬だって結構な値段するのだから。
「――はい。お願いします」
私の言葉に一つ頷くと、彼女の顔が少しだけ和らいだ。
そんな気がした。
「分かりました。それでは、私のとこの『花屋さん』へご案内します。――いえ、その前に何かお腹に入れといた方がいいですね」
そう言うと、私の方にメニューを差し出す。
私としては早く忘れたいんだけど……。
そんな考えが顔に出ていたのか、彼女がそのままの表情で――今は目は笑っていなかったが、口を開いた。
「焦る気持ちになるのも仕方ないですけど、ほとんどの『薬』は空腹時に飲むのは好ましくありませんからね。用法と用量をきちんと守らなくては、うまく効いてくれないどころか、大切なものも一緒に無くなってしまいますよ?」
それは、脅し――いや、警告だった。
少なくとも、今の時点で彼女に逆らうのは自殺行為だと言うことなのだろう。
肉体的な話ではなく、精神的な意味で。
【カーネーション】が本物であるなら、記憶喪失という名の精神の殺人を、彼女は容易に行えるのだから。
「……わかりました。何か食べてからでお願いします」
「察してくださいまして、ありがとうございます。話が早くて助かります」
彼女はそう言って、無邪気そうに笑った。