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⑤真実

 

 目が覚めた時、ララは自分の部屋のベッドの上にいた。

 とても懐かしい夢を見たからか、ララの胸はほんのりと温かかった。


 それにしても。


 婚約解消が余りにも嬉しくて、思わず泣いてしまったのね……。

 その時、ロイ様が胸を貸してくださって家まで送り届けて下さった。


 ララは顔が熱くなるのを感じた。


 不覚だわ……でもお礼を言わないと。

 あわあわとベッドで悶えていると、ノックの音がして我に返る。


「お嬢様、ご気分は?」

 メイドが入って来た。

「あ、ありがとう、今日は何だかとても調子が良いの」

 そう答えながら、ララは改めて身体に意識を向ける。

 いつも感じていた寝起きの倦怠感が無い。

 おまけに夏でも冷たくて凍えそうだった手足は、何故かぽかぽかと温かかった。


 婚約がよっぽどストレスになっていたのかしら……。


 ララはメイドに手伝ってもらいながら、手早く身支度を整えて学園へと向かう。

 今日は正式な婚約解消の日。

 両親に告げると半信半疑ではあったがやはり喜んでくれた。


 皆で領地に帰って穏やかに過ごそう。

 庭で走り回って、川で魚を釣って、ピクニックがしたい。

 何だったら本当に帝国に亡命したって良い。


 それから……。

 ジークに会いたい。


 明け方見た夢を思い出し、ララはぎゅっと胸が苦しくなるのを感じた。

 私の事、覚えてくれているだろうか。


 学園に向かう道すがら、ララが馬車の中でぼうっと外を眺めながら考え込んでいたその時、


「?」


 目の端に、キラキラ光る何かが通り過ぎるのが見えた。

 気のせいと思いながらも、ララは何度か瞬きを繰り返す。

 しかしその光は消えることなくララの周りをふわふわと漂っている。

 目の前に座るメイドはやはり気付いていないらしく、視線は全く動いていなかった。


 懐かしい。この感じ。


 ララは指先でその光をつんつんと優しくつつく。


 10歳までは当たり前に見えていた世界。


「どうして今日は見えるのかしら?」

 そう言えば、ロイ様に初めてお会いした日も見えていた……?


「お嬢様、到着致しました」

 考え込んでいるといつの間にか学園に到着しており、メイドに声をかけられてララは慌てて馬車を降りた。


 そんなことより、ロイ様にお会いしたらきちんとお礼を言わなければ!


 自然と赤くなる頬を押さえながら、ララは手に力を込めたのだった。






「今日はずいぶん調子が良さそうだな」

 ララは学長室の前でロイとクロノにばったり会った。


「これはロイ様、クロノ様、ご機嫌うるわしゅう。昨日はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

 ララは頬が赤くなるのを感じながら、深々とお辞儀をする。


「気にするな」

「顔色も良さそうですね」

 クロノも笑顔でそう告げた。


 ララは純粋に嬉しかった。

 家族以外でこんなにも自分の体調を気遣ってくれる人がいるなんて。



 学長室に入ると既にアレキサンダーとアン、アドニスが到着しており、6人は昨日と同じ場所に腰を下ろした。


「アレキサンダー殿、国王陛下は無事許可されましたか?」

 クロノは尋ねる。


「はい、ありがとうございます。ロイ様の手紙を読んで、国王陛下は快諾されました」

「それは良かったです。ではアン嬢との婚約も」

「はい、許可を頂きました」

 アレキサンダーはアンの手に自分の手を重ね、嬉しそうに見つめ合った。


 ああ。本当に終わったのね。


 ララは、少しは悲しさを感じるかと思ったが、心は想像以上に爽快だった。


 この後すぐにお父様にお願いして領地に戻って、自由に暮らしたい。

 今日みたいに天気の良い日はお庭を散歩して、木陰で眠りたいわ。


 今後の事を考え、物思いにふけっていたララの目の端に再び小さな光の玉が横切る。


 虹色で温かそうな光。

 ふわふわと浮く光を目で追いかけていると、ばちっとロイと目が合う。

 ララは慌てて俯くが、再び恐る恐るロイに目をやる。

 すると彼がふっと笑った。


 あ……れ……?

 その笑顔。

 見覚えがある気がする。


 ジーク……?

