門出
颯爽とした勢いでその人物は入ってきた。キチンとしたスーツを着ているものの、坊主頭に目をカッと見開き、異様な雰囲気である。スーツは紺、ネクタイは赤、シャツは白だ。まばたき一つせず、ギラギラ感満載だ。年齢は四十くらいだろうか、目元の印象があまりにも強烈なので、じっくりと観察する余裕がない。
こちらに着席を促すこともなく、微笑みながら席に着いた。つられたわたしも急いで座る。ものの五秒後に人事マネージャーと見られる女性も入室してきた。こちらはいかにも外資系でキャリアを積んできたと思われる四十代の女性。わたしは英語ができるのよ、とばかりにその大きな肩を揺らして、こちらを見ている。最初に入ってきた男もまだ目をギラギラさせてこちらを見ている。その興奮具合は まるで何かの薬物をキメてきたのではないだろうか。
人事女性が席につくとようやく男が口を開いた。
「わたしがこの部門のマネジャです。一次面談の話は聞いていますよ。重複するかもしれませんが簡単に経歴を紹介してもらえますか。よろしくお願いします」
声が軽やかに高い。相手の迫力におされながらも言い慣れた簡単な自己紹介を三分くらいする。一気に話し終えたところで相手の出方を待つ。
「わかりました。では先によくある質問についてこちらから説明しますね。英語に関しては月一回使う程度ですね。それほど多くありません。業務は三年前から各拠点に分散されていたものがここに集約されました。今回は人の異動が起こるので、新たに人員確保のために採用することになりました。」
応募者が聞きたい要点を簡潔に分かり易く説明した。これまでの面談経験より、聞かれるポイントが分かっているのだろう。時間のロスをなくすために、事前にさっと説明したのだ。非常に要領よいイメージを持った。それにしても気になったのはその話すスピードである。噛むことなく、淀みなくサラッと話したのだ。それでいて聞きやすく、わたしの理解が追いつかないことはない。パッションとクールが両立したその説明だけで、マネジャが如何に有能か分かった。
「他に何か聞きたいことありますか?」
あまりのスピード感に言葉が出ない。とっさに頭をフル回転させるが、まったくもって何も浮かばない。
その場の空気がしんと一回固まった。人事の女性がその空気を払いのけるように補足説明を始めた。
「ある程度規模がある外資系なので、最低限の福利厚生も揃っています。比較的休みのとりやすい部署ですよ。」
その人事にありがちな会社環境の説明を聞いていると、ようやく落ち着きを取り戻してきた。わたしはずっとマネジャのネクタイを見つめていた。きれいに結んである。斜めに入った赤とグレーのラインから目を離すことができない。このままではラインに飲み込まれてしまうのではないか、と動悸が早くなってくる。オシャレなのだろうか。初対面で相手が服に気を使っているのか判断をするのは本当に難しい。無頓着なのにスタイルが良いだけで、それっぽく見えることは多々ある。相手をリスペクトしすぎているのかもしれない。ネイビーのスーツにホワイトのシャツ。そして幾分華やかな斜め縞レッドカラーのタイが改めて際立っている。その好印象に負けそうになるが、それは繕った可能性があることを十分に残そうと思う。一度大きく深呼吸をした。次は頭に目をやる。見事なスキンヘッドぶりだ。そのつややかな頭見ていると、心が幾分か落ち着いてくる。
しかし、その頭部を気にすると今度はそこしか目に入らない。目線を下に下げようとするのだが、その度にどんどん目線は持ち上がっていく。その頭を嫌が応にも舐めまわしてしまうのだ。自ら、こうなんというのか、積極的に見入ってしまう。この視線に気づかれやしないかとハラハラするのだが、マネジャはまったく意に介さないようだ。自我が強くて相手の反応に鈍いタイプかもしれない。その弛緩した気持がさらなる視線の固定化を導く。毛穴の一つ一つに至るまで仔細に点検してしまう。
すると頭部を除いて、視界に入る全てのものがボヤけてきた。目も開けていられないような心地よさが全身に浸透してくる。その光の上で寝そべりたい。光に挟まれたい。スキーがしたい、その頭の上でテニスがしたい。もはやその光の上で信仰宗教を立ち上げたい。わたしは何を言っているのか自分でもわからない。はたから見れば頭のネジがふっとんだと思われるだろう。
しかし、今はそんなことも気にならない。この情熱は誰にも止められない。よし決めた。宗教を立ち上げよう。そう、その五秒間で私は宗教を立ち上げる決心したのだ。早急な問題はどうやって滑らずにその頭の上に乗っかるかだ。
面談の合間、二人がわたしの資料を見ている隙をついてわたしは軽やかに机の上に飛び乗った。スーツのボタンを外して、ベルトを最大限に緩める。そして光輝く頭に狙いを定めて助走をとった。マネジャは何やら評価体制について話している。こちらの様子にはまったく気づいていない。人事マネも何か他に心配事があるのか、前にある資料を見ながら考えごとをしている。
机の端っこギリギリまで下がると息を整えた。額へと駆け上がるイメージを三度ほど繰り返す。目を閉じて自分だけに集中する。そう、ここは東京オリンピックのトラックだ。私は走高跳びの日本代表。そんな妄想に思わず頬がゆるむ。やはりスポーツにおいてイメージトレーニングが効果あり、というのは正しい。どんどんどんどん気持ちが高まる。
意を決して走り出す。走り出したら止まらない。飛び上がるまでたった一メートルだが息が上がる。そして宙を舞った。全てがスローモーションになる。マイケル・ジョーダンのように手足をばたつかせる。前頭部がどんどん近づいてくる。光が襲ってくる。そしてその眩しさに思わず目を閉じる。
と、その瞬間足に衝撃が走った。これまでに感じたことのない圧だ。とっさに手をつく。ベタッとした額汗が手に粘りついた。思わずその汗を口にしてみる。原始人が初めて甘いものを口にしたような喜びが身体をめぐり狂う。「ヘドバンギャー!」と私は叫びその喜びを表現した。そこには確かに生命に満ち溢れた味があった。これまで自分の汗は味わうことはあったが、中年男性の汗はお初だった。それは思いのほか酸味が強く芳醇なチーズのように美味であり、中毒性を伴うものだった。
興奮が落ち着いてくると、しばらくベトベトの汗の上で寝転がり、右に左にくるくる回ったりした。ときには自分がアザラシのゴマちゃんになりきったつもりで「モフモフ」と言いながらゴロゴロしてみたりする。身体に汗をまきつけたところで一連の行為がくだらなく思えてようやく冷静になった。
おおっ、そうだマネジャは何をしているのだろう。身を乗り出して下を覗きこんだ。するとマネジャは、相変わらず福利厚生について話をしている。
「だいぶサポートがあると思うな、この会社は。たしかに現場はバタバタしているけど週休二日でとくに重い残業があるわけではないしね。ただちょっとね、他の会社はわからないけど、大型機械の会社だけあって、男性が多いのか荒々しいんだよね。わたしもさ、第一印象だけで怖いイメージもたれちゃうのさ。こんな風貌だしね。メンバーのみんなも根っこはいいんだけどさ、たまに言い方がきつくなることがあるのよ。そこは今後、会社のブランディングを考えれば改善しなくてはいけないポイントなんだよね。」
目の前に誰もいないことに気づかず、ペラペラペラペラ話し始める。その勢いはとどまることを知らない。とにかく早口だ。声も異様に高い。この調子では、ここにいても一生気づかれないに違いない。安心して、おでこの上で体育座りをする。
さてこれからどうしたものか。おでこに座っていると会話の震えが頭がい骨を通じて小刻みに伝わってくる。人間の頭部に座ることで初めて、人は身体を震わせて声を発していることが分かる。全身を使って声を出していることを考えると、それはそれで大変な消耗だ。補聴器などが骨伝導方式にて音を理解できるようになっていることもなんとなく理解できる。
そのような肉体の神秘に感動していると突然、どっと洪水が頭上から襲ってきた。荒れ狂う汗の流れに、わたしはまずはじっとして耐えた。しかし水の流れは次第に強くなり、上に向かって泳がなくてはバランスが保てなくなってきた。どうやら、会話の調子から私の不在に気がついたようだ。今はただ荒波に抗うだけで精一杯。沖合に向かって、荒波に正面からぶつかる遠泳のような状況である。このとき初めて小学校一年生から三年生まで「水泳」を習った意義を感じた。バタフライの一歩手前まで習得できた自分としては、クロールも平泳ぎもへっちゃらだった。親からは「いつか役立つから」という水泳スクール通いの意味をここでようやく納得できた。顔あげクロールをしながらも横にそれて、耳元の安全地帯にたどり着く。一息ついて耳たぶを両手でつかむと、マネジャの様子も分かってきた。
「お、彼はどうした?トイレか?いつの間にいなくなっているな。えっ、どういうこと。今さっきまで目の前にいたのに。オレも話に熱中してまったく気がつかなかったよ」
マネジャは人事マネに話しかけた。
「どこに行ったんですかね。いつのまに消えるとは。なんて人でしょう。質問に答えずに早退する人は経験したけど、無断に消えている人はお初ですよ。ルックスも経歴も人柄も十分だっただけに残念ですね。でも本当に帰ったのかしら。トイレでも確認してきましょうか。」
人事マネもまったく気がついてないようだ。二人とも事態が把握できないのかキョロキョロして、動揺を隠せない。
私はそんな彼の耳の上で相変わらず汗という名の洪水に苦戦していた。こちらサイドにも水の流れが強くなり、わたしのやることといえば川魚のように、必死に泳ぐだけ。改めて小一のころから水泳を習っていて良かった。母に感謝。得意の息継ぎするときには、会議室の壁に貼り付けたポスターがよく見える。トラクターの前でスーツを着た三十くらいの男が立っている。会社の広報用ポスターだろうか。七、三に分けた髪、特徴のないネイビースーツ、凡庸で退屈そうな顔。しかしよく見てみるとその人物の顔はどこかで見たことがある。普段から馴染みのある何の感慨のない顔。それはわたしが毎日鏡台の前で見ている顔であった。私ではないか。スーツもネクタイの柄もまったく同じ。そう、ポスターのモデルは私そのものであった。
「なにめ!」
わたしは恐怖におののいた。既にこの会社に属しているではないか。かなりの大声を張り上げてしまったが、マネジャにはまったく聞こえていないようだ。それよりも「なにめ」という単語が自分から発せられたことが驚きだ。「なに」と声を上げることはあったが、「なにめ」というワードは初めてだった。本当に驚いたときに発せられるのは、このようにすっとんきょな言葉なのかもしれない。それにしてもこれは現実なのだろうか。わたしはすでにこの会社に属しているにもかかわらず、面談を受けていたのか。となると面接官のリアクションは何なのだろう。まるで説明がつかない。
