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上杉憲政の野望  作者: くまぽんたす
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第4話

平井城 評定の日






憲政は、昨晩一睡もできなかった。

約半年ぶりの評定である。

家臣が出来たことで、評定を開けるようになったのだ。


明日、本当に家臣4名は平井城に来てくれるのだろうか。

憲政は、過去の恐怖の記憶を抱えていた。



いよいよ、評定の時間だ。

謁見の間へ行き、震えた手でふすまを開くと、そこには家臣4名が礼をしていた。


「お・・・面を、あげ・・・よ・・・

まずは、評定に来でくでで、かんじゃずどぅ・・・」


憲政は、涙が止まらなかった。

人目もはばからず、泣いた。


評定は、一刻程中断し、憲政はようやく落ち着きを取り戻した。








上杉家の戦略




「さて、皆の者、早速だが今後の上杉家の戦略を決めたいと思う。

忌憚のない意見を聞かせてほしい。」


資正が関東甲信越の地図を取り出し、目の前に広げ、碁石を配置した。


「それぞれ、碁石の個数が違うの?」


「この碁石の数は、おおよその国力を表しております。目安として、お考えくだされ。」


「我が上杉は・・・1個か。長野が3個。北条に至っては・・・10個か。」


「左様でございます。

このように碁石の数で勢力を見ることが出来ると、わかりやすうございます。

基本的に、この碁石の数を上回った力で攻めなければ、すべては乾坤一擲の勝負となってしまいます。

先だっての岩付の戦いは見事な采配でしたが、1と1のぶつかり合いです。

あのような戦を重ねては、負けが即滅亡へとつながります。」


資正は石を動かしながら、続けた。


「殿の仰るように、周辺の小勢力を併呑し、大勢力と争わないのは戦略的に正しいです。

ですが、戦術はいかがいたします?

1の碁石に1をぶつけるだけでは、国力が疲弊し、民が一揆を起こしますぞ。

戦わず降すが最良ですが、今の上杉家が降伏勧告を出したところで笑いものです。

であれば、如何に兵を減らさずに勝ちを収められるかが肝要でございます。」


「ふむ・・・こちらの碁石の数を多くし、少ない碁石の勢力にあたるか。」


「そのとおりです。基本は圧倒的大多数で少数を攻めるのが、いちばん被害が少ないでしょう。

碁石を増やす方法は二つあります。

ひとつは領内の開発、もうひとつは同盟による援軍です。

まず、平井城下の普請を進めましょう。

兵力だけでなく、商人町も重要ですぞ。

税収が無ければ、銭が入りませぬ。

これで、時間はかかりますが、上杉の碁石は1から2になりまする。」


資正は、長野家の碁石を動かしながら、


「もうひとつ、援軍ですが長野家に依頼しましょう。

長野は必ず援軍を出します。

長野は独立勢力ではありますが名目上、上杉家臣です。

これより上野だけではなく、関東一円に”長野業正は義将である”と流言を撒きましょう。」


「ふむ、相分かった。

して、どの石にぶつけるのじゃ?」


「狙いは・・・沼田城です。

沼田は大規模な開発は出来ない小さな城ですが、同盟中の長尾家に接していて、最も上野の奥地にございます。

仮に平井城を追われたとしても、沼田であれば長尾の援軍が迅速に駆けつけられます。

また、天然の要害のため、改修をすることで強固な城となるでしょう。

現在の沼田城の兵力と国力は、我が上杉家と同じ碁石1個です。

平井城は先だっての総力戦で力を失い、今は碁石半分程度しかございません。

平井城から半個、長野の三個、計三個半で当たります。」


「なるほど、では早速、平井城の普請じゃな。」









岩付城からの急報




一同が資正の戦略眼にうなずくことしかできない中、慌ただしい足音が近づいてきた。


「憲政様、火急の要件でございます!」


「申してみよ。」


「はっ!岩付城に、佐竹軍が来襲!その数、約3000!!」




岩付城の攻略戦から1か月、総力戦で被害も大きかったため、今の上杉に出せる兵力はなかった。


幸い平井城は、北条領を通行しなければたどり着けない。

佐竹は北条と敵対関係なので、通行は許可しないだろう。



「やはり、この時を狙っておりましたか。

致し方ございませぬ。

佐竹の間者が城兵に潜り込んでいたのでしょう。

城など、くれてやりましょう。

また、取り返せばいいのです。

して、例の件は計画通りか?」


資正は伝令兵に確認をした。


「はっ!岩付城は無血開城させました。」


これで、無用な死傷者を出さずに済む。

資正は、ほっと胸をなでおろした。


「今後、佐竹を攻める口実が出来ましたな。

佐竹の碁石は7個。

このぐらい、すぐに追いつけますぞ!

