背後のストーカーと話すとろくなことがないようです
皇都の夜は長い。決して明かりが消えず、灯り続けるのはごく自然である。今日の目的である願いを叶える相手探しの旅に出る。今回はそこらへんにいるような野良犬に扮してみよう…。あたりを見回して数分であるがなかなか都合のいいターゲットが見当たらない。こんな日もごくありふれた日常である。今日のところは少し早いが切り上げよう。表の通りから離れた路地裏を歩いているとついつい独り言が出てしまう。
「明日の朝ご飯は何にするかな」
「やっぱり朝はパンじゃない?」
突如、帰ってくるはずがない返答に驚くとともに背後から気配を感じて相手から距離を置く。その長さおよそ百メートル。そこから相手の情報を見ていく。背は平均的であり、青年というより少年といった感じである。顔は深めのフードでよく見えないが少しくすんだ金の髪が見受けられる。金髪。それは貴族である証。平民にはない色の髪はこの場にはふさわしきないのにいやにも慣れている感が否めない。相手の機微を窺っていると少年は肩を震わしている。
どうやら、少年は笑いをこらえきれないようだ。何がそんなにおかしいのだろうか。
「君が皇国の噂人でしょ」
どうやら私のことを探しているのでしょう。たったその一言で私の心が凍てついた。いるんですよね。そんなもの好きが。どれに化けているかわからないからひたすら動物に話しかける残念な人。貴族にもこの噂が届いているのだろう。そんな奴は無視して前に進む。しかし、行く手を阻む少年一人。
「君の歩き方はとても特殊だよ。だって人間が何を話しているかわかっているような雰囲気だし、決定的なのは話題をいっぱいくれそうなおしゃべりさんのところにたむろしていることかな」
楽しげに話している彼に少しだけ苛立ってしまう。確かに、情報収取をするうえで有益な人をピックアップしていたのは効率のためであるが、そこが仇になったようだ。この人は私であると確信して話している。そう思った瞬間何かが駆け巡るような悪寒がした。自分のことはよく知っている。正直に言えば苦手な相手である。さらに路地裏に進むため彼とは反対方向に歩む。当たり前のように後ろをついていく彼へちらりと振り返る。
「いつまでついてくるつもりですか」と見栄を張ったのは仕方のないことである。
「うーん、やっぱりばれちゃった」
私の気づきに少年は落胆するでもなくただ単に楽天的に淡々と話す。
「では改めて、君が皇国の噂人でしょ」
ある程度予想はしていたがただのからかい屋であったか。くだらない。相手にするのもおっくうだ。さっさと消え去るのが手っ取り早い。また、前を見て歩く。
「えー無視は心に響くなー。僕、無視されることなんてそうそうないのにー」
彼の戯言を聞き流しながらも後ろにいる相手に隙が無いために魔法を使い逃げる余裕が正直ない。この少年は一見享楽主義者に見えるが、その実、私を見つけられるほどの結構な強者なはずだ。そして、彼の体内にあるあふれるほどの魔力を見た後で始末する手間を考えるとやるならば長期戦であろう。その戦いは彼と私が戦って無傷では済まない程度には…やばいだろう。そんな考えに思惑しながらも身体中の汗が止まらない。正直自身の変化に戸惑っているのは自分かもしれない。そんなこんなで私が話をスルーするのもお構いなしに話を続ける。
「君に殺してほしい人がいるんだ。だって君は————」
その後の彼の言葉に目の瞳孔が拡大したのは言うまでもない。ゆっくり息を吸い込み言葉を選び発するため振り返る。
「随分とおしゃべりな人がいたものだ」
まったく、あれほど情報は漏らさないようにと言ったのに。話した人を責めるべきかこの少年の情報のつてに対する称賛を送るべきであろうか。しかし、このことを流布されるのは困るなと結論に至る。今日ほど面倒な日はないのではないかと考えを抱きつつも少年の方へと振り返る。
「やりましょう。ところで相手は?」
その時の少年の顔は忘れなれないだろう。フードをかぶって口しか見えなかったが、彼の人から好感を得られない笑い方には。
「やっとやる気を出してくれるんだね。」
彼の表情に少し引いてしまったのは仕方ないことだ。……うん、仕方ない………。
その相手の情報にも度肝抜かれたが、その件に関しては割愛する。一言でいえば疲れたこと以外ない。彼とのやり取りが終わった後、彼から一歩距離を置く。
「その願い聞き入れました。それではごきげんよう」
いつもの決め台詞を発する。そして、ここから立ち去る前に実行証明書を置いていくのも忘れない。昔、別の件であるが自身のしたことを忘れる稀有な人がいたので。しばらくして、彼の前から霧が薄れ始めた頃にはその姿がなくなっている状態を逆算してその動物は路地裏から姿を消した。
★
霧が消え視界が明瞭になってもまだ少年はそこから離れないでいた。唖然としていたわけではない。少年の中の何かが察知しているのだろう。
「やっぱり面白いね」
その彼の笑い声が路地裏にひそかに聞こえていたのは彼以外誰も知らない事実である。