やはり額の上で教祖になるというのは、夢物語だったのだろうか。所詮はいちサラリーマン。会社のポスターモデルに採用されるだけで嬉々とするべきなのか。せいぜいポスターのモデルになりましたね、と女性社員から声をかけられるのが関の山。それはそれで悪くはないが。いやいや、そんなことはない。サラリーマンを拒絶する思いと教祖になる不安がわたしを大きく揺らす。それでも自分を奮い立たせて、教祖側に大きくハンドルをきった。そう、私は教祖になれる素養があるのだ。その思いをこの面談にて訴えよう。私は水の勢いが弱まった額の上にポジショニングをとり大声で訴えた。
「聞いてください!私はあなたの額にいるのです!鏡を見てください!もう金輪際サラリーマンをしたくないことから、あなたの上で宗教を立ち上げることにしたのです。なぜなら光が美しかったからです。とても理解してもらえる内容ではないと思います。でもわたしはやりぬきたいんです。今までこれほどのパッションを持ったことはありませんでした。いつもどこかやりたくないことを無理やりやっていたのです。ときには明日を生き抜くパンのために従事してきたのです。
一つ例を出しましょう。わたしは新卒で大手メーカーに入りました。誰もが羨む外資系家電大手です。当然家族、周囲も喜びました。わたし自身も意気揚々です。ところがどうでしょう。入社するとまったく喜びがないのです。カスタマーサポートに配属されたのですが、来る日も来る日もお客様の不満の電話ばかり。やれ、お前の会社のパソコンは不親切だとか、使いづらいだとか、ホームページが見づらいだとか、電話がつながりにくいじゃないかだとか。いえいえ、もちろんわたしも甘の新卒ではありません。そんなことは百も承知です。そういったお客様がいるからこそ改善するポイントが見えるのでしょうし、マーケティングにもつながるのでしょう。どんな仕事でも意味のないものはないといいますが、まさしくその通りでしょう。ただわたしはですね、ただただ単純に楽しくないのです。ではどこで喜びを感じるかというと、そうですね、プライベートで友人、知人と会ったときに会社を称賛されるときぐらでしょうか。たしかに誇りみたいのものはありましたよ。実際に女性も寄ってきますしね。でも結局はその程度でした。まあ、あとは給料が幾分かいいくらいでしょうか。それと同僚が優秀で知的な人が多かったので刺激になるくらいですね。
しかしそんな喜びが続くのもせいぜい六カ月ぐらいでした。そのあたりを過ぎると、あきらかに気分が落ちていたのです。お客様の電話対応を受けていても声に張りがなくなりました。それどころが次第にお客様から激怒いただいたときに、沈黙するようになっていたのです。それもその沈黙を敢えてするようになっているのです。まるで楽しんでいるかのように。この心の変化と自分の度胸にわたしは驚きました。当然お客様からは、おまえ聞いているのか、とお叱りを受けます。そこでまたもや沈黙をかますのです。このときの緊張感ほどわたしを高揚させるものはありません。お客様もさらなる沈黙に狼狽するのです。そして、激しい息遣いや咳払いをします。そのコミュニケーションの断絶とでもいうのでしょうか。決して社会人としては褒められるものではないのですが、そこにある種の面白さとでもいうのか、おかしみを感じるのです。
当然、当時のマネージャーからは叱られました。なんだか様子がおかしいと。モニタリングといってマネジャと二人きりで、録音した会話内容を聴くのですが、それがまた滑稽なんです。自分の声がまるで誰かに乗っ取られたかのようにダンディーなんですよね。普通、自分の声って違和感を感じませんか。そして嫌悪感が生ずるのが普通でしょう。でも真逆なんです。思わずマネージャーの前で仁王立ちになって、全裸を披露したいようななんとも傲慢無欠な気持になるのです。するとどうでしょう。わたしとお客様のあの沈黙の時間が始まると、マネージャーはクックックッと笑うではないですか。そしてこう言ったのです。いやオレはさあ、嫌いじゃないよ、嫌いじゃないよこういうのはね。でもさ、一応ビジネスなんだからこれはマズイよね。わかるでしょう。あなたも。と叱りながらも笑うマネージャーの腑抜けな顔がそこにあるのです。わたしはこのとき悟りましたね。その日以降わたしはふざけた沈黙タイムはやめました。そこが本質であることは重々承知ですが、生活もあるのでお手柔らかにその程度にしておいたというわけですよ。わたしの話した内容わかりましたか。いや、すみません。わたしも混乱しながらまるで演説口調で話しているので支離滅裂になったことはご容赦ください。」
そう言うとわたしはその場に腰を落ち着けて、マネジャの反応をうかがった。
ところがマネジャは相変わらず人事マネとマイペースに世間話をしている。もはや完全にリラックスをして、大きなあくびしながら腕を天井に向けて伸ばしている。ダメだ。まったく意思の疎通がとれない。こちらか大きく手を振っても通じない。当たり前である。マネジャからは見えないのだから。今度は大きく飛び上がって地団駄を踏んでみた。初めて地団駄を踏むということを肉体で示したのはいいが、これは金輪際一切使えないと決意するほど無力であった。さて、これからどうしたものと体育座りしてみるがラチがあかない。十分ほどモヤモヤ考えていると、どうしたことか急に天井が襲いかかってくるではないか。天井そのものが向かってきたのだ。
「うわ!天上天雅唯我独尊!」
わたしはありったけな叫びをあげた。しかし、天井はある点において落下が止まり、今度は上下左右に足元が揺れはじめた。どうやらマネジャが面談をあきらめ現場にもどるようだ。私は必死に毛穴の窪みに身体を沈めて、振り落とされないよう細心の注意を払った。このときほどマネジャの毛根の弱さを悔やむことはなかった。
そんな様子で、なんとかへばりついていると、皆が働くオフィスにやってきた。一つ下の階にある現場オフィスでは、人が慌ただしく動いていた。マネジャが足を踏み入れても誰も気づく様子がない。
「やれやれ、嫌な現場さ。」
マネジャはつぶやくと真っ先に自分の机に向かった。わたしは額の上からオフィスの様子を伺った。おじさんが多い。若い人間は皆無に等しく、見渡す限り四十オーバー。あとは三十代がちらほらか。建機メーカーなので女性も少なく、五人に一人くらいだろうか。
しばらくマネジャはぼうっとメールをチェックしていたので、わたしはひと休憩でもするかと目を閉じて寝そべる。身体を仰向けにして目を閉じる。普段不眠症でなかなか眠れないわたしでもこの居心地の良さはたまらない。すぐさま眠気が誘いにくる。瞳が完全に閉ざされ、眠りにつくかつかないかというところで十二時を告げるベルが鳴った。マネジャはすくっと立ち上がった。
するとチームメンバーのところに赴き、
「ほらっ、メシ行くぞ!」
とそれぞれに促す。
メンバーはしょうがねえなあ、という様子でもぞもぞと立ち上がり、バッグからサイフを取り出す。誰一人イキイキしたものはおらず、どんよりした空気が覆う。おそらく誰もマネジャを慕ってないのだろう。全員メンズだ。マネジャ含め五名。マネジャはポケットに手を入れて胸を左右に揺らしながらリラックス風情を漂わせている。
どこに行くのか楽しみにしていた。ある程度外資系の企業だし、側のホテル千五百円のビュッフェだろうか。最終面談ではマネジャの上のシニアマネジャにここで優雅にも奢ってもらえたのだ。それが入社の決め手になったとは言えないがある程度の点数が加算されたことは間違いないだろう。あれ、最終面談の記憶があるということは、やはりわたしはこの会社に入社しているのだろうか。
無言で男五人だらだらと歩きだす。行き先すら話し合うことはない。決まった場所があるのだろう、わたしの頭のなかはパスタランチや海鮮定食、佐世保バーガーセットなどキラキラなランチで頭のなかが溢れかえった。せめてランチくらいおいしいものをを食べて気分転換をね、という女子力が高いところはわたしの長所である。ところが我々が行き着いた先はオフィスビルの真裏にある中華だ。油が店全体に染み渡った昭和風情漂う小さな中華食堂。入口はやっと人一人入れるような間口。十二時を過ぎたというのにそこはしんと静まり返って、まったく活気を感じさせない。
マネジャは迷いなくブルドーザーが廃屋に突っ込むかのように店に入っていく。我々はそれに従って、俯きながら前に進む。そして無言で六人掛けのくたびれたテーブルに座る。ランチメニューは限られており、AとBしかない。注文は揃って麻婆茄子ランチ。異論は許さないという、ものものしい雰囲気だ。ものの五分でランチが運ばれてくると皆黙々と食べ始める。そこには「うわあ」とか「おいしそう」だとか「いいね」というセリフはまったくない。
「かつ、かつ、かつ。」
スプーンが皿を打ちつく音が鳴り響く。わたしは咀嚼で揺れる額の上でその様子をぼんやり眺めている。蟹工船の食堂もこんな様子だったのだろうか。小林多喜二も真っ青だろう。各々の食材が荒々しい男たちによって吸収されていく。咀嚼の揺れがまさしく蟹工船の揺れを想起させて、物悲しい。みな目の前の麻婆茄子に必死なので、誰一人わたしに気づいてないようだ。
その時だった。マネジャのスプーンから麻婆茄子のタレが飛び散り宙を舞った。ホームランボールがこちらに近づいてくるように、みるみるそのタレ球は大きくなって来るではないか。そうは言ってもこちらにピンポイントで来ることはあるまい、と窺っていたら、どうやら正真正銘こちらに来るではないか。それもベースボールとかいうサイズではない。人間大サイズの大きな塊だ。あんなのに当たったら、即死間違いないだろう。この額の上で死ぬのはいくらなんでも本望ではない。わたしはとっさに跳ね起き、マネジャの右耳たぶにヘッドスライディングした。そして、巨大な液体を間一髪かわした。「ボタッ」聞いたこともないような音が鳴り、額一面に液体が飛び散った。もし気づかずにタレが直撃していたらどうなっていたのだろうか。まったく想像できなかったが、その衝撃から死にいたることも考えられないわけではなかった。そう考えると、ここは決して桃源郷のような安全地帯ではない、いつ命がとられるか分からないサバイバル地帯であることを痛感した。外部にむき出しになっているわたしの身体が二ミリ程度であることを考えれば当たり前のことであった。わたしは一息つくと、耳たぶの上に腰を下ろし、次なる襲撃に備えてストレッチをした。
一方で、これだけの大惨事にもかかわら皆は何事もないように目の前のメシを食らっている。それどころか、大惨事を招いている本人そのものが、何も気づかず、シャーシャーシャー、と皿に顔を近づけ犬食いしてるではないか。おかげでマネジャの頭部が前のめりになり、わたしはバランスをとるために耳たぶ裏側に回らざるをえなかった。
