魔法を売る店-3
「ったく…うるせぇな。力尽くでなきゃここから出ていかねぇつもりか?」
「ひ…」
女性客は、自分の肩を掴んでいるのが、赤髪の大男だと気がついて体を強張らせて言葉を失う。
赤髪の大男―灼晶は不機嫌そうな表情を浮かべたまま低い声で唸るように言うと、女性客の手からブレスレットを取り上げた。
悲鳴をあげた彼女は、彼の手を振り払って出口の方へ一目散に駆けていく。
「覚えてなさい!」
一度だけ振り返り、捨て台詞を吐いた女性客は乱暴に扉を締めてバタバタと派手な足音をたてて店から出ていってしまった。
普段は店内で寝そべりながら浮かんでいたり、花の蜜を食べていた良き隣人たちだけど、怒った女性客が灼晶に肩を掴まれてから、逃げるように立ち去る間は様子が違っていた。
目を白黒させて驚いて逃げる女性客を囃し立てるように飛び回ったり、手を叩いていて転げ回って喜んでいる。
人間に見られないあなた達は好き放題出来ていいわね…なんて思っていると、灼晶が溜息を吐いて呆れた顔で白木の扉を強めに閉めた。
「羽久乃、ああいう客は悪戯小僧《妖精》どもでもけしかけてやればいいんじゃないか?」
「お代はいただいてるんだし、そこまでしたら可哀想よ。それに…ほら、新しいお客様が来たみたいだから、怖い顔はおしまいにして」
扉の近くに|花びらのドレスを身にまとったちびちゃん《花の妖精》たちが飛んでいくのが視えたので、そちらを見てみると、わずかに開いた扉の隙間から小さな可愛らしい眼が二つ覗いている。
魔法のお守りみたいなふわふわとしたものを売っている店はイメージが大切。とは言ってもさっき大声であの女の人が喚いていたのは聞かれていただろうけど…。
なるべく優しい笑顔を作って小さなお客様を迎えるためにカウンターを出て扉の方へ向かう。
「…ガキか。オレが脅かして追い返してやろうか?」
「ダメよ。大切なお客様だもの」
唇の片側を持ち上げて扉に近寄ろうとする灼晶を静止して、私は扉の前に屈み込んだ。
「ほら、怖いお兄さんはなにもしてこないから、中へいらっしゃい」
「あ、あの…ここでお守りを買ったら…願い事が叶うって…あやかちゃ…あの、友達が言ってて…」
扉を開いて、小さなお客様を迎え入れる。
若草色のワンピースに身に包んだ小学生低学年くらいの少女は、私の顔色をうかがいながらおどおどとあたりを見回した。
「そうね、どんなお願いかにもよるけれど…」
ライトブラウンのやわらかそうな巻毛を二つに結んで前に垂らしている彼女は、幼さの残るあどけない顔立ちをしている。
緊張のためか頬をりんごみたいに赤くした少女は、クマの形をした財布を持っている両手に力を込めた。
「みどり…探したいものがあるんです。お守りを買えば…見つかりますか?」
みどりちゃんの声は少し震えていた。頭上を旋回していた蝶の翅を持つ色とりどりの花弁ドレスの良い人たちはキャアキャアと歓声をあげて自由に歌いまわっている。
「そうねぇ…。みどりちゃんが探したいものについてお姉さんに教えてくれるかな?」
みどりちゃんは、伏し目がちにしていた顔を上げて私の顔をしっかりと見つめながら口を開いた。
「大切なものを失くしちゃって…それを探せないかなって…」