 ううん、銀髪は同じだけど顔が全然違う。



 何かを思い出しそうで、じーっとロイを見ていたララだったが、


「でしたら、これはアン嬢にお渡しいたしますね」

 クロノはおもむろにそう言うと、ポケットから昨日の指輪を取り出し、アンに差し出した。正式な王家の婚約の証である。


「まあ!ありがとうございます!」

 アンは嬉しそうに受け取り、いそいそと左の薬指にはめる。


「なっ!だ、駄目だ!やめろ!アン!!」

 突然アレキサンダーは声を荒げて阻止しようとする。しかし時既に遅く、アンは左手の薬指に指輪をしっかりはめた後だった。


「なぁに?アレクがはめて下さる予定でしたのね?いやだ、私ったら。うふふふ、でもサイズぴったりだわ」

 アンは嬉しそうに指輪を撫でる。


「な……何てことを……」

 アレキサンダーは愕然とアンの肩を掴む。

「何てことをしたんだ!アン!早く外すんだ!今すぐ!!」

 アレキサンダーは興奮したように激しくアンの肩を揺さぶる。


「?アレクどうしたの?私がこれを付けたらいけないの?!婚約してくれるって言ったじゃない!」

「違うんだ!そうじゃない!そうじゃなくて!だからまず、それを外して!早く!!」

 アレキサンダーはアンの左手を掴んで指輪に手を掛ける。


「嫌よ!」

 しかしアンはすかさず手を放した。


「アン!!外すんだ!!」

 ララはただ事でない2人の様子にハラハラしながら見ていたが、ロイがぽんっとララの頭に手を置いて、

「大丈夫だ」

 と優しく撫でた。

 前のめりで様子を伺っていたアドニスも、ロイの言葉を聞いて姿勢を戻す。


 しばらく言い合っていた2人だったが、数分も経たない内に急にアンがソファにどさりと倒れこんだ。

「え?」

「!」

「アン!早く外すんだ!アン!!」

 アレキサンダーは慌ててアンの指から指輪を外そうとするが一向に外れない。


「ああアン、アン!起きてくれ、アン!!」

 アレキサンダーはしつこいほどにアンの肩を揺さぶるが、彼女は気を失っているらしくピクリとも動かない。


「その様子ですと、アレキサンダー殿はその指輪が何なのかご存知のようですね」

 2人の様子を見ていたクロノは静かに言った。


「……っ」

「「?」」

 アドニスとララは不思議そうにクロノとアレキサンダーを交互に見る。


「魔力吸収装置、別名『拷問の指輪』でしたね」

「「え!?」」


 アドニスとララは弾かれたようにクロノを見る。


「その指輪は装着者から魔力を吸い取り、もう片方の対なる装置に魔力を送り込む魔術道具です」

「……え……?」

 ララは絶句した。


「魔力を吸い取る、ですか?王家の指輪が?」

 アドニスはクロノに尋ねた。どうやら彼も初耳らしい。


「ええ。確認した所、通常では考えられない量の魔力を随時吸い上げていますね」

「通常では考えられない?」

「ええ。ほんの少しの魔力保持者、そうですね、そこのアン嬢が装着してそのまま眠ってしまったならば、次の日には間違いなく死んでいるでしょう」

「なっ!」

 クロノはニッコリとアドニスに向かってほほ笑んだ。

 アレキサンダーはアンを抱き寄せたまま、青白い顔でガタガタと震えている。


「ちなみにこの指輪は、魔術犯罪者に使う拷問器具です」


 ララの体は恐怖と訳の分からない暗い感情で無意識に震え出す。


 指輪が拷問器具?

 どう言う事?


 ララの背中にじっとりと冷たい汗が伝う。

 目線を落とすと、自分の手がカタカタと小刻みに震えているのが分かる。

 ロイが肩をそっと抱いてくれた事で、ララは辛うじて意識を戻した。 


「外せないのですか?」

 アドニスは僅かに声を荒げるが、

「拷問器具ですので、装着した者にしか外すことは出来ませんね」

 クロノは淡々と答える。


 つまり、幸いにもアンは自ら指輪をはめた。なので本人が目を覚ませば外すことが出来る。

「アン嬢が目を覚ませば自ら外す事が出来ます。目を覚ませば、ですがね」

 クロノはふっと笑った。


「この指輪から吸い上げられた魔力は、対の魔術道具に貯蓄され新しい道具の開発や街の発展に使われています。魔術道具開発には純粋な魔力が何よりも必要ですからね。この国のここ最近の発展を鑑みれば、ララ様の魔力がいかに膨大で素晴らしかったのかが分かりますね」

 クロノはアレキサンダーに向けてそう告げた。


「……」

 しかしアレキサンダーは震えたまま何も言わない。


 アドニスは絶句した。

 まさかこの王子はそれを分かっていてララにその指輪を与えたのか、と。

 いや違う。

 そもそも婚約は王命だった。

 つまり……。


「ちなみに、アドニス殿。魔力を吸い取られ続けた人間はどうなるかご存知ですか?」

「い、いや。だがしかし……」

 間違いなく命を落とすだろう。


 アドニスは王立アクア学園の学長。

 学問と魔力にはかなりの自信がある。頭の回転も速いほうだ。

「……まさか、この国の魔力過多の女児が短命と言うのは……」

 アドニスの頭の中にとんでもない考えが浮かぶ。

 それを見たクロノは、あたかもそれを肯定したかの様に頷いた。


「魔力量よりも吸収量が上回った状態が長く続くと、今度は指輪は生命エネルギーを吸い取り始めます。そして最終的に吸い付くされた装着者は硬化して亡くなります」

「硬化……?」

「身体から全てのエネルギー、色を失うのです。つまり石膏のように白く硬くなり、衝撃を与えると砂のように崩れて消えてしまいます」

 アドニスはばっとララを見た。


「ええ、そうですね」

 クロノが頷くだけで十分だった。


 この国の発展は、女児の犠牲によって成り立っている。

 何かを成し遂げるには、何かの犠牲が付きものである。アドニスもそれくらいの気持ちは常に持っている。

 だが、だがしかし。

 この国の発展が全て女性の、しかも子供から強引に奪った魔力によるものとは。

 教育に携わる者として、それはとても許しがたく受け入れがたい事実であった。


 ララは息を吸っているのか吐いているのか分からず、はふはふと苦しそうにもがく。


 婚約の日からララは騙されていた。

 あの魔力暴走も、思い起こせば誕生日にアレキサンダーに指輪をはめられた翌日だった。


「ふっ……ぐ……」

 ララは涙を堪える事が出来なかった。


「ララ」

 ロイがグッと抱き寄せる。

「許せない……許せないよ」

 ララは号泣しながらロイに縋りついた。

 アドニスは辛そうにララを見つめ、しかしアレキサンダーは俯いたままだった。


「ララ、迎えに来た。帰ろう、庭へ」

 そう言うと、ロイとララは学長室から一瞬で姿を消したのだった。

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