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花園 3話  作者: 弥生
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白い衣の少年

まだ、続きます。。。

宜しくお願い致します。

繰り返し、終わり見えない労働。 


精神科医として働く私は、特に重度の患者を毎日のように相手にしている。


日常の自分が毎日接している虚偽性障害患者と同じく、私は瞼を重たく閉じた。


自分の呼吸に自信が無くて、大袈裟に腹式呼吸を始めた。


しばらくして、話しだした。





ちぎれた何かを繕うなんて所業は、果たして可能か?






深層心理学を学んだきっかけはこうだ。




両親は共に、私が幼い頃に他界した。


父も母も自殺だった。


私が12歳の時、先ず父が死んだ。


母から、急な死因を仕事上の事故だったとだけ聞かさせれた。


だが、父の通夜の晩、闇に隠された真実を聞いてしまったのだ。


深夜に親戚達が輪になってヒソヒソお喋りが始まった。


話し声は、私の寝ている和室の襖の向こうから丸聞こえであった。


寝たふりをした私の耳に入ってくる言葉は、9歳の子供でも半分くらいは理解出来るものだった。


それは、悪魔に添い寝されているような寒気を感じるくらいの忘れられない夜になった。


話し声から、親戚達それぞれの表情がありありと想像出来て、また、少し楽しげな声色に深い憎悪が私の深層へ刻まれることとなる。


母以外の女性と恋愛関係になり、無理心中をしたという父の話しだった。


その痴話話を、まるで週刊誌のゴシップ記事を楽しむ輩のように、軽々しくも息子の寝ている側で、大人達は愉しげに話し込んでいるのだから、涙も出ないし、呆れた。


四十九日頃まで気丈に振舞っていた母だったが、じきに睡眠不足と極度の精神不安定状態に陥った。


日増しに鬱病患者の様に成り果て、言動や行動までめが怪しくなっていった。


健常な頃は料理が上手で、掃除や洗濯、アイロン掛けが趣味のような母であったのに。


それが嘘のように、何に対しても無頓着で無表情な人間になっていくのを、私は何も出来ずに見送っていた。


病院で処方された薬を摂取する事で、なんとか日常を生きる精神を保ってはいたが、ある日突然に、父の書斎で首を吊って死んでいた。


見つけたのは他でもない、中学校から帰宅した13歳の私だった。


父の死後、一年経っていなかった。


悲しいというよりは、その後の自分の事を先ず考えた。


兄弟がいない一人っ子の私は、頼りにする身内は無いに等しい。


父方の親戚は、遠くに住んでいた。


数十年勤めた会社をリストラされたらしい叔父の家には3人子供がいて、上は来年から中学、小学生3年生と下の子はまだ5歳だったから、必然的に叔母が昼も夜も仕事に出る。


まるで父子家庭の風であり、仕事一本だった叔父が家事をしなくてはならない状況にあっても、亭主関白を貫くというから夫婦仲は悪くなる一方である。


そんな環境に、さあ両親を亡くした親戚の子を一人預かって育ててくれと言われても、情は少なからずあったところで生活に余裕がある訳でも無い、部屋数だってギリギリなのだから、誰もがその家に相談するなんてハナから考え及ばなかった。


母方にも親戚がいたが、婚期を逃した姉が一人いるだけで、これがまた若い頃から精神不安定で専門の医者に定期的に見てもらっている。


母の葬式にも代理人を寄越したくらいであったから何も期待も生まれなかった。


月に一度の病院以外は外出を拒んで親の残した古い一軒家に引き篭もりっぱなしで、生前の祖父には世話になったからとか言って、見兼ねた近所の人が食べ物やらを運んでくれるから、かろうじて生活出来ていると、これも葬儀の時に耳にした話である。