その食べ方の汚らしさから、わたしはその卑しいお顔を拝見したいとピョコっと顔を出して覗いてみた。目が血走り、口元が油にまみれている。だが不思議とそんなお顔を拝見していると、胃の底から湧き上がるような食欲に襲われてくる。するとわたしは考える間もなく、地面いっぱいに広がっているこの液体を舐め始めた。舌を出して犬のように這いつくばったのだ。
「う、うめえ!」
あまりのよろこびにわたしは声を上げた。しかしよく考えれは、マネジャの汗汁も混じっているのである。それを想像すると吐き気が込み上げてきたが、すぐに胃から上がってきた異液も旨味に変わった。鰻の甘みとサバの酸味を組み合わせて、お互いの生臭さを消したような味。これまでに経験したことないような風味が花を抜ける。それでも顔を上げて正気になろうとするが、食欲には耐えられず再度腹ばいになった。おかげでスーツは汚らしくクタクタになっている。机の端をなめる猫、糖に群がる蟻。彼らの気持、なんとなくわかる気がした。
お腹いっぱいになったところで、外界の様子を見てみるとみなさんも腹を満たしたようで、くつろいでいた。するとマネジャの目の前に座った三十五くらい一番フレッシュな社員Bが大きな口を開けて、こちらを指差した。
「マネジャ、額に脂が飛び散ってますよ。」
皆の視線がこちらに向かう。わたしはいつ見つかるのではないかという不安から、心臓がドクドクと脈うつのを感じた。マネジャは「なにぬ!」と叫び額に手を出し近づけた。みるみるうちに彼の右手が大きくなってくる。よく見ると本当にしわだらけで、つやがない。とても四十とは思えないほど、苦労を感じさせる手だ。わたしは自分のつやっぽい手を見ると途端に恥ずかしくなった。苦労のかけらもないのだ。そんなことは露知らず外界では、
「おおっ、やんちゃですね!よっ!こどもじゃないんだから!」
若手のひとことに、どっと笑いがおきていた。
わたしはとっさに右耳たぶのうえに隠れた。マネジャはたくましい手で額をなでなでしている。
「おっ、マネジャとれましたよっ。」
周囲から声があがる。マネジャは恥ずかしそうに、顔を赤くしてようやくほほ笑んだ。
「ゲーハーだからさあ、どこまでが額かわからないよ、ガハハハハハハ!」
マネジャは呟いた。
突然のゲーハー発言に沈黙が我々を襲った。前方の若手社員は急いでアイスコーヒーを口にしている。するとつられて皆、コップを次々と口に取る。誰も突っ込むことをせずに、隣席のドンチャン騒ぎに耳を傾けているふりをしている。マネジャも素知らぬ顔でいることが正解なのに、恥ずかしそうに俯いてしまっている。まるで初恋の人と初めてパスタ食べるときのような恥じらいと戸惑い。わたしは耳たぶの上からその様子を静観した。どうやらマネジャのゲーハーについて、いじれるほどチームは打ち解けていないのだった。それを打破したくマネジャにとってもここぞとばかり勇気を振り絞った発言だったのだろう。だがそれも失敗に終わったのだった。
凍えるような寒さが一分ほど続いたあとに、ようやくマネジャが堰をきった。
「そういえば、さっき中途の面談だったんだけどさ、そいつがよお、途中で帰っちゃったんだよ。参ったよ。けっこういい人材だと思ったんだけどね。こちらが説明している途中、突然のできごとだったよ。このご時世なかなかいい人材来てくれないから、こっちも気合入ったのにさ。がっくりだよ。」
「え、帰ったって、途中でですか。そんな人初めてだよ。逆に面白いわ。何が気に入らなかったのだろう。マネジャがいじめたんじゃないですか。」
「んなわけないだろう。仏のマネジャと呼ばれているんだぜ。ましてやそれなりの人材であれば、良対応するぜ。」
「まあ、そうですよね。」
部下たちは困惑した表情で頭をひねった。
すると恰幅よく態度がふてぶてしい男がこう言った。
「面談に集中できなかったんじゃないですか。まあ仕方ないですね。オレの大学時代のサッカーを思い出しますよ。」
どうやらこの男はチームではナンバー二なのだろう。
「ほお、アヌキどういうことだ。オレも大学サッカーは熱中してたぜ。」
マネジャが話の続きを促す。
「いやいや、たいしたことじゃないんですよ。」
アヌキと呼ばれた男は言葉を濁した。
するとマネジャはカッと鋭い調子で睨み、なにやら重い表情で黙ってしまった。そういえば、わたしも大学サッカー部だった。こんなところに大学サッカー出身者が三名も揃っているなんて。そして、わたしは大学時代のサッカー部をふと思い出した。
大学時代の公式戦のことである。カレがどうしても気になるのだ。ボールがラインを割るたびに、こちらを向いて目を光らせている。無論、それかカレの仕事であることは理解してる。ボールがラインを割ったら、選手の様子を配慮して、必要であればボールを投げ渡す。よくよく説明は受けているのだろう。その所作にはまったく乱れがない。
だがどうしても気になる。試合開始から既に二十分経過してるが、カレの存在が頭を離れず試合そっちのけ。試合はその時点で〇対〇。公式戦ということもあり、緊迫した状況が続いていた。左サイドを上がり下がりしているわたしはマークする相手の背中を見ている。背番号は一三。ヒョロッと身長が高く力強さはないもののスピードがあって技巧派だった。往年のヨハンクライフを想起させる。でもマークするには嫌いなタイプではない。ワタシ自身体格に恵まれていないので、ゴリゴリ、フィジカルで押してくるタイプよりは嫌ではない。
そのときまでに、スローインは六回はやっただろうか。原則、スローインは位置に関係なくサイドバックが担当することになっている。だからこそわたしがカレから多くのボールを受け取るのだが、どうにもこうにもそのときだけ時間が止まったようになるのだ。
それはこういうことだ。まずカレはボールがラインを割ると選手付近にボールがないにも関わらず、まったく急ぐ様子を見せないのだ。通常ならサッとボールをよこすものだ。ところがカレは、こちらに不敵な笑みを見せ、一呼吸置いたあとようやく持っているボールをこちらに手放す。この緩慢な動作が憤懣やるせない。流れよく攻めている時には、止まることなく、迅速にスローインにつなげたい。しかし、その一呼吸がチームのペースを崩すのだ。
わたしは1度イラついて、早くボールを寄越せと下から手招きをして激しいアクションをした。しかし、それもカレの焦りや動揺を誘うに至らなかった。それどころか、ニヤっと笑みを浮かべてまたもやワンテンポ遅らせるのだった。
カレは高校生くらいだろうか。髪型もボサッとしていてスタイリングしている様子もない。一昔前のマッシュルームカットとでもいうのか。だからこそ余計、一重のキツネ目が目立つし。何を考えているか分からない涼しい目だ。グリコモリナガ事件を思い出してしまう。ボールを胸の前で両手に収め、電源の切れたロボットのように力なく立っている。まるでその半径一メートルくらいが、何かの膜に覆われているようにもやっとしている。この炎天下のなか、まったく熱を感じないのだ。
そんなことを考えていると、チームメイトの声が頭に響いた。そうまだ前半二十分を過ぎたところ。試合中だった。気づくと左ライン際に縦パスが通り、あの縦長野郎の快速にまたもや一歩出遅れてしまった。背番号十三の背中を追いながら必死に走る。しかしなかなか追いつかない。わたしもサッカー部のなかでは一、二を争う快速だが、このままではセンタリングを上げられてしまう。背中からは、あげさせるな、つめろ、という声が響く。相手はコーナーサイドギリギリまで持ちこんで、深いセンタリングをあげるようだった。それだけはどうしても阻止したい。
前のめりになりながら、前方に突っ走る。ぜえぜえ、はあはあ、と身体がキュルキュルと悲鳴をあげている。まるで内側から弾けてこなごなに砕けてしまいそうだ。ようやく半身ほど後ろの位置につけた。サイドバックのプライドとしてなんとかセンタリングだけは阻止したい。わたしは身体を投げ打ってスライディングタックルをかました。
全てがスローモーションのように身体が動いていく、よしっ!このままいけば足にボールを当てられそうだ!とその瞬間わたしの身体はグラウンドに投げだされ、ボールとの邂逅は起こらなかった。十三番はフェイントで切り返したのだ。わたしはスライディングで滑っているために、二メートルも三メートルも彼から離れてしまった。ようやく歓声とかけ声が頭に響いてきた。振り返ると切り返しからセンタリングをあげられている。そして、なんとまあボールは直接ゴールネットを揺らしていたのだった。わたしがスライディングというリスクある選択をとらずに、慎重なマークに徹していればこのような事態にはならなかっただろう。
ドンマイドンマイ!ベンチから声が上がった。これまで無失点に抑えられただけにこの失点は悔やまれた。わたしたちはそれでも気を取り直し、せめてもの償いにボールをセンターラインにセットした。気持ちを切り替えるべく、大きくため息をついたが、そのときふと頭に浮かぶのはカレの姿だった。あのセンタリングで身体を投げ打ったときも、カレの冷ややかな笑みが頭をよぎったのだ。その残像を打ち消す作業が、スライディングの覚悟を一瞬遅らせたのだ。そう思うと急にカレが憎らしくなってきた。
試合開始の笛が鳴ってもその怒りはとどまることを知らなかった。相変わらず我々は劣勢だったが、ボールがこちら側に来た時などは、良いプレーをしようとするあまり余計空回ってしまった。激しくあたりにいくので、相手に向けて足の裏を見せて飛び込んだり、ユニホームを引っ張ったりしたのだ。ホイッスルで試合が中断するたびにカレのほうに目をやった。カレは相変わらず微動だにせず、キツネ目をこちらに向けている。それを確認するや否や、胸のムカムカは収まらず、監督やチームメイトの声も右から左に抜けていく。
前半も三十分を過ぎた。ボールはサイドラインを越えて、我々のスローインとなった。またもやカレからボールを受け取ることになると思うと暗鬱な気持ちとなる。ゆっくり歩きながら、下げていた顔を前方に向けるとその瞬間に、ボールが目の前にあった。わたしは面喰い、ビクッと頭を後方に動かしたが時すでに遅し。ボールは顔面をとらえ、頭がゆらゆらと揺れている。かろうじて倒れずに済んだものの、バランスを保つのがやっと。急いで自分を立て直し、それたボールを拾いに行く。今までの傾向をまんまと外し、カレは最高の早さでにボールをよこしたのだ。間違いなくわざとだろう。そろそろわたしがカレの傾向を掴みきり安心したところで、戦略を切り替えたのだ。ワンバウンドさせる位置もわざと顔面に当たるよう的確に狙ったのだろう。
