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上杉憲政の野望  作者: くまぽんたす
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第6話

●沼田城 湯殿



「ようやく、風呂に入れるのう。」




憲政は、勝利と同じぐらい風呂に入れることが嬉しかった。

久方ぶりに体の垢を落とし、髷を結いなおした。

衣も新しくし、ようやく今回の攻略戦がすべて終了したことを実感した。



湯殿から出ると、太田資正が待ち構えていた。




「殿、お着替えが終わったようですな。

これより、降伏した沼田顕泰及び家臣二名の処遇を決めなけれなりませぬ。」



「相分かった。

だが、なかなか頭が切り替えられぬな。

昨晩は百姓顔負けの泥姿で山道を駆け抜け、今晩は大名として沙汰を下さなければならん。」



「そのための湯殿の時間ではござりませぬか。

良い切り替えの時間になったでございましょう。」



「して、敵将の沙汰は如何にしたら良いだろうか。」



「上杉家の家臣は、まだまだ少のうございます。

沼田顕泰以下二名、所領安堵とし、召し抱えるべきかと存じます。」



「負けて所領安堵・・・など、聞いたことが無いな。

普通は、城兵や一族助命の条件で切腹というところじゃが・・・

特に家臣の長尾は、上杉を一度裏切っておる。

こ奴らも、普通は打ち首であろうの。」



憲政は、手ぬぐいで汗を拭きながら答えた。



「殿、関東管領の軍は、覇道ではなく王道を歩まなければなりませぬ。

恐怖と力で相手を飲み込むのではなく、相手を心服させなければなりませぬ。

覇道を歩まれては、恐怖の対象である殿がお亡くなり次第、諸将は皆一気に反旗を翻すことになるでしょう。

知行など目に見える恩賞も大事ですが、同じぐらい”恩義を売る”ことも大事ですぞ。」



「うむ。この憲政も切腹寸前まで追い詰められた過去がある。

敗軍の将の気持ちは、良くわかる。

だが、沙汰が甘すぎては、後々こちらが煮え湯を飲まされることにならぬであろうか。」



「そこで・・・こちらでございます。」



資正は、手持ちの紙を広げ話を始めた。



「今後の上杉家の戦後処理を、三箇条にいたしました。」



一.戦わず降伏を受け入れた者は、所領安堵とする

一.正々堂々、正面より一戦交えし者の取り潰しはしない

一.謀反、裏切りは殲滅する



「ふむ・・・二番目は、どのような意味じゃ?」



「我が上杉家を敵方として例にしますと、戦で広げた所領はすべて召し上げますが、平井城のみは安堵いたします。

土地に根付いた人物に治めさせる方が、民にとっては良うございます。

また、窮鼠猫を嚙むという言葉がございます。

追い詰められた敵が、降伏しやすい状況を作れます。

ただ、今の時代、源平の頃のように正々堂々と正面より戦を挑むような古典的な人物は皆無でございましょう。

しかしながら、本来”武士の流儀”でございます。

この武士の流儀を、関東管領たる上杉家は持ち続けているという気概を示す狙いもございます。」



「なるほど、たしかに二番目の条項が無ければ、戦う前の降伏以外は殲滅になってしまい、物騒すぎるのう。」



「他家では・・・世の中では、なで斬りや人身売買など、当たり前のことでございますが、上杉は王道を歩まなければ、武将や民は付いては来ませぬ。

殿はすでに痛いほどご経験されているかと存じますが、人の助けなしには、何ひとつ事は成せませぬ。」



憲政は、たったひとりになった時のことを思い出した。

自分ひとりで外交をし、兵を率い戦ったが、こうして資正や家臣が仲間にならなければ、じり貧だっただろう。



「そう・・・家臣ではなく、仲間が必要なのじゃ・・・。

共に生き抜く、仲間が。

百姓のお陰で、こうして飯を食うことが出来る。

町人のお陰で、物を買うことが出来る。

そして、家臣のお陰で、戦うこと・・・皆を守ることが出来る。」



資正は、深く頷いた。



「殿、”お陰さま”の心を・・・気持ちを、絶対に忘れてはなりませぬ。

領主、大名が領民を生かしているのではございませぬ。

領民たちが、我々を領主として選んで、生かされているのです。」





●沼田城 評定の間



資正と評定の間に到着すると、すでに長野業正はじめ、 沼田顕泰以下二名もそろっていた。



業正が前に出てきて、戦勝の挨拶をした。



「殿、お久しゅうございます。

この度のご戦勝、誠におめでとうございます。

見違えるほど、ご成長されましたな。

ですが、作戦があるようでしたら、事前にお伝えいただきとうございました。」



「すまぬ、業正よ。

此度の礼の金子を弾むので、どうか許してはくれぬだろうか。」



「いや、結構。

それがしも上杉軍の一翼でございます。

それでは、ご挨拶も済んだので、これにて。」



業正は、口上を終え、すぐに帰ろうとした。



「あ、殿!忘れておりました。

夜襲を返り討ちにした際に捕らえました長尾ですが・・・処遇は殿にお任せいたします。」



そう言うと、すぐにその場を去った。


「(殿を暗殺しようとした人物の件を、あらためられたくないのでございましょう)」


資正が、そっと耳元でつぶやいた。





憲政は上座に座ると、改めて沼田城の武将を見つめた。


「さて、 沼田顕泰、長尾憲景、長尾当長よ・・・」


三名は青ざめていた。

(打ち首、野党皆殺しか・・・いや、良くて切腹か・・・)



「面をあげよ。

沼田顕泰は、沼田城を安堵。このまま、沼田城を治めてくれ。

長尾憲景、長尾当長は、切腹・・・だが、上杉家に帰参するのであれば、猶予しよう。

この憲政が、そなたらの命を預かる。

帰参する以上、相応の働きを期待しておるぞ。

以上だ!」



三名は面食らった顔を憲政に向けた。



「よ・・・よろしいのでしょうか?」

信じられないといった感じで、憲政に尋ねた。




資正がすかさず、


「この太田資正より、上杉の方針をお伝えいたす。


一.戦わず降伏を受け入れた者は、所領安堵とする

一.正々堂々、正面より一戦交えし者の取り潰しはしない

一.謀反、裏切りは殲滅する



今後上杉は戦において、この三点を旨とする。

長尾憲景殿、長尾当長殿・・・今回は帰参を許すが、次は一族までお覚悟いただきますぞ。

沼田殿は、仁政を布いてらっしゃるご様子。

今後は、上杉軍の一角として、出兵の要請には必ず応じるようにお願いいたす。

さらに、一定の金子と兵糧を、我が上杉にお納めいただく。

また、横領は領地召し上げの上、切腹となるのでご留意いただきたい。」



「ははっ!」



三名は深く、長く・・・礼をした。



上杉は、辛くも沼田城を奪取し、名目上は上州(上野)を統一した。


だが、世は戦国時代。

息をつく間もなく、次の戦となるのであった。

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