だが、どれもこれも本当のところは分からず。


ただ、両親が死んでから遺産を全て相続した私を是非とも預かりたいと親戚、知人連中が名乗りを挙げたが、私は一人施設に入る事を選択した。


中学を卒業して高校、大学と進学を希望していたから、今まで以上に勉強に打ち込んだ。


施設では一人孤立して過ごしていた。


友達なんて必要なかった。


私を変人扱いする者もいたが、全くと言っていいほど目に入らなかった。


とにかく、私は早く自立して仕事を持ち自力で生きていかなければならないと必死だった。


両親を亡くした悲しみと悔しさは、逆に私の強みとなり貫く信念については、まだ定かではなかったが、心はやる気持ちは自立ということばかりであった。


高校を卒業し大学に入る事が決まると小さなマンションを借りて都内に一人暮らしを始めた。


広い実家は、私一人が住むには広すぎるからと父の弟世帯が表面上は私名義から間借りして占領していたから私は両親の位牌を持ち続けながら転々と暮らす事を強いられた。


大学に入った頃、氷の様に頑なに冷えた気持ちにある変化が現れた。



僕は、一つの本に出会った。




少年は、両親が不慮の事故で死に、親戚のところを転々とするが、金銭的理由により、父の兄である田舎に住む老人の館に向かう。一度も面会した事のない老人の住む街までの道のりで、老人の異質な面を噂話に聞いて、直に会ったこともないのに、それは恐怖の偶像に化す。それでも、少年はその老人に会いに一人旅をする。やっとの思いで到着した土地は荒れ果て、街でも村でもない程、過疎化した山の中だった。そこには、古びているが、当時は大層立派であったろうと思われる重厚完美な館があった。高い窓の中に、現実とは思えない、儚さを称える女を見た。館に暮らすこてになり、様々な人物と出会い生活していく。

窓の中に見た、あの女は実在しないようで不思議な気持ちは付き纏う。幻想だったのか?じきに色々な人間の奥底を知ることとなり、少年は成長していく。




どうしてその本を手にとったのか、覚えてもいない。


ただ、表紙は美しかった。





少年と自分を重ねても、似ているとも思わなかったが、読むに連れ、登場人物の魅力に心を奪われた。


さて、現実に自分はこうして生きている。


どうやったって変えられない過去を、自分の暗い頭の中を洗い流したかった。


人を避けて生きてきた。


でも、人を知りたいと思った。


私は大学に通いながら精神心理学を自力で学んだ。


これまで、父の事、母の事を考えない日は無かった。


救われる事の無い泥沼の地獄に沈みきってた私を、何か多少の意味で拾い上げてくれるようなその内容であった。


私は少しずつ、本来の自分の気持ちに気付かされた。


両親の様に頭が狂って死んでたまるか。


父や母を、心が病んだ人間を救う事が可能なら、そんな事が私にも出来るなら、


「あぁ、私は父や母を救う事が出来たのだろうか?」


いや、父と母が自殺した時の私はまだ中学生であったのだから、そうではない。


そうだ、父や母の事を、心の中を知りたかったのだ。


何故、父は何も言わずに、自殺したのか?


何故、母はたった一人の子供を置き去りにして、死を選んだのだろうか?


