第7話
●1552年9月 平井城
沼田城攻略戦の後半年間、山内上杉家は内政に力を入れた。
城下町の普請、兵の雇い入れなど、沼田城が増えたこともあり今まで以上に忙しい日々になっていた。
上州の北を所領としたことで、越後長尾家と国境を接することになり、仮に平井城が陥落しても沼田城に籠城し、長尾家の援軍を頼りに生き延びられる状況だけは作ることが出来た。
上杉家中では、沼田が増えたことで前に比べ武将も下士も仕事は多くなったものの、心のゆとりが出来たようで生き生きと働いていた。
そして、評定の日―・・・
開口一番、憲政が感慨深く話を始めた。
「そろそろ平井城と沼田城の兵も充実し、城下町の普請も進んだな。」
評定は沼田城の家臣3人を加え、憲政を入れ8人になっていた。
今や山内上杉家の家老であり、執政でもある太田資正が答えた。
「平井城2300、沼田城2000、計4300の兵の動員が可能でございます。」
憲政は深く頷いた。
「うむ・・・これで、当分は他国からの侵略は受けずに済みそうだのう。」
資正は、また得意の地図と碁石を取り出した。
「兵力が増えたといっても、我が上杉は碁石3個程度です。
武田が15個、北条が10個・・・まだまだ、弱小勢力でございます。」
一堂に、やや重い空気が流れた。
「して、この先はいかに動くか・・・。
武田にも北条にも戦は仕掛けられん、長野は同盟中じゃ。
八方ふさがりじゃのう。」
「殿、かの甲斐守護である武田晴信ですが、『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』と、家臣に説いている話を聞き申した。
それがしも、晴信公と同じ考えにございまする。
いくら強固な城があろうとも、守る人がいなければ、何の役にも立ちませぬ。」
「ふむ・・・確かにそうじゃな。この憲政も、ひとりになったことで大変な辛酸をなめた。
こうしてここまで生き残ることが出来たのも、そち達のお陰じゃ。」
「もったいなき、お言葉でございます。
して、本題ですが、まだまだ上杉家には人材が足りません。
特に武勇の誉れ高い猛将、兵を率いる武将が足りませぬ。」
「資正、そちがおるではないか。
そちは、この関東一円で戦上手と名高いぞ。」
「・・・殿、武将にも色々な型がございまする。」
「型?とな・・・?」
「はっ・・・私は本来の戦上手ではございません。
書を読み、良い師に出会い、ようやくここまでになれました。
人の三倍努力しなければ追いつくことはできないと思い、日々勉学に励んでまいりました。
私の場合は、じっくり作戦を練り上げ戦に臨みます。
ほとんどは、この型です。
努力型とでも言いましょうか。
しかしながら、全く逆ともいえる型を持つ、戦の天才とも言える武将がこの日ノ本の国で少数ですがおります。
本能で戦を判断し、事前の作戦など関係なしに戦う、本能型です。
私にはわかりかねますが、敵の作戦がなんとなく・・・わかるようです。」
「ほう、全く想像できない世界じゃな・・・。」
憲政は、眉間にしわを寄せて考えた。
「殿、その本能型の武将ですが、案外近くにおりまする。」
「何!?そうなのか!?」
資正は石を、北信濃に置いた。
「こちらで、ございまする。
北信濃の豪族、村上義清を味方につけとうございます。
義清は、城ひとつで寡兵ですが、日ノ本最強と言われる武田軍を何度も破って、守り通しております。」
「た・・・武田を破るとは、恐ろしいのう。
武田と戦えるのは、上州では長野業正ぐらいじゃの。」
「武田は、色々な策をもって城攻めをしますが、ことごとく義清に読まれ、逆に裏をかかれ散々な目にあっております。」
「・・・本能的に・・・か?」
「左様でございます。それだけではなく、槍を得意とし、一騎当千の働きで先陣きって武田家に突撃するほどの猛将と聞いております。」
「ふむ・・・して、如何に味方とする?
それほどの御仁が、上杉の家臣になるとは考えられぬな。」
憲政は、少し考え膝を打った。
「資正よ!沼田城からの山道を使い、義清の葛尾城を急襲するのはどうじゃ!」
「殿、本能型の武将を侮ってはなりません。
恐らくですが、『土の匂いがする。これは山道を大軍が歩いている証拠だ。』など、見破られます。」
「では、いかにするのじゃ。何もできぬではないか。」
資正は、数秒目を閉じ、開けたかと思ったら信じられないことを口にした。
「作戦は、ございませぬ。正面きって突撃です。
言うなれば、作戦が無いのが作戦でございます。」
一同は、沈黙した。
静かな時が過ぎ、憲政がようやく口を開いた。
「前に、ただ兵をぶつけるだけでは損害が多くなり、邪道だとか言ってた気がするのじゃが・・・」
「殿、今回だけは、致し方ありません。
もし義清が私の想定する人物であれば、何をしても降ることはないでしょう。
であれば、小細工なしで正面から殴り合いをし、相手にこちらの力を見せつけ、共闘関係を築く方針とします。
義清がこだわる旧領安堵と、将来的な北信濃の支配を約束しましょう。
武田は、義清の所領を奪おうとしているはずです。
対して上杉は、奪うのではなく認めるのです。
あくまで対等な関係で良いとします。」
「ふむ・・・して、出陣はいかがする?」
「はっ!恐れながら、殿の武名は沼田で十分に近辺にとどろきました。
今回は、この資正が平井城の全軍を率いて野戦で義清と戦います。
その後、沼田城の方々に攻城戦をお願いいたします。」
「資正は、攻城戦に参加せぬのか?」
「・・・義清に負けないことはできても、勝てませぬ。
残存兵力で攻城戦の主力として参加するのは、難しいと思われます。
沼田城の方々、よろしく頼みますぞ。」
出陣は十日後となった。
●武田家 躑躅ヶ崎館
殿、上杉家より使者が来ております。
「通せ!」
武田晴信は、父である信虎を追い出し大名となり、今では甲斐と信濃一国をほぼ手中に収めるまで勢力を拡大していた。
「面をあげよ。して、ご用向きは?」
「我が上杉は、関東管領の名において、北信濃の村上義清を討ち果たす所存でございます。
この戦の際に、上州から葛尾城(北信濃)まで道中の通行許可をいただけないでしょうか。」
「ふむ・・・。よい!許可する。」
「ありがたき幸せでございます。
お礼に後ほど、金子をお送りいたします。」
「よいよい、よいのじゃ。
だが・・・義清は強いぞ。」
晴信は、鋭い視線を使者に向けた。
使者が去った後、そばにいた軍師である山本勘助が
「殿、よろしかったのですか?」
と、老年のしゃがれ声で晴信に確認をした。
晴信は笑いながら、
「この晴信をはじめ、日ノ本一の武田軍が攻めても落城しなかった葛尾城、村上義清じゃ。
弱小の上杉ごときに何が出来る!
勘助よ、兵の準備をしておけ。
上杉が負けた後に、すぐに武田も攻めるぞ!
上杉ごときでも、少しは村上の兵を減らせるだろう。
これぞ、漁夫の利じゃ。」
「殿、もう一手ございます。
この際です。力の弱った上杉も長野もろとも攻め滅ぼしてしまいましょうぞ。
これで上州は、殿のものとなります。」
「さすがは勘助!我が軍師じゃ!
葛尾を攻略次第、すぐに軍を転じて上州攻めじゃ!」
上杉軍は、またしても負けられない戦いに身を投じることになったのである。