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盆に、散る

作者: 百瀬あすか

挿絵(By みてみん)



空は快晴、気分は曇り。

お盆を過ぎた頃に、大学生活最後の夏ということで、仲の良い友人三人と伊豆へ旅行に来ていた。海の近くの民宿に泊まり三泊四日というプランだ。



一日目は移動の疲れもあって、洋服のまま軽く海で遊んだ程度であとは部屋でのんびりと過ごした。

二日目は朝から海で泳ぎ、夕方にはバーベキューをしたりお土産を買いに行ったりした。男四人、微塵も女っ気のない旅行だったがそれなりに楽しんでいる。

そして明日の朝には帰らなくてはならないから、遊べるのは三日目の今日が最終日だ。



そんな最終日の夕方五時過ぎ、暑さもピークを過ぎた頃のことだった。夕飯の時間にはまだ少し早く、、宿で休んでいる友人たちのもとを離れ、僕は一人砂浜を歩いていた。泊まっている民宿から海までは歩いて5分。波打ち際ではしゃぐ人たちを眺めながら、目的もなくただ海沿いを歩き続けた。



友人達と遊んでいる時は楽しくてすっかり忘れてしまっていたが、元々僕はこの旅行に気乗りしていなかった。お盆過ぎの海には行っていけないという話を聞いたことがあったからだ。

テレビで聞いたのか誰かに聞いたのかまでは忘れてしまったし、おそらく都市伝説のような根も葉もない噂なのだろうけど。



その話の内容は、お盆過ぎの海で泳ぐと死者から足を引っ張られるというようなそれで溺れそうになった人が何人もいるとか。

心霊現象の類をそこまで信じているわけではなかったけれど、旅行の計画が決まる直前にそんな情報を知ってしまい、完全には無視できないところがあった。



そんなことを思い出しながら歩いていると、一人の女性がこちら側に向かって歩いてくるのが見えた。 白いワンピースに赤いリボンのついた麦わら帽子、そして長い黒髪を風になびかせ、寂しげな表情を浮かべ、時々海を眺めながら歩いている。



すると僕の視線に気づいたのか、彼女がこちらを向いた。目が合った。目が合ってしまった気まずさから、気づいたら僕は彼女に話しかけていた。



「こ、こんにちは。」


彼女ははじめ無反応だったが、少ししてから軽く微笑んで口を開く。


「こんにちは。見たところ同年代くらいだけれど…大学生?」


「はい、大学4年です。」


「本当?私も大学4年生なの。偶然だね!」



初対面だというのに彼女は人見知りをするわけでもなく、気さくに話してくれた。どちらかといえば馴れ馴れしい態度にも思えが、不思議と不快な気にはならない。そしてさっきまでの寂しげな表情が見間違いだったのかとも思えるほど、明るい様子の彼女。



「自己紹介が遅れたけど、私はアヤノって言います。あなたは?」



今度は目をパッと大きく開いていかにも興味深げな表情で質問をしてくる。彼女のくるくると変わっていく表情に、つい目を奪われそうになる。



「僕の名前はトウヤです。ちなみにここへは大学の友人と来てます。大学最後の夏の思い出作りに。」


「そっか、いいね。」


「この近くの民宿に泊まっていて明日帰る予定なんですけれど、アヤノさんも友達と来たんですか?」



すると彼女は海を見つめ、少し考えるような様子を見せてから静かに言った。



「ええちょっと、この海に忘れてきたものを探しにね…。」



それだけ呟き、また海の方を向いた。彼女の様子からして、聞いてはいけないことだったのかもしれない。心なしか声色も暗かったように思う。だけど僕はさらに聞いてみることにした。



「忘れ物、もう見つかったんですか?」


「物というか…思い出って言った方が正しいかな。去年の、今と同じくらいの時期に付き合ってた人とこの海に来たの。それで帰るとき、また来年の夏に一緒に来ようねって話してたの。だけどその ”今度” は二度と来なかった。今年も一緒に行こうとしてたのに、出発前日になって彼が言ったの。旅行はやめにしようって。」


「どうして中止になっちゃったんですか?」


「好きな人ができたからだって。そしてその相手は私の妹とだった。それだけならまだしも話を聞いてみれば私より先に妹と付き合ってたみたいだけれど。」



そこまで言った時、彼女の表情と空が一気に曇った。太陽が雲に隠れたことで気温が下がったのか、僕は寒気がして思わず身震いした。まるでさっきまでの快晴が嘘だったかのようだ。



「だから私は探しにきたの。ここに来れば見つかるような気がして。あの時の幸せな思い出も。呑気に妹と一緒に旅行に来ている彼も。そうしたら私、彼の足を引っ張ってやりたいな。それで海へ引き込むの。そうしたらそれで全て終わり。このモヤついた気持ちも少しは晴れるかもしれない。」



そう楽しそうな口調で言っていたものの、顔は一ミリたりとも笑っていなかった。その口調と表情のギャップに思わず鳥肌が立った。その姿は恐ろしかったが同時に美しいとも思った。