許せないという気持ちよりも、私の心はまだ今も無なのだ。


母と父が仲良くしていた頃に、三人で食卓を囲んで笑い合った記憶は、遥かに遠く感じている。


やはり、だから私は涙など出ないのだろう。


周りの友人などが家族団欒を幸せそうに唄う話に、私はそっくり見比べてまた、硬い殻が増えて覆い被さり閉ざされて無だけ残るのだ。


深層心理学を学び、母と父を救う夢を見たいと儚い幸せを少しだけでも試食してみたかったのだろう。







草むらの遠くに人影を見つけた。


ここで、自分以外の人間に興味を持って話しかけるなんて今まで一度だってなかった。


だが私は今、まさにその人影を全身全霊で追いかけていた。


『透明に近い白い衣を着た人』


近くに寄る程に、私の予想より遥か幼さの残る、少年だとわかった。


両手で天を仰ぎ、ゆっくりとゆっくり、ピルエットをする。


美しく宙に浮いている長い一瞬。


私の意識は、真っ直ぐに彼へと当たり前に吸い込まれてしまった。


細い指の重なり、小さな爪先が反射光で輝いて美しい。


少年は、左手を胸にあてがう。


長く細すぎる骨ばった首、自然にしなやかにうなだれて鶴の様。


さあ、動きは次第に早まるから、私は、一層それに執着する。


少年が、身体全体を波のようにキツく揺らしていく様は、さも自然だ。


正に、鳥の羽ばたきを思わせる。


力強い両腕が、空を自由に泳ぐように舞う。


まだ未発達な柔らかい筋肉の張りは、衣を通してもはっきりしている。


さながら標本のようであり、一目で理解できる美しさだ。


うっすらと汗ばんだ額にくっついた、長く伸びた前髪を、彼は細い手指でなぞるようにゆっくりとかきあげた。


一瞬、顔全体が晒された。


彼は眩しそうに、目をぎゅっと閉じた。


息を整える仕草で、大きくゆっくりと深呼吸をした。


建物からかなり離れたこの辺りは、人工的なのか自然なのか定かではないが、膝くらいまで伸びた草の鮮やかな緑と永遠に続く。


あとは明るい青色の空だけで、どこからともなく風が弱く吹いている。


何も咲いていないようだが、何かしらの花を思い出す甘い風が漂っていた。


草を揺らすそよそよと暖かい風が吹き続ける空間を、蝶の様に軽やかに舞う彼自身が音楽であった。


私は彼に強い興味を持った。


好奇心を超えて

恋心を。


ここでの滞在時に自分以外の人間と接触する事自体が初めてであった。


無意識のうちに心に湧き上がる想い。


tabooの文字は頭では理解しているが、気持ちの奥に存在する私がそれを簡単に認めてしまった。


私は、馬鹿に素直な自分に恐怖さえ覚えたが、逆にそれは、まるで初めて口にする南国の果物の様だった。


自分の想像を超えた、毒よりも甘い香りそのものであった。


私の様な者が触れたら、忽ちに消えてしまいそうな儚さも兼ね備えた、捉えどころの無い無限の美の骨頂なのであった。


今、正に私と彼しか居ないのだ。


味わった事の無い甘美な気持ちをゆらゆらと楽しみながら、私は声にだした。


「貴方の舞は、今までに観た踊り子の中で一番ですよ。」


「…ありがとう。」


「とても若く見えますが、貴方も招待メールが届いてここに居るのかい?」


「そうだよ。僕は帰りたい時に帰るんだ。もう、10日以上ここに居るよ。」


彼も私と同じような鍵を首から提げている。


「僕は、帰りたいときに帰るんだ。」


「そうなんだね、そうか。いや、爪先までも全てがだ。そう、芸術作品の様だ。」


私は、彼の白い手の甲に口付けをしていた。


とても自然な動作だったから、相手の嫌がる様子は伺え無かった。


だが、顔を上げて彼の無垢な瞳に触れた瞬間に、私は我に返って赤面してしまった。


「あぁ、すまない。こんな風にする事は、私は全くどうかしている。」


「いえ、何というか、僕、慣れています。」


私は若く美しい彼を感じて、反対に自分を想像した。


産まれてからこれまでの自分の人生を、素直に想像してみた。


が、何もわからない。


何も綺麗な部分を思い出せない。


私はただ、目の前の美しい作品に見惚れて呆然と立ち尽くし、彼から発する言葉を待っていた。


今まで、この少年の美しい手に、接吻をした人間は、居たのかしら?


まさか、居たのなら、私もその多数に入るなんて許せない。


どうにかして、自分だけは彼にとって特別な存在に位置したいと思う程に、頭の中で、言葉はしどろもどろだ。


ドロドロの暗に、何もかも良い策が発揮出来ずにいた。


白く長い時間が通り過ぎたのか、果たして私は強い目眩を感じた。


瞼をこじ開けた。


だが、魅力の見つからない自分に、たじろぎ俯くのだった。


ちっぽけな存在を深く恨む、下らない自分に嫌気がさした。


「貴方は、何時間?」


「え?あぁ、私は何時もね、だいたい48時間だよ。もう、残り半分くらいしか無いがね。」


「ねぇ、貴方は、青い蝶を見たのでしょう?」


「君も青い蝶を見たんだね?」


「うん。ここには沢山の蝶が飛んでいるから、同じかどうかは分からないけど。」


「君の名前を教えて欲しい。」


「蝶に見つかったら、どうなるか分からないよ。契約書にサインをしたのでしょう?」


ここでは、確かに他者との接触を禁止していた。


破った者への対処については書かれていなかった。


「そうだったね。でも、私は、こうしてさっきから君と話してしまっているよ。私は、もう罰を受けても構わない。素直にね、君を知りたいと思ってしまったから。」


「…。」


「ごめんね。嫌な気持ちにさせてしまったかな、申し訳無い。」


「ああ、僕はもう行かなきゃ。さよなら、おじさん。

僕の名前は、ユウキ。」


透明なボール型の乗り物が、側まで来ていた。


彼は、その中に吸い込まれるように乗り込んで行ってしまった。


私は自分が来た道を、うる覚えに歩いて戻った。


心は、今までに感じた事の無い想いが止めどもなく沸き上がっていた。


くすぐったい様な、温かい、恥ずかしい、嬉しい、色々な痛みを持った刹那さに酔いしれていた。






宜しくお願い致します。。


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