それたボールを持ち直すと急いでスローインの体制に入る。そのときですらカレの視線を感じずにはいられない。背中がムズムズするし、前方に集中できない。投げ入れると、わたしは我慢できずに振り返った。なんとカレはわたしなぞまるでそこにいないかのように、試合のほうにぞっこんではないか。そのわざとらしい無視という無視もまた腹立たしい。
そうこうしているうちに味方の苦し紛れのパスが足元を襲いトラップミスをしてしまった。ナカヤマ集中しろ!しびれをきらした監督の声が響く。相手ボールのスローインだ。休みつつ息を整えながら、カレの様子を伺う。カレは咄嗟にボールを用意して、素早く丁寧にボールを投げ渡すではないか。そこには怠惰のかけらもなく、学生特有の必死さと誠実さも伝わってくる。まるで部活に入りたての中学一年生のような初々しさだ。あまりの対応の違いにわたしは、一瞬立ち止まってしまった。そこから湧いてきた感情といえば、もう怒りだ。隠しきれない怒りがわたしの内側から内臓を突き破り、その外側にある皮膚すら突き破ってマグマとして外界に噴出した。
そこからはあまり試合のことは覚えていない。あの十三番に振り切られて、後ろから足を刈り飛ばしたのはかろうじて覚えている。十三番は両足を抱えてうずくまった。審判が鬼のような形相で向かってきた。倒れたままのわたしの上空に顔をだして、胸から黄色いカードをだした。わたしはその鮮やかな黄色にホッとした。チームメートの誰も異論を唱えるものはいない。むしろ黄色いカードで済んだことが不思議なくらいだ。
十三番は相変わらず倒れたままだ。顔を歪めて苦痛にあえいでいる。審判はすぐにタンカーを呼ぶ。わたしもさすがに罪悪感から十三番の肩に手をやり心配そうに覗き込んでおいた。タンカーがやってきた。白のウインドブレーカーを着た若者が四人。何気なく顔をみると、なんとそのうちの一人は先程ボールボーイをやっていたカレではないか。カレはわたしと目を合わせるとニヤッと微笑んだ。その微笑みは、やっちまったね、というようなとてもリラックスした優しい微笑みであった。菩薩のくせにチクチクと嫌がらせする感じだ。わたしはそれがとても余裕があるように見えて、余計腹のなかの虫が収まらない。年齢も経験もわたしのほうが五年は違うだろうに。今日一日カレの掌の上で転がされているようだ。孫悟空とは中国の話だと思っていたが、あれはわたしのことだろうか。
結果、五分程度中断した。そのあいだにわたしは水を飲み、監督の指示を受けた。またキャプテンからは、まだ時間はある。落ち着け。めずらしいな、今日は、と声をかけられた。どうやら十三番は全身をグラウンドに強く打ちつけただけで、怪我はなかったらしい。ヒザに手をやって立ち上がっている。
そしてあのカレを見るとボールボーイの位置に戻っている。今までは、もしかすると気のせいではないかと思っていたが、これはわたしを陥れることに全身全霊だという確信に変わった。いったい何の恨みがあるのだろう、そもそもカレはわたしの素性を知っているのだろうか。よくよくカレの顔を見つめるが見覚えはない。それともカレは単純に敵方の味方なのか。十三番の弟なのかもしれない。
だとすれば一連のわたしへの嫌がらせも理解できる。あの目つき、あの目つきが脳裏に焼きついて離れない。わたしはこの焦りが復讐心に変化していくことを自分で感じることができた。やられたらやりかえす、この言葉をある女性アーティストが詩のなかで何度も繰り返していたが、今にしてその意味を理解した。そうやられたのなら、やりかえすしかない。もはや試合なんてどうでもいい。いや、サッカーなんてどうでもいいのだ。そもそもなぜわたしはサッカーをやっているのか。サッカーなんて糞食らえだ。
本当に好きでやっていたというよりは、得意だから続けてきたようなものだ。ここで選手生命を絶たれたところで何も怖くない。いや、むしろ就職活動に専念できる。今ならこの実績と学力を持ってして総合商社を狙える。激務ではあるが、その分の給料で、飲む、打つ、買うをやるのだ。おっと、わたしは遺伝上呑めそうにはないのだった。となると、打つか。それもまた興味が1ミクロンも湧いてこない。一度度胸を持ってパチンコ屋に入ったが、初心者過ぎてどこでタマを買えばよいのかすら分からなかった。あたふたしているうちに、そのキョドリっぷりが恥ずかしくなり逃げるように外に飛び出したのであった。となると最後の砦は買うか。これもまた、一時の性欲に支配されるものの、いざ行為が終わると聖人君主のようになり、激しい後悔が始まる。だから断続的にしか、どうにもハマれない。開き直った女遊びができないのだ。
おやおや、では何のためにこれから生きていけばいいのか。まるで生活の糧が見つからない。そう考えるとわたしの気持ちはグルグルと小さく渦を巻くばかりであった。しかし、ここは何かを犠牲にしてもやらなければならないときだ。それを復讐と呼んでも過言ではないだろう。
さて、ではどのように復讐をしていこうか。ボールがラインを出たとき、早くしろよ、と怒鳴りつけてやろうか。わたしは平生寡黙なだけに、この一撃はカレを震え上がらせるだろう。その口を歪めたカレの表情を想像するだけでヨダレがたれそうだ。まるでモンスターが獲物を喰らう前のように。ああ、ヨダレがたまってきた。
ん、待てよ。この程度の復讐でいいのか。いやいやそんな程度では気がすまない。もう直接カレのもとに走っていって、一つ間を置いたあとぶん殴ってやる。この一つ間を置くということが大切だ。この間が、カレの平安な心を一気にかき乱すだろう。そしてその次の瞬間、肉体に痛みが走るのだ。
そんな想像をしていると、試合が再開された。十三番も足を引きずりながらピッチに立っている。わたしはかたちばかりの謝罪を再度してポジションに戻った。サイドライン沿いをみるとカレはいた。相変わらずボールを胸に直立不動でこちらを向いている。わたしと目が合うと片頬をあげてニヤッとした。その時点にてわたしは先の妄想を実行に移す決心をした。もはや我慢の限界とはこのことだ。試合再開のホイッスルが鳴ると、わたしの鼓動は増してきた。相変わらず十三番は足を引きずっている。許せ、十三番。今回は運が悪かったと思ってくれ。全てはあいつが悪いのだ。わたしは密かに罪悪感を感じながらも激しいタックルを繰り返した。相手ベンチからはすごいクレームだ。相手コーチはサイドラインまで飛び出して、肩と手を上げながらホワイ?というジェスチャーを審判に示している。
ようやくボールがラインを割り、マイボールになった。相手陣地側であったこともあり、ボールボーイはべつの人物であった。わたしは嬉しいやら残念やら複雑な気分だった。復讐へのモチベーションは持続されていたため、あと少しでやり遂げられたのに!っという気持と、やらずに済んだ!という気持がわたしのなかで渦を巻いていた。そんな気持を抱えたままスローインをするとホイッスルがピー、と鳴った。なんとファールスローを犯してしまったのだ。
ファールスローなぞいつぶりだろうか。小学生時ぶりだろうか。あまりに久々過ぎて、いったい何を犯せばファールスローになるのかも忘れてしまった。呆然と立ち尽くしていると相手がすぐにボールを奪い、スローイングの体制に入った。それでもわたしの身体は動かない。どうしたことか。身体がカチカチに固まり、ヨダレすら口のなかで固まっているようだ。それでもなんとか喉の奥から声にならない声を絞り出した。
次こそは次こそは、わたしは何度もつぶやいた。気がつくと雨がしとしとと降り始め、皆の頭にはぺったりと髪が張り付いている。試合は再開されたものの、もはやわたしの目に映るのは、彼の残像のみだ。そのほかは、まるでぼやっとして実態がつかめない。そう、映画のワンシーン、主人公が恋に落ちてその女性以外がボヤけている状態なのだ。もしや、わたしはカレに恋をしているのか!そんな疑問すら頭に浮かんでくる。恋焦がれるあまりに憎しみに変わるというのは、安いメロドラマでもよくある設定だ。カレのおかっぱツヤツヤ頭、カレのツンとした狐のような瞳。カレのほっそりした肉体に浮かび上がる肋骨。カレの薄くて冷たそうな唇!ああもうカレから逃れられない。
いやいや、わたしは水を払う犬のようにプルプル首を横に振って、この妄想を振り払った。憎しみが愛情と似通っていることは分かった。だが今は大学選手権、立派な公式戦なのである。試合に集中しよう。まだ勝機のチャンスはあるのだ。
バックラインでボールを回していると左サイドのわたしの足元にボールが来た。大きなサイドチェンジからボールが運ばれたため、前方にはスペースがあった。ここはチャンスと思い、そのままドリブルで勝負する。先の十三番もポジションチェンジから、わたしのマークにはつけず、相手は敵の右サイドだけだ。元々脚力とスタミナがあったのでサイドバックを勝ち取ったこともあり、縦に抜けるスプリント力は誰にも負ける気がしなかった。
右サイドバッグも適度な距離を保ちわたしのマークについた。わたしは一瞬中に入るフェイントを入れ、縦に勝負した!思い切り前方が開けた。そのとき敵方サイドバックの表情か見えたのだが、それがなんとボールボーイのカレだったのだ。
わたしの足はそれまでの馬力を失い完全によろけた。バックスは余裕でわたしに追いつき、ボールを楽々とクリアした。その表情を見ると、あのカレとはまったくの別人であった。もう耐えられない。さすがの無気力プレイにチームメイトから怒号が飛ぶ。ナカヤマ何やってるんだよ!上げれただろ!気合入れろよ!そんな言葉もまるで頭に響かない。ショックのあまり地面に突っ伏した。オオオオッ!嗚咽がグラウンドに響く。この雷のような嗚咽はどこからくるのだろう、と顔を上げるとそれはわたしの口から発せらたものだった。
自分の身体を制御することはできなかった。暴走したエヴァンゲリオンのように、肉体がミシミシと唸り、嗚咽も高まりを増す。周囲を見渡す余裕もないが、恐らくこのグラウンド至上初のキョトン数だっただろう。観客を含めてこれほど人の息が停止した瞬間はないに違いない。我に返った審判がこちらにゆっくり駆け寄ってくるのは見えた。
審判の顔は蒼ざめていた。
「大丈夫か。何か怪我でもしたか。」
ふり絞った審判の声がわたしの頭に降り注いだ。そんな声で一瞬我に返ったかと思いきや、またもや制御不能になり、手脚をばたつかせるのであった。審判も、もはやこれまで、と判断したのか、手に負えなくなったのかわからないが、早速、
「タンカー!!」
とピッチ外に叫んだ。
わたしは、
「タンカーはいらん!」
と叫び、猛然と立ち上がった。老成した偉人のようだ。その姿は仁王像のように逞しく自信に溢れていただろう。審判も意表をつかれたのか、口をアフアフさせている。もちろんその他周りの人間も同様だ。わたしは自信を取り戻し、オードリーの春日のように両胸をいからせながらピッチ外に向かった。そしてカレを見つけると、一歩一歩土の感触を確かめながらそこにめがけて進むのであった。