今は沼田の攻略に集中しましょう。

佐竹は、上杉家もとい関東管領家を攻めたのです。

その代償は、必ず高く払っていただきましょうぞ!」


これより数か月、平井城下の普請、周辺勢力への外交など、上杉家臣は寝る間も惜しみ、それぞれの役目の遂行にまい進するのであった。








箕輪城 長野業正



「上杉は、しぶとうございますな。」


業正は、黙ってうなずいた。


長野業正は、現在も名目上は上杉家臣ではあるが、実質上箕輪城、国峯城を支配し上野半国を領する独立大名である。

謀反の形で独立しては、他勢力に討伐の名目ですぐに侵略されてしまう。

そのため、上杉家の滅亡を受けて致し方なく独立する体をとりたかった。


「ようやく北条との密約が詳細まで決まったが、上杉が生き残っていては何の意味も無いではないか。

早く一国の主になりたいものじゃ。」


長野業正は北条と密約を結んでいた。

北条家に帰順することで、所領安堵。

また、今後の働きにより上野一国まで加増が約束されている。

北条に所属することで、自らの安全と一族の繁栄が保障、約束されるのだ。

北条は、越後長尾家の抑えに戦上手で有名な長野業正が上野でにらみを利かせる、それだけで大きな抑えになることを期待していた。


もはやどの勢力も、上杉は滅亡すると考え、その先の戦略の見通しを立てていた。


「して殿、最近、殿の軍記物語が上野で流行しているのは、ご存知でしょうか?」


「ふむ・・・主家に尽くし、危機を救った義将として描かれているようじゃのう。」

業正は、照れくさそうに自らの白い鬚に触れながら答えた。


「城下の子供たちからは、英雄扱いでございまする。

聞くところによると、悪を退治する正義の将として、童たちの間で合戦遊びまで流行っているそうですぞ。

その際に殿の役は、白髪に見せるため、墨を燃やした後の粉を頭につけるようです。」


「ふむ、それでは、概ね我が支配地域の民の忠誠度は高いということじゃな。」


「一揆がおきるなぞ、到底考えられませぬ。

皆、義将である業正様を慕っております。」


さて、そろそろ本日の政務を始めるか。

実際業正は、領民から非常に人気が高く、仁政を布いていた。


「申し上げます。上杉家より使者が参りました。」


「通せ。」


業正は、謁見の間に使者を通した。


「して、ご用向きは?」


「太田民部大輔資正と申します。本日は、我が主である上杉憲政の依頼を伝えに参りました。」


「そなたが関東で名高き、太田民部大輔殿か。お目にかかれて光栄じゃ。」


「これより上杉は、沼田城に侵攻しますれば、長野様に援軍をお願いしたく参上つかまつりました。」


「ほぅ・・・沼田を。理由をお聞かせ願おうか。」


「我が主、上杉憲政は関東管領でございます。関東もとい上野の秩序のため、我が上杉の庇護をうけるように通達しましたが、拒否の返答が送られてきました。こちらがその書状です。」


業正は、書状を読みながら考えた。

早く上杉には滅亡してもらいたいが、実際にうまく状況を作るのは相当難しい。

それなりに上杉に尽力し、致し方なく、力及ばず・・・の状況を演出しなければならない。


「して、上杉の殿は、いかほどの軍勢で御出陣される予定でござろうか。」


「400でございます。」




「うん・・・?4000の間違いではないのか?」


「400でございます。

先の私との戦で、上杉の国力は著しく低下しております。

我が殿が総力戦を仕掛けた故、上杉にはもはや、これしか兵が残っておりません。」


「400では、話にならん。この話はなかったことにして欲しい。」


「お待ちください!これは、長野様にも利がございます。

甲斐信濃の武田が上野に攻め入ることは、十分に考えられます。

武田軍だけであれば業正様で撃退できるでしょうが、背後を沼田に突かれたら、いかがいたします。

沼田が武田に呼応することは、十分に考えられます。

また、沼田が敵軍になると、越後長尾家の援軍は、この箕輪までたどり着けません。」


「ふむ・・・。」

実際長野業正は、何度か武田家と衝突していた。

その度に業正が自ら陣頭指揮をとり、武田軍を撃退していた。


「じきに、武田は北信濃の村上家も攻略するでしょう。

しかれば、沼田と砥石城・葛尾城が繋がります。

こうなっては、上野は挟み撃ちとなります。」


「しかし、上杉殿と共に北条に従属する方法もあるではないか。

さすれば、武田もうかつに手は出せないだろう。」


「・・・長野様は、武田晴信と北条氏康を甘く見てらっしゃる。

その場合、上野は両者合議の上、折半されるでしょう。

(※補足:現在は三国同盟前です)

