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神秘と繋がる眼-2

「お姉さんが売ってる魔法はね、願いごとによって値段は変わるの。…だから」


 私は、みどりちゃんがかき集めた硬貨の小山から、百円玉を二枚だけ摘んで自分の手のひらに乗せる。


「これで大丈夫。ね?」


「おねえさんありがとう!」


「探しもの、きっと見つかるよ。みどりちゃんはいい子だから、私のお友達も頑張ってくれるみたい」


 店の扉を開けたときとは真逆の、キラキラした笑顔を見せたみどりちゃんは、大きく手を振って店から出ていった。

 走っていく彼女の後ろを、蝶の翅を背負った花弁ドレスの淑女(花の妖精)たちが競い合うように追いかけていくのが見える。


 祈りを捧げる前の人間に彼女たちがついていくなんて珍しい…。

 楽しそうな歌声が遠ざかっていくのを聞きながら、私はすっかりと静かになった店内で、黙々と作業を続ける灼晶あきらの隣に腰を下ろした。


 後ろに流してまとめている彼の髪が、窓から差し込む西日で燃えるように赤く輝いている。

 何も言わずにそっと手を伸ばして彼の髪に触れる。


 灼晶は一瞬眉間に皺を寄せたけれど、何も言わないでぬるくなったコーヒーが入ったカップを口元にもっていく。


―チリンチリン


 澄んだベルの音が窓の方から聞こえた。


「いらっしゃいませ」


 アキアカネの翅を背中に付けた|ギョロ目の痩せっぽち君《妖精》は、斜めがけにしている葉っぱで出来た鞄から、小さな花びらに包まれた荷物を取り出して、私の指先にそっと置く。

 一昨日のお客様は、どうやら願い事が叶ったみたい。

 花弁がパッと開いて、中から透明な朝露のような雫が現れる。これは、小さな隣人(妖精)たちがお礼にくれる不思議な雫。


軽く(Mae hyn)なれ(yn ysgafn)これは(Dyma)水に(ddeilen yn)浮かぶ(arnofio yn)(y dŵr) 風が(Mae'r)運ぶ(gwynt yn)みたいに( cario)


 花弁の上にある雫をこぼさないように慎重に浮かび上がらせると、そのまま緑がかった細長い円錐型のガラス瓶の中へ入れた。


 私が報酬を受け取ったのを確認したギョロ目の彼(妖精)が何も言わずに飛んで出ていくのと同時に、今度は店の入口にある扉を叩く音が聞こえる。

 どうぞ、と一声かけると、扉の隙間から黒い煙が這うように床を蛇行しながら入り込んできた。カウンターの前で止まった黒い煙は集まってくると質量を伴った形に姿を変えていく。

 左右に立派な二本の巻角をつけた二足歩行の山羊のような姿になった黒い煙の来客は、蹄のついた3本指の掌をこちらへ見せてくる。


「いつものあれがあると聞いてね」


「山羊頭の旦那、随分と情報が早いな」


 しわがれた老人のような、少年のような不思議な声を発する山羊頭の来客へ、灼晶あきらが先程の女性客が置いていったボロボロのお守りを手渡した。


「助かるよ」


 山羊頭の来客は、金色の瞳に浮かんだ横一文字の瞳孔を嬉しそうに少し細めて、その場で煙みたいに消えていく。

 この店に来るのは人間だけじゃない。人間は願いを叶えるためにお守りを買うけれど、それ以外の来客は報酬を置いていったり、自分が役立ちそうだと感じたなにかを引き取っていく。


 神秘と繋がる眼(グラムサイト)…それが私の魔法さいのうの一つ。師匠の命と引き換えに得た力。そして、それを使って私はこうして小さな奇跡を売って生きている。

 

「今日は店じまいにしましょうか」


 いつのまにか窓から見える三日月は空高く登っていた。

 扉の外にナナカマドで作ったリースをかけて戻ると、灼晶あきらが窓のブラインドを下ろして待っていた。


「…戸締まりする前にちびたちがきて、こいつを渡された」


 眉間に皺を寄せた灼晶あきらは、私に小指の先ほどしかない小さな一枚の葉を見せる。

 葉に僅かに付着しているベトッとしたヘドロのようなもの…みどりちゃんについていった花弁ドレスの友人(花の妖精)たちがよこした手紙のようなものだ。

 ヘドロのようなものからは明確な悪意と嫉妬の香りがした。


「あのガキになにかあったのか」


「うーん…まだなんとも言えないけど」


 自分の眉間に皺が寄るのがわかる。私の顔を覗き込むように見た灼晶あきらは低い声を出す。自分に向けられた敵意ではなくても、彼は悪意や敵意で私の心が乱されることを好まない。


「これはオレが喰っておく」


 灼晶あきらは、私の手から葉を取り上げると、口を開けてヘドロのようなものと一緒にそれを一呑みした。

 ジュッと葉が一瞬で燃え尽きた音がして、彼の喉仏が上下に動く。こうやって灼晶あきらは人の負の感情が作った悪いものを食べてくれる。


「ありがとう。じゃあ、今日はもう寝ましょう」


 魔除けと戸締まりを終え、暗くなった店内を後にする。静まり返って月光すら差し込まない店内で、お守りにつけている羽根の部分だけがほんのりと赤く光って並んでいるのを見届けて、私はカウンターの奥にある扉を締めて階段を登った。

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