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魔法を売る店-2

「は、はなしがちがうじゃない!言われた通りにしたらこれがボロボロくずれちゃったのよ?不良品だわ!高いお金を払ったっていうのに!大体あなたも胡散臭いのよ!そんな若いのに髪を真っ白に染めて」


 願いを叶えるお守りを販売している私の店で、こういうことはよくある。

 ふくよかな女性客は店の扉を開くなり、怒鳴りながらカウンターにまで詰め寄ってきた。

 そんなに叶えたい願い事なら、約束を守ればよかったのに…と思いながらも、顔に浮かべた笑顔を絶やさないように気をつけて、お客様のクレームに耳を貸すふりをする。


こう様…願い事を叶えるための条件をお話しましたよね?契約を守らなければ魔法きせきは起きないとご説明したかと思いますが…」


 目が隠れそうなほど伸ばした前髪を振り乱した。前髪の合間から見える小さな腫れぼったい目は充血して釣り上がっている。

 目の下にも濃い隈があるし、心の状態もよくなさそう…。かさついてくすんだ肌の彼女は心身ともに弱っている手負いの鼠という言葉がよく似合う。


 私が提供する魔法は、心身ともに不健康な人間が使うと効果が薄い。

 それでも、どうしても大金を払うというのでお守りを造ってあげたのだけど…愚かな人間は可哀想。きっと約束を破ってしまったのね。

 黒いヘドロのような自身の悪意の塊で半身を覆っている女性客を見て哀れみが勝りそうになる。

 自分で呪いを溜め込んで不健康になって喚き散らして…私の魔法で彼女は多分救えないわね。どう帰ってもらおうかな…と時計を見て考える。


「先日もお話した通り、一度お渡しした商品の返品交換は承っておりませんので…」


「な…なにが魔法よ!こんなの詐欺でしょ!訴えてやるんだから」


 商品の交換はしないという言葉を聞いた女性客の唇がぐぐっとへの字に曲がった。大体約束を守れない人間は同じ反応をするからわかりやすい。

 彼女の小さな腫れぼったい目が更に釣り上がって、視線から発せられた負の感情が私の肌をチクチクと痛めつける。

 人間からの悪意を痛覚として感じるのも慣れているけれど、自業自得で魔法を台無しにした八つ当たりをされるのは気分が良くない。

 笑顔を貼り付けたまま、どうしようかと考えあぐねていると、女性客は握っていた手をカウンターに勢いよく叩きつけた。


「これも、こ、こんなことになったし、さ、詐欺よ」


 バンっと大きな音をたてた木の上には、紐にウッドビーズと羽を通したシンプルなブレスレットが置かれる。

 お店にあったときは綺麗な色だったのに、すっかり変わり果てた姿になっていたブレスレットにそっと指を触れた。

 もともとは薄い金色だった紐の部分と、赤と黄色のグラデーションが美しかった羽根が黒く変形している。ドロっと溶けて欠けているそれは、まるで火で炙られたプラスチックみたい。

 呪いで穢れたブレスレットは彼女が約束を守らなかった証でもある。


「白い花の前で一日二度のお祈りをすれば、このようなことにはならないはずですので…」


 約束を破って失敗した報告をしにくるだけなら仕方ない。契約を守れない人間に私の与える道具きせきは使えないのだから。

 でも、自分の失敗の責任を力を貸そうとした相手になすりつけるのはよろしくない。


「わ、わたしはちゃんとやったわよ!なんなの?客をバカにするの?私が悪いっていうの?」


 こういうバレバレの嘘を言うお客様は少なくない。こういう時のための対策もしっかりとしている。

 さっきから暇そうに店内の窓際で浮かんでいた全身銀色に光る服を着ている小さな友人(妖精)に合図を送るために金で出来たベルを手にとって左右に手早く揺らした。


 チリチリと微かな音を立てるベルに、女性客は怪訝な表情を浮かべたけれど、彼女の顔はすぐに血の気が引いて真っ白になった。

 

『あの男なんて死ねばいい!死ね!死ね!わたしたちを見捨てやがって!自殺しろ!なんでわたしがこんなことしなきゃならないんだ!大金をはたいてこんなものを買ったのにあのバカは死なないじゃない!ねえあやか!聞いてるの!あんたが悪いのよ!あんたも死ね!嫌ならなにか金になるものでも持ってきなさい』


 欠伸をしながらカウンターに来た銀色の友人(妖精)は、枯れて茶色くなった白い花を取り出してテーブルの上に置く。

 彼が置いたしおれて垂れ下がった花弁の中心からは、女性の声で酷い罵声が響き渡ったのだ。


「ひっ…なんなのよ…。ど、どんなインチキかしらないけど、そんな盗聴した音声でわたしを脅そうっていうの!」


 小さな友人(妖精)が視えない彼女には、しおれた花が急に目の前に現れた上に、急に隠していたかった真実が暴かれたのだから驚くのも無理はない。

 さっきまで強気だった女性客は、自分が自宅でしていた罵声が流れ始めると、おろおろしはじめた。

 彼女は、真っ青になった唇をワナワナと震わせて、カウンターの前から一、二歩後ずさりをして私を睨みつける。


「なにも警察沙汰にしようとは思っていません。そちらのボロボロに穢れた《《それ》》を持ち帰らずに、立ち去ってくださるだけで十分です」


「わたしが悪いって言いたいんでしょ!?知らないわよ!あんたも死ねば良いんだわ!どうせ…どうせわたしを惨めだって馬鹿にしてるんでしょ」


 カッとしたのか、警察沙汰にはしないと言われて再び強気になったのか、女性客は顔を赤くして、カウンター越しに向かい合っている私の方へ詰め寄ってきた。後ずさりをしたり詰め寄ったり忙しい人ね…とつい面白がってしまいそうになるのを堪えて神妙な面持ちを作る。

 ぼろぼろになっても返品するのが惜しいのか、一度こちらに突き返してきたブレスレットを、女性客は再び握りしめた。


「そ、そうやって人を騙してこんなダサくて胡散臭いもの売ってるんでしょ?こ、これは証拠としてもらうに決まってるでしょ?あ、そう。クーリングオフ!それをしてやるわ!嫌ならあやま…え」


 カウンター越しに対面している私の方へ身を乗り出した女性客は、大きな手が自分の肩を掴んだことに驚いて後ろを振り向いた。 

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