北条は武田と争わぬ方向性で考えたほうが理があります。

つまり、申し上げにくいですが、我々は2大勢力から、それほど相手にはされておりません。」


「ずけずけと、ものを言う。気に食わんな。」

業正は眉間にしわを寄せて、資正をじろりと睨んだ。


「もうひとつ。城下では噂になっておりますぞ。

義将の長野様が、上杉軍出兵時、岩付城攻略と防衛の際に、一切の兵を出さなかったのは、どうした理由からだろうと。

義将・長野業正は、弱き上杉憲政の最強の剣のはずだが・・・と。」


たしかにこれ以上、上杉家の動向を無視するわけにはいかなかった。

“義将・長野業正に二心あり”と、うわさが流れては、今後の領地経営に支障が出る。


「今の話であれば、関東管領殿自らがご出馬されなければ、筋が合わぬな。

関東の秩序のためであれば、なおさらじゃ。

武名を関東全域に示さなければ、ただのお飾りじゃ。」


「我が主が自ら軍を率いれば、長野様も出兵いただけるのでございましょうか。」


「もちろんじゃ。儂も上杉家臣。お家のために、尽力いたす所存。

・・・して、主力はそちらなので、先陣を切っていただけようの?

この戦いで、関東管領の威光を示すのじゃろ?」


「かしこまり申した。我が主、上杉憲政が先陣を切って沼田に攻め入りましょう。

では、二十日後に派兵をお願いいたしまする。」




「相、分かった。」

(あの、戦下手の憲政に何が出来ようか。400の軍勢を率いて沼田城兵に撃たれ戦死。運よく生き延びても、沼田城兵に扮した我が兵が闇討ち。いずれにせよ、憲政の命運もここまでじゃ・・・。)








再び平井城 評定



「長野家援軍の件ですが・・・と、相成りました。」


憲政は、瞬きもせずに固まった。


「いや、資正・・・いくらなんでも、400の兵士で2000が守備する城攻めの先鋒とは、厳しいんじゃないか?」


「長野軍3000と合わせれば、十分に数では勝っております。」


「でも、本当に戦ってくれるのか?その3000の兵士は。」


「・・・戦ってはくれるでしょうが・・・恐らく、業正の狙いは殿のお命かと。

その後、沼田の占領も狙っているはずです。」


「つまり、前に2000の敵兵、後ろに3000の敵兵がわが命を狙っておるのか?」


「そうなりますな。」


「それ、死にに行くようなものじゃないのか?」


「まともにいけば、9割9分戦死・・・でしょうなあ。」


「でしょうなあ・・・じゃない!

あ、そうだ!影武者たてよう!

2つ隣の村に、よく似た男がいると噂が・・・」


憲政が言い終わる前に、資正は、


「長野は殿の元家臣ですぞ?」


「・・・・そうじゃったな。」


「殿、世の中は好機が本当の好機とは限りません。

危険の中にこそ、好機があるのです。

絶対に勝てる、儲かる、なんて話はございません。

一見してうまみの無い損をしそうな話を、汗水たらし解決してこそ、周りからの信頼を得られるものなのですぞ。

我々にとって、戦わずして勝つ。は、まだまだ先の先の話です。

今は戦って戦って、勝って勝って、大きくなるしかございません。」


「う・・・うむ、資正の言うこと、最もじゃ・・・」


資正は、続けた。


「殿、悪いことばかりではございませぬ。

わずか400で先陣を切って沼田城を陥落させたとあれば、殿の武名は一気に高まります。

関東管領は、世間では公家のような肩書だけの役目だと思われています。

この印象を一変させてやりましょうぞ。」


資正は、童が夢を語るような笑顔で憲政の背中を叩いた。


「して、資正。そろそろ本題に入ろうじゃないか。

9割9分の1分に、乾坤一擲の勝負をかけるほど、お主は愚かではないだろう。」


「はっ!これより、殿には、”特訓”をしていただきます。期間は十四日間。

出陣準備は、こちらで受け持ちます。」


「・・・・ん?何というかこう、知謀って感じの戦術とか、作戦とかないのじゃろうか?

特訓と言うと、剣をみっちり修行して、一騎当千になって敵兵を一挙100人相手にするとか・・・まさか・・・のう?

剣中毒の上泉のような過酷な修行は、絶対にやらんぞ。」


資正は、真剣なまなざしで自らの膝をたたき、憲政に詰め寄った。


「殿!今回の特訓に戦の勝敗、そして殿のお命がかかっております!

そして、その内容は現在の上杉の最高軍事機密です。」


「それほどの内容なのか・・・。よし、資正よ!頼むぞ。まだ、死にたくはないのでな。」


「では早速、我が平井城下の屋敷に参りましょう。」


「そういえば、お主は城下の普請の際に、離れた山沿いの場所を所望したのう?」


資正は、一瞬にやりと笑った。


「お着替えなど準備は一切要りませぬ。さあ、参りますぞ!」


「・・・十四日間、同じものを着るのか?あ、ちょっとまって・・・」


憲政は、無事に特訓で”何か”を習得し、生き残る活路を見出すことはできるのだろうか。





次回は、沼田城攻略戦!

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