ところが最初は仁王像のように笑みを浮かべてみたが、だんだん自信から不安がやってきた。なぜなら天敵であるカレがまるで動じていないのだ。少しはわたしの仁王像に震えをなすのかとおもいきや、まるで以前の様子と変わらない。
しかし、今更引き返すわけにも行かない。わたしにはわたしのプライドがある。ここはひとつガツンと言わせてやろう!と気合を入れ直し、もう一度カレの顔を見つめる。するとまたもや、その悠然とした構え、わたしの決意はみるみる萎んでいくのだ。もうダメだ。どうしても頑張れない。どう逃げようか、そうだ先程の嗚咽を利用しよう。
そんな、なんとも冴えない理由で方向転換を余儀なくされた。早速わたしは実行に移し、踵を返したわけだが、その瞬間、悔しいのでカレに向かって無音にて、
「シネ。」
と言ってやった。その後すぐ振り返ったために、カレの表情は見えなかったのでリアクションは分からなかったが、このちょっとした反撃だけでもわたしの心は軽くなった。ピッチにノロノロと戻ると、駆け寄ってきた審判に
「すみません。大丈夫です。前半で頭を打った影響からか、おかしな言動をしてしまいました。」と苦笑いで男性ホルモンに溢れたゴリラのような審判に弁明した。
するとゴリラはその発言には何も反応せずに、胸元から一枚のカードを出すではないか。「おおっ!」
とした声が会場から挙がった。予期せぬアクションに、わたしの胸は高鳴った。そのカードの色は黄色であった。すでに一枚もらっていたわたしは退場というわけだ。まったくカードのことを意識していなかったので意表を突かれた。そうか、既に前半一枚十三番の足をかったときにもらっていたのだ。カレのことで頭が一杯で完全に忘れていた。
思えばセンタリングを上げ損ない、発狂したかのように四つん這いになり、嗚咽する。かと思いきや、ピッチ外に向かい急に引き返し何事もなかったように戻ってくる。さらに、どうかしてた、との言い訳。これでカードが出ないはずはない。試合は五分以上中断され、ひとり凡庸な大学生の訳分からぬ小芝居じみたものが行われていたのだ。
分かる。客観的に考えれば以上のような行為はカードに値する。既に後半は二十五分を過ぎて、一対〇で負けている。この状態での退場は試合をこわしてしまったと言われても仕方がないだろう。ちなみに今回がわたしにとって初の退場である。わたしはがっくりと肩を落とすと、空を見上げた。真っ青な空には気球が浮かんでおり、冊子メーカーのロゴがデカデカと描かれていた。今はただそのロゴしか目に入らなかった。我に返りとそのままピッチ外にとぼとぼと歩き出し、全ての財産を失った高齢の資産家のごとくため息をついた。チームメイトは誰も近寄って来なかった。コーチ陣だって同じだ。
足がラインを割ると試合は再開されたようだ。この際、カレの顔でも拝んでおくか、と最期に顔を上げて、カレを探した。しかし、カレは試合に集中しているため、まるでわたしの視線には気づかないようだった。よく見ると非常に穏やかな顔をしているではないか、ウォーズマンのような冷たい風貌は変わらないが、まだ成長途上にある幼い顔は、サッカーに向き合う純粋さに満ち溢れている。
どう見ても邪悪な考えに犯されている顔ではない。ピュアというカタカナがそっくり当てはまるように美しく輝いているのだ。わたしはもう一度頭を下げて、ピッチの芝を確かめた。その輝やきこそ、ピカピカなもので、どうしようもなく美しかった。わたしは何を見てきたのだろうか。試合中、誰か一人をずっと疑うくらいなら、このピッチの美しさに集中していれば良かった。ああ、もう美には勝てない。今さらながら反省する。背後では試合再開のホイッスルが鳴った。わたしはスタジアムの通路をくぐり、真っ暗なトンネルに足を踏み入れるのだった。
大学時代の退場を思い出していた。そして我に返った。すると、いいようのない寂しさに襲われてしまった。そして、
「おーい、おーい、ここにいるよ!」
と両腕を交差させながら叫んだ。それは山で遭難した際にヘリコプターを見つけたときにする仕草であって、ああ、意外とドラマのような仕草ってするものだな、と思ったものだ。
しかし、どれだけ叫んだところで何の反応も得られなかった。おでこを行ったりきたり、走り回っても何の意味もなさない。わたしは、ぜえ、ぜえ、と息をきらして、へたり込んでしまった。もしかすると、一生このマネジャのうえで暮らしていくのだろうか。食事はどうしよう。まるで無人島に置きざりにされたようだ。そんなことを考えていると、思わず頭を抱えてしまった。
そんなこととは露知らず、マネジャたちは、キャンタマ袋がさあ、アヌキ、とか、何やら卑猥な話題に移行している。世の中で何が怖いって、下ネタほど怖いもののないわたしにとっては地獄である。ただでさえ絶望しているのに追い打ちをかける下ネタだ。しかし、周囲の冷たい視線も気にすることなく、下ネタはヒートアップしてくる。
わたしは拳で何度も、マネジャの額を打ちつけるが全く効果がなかった。またもやあきらめて体育座りをする。アヌキやキャンタマ袋、というワードが頭のなかをぐるぐるして、軽いめまいに襲われてきたのだ。それでも外界では会話が続く。名古屋のあいつは文句がうるさいからこちらに呼んだ、とか。このアニキは意外と下ネタがダメだとか。こいつは親方気質で昔はうるさかったとか。あの女はうるさい、だとか。もう一人の女性を採用しておけば良かっただとか、そんな類だ。
わたしはそんな話にも飽きてきたので、隣の円席を占めた老人連中を見た。既に酒が入っているのか、でかい声でなにやら騒いでいる。男性五名、女性一名の計六名だ。全員七十代だろうか。その態度も決して褒められるものではなく、見るからに臭い息を吐きながら、ふんぞり返っている。わたしがこれまでの人生で接したことのないような下劣さが毛穴からにじみ出ている。
しかも、よくよく話を聴いてみるとこちらも卑猥な話をしているではないか。
「あの女やれるわな、まあ、あいつは立たないだろうが」
顔を真っ赤にした男が吠える。円卓の真ん中には紹興酒がズドンと置いてある。ここは何て街なのだろうか。五反田は何度か来たことがあるが、これほどエロスと下品にまみれた街はない。さらに昼間からの酒臭ぶりには、大都市東京とは思えないスメルもした。
わたしは成人してから初のエロスに身を委ねていた。が、いつしか耐えきれなくなり耳を塞いだ。育ちのよいわたしは二十五になるまで、下ネタを耳にしたことがなかった。最近はようやく飲み会の席などで慣れてきたものの、まだまだ純粋培養ボーイである。だから、絶望に打ちひしがれ横になっていた。すると額に直当てした耳からかすかな音が聴こえるではないか。
「ふん、あの野郎一体何考えているか分かったもんじゃないぜ。先に入社したからといって偉そうに。現場を知っているからって調子に乗るなよ。」
マネジャの視線を辿ると斜め前に座っているアヌキと呼ばれていた人物を睨みつけていた。それにしても、どうやら頭蓋骨を通じてその人物の思いを汲み取れるらしい。これは思わぬ大発見である。アヌキもアヌキでその視線から逃げることなく、こちらをキタキツネのような醒めた目で見つめ返している。まるで感情がないその瞳からはマネジャとアヌキの良からぬ人間関係が一目瞭然だった。
マネジャも負けじと睨み返している。
「アヌキのやろう、オレがもっと偉くなったらクビにしてやるぜ!」
わたしは彼の頭蓋骨に耳を当てながら、武者震いした。耳を彼の頭部にぴたっと当てるだけで、心の声が聞きとれることの安易さに面喰ってしまった。アヌキを見返すと、無表情から一変ニコッと笑みを浮かべ、コーヒーを口にした。
「ふん、どいつもこいつも使えねえ馬鹿ばっかりだ。オレのメールの返信の早さに勝てるやつはいねえぜよ。なにせ受信後五十秒で返信するのがオレの流儀だからなあ。それに比べてアヌキはどうだ。忙しいとかこつけてまったく返信してこねえ。それだけでもオレの勝ちだぜ。」
どうやらマネジャはメールの返信速度に自信を持っているようだ。これはいただけない。
「それよりも今日の風俗はどの娘にするかな。熟女M嬢にするか。へへへ。これだからこの会社はやめられないぜ。外資系の定時終わり。英語ができなくてもちょろいもんだぜ。あとは適当に下々の者を使って業績をふんだくればいいのさ。上に媚びて下を叩く、これは一見最低のように聴こえるが社内政治を考えたときには一番出世するのが世の常なのさ。そこらへんがここいらアヌキを中心とするメンバーは甘いんだよな。だからこそオレに抜かされるんだ。仕事は結果が全てだ。そのためには法律ギリギリのところまでやる。そこのバランス感覚が非常に重要。目玉焼きのキミをギリギリまで割らずに突くように、頃合いを知っているのがこの社会を制するのだ。結果さえ出せば遊んでもいい。風俗、キャバクラ、競馬、競輪、なんでもいいぜ。最近は妙に健康志向が高まってきたからか、マラソン、クライミング、トライアスロンに手を出すエグゼクティブがいるけど、それこそこの世の終わりだね。人はねえ、闇をいかに表に出すか、滲みだすかだよ。」
マネジャの下劣な告白が聴こえてきた。
このような告白が一番に耐えられない。日頃から性善説をとっているだけに、まるで裏切られたようだ。それにどうだ、この仕事に対する心の持ちようは。完全になめている。こんな人間の下で働く我々は働きアリに過ぎないのではないだろうか。その人間の頭上に属していると考えるだけで、嫌悪感はどんどんと膨らんでいき、破裂は時間の問題だった。やはり人というのは、数時間共に過ごしてようやくわかるものだ。そう考えると、転職面談なぞはその人の本質は見抜けないといっても過言ではないだろう。マネジャだって最初は目のギラギラ感に圧倒されたが、よく受けとれば熱いパッションが感じられたし、人間性も含めてある程度できあがっているのだろうと思っていた。しかし、実際はどうだろうか。いや、決して仕事中に風俗とか悪口とか考えていけないというわけではない。わたしだってたまには考える。その思考の飛躍こそが人間が人間たる所以なのだから。問題はその思考のなかで最低限のモラルを守っているかということだ。マネジャはあきらかに人への敬意を欠いているし、そこには自分本位なものしかない。そう考えると頭のなかはぐるぐるぐるぐる思考の渦が大きくなってわたしの脳をぶち破ろうとしていた。もう限界なのだ。
わたしは耳元からとっさに飛び降りた。
「アイキャンフライ!」
と思わず叫んでいた。そこには何の躊躇もない。落下はますます加速していく。地面が遠い。その瞬間足に衝撃が走った。どうやら無事に着地はできたようだ。わたしはしばらくうずくまり息を整えた。
