変わりゆく天気の中で
皇国の北地域、テルモンテ子爵邸。彼は近年商売の才で力をつけてきた新興貴族である。彼の爵位は貧しい子爵家から金で得た爵位であるが、得るまでの過程はとても合法とは言いがたいやり方である。その所以から裏で数々の噂が流れる男である。彼の機嫌を損ねることは爵位のないものにとって脅威と断言できる。財にあふれた彼のテリトリーは大変広大でありながら警備は厳重である。そして、そこで雇われているのは彼が選りすぐった人間であるため難なく侵入は困難のはずである。しかし、その厳重な守りをかいくぐり、建物から数メートル離れた木の枝の上から夜会を観察する影があった。
「ここの警備は図体だけ男達だけで気配に敏感ではない人ばかりだ。まったく、こんな奴だけしか集めなかったことを称賛するべきなのだろうか」
今日の彼は饒舌に話していることからいつもの彼から想像ができないほど油断をしているようだ。確かにやる予定の子爵はてこずることはなく消せるだろうが、今回はそうそういかない。なんたって消す相手は一人ではないのだから。
「どう、今夜のターゲットは」
相手に問いかける相棒の三毛猫が話し手の表情の機微をうかがい見ているが、自身の顔に喜怒哀楽の気持ちは描かれていないのだから見ていても意味はないのにとふと考えてしまう。その後、彼から対象に意識を向け直す。その眼前に移しだすのは屋敷の主ではなく今夜の最大の難関である目標ただ一人である。
「大丈夫。失敗はしない。したとしても自害するだけだから。」
「相変わらずの性格だな。生きたいとは思わないのか。」
生きたいという願望は後に打ち砕かれるのだから持つことに意義を感じられるわけもなく彼の問いに反射的に述べておく。
「期待はしても無駄と分かっているから。」
「あいつが見たら悲しむよ。」
「……………」
彼は卑怯だ。私の敢えて触れてほしくない感情に触れてくる。《この気持ちはあの時においてきたのだから。》先ほど居た高所の木から落ちていく。その際に回転をかけて足への衝撃を緩和させる。その真下で着地した後、人口芝生を踏みながらこの計画を進めるための行動を起こすべく歩みを速めた。しかし、自身が退いた後に相棒がつぶやいていた。
「君にも変わる時が必要だ。もと君の場所へ………」と。
彼の言葉は突如起こされた強風によって誰にも聞こえることはなかった。彼はそのことに気づいておきながらもそのことを気にするでもなく木の上で惰眠をむさぼっていた。まさしく相棒がいないときに限って猫らしくする変わり者である。彼は目をつむりながらも体に当たる風を受けて今日の天気の異常なまでに天候が変わりゆく様子に少し思慕を載せてその子のことを思案するのだった。