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オセロニア短編集

さよならの季節

作者: 山岸マロニィ

 ──さよなら。


 その一言すら告げられずに、その時はやって来た。


 別れは突然だった。


「カムイ無双流、天弦!」

 熾烈な脚撃が、弟子の小柄な身体を浮き上がらせた。

「───!」

 それ自体は、これまでも度々ある事だった。組み手の最中に、それだけの隙を与えてしまった己のミス、ただそれだけの事だ。


 しかし、この時は事情が違った。

「受け身の練習」という名目で構えたところに、渾身の一撃。身体を守るべく組んだ両腕の真ん中に、強靭な足首が入る。痛みはない。だが、上に向けた強烈なベクトルが、レムカを空の彼方に吹っ飛ばした。


 くるくると回転しながら宙を飛ぶ。その頭の中は、冷静ながらも混乱していた。

「……なんで?」

 レムカは理解していた。師匠は本気で攻撃をした訳ではない。怪我をさせないよう、細心の注意を払って蹴り飛ばしたのだ。だけど、なんで……?


 レムカの脳裏に、これまでの出来事が走馬灯のように流れた。


 ──出会いは、まだ幼い頃。

 身体が小さく、からかわれて泣いてばかりだったレムカに、

「強くなる方法を教えてやる」

と、差し伸べられた手。その柔らかい手を握り返した瞬間が、師匠と弟子という関係の始まりだった。

 練習は厳しかったが、根気よく丁寧に教えてくれた。そのおかげで、今では売られた喧嘩に動じることも、泣くこともなくなった。

「嫌な奴がいたら、そいつに自分が勝るところを思い出せ。自信を持って見下してやれば、腹が立つ事も悲しくなる事もない。

 ただし……」

 師匠は弟子に、何度も繰り返した。

「その力は、おまえの自信にはなるが、決して奮ってはいけない。なぜなら、その力を使った瞬間、人はおまえを化け物だと思って、避けるようになるだろう。

 誰も幸せにできない孤高の拳術、それが、カムイ無双流だ」

 しかしその言葉が、レムカにはどうしても理解できなかった。せっかく身に付けた力だ、誰かの役に立ちたい、そう思った。


 ──そんな中での出来事だった。


 頬を、薄桃の花びらが撫でた。一面に連なる、満開の花々の枝を掠めて、レムカは野に転がった。積もった花びらが一斉に舞い上がる。

「……痛っ……」

 顔をしかめたのは一瞬だった。

 目に飛び込んだ絶景が、レムカの心を奪った。

「綺麗……」

 緩やかな風にさらわれ宙を舞う無数の花びらと、それを見守るかのように咲き誇る桜の木。薄桃に包まれた空間を、レムカは座ったまましばらく見上げていた。

「……この景色を、師匠にも見せたいな……」

 レムカは呟いて、ハッとした。

「そうだ、師匠を探して、ここに連れて来よう!」

 今は離れ離れになってしまったけれど、永遠の別れって訳じゃない。ここまで飛ばされてしまったのだって、力加減を失敗しただけかもしれない。


 また、いつか、会える。──必ず。


 レムカは立ち上がり、掌に落ちた花びらを、フッと吹いた。それは高く舞い上がり、木々の向こうへと消えた。

「師匠に、届くといいな……」




 「………」

 風に乗った花びらが、遠くの空から流れてくると、ダーシェの髪に降り注いだ。艶のある黒髪が、薄桃の彩りをまとい、華やかに引き立てられた。

「……あいつらしい趣味だな」

 ダーシェが花びらを一枚手に取るが、風に煽られ、再び空へ去っていった。


 ──卒業。


 その言葉を口にしたら、二度と会えない気がした。

 教えられる事は全て教え、その類稀な能力で、全てをものにした。……ただ、ひとつを除いて。

「おまえは優しすぎる」

 ダーシェはレムカに、事あるごとに伝えた。

「その力を己のために奮えば、人間として生きてはいけなくなる。誰かのために奮えば、おまえはただの兵器として利用され、用が済めば棄てられる」

 ──そう、私のように。

「誰も幸せにできな……」

「でも、師匠」

 レムカは透き通った目でダーシェを見つめた。

「私は、幸せだよ?」

 純粋すぎる言葉に、ダーシェはそれ以上、何も言えなくなった。


 あとは、自分で学ぶしかない。傷付き、悶えながら……。

 だから、まだ卒業とは認めない。力の恐ろしさを、身をもって知るまでは。

 ダーシェは、弟子を突き放した。


 ……果たして、再会できるだろうか?

 不安はある。しかし、ダーシェはレムカの強さを信じていた。

 きっと、自分で進むべき道を見つける。

 私は、その先に待っていればいい。


 それまで、周りにはこう言うだろう。

「出来損ないの弟子が、どこをほっつき歩いているのか」と。

 ……そう、まだ、レムカは私の大事な弟子だ。困った時は、いつでも頼ればいい。徹底的に、鍛え直してやる。


 「……さあ、私も行こうか」

 春風に導かれるまま、ダーシェは歩き出した。

 二人の行く先に、美しい花が咲いている事を願って。

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