とりあえず脂の染みついた机の上で今後のことを考えた。まったく後先考えず行動に移したので、私自身この身体で大きな不安に襲われる。当初の教祖になりたいという思いはどこにいったのだろうか。この変わり身の早さが自分の長所でもあるのだが、なんともまあ情けない。今は教祖どころではない、どう生き抜くかだ。そもそもどうしたら元の身体に戻れるかが分からない。なにしろこの身体では移動するにも一苦労。店の出入り口に到着するだけで日が暮れているだろう。いやまてよ、と机の下を除くととそこは絶壁断崖。ここを降りることすら自殺行為に等しい。
となると、やはり人に寄生するのが一番の手段に思える。安定したポジション、揺れに強く、前方が見間渡せる、そうそれは頭しかないのだ。しかし密林でおおわれた頭髪は迷い込んだら、永遠に表にでることのできないリスクがある。すると結論はやはり後退した頭に限る。ランチの時間からしてもう五分もしたら皆席を立つだろう。その前にべつの人間に乗り移るしかない。見上げると、移れそうなハゲはアヌキしかいないではないか。アヌキはマネジャのようなスキンヘッドではないが、前頭部はほどよくハゲあがっている。
「アヌキかあ。」
わたしは力なくつぶやき、臨戦態勢に入った。あまりその場に待機しているとあらゆる外圧によって殺されそうなのだ。
飛び上がるのは飛び降りるより、思いのほか楽だった。脚、肩、頭という順に三段跳びを行なった。アヌキの頭はマネジャより幾分冷ややかとしていた。わたしはヒザに手を置いて息を整えると、その環境に目を凝らした。すぐ向こう、坂の上のほうには、密林に覆われたジャングルらしきものが見えた。
「こ、これが髪の毛っていうやつか。」
わたしはひとりごちた。なにやら簡単には踏む込めない神聖さを感じる。と同時に思わずそのオアシスに足を踏み入れて探検したくもなる。
そんな気分を抑えて自分を見直すために大きな深呼吸をする。そして外界を見渡してみる。するとマネジャがこちらを睨んでいるではないか。しつこい。しかしアヌキはというと、我関せずという様子で正面を見ている。
この無愛想なアヌキの思いが知りたくて、わたしは身体を横に倒し、頭に耳を置いた。
「さて、今日の夕食な何にするかな。最近太ってきたし、健康診断でコレステロール引っかかったしな。グラタンにでもするか。彼女二号に作らせるかな。子供のころからグラタンが好きなんだよな。女性のなかにはさ、男でグラタン好きというと引く子もいるけど意味わかんねー。なぜ乳製品が好きだとダメなのかなあ。あのフンワリチーズがたまらないよね。最初にあの上辺のコゲコゲチーズをさらって、口の中にいれると凄く幸せな気分になるんだ。昔、ムツゴロウ王国をテレビで観ていたような気分。それから中に隠れているマカロニを救い出す。どこに隠れたおまえさん、と思わず歌いたくなるほどマカロニ探しは面白いね。そんな優しくて温かい歌を歌いながら、見つけたマカロニをグサッとフォークで刺す。そして持ち前の牙をもって強く噛み砕く。このギャップ。ああ想像するだけで涎が出るぜ。」
おっと、ずっと夕食のことを考えているではないか。そしてアヌキという名前のくせにグラタン好きとは随分とギャップのあるものだ。
どうやらアヌキにとってマネジャは眼中にないというところか。その後の会話を引き続き聞いていても、FF3はあの洞窟ダンジョンが難しいだとか、しいたけの作り方だとか、どうでもいい話が延々と続いた。
とはいえ、マネジャの鋭い視線はこちらを向いたままだ。その瞳はゴンギツネのようで、幾分かの感情が感じられる。わたしは北海道の荒野にて、突然目の前に現れたゴンキツネと対峙しているような不思議な気持ちになった。
アヌキはようやくその視線に気がつくと、マネジャの方に向き直った。
「ふん、あの野郎まだ狐ヅラやってたのか、オールハゲのくせにしつこい奴だな。全ての毛をなくして、さっぱりした姿形になればいいのに。」
アヌキは自身のうっすらハゲはさし置いておいて、辛辣な言葉を投げかけた。わたしはこのやりとりがいつまで続くのか考えると、ほとほと嫌気がさしてきた。早くランチを終え、オフィスに戻らないものかと、待ち遠しい気持ちになる。
そうそう、そういえばわたしの面談結果はどうなったのだろうか。途中で消えるという失態をやらかした以上不採用だろうか。急に現実に戻るとソワソワしてきた。こんなメンツだし他を当たったほうがいいのだろうか。しかしそれもまた怠惰。そう、ここは何としてでもこの存在をアピールして、事情を説明しなければならない。ここに来て黙って見過ごすこともできなくなってきた。
わたしは考える人の格好をしてさんざん思案した。すると、ひらめきを得た。そうだ目潰しという手がある、わたしは喜々として立ち上がり。自分の発想に改めて感服した。これでいままでわたしという尊大な存在を、のけものにしていた者への復讐ができるぞ。わたしはよだれを垂らしながら、自分の拳をじっくりと眺めた。その拳は力を持て余していたからか、ピクピク震え、やる気に満ち溢れている。わたしという肉体を完全に離れた独立生命体のようだ。耳をすませば、オレに任せろ、という声すら聴こえてくるではないか。
耳元から目元には慎重に向った。落ちたらこの計画も台無しになる。アヌキはずっと前方を直視している。これはチャンスだ。瞬きもほとんどしないので、予想以上に楽勝そうだ。なんとかまぶたにまでたどり着いた。時間はないので、早速拳を振り上げた。そして思い切り眼球に叩きつけた。
「痛い!」
アヌキは大声を上げた。ものすごい勢いで瞬きをしたので、わたしは思わず目元から振り落とされそうになった。かろうじて腕一本で目頭に捕まり、オランウータンの要領で、反動をつけてなんとか右耳に辿りつけた。わたしの一連の動きはスパイダーマンのようでもあったに違いない。アメリカのキッズに見せつけたかった。いつも肝心なところは孤独なものである。
「なんか目に入ったぞ。うわあ、やばいなあ。ちょっと目が開かない。」
アヌキは、周りに言い訳がましく説明した。周りの若手は心配そうに茫然としている。ところがアヌキの様子がたいしたことないと分かった途端、皆笑いをこらえるのに必死なのか、ほおをピクピクさせ始めた。それでもマネジャがなんとか声を振り絞り、
「アヌキ大丈夫か。突然だもんなあ。時間あれば病院行くか。今から検索してもいいぞ。もしなんかあったら大変だしなあ。どれどれいい病院ないかな。」
とスマホを片手に、マネジャらしさを取り戻し、眉をへの字にして、心配に満ちた顔を作っている。
「もう大丈夫ですよ。一瞬のことでしたから。それよりそろそろ行きませんか。次の面談もあるんですよね。わたしなんかに構わず、マネジャの仕事っぷりを引き続き見せてくださいよ。人が何しろ足らないんですから。期待してますよ。」
アヌキはマネジャの提案を一蹴した。
「うるせー。」
マネジャは突然激怒した!なにが彼の逆鱗に触れたのかわからない、まさにキレるとはこのことだ。
「オレは心配してやってるんだ。仕事のペースはオレのものだ。いちいち指図するな!いいからお前は病院に行け!なんならオレが付いて行ってやろうか!乳飲みの子のようにずっとあやし続けてやるぞ!それからお前の実家に電話して乳飲み子に戻った理由をとくとくと質問攻めにするんだ。どうしたらこんな子が育つのかってね。」
この剣幕には総勢一同固まってしまった。あれだけ余裕を見せいていたアヌキですら何も言い返せぬまま、机の上の薄いアイスコーヒーを見つめている。
どうやら、午前中のわたしの面談がマネジャを相当傷つけていたらしい。すっぽかされたとでも思っているのだろうか。いわゆるメンツを潰したというやつだ。それを考えると余計にわたしは表に出づらくなってしまった。しかし事態はあっけなく収束に向かった。
マネジャはふと我に返ったのか、
「スマン言い過ぎた。」
とペコリ頭をさげた。なにやらバツの悪そうな感じでアイスコーヒーのおかわりの注文をした。すると若手が場の空気を察して、息子の運動会に参加した話を始めた。
「いやあ、脚力には自信があったんですよね。これでも箱根駅伝補欠ですし。ここは五才の息子と嫁にいいところを見せつけようと肩に力が入っちゃいましたよ。問題なのはその競争が障害物競走であったこと。べつに網の下をくぐるとか、平行棒を歩くとかはいいんですよ、問題は、思わぬ難関が飴食いにあったことですよ。あれ真っ白な粉のなかにあるんですけど、口だけで取ろうとするとなかなか見つからないものですよ。最後の飴食いまではぶっちぎり一位だったのに、探せば探すほど飴が見つからないのですよ。そんなときって意外と焦っているのに、頭のなかはスローにべつのことを考えたりするもんですね。何を考えていたと思いますか。自分が小さい頃に同じ光景を見ていた記憶が蘇ったんです。ああそうだ、父も最終コーナーの飴までは順調だったのに、最後の最後でつまづいている様子。表情はもはや粉にまみれて真っ白。次々と後続のお父さんたちに抜かされていくのです。最終的に父は手を使って飴を口に入れてましたね。その一連の光景を飴を探しながら同時並行で眺めていたのです。そしてわたしも迷わず右手で飴をつかむと口に入れたのです。」
息子には、お父さんはラグビーで花園にも行ったことがあるんだぞ、と自慢話していただけに、それはそれでショックは計り知れなかったらしい。それ以来店先でアメを見ると思わず目を背けてしまうそうだ。
アヌキとマネジャもそれまでのピリピリムードから一変、あまりのほのぼの話に思わず「ニヤッ」」とした笑みがこぼれた。少し空気が和らいだところで、ようやくマネジャが
「よし、行くか!」
と声をかけて昼食は終わりとなった。その一言を発するタイミングとしてはここが最適だったのだろう。
わたしたちは席を立った。正確に言えばわたしは立っていないがアヌキが立った。ごちそうさま、わたしはアヌキの上でつぶやいた。そしてアヌキの上にいる存在意義が何だったのか途方に暮れてしまった。そう、単純にマネジャの傲慢ぶりに嫌気がさしただけであった。ところが、なかなかどうして、このアヌキも曲者である。マネジャよりはクールなものの、けっこうねじれた思想の持ち主だ。それでいて先ほどのマネジャに対するリアクションを見ると、弱気なところもある。