「世間からしたらありふれた出来事なのかもしれないし、未練がましいとは思うんだけどやっぱり忘れられなくて。」



死者から足を引っ張られる、もしあの話が本当なら、きっと正体は彼女のような未練をもった者のことなのだろう。



雲の切れ間から太陽が顔を出す。オレンジ色の夕日が海に反射している。



「そんなことよりあなたはどうしてこんなところに?お友達と来てるんでしょう?」



彼女の声を聞きハッと我に返る。首を傾げ僕の顔を覗き込むその表情には笑顔が戻っていた。



「別に何かあったわけではないですよ。ただ、帰ってしまう前にもう一度海を見ておきたくて。だけど友達は海で遊び疲れて部屋で休んでたから…一人でのんびり過ごすのもいいかなって。」



彼女の深刻な話とは真逆な、さほど中身のな返答をしてしまったがそれが事実だ。



「皆ヘトヘトになるまで遊んだんだね。伊豆へは大学最後の思い出作りで来たんだっけ。どう?トウヤくんの大学生活は楽しかった?」


「大学生活ですか…気の会う友人には出会えたし、楽しくなかったわけじゃないけど。サークルに入ったわけでもなければ、彼女がいたわけでもなくて、特別な思い出って言えるものがないかも。だからアヤノさんみたいに誰かを本気で好きになれるのが羨ましいです。」


「私みたいに…恋の修羅場を経験するのも羨ましい?贅沢な悩みかな?」



そう言って彼女は悪戯に笑った。そういう意味じゃないですよ、と慌ててフォローを入れる僕の反応を見て、更に顔がニヤついていた。



そんな冗談のやりとりができるくらいに彼女と打ち解けたところで、僕はあることに気づいた。いや、本当はこの海辺で彼女に出会った時から感じていた。僕らの周りにいる海水浴客の視線や陰口に。



「あの人なんで一人で話してるんだろうね。」

「こら、あんまり見ちゃいけません。」

「怖…何か視えててるのかな?」



はじめから、わかっていた。周りの人間には一人の姿しか見えていないということを。もちろん彼女と僕の会話など誰にも聞こえていなかったのだろう。だけど認めてしまうのが怖いから黙っていた。気付かないふりをしていた。僕がそのことに気づいていることを、彼女に悟られてはいけないと思った。



「あ、きれいな巻貝。」



周りの人間が話していることが聞こえないのか、聞こえていないふりをしているのか分かりかねたが、彼女はマイペースに突如しゃがみ込み、貝殻を拾っていた。





* * * * * * * * * *





足元に手の親指ほどの大きさの貝を見つけ、しゃがみ込み拾った。それは昔、彼と砂浜で拾った巻貝に似ていて何処か懐かしさを感じた。貝を拾い上げて振り向くと、もうそこにトウヤの姿はなかった。



「あれ、もう行っちゃったのかな。…残念。」



突然いなくなってしまった彼だが、特に驚きはしなかった。ただ残念な気持ちなのは本当だ。もう少しだけでも話していられたらよかったのに。



「アヤコ、早くしないと車出しちゃうよ?」



失恋した私の傷心旅行と称して、一緒に伊豆まで付き合って来てくれた大学の友人が迎えに来たようだ。もうすっかり日が沈み、他の観光客も少なくなってきていた。



「あ、ごめん。すぐに行くね。」



ごめんね、本当は私も気づいてた。だけど認めたくなかったのかもしれない。些細な未練をズルズルと引きずったままの私がまだ生きていることも、君がもうこの世にはいない人間だということも。



彼は私の醜い未練を羨ましいと言った。未練などなくこの世を去った者からしてみれば、この心の痛みでさえ生きている証ということなのだろうか。



思い返せば、失恋して悲しんでいる自分にただ酔っていただけなのかもしれない。別れ方は最悪だったかもしれないけれど、幸せだった瞬間だってたくさんあったはずなんだ。悲しい思い出だとしても何もないよりはマシなのかもしれない。そう思えるようになったのは間違いなくトウヤのおかげだ。



…来年もここに来よう。今度は失恋の悲しみに酔うためではなく、彼に…トウヤに会いに。ありがとうを伝えるために。





* * * * * * * * *






「もう視えなくなっちゃったか、残念。」



アヤノさんの元を離れ、僕はひとりになった。

今までなんとなく生きていた僕は大学最後の夏に友人とこの海に来て、なんとなく一人波打ち際を歩いていたところ、岩場で足を滑らせて死んでしまった。



そんな僕からしたら彼女の恋の悲しみや未練が美しく見えたし、羨ましいとも感じた…なんて言ったら彼女に失礼だろうか。だけど忘れないでほしかった。悲しみや憎しみ、そんな感情もあなたが今生きている証だと。どんなに悲しい色をした思い出も、あなたの人生を彩る、あなたの大切な一部だから。



幽霊みたいに未練まみれの彼女と、幽霊なのに空っぽの僕。またこの海で出会えるようなことがあれば、その時は悲しい思い出も楽しい思い出も、たくさん聞かせてほしいと願う。



寄せては返す波の音を聴きながら、ただなんとなくそんなことを期待している。







ーーー盆に、散る。(完)





ここまで読んで下さりありがとうございます。

もう何年も前から書きかけだったお話なのですが、未熟なりにもなんとか書き終えることができました。作品の出来さておき、完成させられたことが奇跡!(笑)


他にも短編のアイデアはあるものの、まったく進んでいません。いつかまた書けたらいいな。


一言「読んだよ!」とかだけでも感想いただけると大変嬉しいです。

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