一行は無言のままオフィスに向かう。二時間ほど頭上での生活を送ることでそのポジショニングやリスク管理への対応など環境に慣れてきた。すると持ち前の冒険心もムクムクと湧いてきたので、ここは一つ頭髪という密林にチャレンジしてみることにした。先程若手Bの障害物競争の話がわたしの背中を後押ししたのは間違いないだろう。テクテクとほどよい角度に丸まった額の上を上がっていくとそこには鬱蒼と生い茂る密林があった。わたしの上にはまるで高層ビル群のような頭髪が天空に向けて剃り立っている。それは巨大なワカメのようにも見えるし、鋼鉄でできた剣山のようにも見えなくはない。わたしは根元まで行くと、まずはその幹に触れてみた。よく見ると剣山のように見えた髪は複数に束ねられているのでそう見えただけで、実際はわたしが腕を回せばすっぽり身体に収まる程度だった。さらにしなやかに動く髪の毛は決してわたしを傷つけることなく優しく包み込んでくれる。普段はフワフワなバスタオル、ベッドという類なものは好きではないのだけど、疲労にまみれた今は、そのしなやかふんわり加減がわたしの心を癒してくれるのは間違いなかった。
根元に座り込むと外界の音は遮られ、天空には美しきハエが舞うなど、それはそれであの歴史的名作アニメ、ラピュタを連想させた。ようやく訪れた牧歌的世界にわたしは自分が天使になったのかと錯覚した。思わず手を上下にひらひらさせて、天空に舞いあがろうとしたものだ。しかし、これはさすがにかなわず、ただ手をひらひらさせるだけで疲れただけであった。
さてこれからどうしたものかとわたしは思案した。密林具合も知ることができて、前向きな状態の今、さらなるチャレンジもしたくなってきたのだ。それは髪あるべつの人間にもトライしたいということだ。できればこれまでに存在感を発揮した人物がいい。その人物と言えば、わたしにチャレンジ精神を与えてくれたあの人、そう、「運動会話」の持ち主若手Bしかいないだろう。
そこでわたしは、アヌキの正面に座る若手Bに乗り移ることにした。Bは頭が後退してはいないが、耳の上は余裕がありそうだ。それにマネジャ、アヌキと渡り歩いたわたしはだいぶ経験値も上がり、飛び乗りスキルに関しては自信がでてきた。このまま人に寄生して生きるのも悪くない、ウイルスのような人生を送ろうかとも考える。でもそれには結婚や子供はあきらめないといけないだろう。
さっそくアヌキの額から降りると、デスクに上がり若手Bの前に出た。そしてお決まりの助走をして軽々とBの頭に上がった。さすがにまだ三十代中盤ということもあり、体臭のケアもしているのかフローラルの香りが鼻をついた。
思えばマネジャもアヌキも、それ相応のおじさん突入エイジだったのでオヤジ臭はキツイものがあった。だがBはその点ではまったくの心配がなかった。耳元周囲も油が少なく、足下も滑らない。その快適な居心地と柔らかい肌の弾力から、しばらくは横になったり、体力回復に専念することにした。
横になって耳が彼の皮膚に当たると、彼の独り言が聴こえた。あっ、これでは休めないではないか、と思った。しまったと感じながらも、彼の声が聞こえてくるにつれて、その興味深い言葉に思わず強く耳を当ててしまったのであった。
「ああ、今日もアヌキは素敵だわ。さっき目に何か入って大声あげていたけど大丈夫かしら。あとで目薬買ってきてあげよう。キターッってやつがいいかしら。それにしてもマネジャは大っ嫌い。プライドばかり高くて、自分のペースじゃないとすぐ機嫌が悪くなるの。上に気に入られているからマネジャになったわけで、人をまとめる力はないわね。あの激怒も何だったのかしら。もう驚かされることばかりだわ。よほどストレスがたまってるのね。正面が本当にアヌキで良かった。これがマネジャだったらこちらがストレスでペチャンコひらひらになりそうよ。」
「おおっと!」
わたしは思わず声をあげてしまった。これはだいぶアヌキにお熱ではないか。先程の話では息子の運動会どうのこうの、だったので結婚しているのだろう。おそらく胸の奥に秘めている叶わぬ思いが、彼の奥底ではほとばしっているにちがいない。
そしてBはちらちらとアヌキに目をやるのであった。そのころアヌキは、太った身体に汗を流しながら目の前のモニターを見つめていた。そしてなにやら、ブヒブヒと言うのではないか。いや正確には言っていないが、こちら側からみるとそうとしか聴こえない。
それにしてもBの仕事ぶりは見事なもので、電話に出れば低い声で交渉し、データのまとめ方はエクセル神のような手綱さばきだった。
「こ、こいつはできる!」
わたしは思わず声をあげた。まるで阿修羅のように腕が六本に見える。それも羽のように上下移動しているので、これから飛び立つのではないか、と心配にすらなる。
気になって再度、頭に耳をやると、
「ふん、アタイはグロービスでMBAを学んでいるんだ。そんじょそこらのお嬢さんには負けないよ!そこらのお嬢が化粧に凝っているあいだに、アタイは知力を磨く。これからの女は知力よ。男は女の知力に最後までメタメタだわ。とはいえ社会に順応するには仮の姿も必要。嫁、子供たちを欺いているのは心がひけるけど、そこも完ぺきにこなすのがわたしのプライド。墓場までこの事実を明かさずに全うするわ。やっぱり子供は宝だもの。こないだも香港出張中に一週間ぶりに息子とお話したら、パパどこ行ったのって何とも悲しそうな声で言うのよ。そのときほど息子を愛おしいと思ったことはないわね。子はかすがいうけど、持って見て初めてわかったわ。だからこそわたしは稼ぎ続けるのさ。そのためにはこの大海を泳ぎきらないといけない。ときにはクラゲやサメに襲われることもあるでしょう。でも痛いなんて言ってられないの。歯を食いしばりながら前に進むしかないわね。」
非常にアグレッシブな傾向がある。先ほどの運動会ばなしは大変穏やかな印象があり、爽やかなサラリーマンだったがここまでギャップがあるとは。しかしこのギャップが面白いじゃないか。家では奥さんや子供達にどのような態度をとっているのだろうか。最後までメンズキャラを貫いているのだろう。それはそれで厳しい人生だ。
その話を聞いているとわたしは叔父の話を思い出したのだった。その話はこういうものだった。叔父は何を隠そうあの高橋善人だ。この名前、アカデミックな知識がある人にとってはピンとくるだろう。そう、あのノーベル経済学賞受賞者、高橋善人。今から五年前に、新たな数式を用いてマクロ経済を計測したことでノーベル賞を受賞したのだ。現在は七十一。それはもう、受賞した時は日本中の脚光を浴びて、親戚の我が家にすら、マスコミが押し寄せるくらいであった。とはいえ、そのマスコミが我が家の底辺ぶりを知りつくすと、押し殺したように興味を失ったのはいうまでもない。当時、叔父はマスコミに引っ張りだこで、わたしが受賞後に会ったのは二カ月後だった。わたしは自分の血筋からノーベル賞受賞者が出たことは嬉しかったし、誇らしかった。そういうわけで、雲の上を歩くような心地の良さで、大宮の叔父宅を訪ねたのだが、そこで見た叔父の様子には驚きを隠さざるをえなかった。
叔父は心底憔悴しきっており、その様子は普段熱量にあふれた、あの叔父ではなかった。髪の量は明らかに減り、目元は窪んで、そのクマはマジックで書いたような漆黒の色であった。こたつに入ってぼんやりとテレビを見ているのだが、姿勢まで骨が歪んでしまったようにきれいな円弧を描いていた。
わたしが思い切って声をかけると、まったく覇気のない声で、
「ああ、」
と反応するのであった。
わたしが、
「叔父さん、体調悪そうだけど、大丈夫?」
と聞くと、叔父は、
「ああ、もう疲れたよ。」
とつぶやくのであった。わたしはそれでも一時的なものだろうと、ズケズケとマスコミのことだとか、著名な司会者の印象を聞くと、叔父は全くべつの内容、自分の苦労話を始めたのだった。それはこういうものだった。
叔父は広島の農家出身なのだが、あまり裕福でなかった。だから、大学は奨学金を得なければ入学できなかった。それでも持ち前の根性と、陸上で鍛えた粘り強さで無事奨学金を獲得して、国立大学の数学科に入学したのだった。しかし裕福でなかったことから、日夜アルバイトに従事しなければならず、朝夕は新聞配達、夜は居酒屋の店員というかけもちをしていた。これで、なんとか食いつないでいたのだ。周りは合コンだとか、旅行だとかでずっと遊んでいるなかでの、この日々は非常に苦しかったが、持ち前の負けん気の強さで、乗り越えることができたのである。結果、数学科では一番の成績をとることができたのだった。
おかげで大学院でも奨学金を確保して、なんとか勉学の道に進むことができた。ここで叔父は数学者の道をあきらめ、経済学に完全にシフトすることにした。数学者というのは、どうにもこうにもニーズがないので、まだそれよりも門戸の広い経済学にシフトしたのだ。これが功をそうして、当時日本が経済成長右肩上がりだったこともあり、経済の数式モデルがあまり確立されていなかったこともあり、このモデル作成に着手したのだった。とはいえ、お金がないことには間違いなく、勉学とアルバイトの日々で寝る時間を惜しむほどであった。食事も白菜を炒めたものをメインにするなど、それはそれは質素なものであった。まるで血反吐がでるほど深夜は数字をのぞきこみ、あらたな数式の作成に時間を費やした。この時ほど、数字とにらめっこした時間はなかったとのことである。
結果的にそのときの苦労がみのり、証券会社の分析業に職をみつけて、その革新的な分析手法から次第にマスコミにも取り上げられるようになった。すると今度は大学が放っておかず、研究所教授としてのポストを彼にあてがったのだ。だんだんと自由な研究に没頭できるようになってきた。しかし、それでも彼は人の二倍ものパワーを用いて、その仕事に従事。アカデミックな業界では知る人のいない存在になった。
そして、四十半ばにてグローバル経済にもあてはまるある数式を発明したのだった。それは一見、たいしたことのない単純な数式であった。それゆえに、一年ほどを周りの経済学者にも軽視さえていたが、次第にその数式がどの分野、どの国家の数値を当てはめても、正当性を導けることから、一躍脚光を浴びることになったのだ。
そして、とるぞとるぞ、と言われていたのだが、とうとう二〇一〇年にノーベル経済学賞を受賞したのであった。まあ、わたしが述べるまでもないが、彼の根気強さと苦労は並大抵のものではなかったのだろう。血尿、血反吐はあたりまえだったようだ。おかげでその数式を導きだすまでにおよそ彼の歯は全て抜けきってしまっていた。わたしが幼少時に会ったときも、三十代であったが、六十代に見えるほど、老成していた。ある種、全身を犠牲にしていたというのも過言でないのだろう。そして、ようやく権威もものにして、名声、お金も十分得たうえで、さきのノーベル賞につながったのだった。だから、家族全員喜びに喜んだ。受賞の瞬間、叔父そのものの笑顔は突き抜けるような青さがあったのだ。
しかし、ここからが実は問題だった。彼はノーベル賞受賞後、わざわざデンマークまで赴き、授賞式と晩さん会に出席することになった。どうやら晩さん会の隣席はスウェーデン王女らしく、エスコートする必要性に迫られたのだ。かれにとってこれは予期せぬ事態で、最初は軽く考えていたものの日が近づくにつれてその恐怖はカレのなかで膨らんでいくのであった。
これまでも世界的な権威として海外のあらゆる場面にてスピーチや講義など経験はしていた。しかし、エスコートのチャンスはなかったのだ。それだけの経験をしているのであれば、もう怖いものなしなのではないかと、こちらは思うがそれがそうでもないらしい。
勿論、彼は英語は出来るし、他の言語、中国語と韓国語までできる。そういった意味でグローバルワーカーに相違ないのだが、どうにもこうにもエスコートと聞くだけで震えあがってしまうのだ。その恐怖は誰に相談しても解消することができずに、まるで彼を食いつくすモンスターのように、みるみると内側で大きくなっていくのであった。すると次第に叔父の考え方も変化が生じて、アカデミー賞なんてとらないほうが、良かったのではないか、という思いまで持ち上がってきたのだ。この賞さえ受賞しなければ、今頃、大宮のカフェでまったり本を読んだり、海外に行ってゆっくりすることができたのに、という小市民的発想がどんどん頭をもたげてきたのだ。
とはいえ、叔父のなかにも持ち前の対抗心はまだあった、一応「エスコート入門」だとか「欧州マナー紀行」という本を買いあさって、一日読み込んだりもした。あとはずっと支えてくれた妻を相手に一日十回というノルマを決めて、椅子を引いたり、手を貸してあげる練習をしたのであった。妻ももちろん世界的権威の奥様ということで海外経験も豊富であった。しかし、旦那のこの恐れっぷりが伝染したのか、しだいにその社交性を失い、脅えたようになってきたのである。
その夫婦での老衰ぶりは目を見張るものがあり、晩さん会当日までにお互い三キロほど体重を落としたのであった。叔父もこの件には大変頭を痛めてしまったようだ。なにしろ、世界中の人間から称賛されるノーベル賞を受賞したのなら、晩さん会も授賞式も喜びに違いないと皆が思い込んでいるからだ。しかし、実際に当事者になってみると、外国の王女をエスコートすることが緊張の種になるという事実に、喜びもなにもかもポジティブなものは失われてしまうのだった。あらゆる修羅場をくぐってきたという自負が叔父にもあったらしい。社会人早々、対人関係も一から見直して、絶対に約束を守り、相手の望んでいることに常に配慮してきた。チームワークに関しても、日頃からメンバーの様子を注視して、きめ細やかな対応をしてきたのだ。エスコートなんてたいしたことない。スウェーデンの王女、所詮は六十過ぎのおばさんではないか。同じ人間だし気にすることはない。そう何度も自分に言い聞かせるものの、五分もすれば元の黙阿弥で、恐怖に覆われてしまうのであった。
そして、式当日。まずは受賞式だ。これは特に心配事もなく、用意したスピーチをするだけだったので緊張感はあったが、それはそれで楽しく過ごした。喝采の拍手を浴びて、気持ちがいいし、連れてきた妻と息子の顔もだらだらに緩んでいて、誇らしかったと嬉しそうに笑いあった。。会場を出るとマスコミが黒い蟻のように群がり、何十回繰り返してきた質問を浴びせかけた。それに対してもにこやかにスマイルを作って、無難に対処した。
ところが、ようやくリムジンに乗り込むと、先程までの華やかさから一転異常な沈黙がやってきた。すると同時に足が震えだし、全身が凍りつくように硬直してきたのだった。なにせ次は晩餐会だ。王女のエスコートが頭に浮かぶだけで、もう逃げ出したい気持ちになった。まずは王女と腕を組んで歩くのだが、その歩く速度が悩みの種。妻と狭い自宅の廊下でおそらく九十七回は練習しただろう。こちらもノルマを決めて一日八回平均。横に座っている妻も蒼白だ。そして次にやってくるのが晩さん会における食事。席に着くとき王女の椅子を引けるのだろうか。どのタイミングが分からない。もしわたしが先について、しばらく王女が来なかったらどうするのだろうか。一度席について、王女が来たタイミングで立ちあがり、わざわざ席を引くのか。いや、もうそうなったら引かなくてよいのか。
ここまで語ってくるともう「わたし」が「叔父」そのものになってきた。もはや三人称も一人称もない、物語が混乱しているように語り手も混乱が生じてきた。だからわたしは叔父そのものになって語りだすのである。続けよう。
ああ、嫌だ。もう頭が混乱してきた。やはりノーベル賞なんてとらなければよかった。そもそも大人になんてならなきゃよかったのだ。なぜ人は成長するのか。蝶を追いかけていたあの頃に戻りたい。エスコートなんて知らなかったあの頃。いや、まあ自然の摂理とはいえ成長はしょうがない。やはり諸悪の根源は、ノーベル賞だ。このノーベル賞が俺を苦しめるのだ。何がノーベルだ。しょせんは人間の決めごとにすぎないじゃないか。それなら、島根の山奥で淡々と土を耕している農夫のほうが称賛に値する。かれは今も地球そのものと対峙しているのだ。毎日毎日。しかもかれは称賛されることもなく、その命を燃やして終わるのだ。
そんなことを考えていると晩さん会の会場についてしまった。もうメンタルはボロボロだ。しばらく待合室のようなところで待機させられて、いよいよ王女と対面の番になった。少し離れたところで待機している妻の顔を見ると、がんばってとでも言うようにコクリとうなずくのであった。わたしはこのときほど恐怖を感じたことはなかった。王女は至って優しそうでふくよかなご婦人なのだが、その背後にいるエスコートという悪魔がわたしにエヘヘと笑いかけるのだ。王女は軽くほほ笑んできたが、自分がうまくほほ笑み返せたのかは分からない。おそらくひきつった顔で歯をみせただけだったのだろう。王女の戸惑った表情から窺い知れた。
実際に王女がわたしの腕に手を通し、前の人間に引き続き行進がはじまったのだが、ここからもう先はあまり記憶がない。全ての視線がわたしに向いているようにも感じたし、頭の上を光がピカピカ光っているというイメージのみだ。散々、難解な数式を作成して、経済学の権威と呼ばれたわたしが、光がピカピカ光っているという安直な表現を使うのもなんなんだが、もはやそうは言ってられない。すると、王女もあまりのわたしの固さに辟易したのか、
「落ち着いて」
と若干、キレ気味に囁くのだった。それが余計わたしのハートを傷つけて、ドレスを踏むは、両手両足を出すは、散々な悪夢を引き起こした。王女ももはやこいつはダメだという様子で、こちら側に顔を向けることなく、行進は終わったのだった。
そのまま晩餐会の席に案内されたのだが、隣席にはもう王女がどっしりと座っていた。その頃には機嫌もよろしくなったのか、
「おいしそうね」
とスマイルをくださるのだが、わたしは
「イエス」
と答えるだけで、そこから先は何の言葉も出てこなかった。
椅子を引くという、何度も練習をしたエスコートはなかった。これが、あまりにも拍子抜けで、全身の筋肉がゆるゆるになってしまった。とはいえ、そこからが大変だったのは、研究会や海外の講演会では何の苦にもしていなかった雑談が、このときは異常な緊張感から、ひたすら
「イエス」
を繰り返すのみになってしまった。結果的に最後まであの行進での失態を引きずってしまったのだ。
一時間ほど経過してようやく我に返り、妻の顔を見ると心配そうな表情で口を開けてこちらを見ているのだ。日本のマスコミも殺到しているというのに、その間抜けな表情はやめなさいと注意したいところだったが、これまでの自分を振り返ればそれを言える身分ではなく、より気持ちは塞いでくのだった。
晩餐会が終了して、ようやくほっとすることができたが、なんとなく心が晴れることはない。その後日本に帰国し、少しマスコミの相手をしたあとに、ようやく静寂がやってきた。とはいえ、わたしの人生におけるクライマックスを考えると、あの王女との行進しか浮かばないのだ。その日から四年たったいまでも、それはわたしの中心にどすんと腰を据えており、決して腰をあげることない。ただのんびりと居座っている。たまにノーベル賞のメダルを見て気分を上げようと試みるのだが、思い返すは王女の軽蔑のまなざしばかり。するとメダルを表に出す機会も減ってしまった。それでも妻はあの日の帰宅後からわたしを優しくいたわってくれたので、それは感謝している。
4年を経ても、あのエスコートという恐怖から逃れることができない。もう格式高いフランス料理店に行くことはないし、そういったお店をみかけるだけで、頭を下げて冷たいアスファルトばかり見てしまう。北欧雑貨店や、イケア、ノキアという単語ですら拒否反応が起こり、家族や友人の会話からそのような単語が出ると、席を外すのであった。おかげで食事は専ら「和」中心になり、平均的な日本人六十代の生活を送っているのだ。
ノーベル賞で得た金額はどうしたかって。そりゃあ、全額寄付したさ。欧米マナー協会に。これから晩餐会や社交界でデビューする日本人のために使ってほしい。間違ってもわたしのようにはなってほしくないのだ。正直、ノーベル賞をこれからの子供たちに取ってほしいかと問われれば、頑張ってほしいがもっと大事なことがある、と言いたい。それはそこに付随してくる「何か」だ。この「何か」をうまく回避できることがその人の人生を決めるといっても過言ではない。わたしは脆くも、タイタニック号のごとくアタックしてしまった。そんな思いはもう誰にもさせたくない。
マスコミは華やかなことしか報じていない。それはわたしの栄光の一部だ。だから世間ではわたしは新進気鋭の経済学者として、コメントを求められるが、あのエスコート失態は誰も知らない。いや、唯一知っているのが、晩餐会に参加した妻だ。
すると突然、この忌まわしい過去を知っている人間が一人いるという事実が、わたしを苦しめ始めた。時折、深夜になると、はっと目を覚まして、隣でスヤスヤ寝ている彼女の顔を見ると、首元に手をやりたくて仕方がなくなる。そんなときはどんな時間帯だろうが、急いで家を飛び出すのだった。
わたしは叔父のストーリーを思い出して、体育座りをした。なぜ叔父の独白がこの瞬間に蘇ってきたのかは分からない。しかし、自分が楽になったような気がした。
まぶしいライトが上空から全身を貫き、そこに何かを見たような気がする。しかし正確にはそれはLEDに過ぎなかった。マネジャ、アヌキ、若手B、これらの個性溢れる野郎たち。この会社と組織、そしてまだ見ぬモンスターたちのあいだでやっていけるのだろうか。わたしは強い不安と若干の歓びに襲われた。
その何かは、それでも左頬を差し出せというのか。それはあまりにも酷である。いや、キリストなら頬だけでなく、カラダ全てを差し出せというだろう。その強い心意気を全身に感じて、わたしはこの頭から飛び降りる決意をした。そして今後は自身の頭に立つのだ。そのときに初めてわたしも語る言葉を持つのだろう。