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上杉憲政の野望  作者: くまぽんたす
1/7

たったひとりの戦国物語

1551年 4月 平井城評定の日


山内上杉家では、月に一度、恒例の評定がある。

最盛期と比べ、所領は減ったが、それでも上州一国を制している上杉家。

各城の諸将をはじめ豪族(国人衆)など、名だたる武将が集結する。


評定の日の朝は、早い。

多くの諸将が集まるので、下士は準備で忙しい。

評定の準備もさることながら、評定後の宴席の準備など、下士達は日が昇る前から用意を始める。

当主である憲政も、正装で髪を整えたりなど、準備に余念がない。

上州一国の主、そして関東管領である。

上野守、上野守護、その上をいく関東の最高権威が関東管領だ。

征夷大将軍の次席と言っても過言ではない程の、高い地位だ。

相応の恰好で、人前に出なければならない。


辰の刻(朝9時頃)―…巳の刻(10時)の評定に合わせ武将が集まり始める時間だ。

少し時はたち・・・半刻ほど、未だに武将は集まらない。

いつもであれば、武将同士が賑やかに談笑している。

が、今日の平井城は静まり返っている。


憲政も普段の評定の日と違う状況に気が付き、近くにいた下士に

「評定の日時は、本日で間違いないかの?」

と尋ねた。

下士は忙しそうに準備を進めながら、

「上様、間違いございません。先日降った雨の影響で道中の進みが遅れているのではないでしょうか。」

と、早口で答えた。


結局、夕刻になっても、たったひとりの武将も集まることはなかった。

憲政は、大広間に用意された宴席にひとり、座り込んでいた。

下士たちが朝から準備した、関東管領の名に恥じぬ豪勢な料理は、すべて冷め切っていた。

下士たちの間でも、ただ事ではないと大きな騒ぎになっていた。


憲政は下士たちに、

「急な北条、武田の襲来の気配があり、諸将には各城で応戦準備をするように通達した。大丈夫じゃ、平井城は上州の安全地帯、絶対に敵が攻めてくるようなことはない。そち達を不安にさせぬために、今まで黙っておった。」


下士たちの顔が、一気に明るくなった。

「もっと早く申してくだされば、われら手薄な城に援軍に駆け付けましたのに!のう!皆の衆!今からでも間に合うか!?」


憲政は精一杯の笑顔で、

「早い時間に言ってしまうと、血気盛んな者は駆け出してしまうかと思っての。今回は小競り合い程度とのことだ。そち達が平井城を離れる必要はない。」

と、諭すように話した。


「それはそうと、こうなった以上、そち達でこの宴席の料理、食してくれんかの。明日には、すべて捨てなければならぬ。捨てるぐらいであれば、皆で食べてくれ。」


「え?いいんですか殿!?さすが関東管領様だ!よし、今日は上杉家戦勝の前祝じゃ!」

下士たちは我先にと、酒蔵に走った。



平井のひらいのたん



下士たちを見送った憲政は、自室へと戻った。

供回りも宴席に参加するように呼びかけ、ひとり障子を締めた。

夕暮れ前の赤い日が、部屋の障子戸に当たり、薄く部屋に差し込む。


「う・・・う・・・うっ・・・・」

「うえええええーーーー!!!!」


憲政は、声をあげて泣いた。

赤子のように、はばからず声をあげて泣いた。


その鳴き声は、下士たちの宴会の声にかき消され、誰にも聞こえることはなかった。


すっかり暗くなったころ、いよいよ切腹することにした。

関東管領の切腹だ。

勢いよく三文字にでも腹を切り、介錯なしであれば、後世にまでその勇名は残るだろう。

それでいい。

上杉家と関東管領は断絶になるが、それもまた、やむなし。

時代は、そうした勃興を繰り返し、前に進んできたのだ。


そんな盛者必衰の理を思い浮かべながら、憲政は腹に刀の切っ先を突きつけた。


「あいたたたたたたたた・・・」


ほんの1寸ほど腹に刀を差しただけで、今までの人生で見たことが無いほどの血が流れ驚いた。


憲政は考えた。

一気に突くのは、怖い。

ならば、少しずつ刀を差し込んだ方が、楽なのではと思ったが、じわじわ痛いのも酷だな・・・。

ならば、やはり一気に突くしかないか。


介錯を用意するべきだった・・・。

と、後悔した。

だが、関東管領の介錯だ。

それなりの人物でなければならない。

だが、もはら身近に名の通った武将は誰一人いない。


憲政は、 血に塗れた畳と袴をじっと見つめながら、 今までの人生を思い返していた。

川越夜戦の敗戦、北信濃侵攻の敗戦・・・。

きっと、勝者である相手は、この日ノ本の歴史に名将として名を刻むだろう。

戦は勝負だ。

歴史に残る勝者の裏には、必ず敗者がいる。

大きな要因ではなく、ほんの小さな要因が、大敗の原因なのだ。

ほんの紙一重の”何か”で勝負が決し、勝った方は栄光の道を、負けた方は歯止めの効かない没落の道を歩むことになる。


たまたま・・・後者が、自分だったのだ。


憲政は、何もせずに没落したわけではない。

積極的に拡大路線をとってきたのだ。

すべて失敗したが、前向きに挑戦はしてきたのだ。


憲政は、まだ20代の若者だった。

よく考えてみたら、まだまだ人生これからじゃないか。

人生50年の、まだ折り返し地点だ。


憲政は、ひとりつぶやいた。

「上杉憲政は、ここに死んだ。たった今死んだのだ。もはや死んだものと思えば、怖いものはない。」

切腹なんて、バカバカしくなってきた。

負けに負けた先に、ひとり切腹なんて・・・情けないにもほどがある。


人生、負けたことを知っている人間は強い。

どん底を味わっているからだ。

何もない谷底であっても、必ず這い上がるチャンスはめぐってくるのだ。

生きてさえ、いれば。





平井城評定の翌日




翌朝、早くから下士が駆け込んできた。

「殿、火急の要件です!」


憲政は、落ち着いた声で

「申してみよ。」

と、意識して低い声でゆっくりと答えた。


「箕輪城長野様、国峯城小幡様、他上野国人衆、上杉家よりすべて離反するとの由にございます!」

「さらに平井城の武将は全員離反し、長野家及び北条家に出奔しました。これにより下士にも動揺が広がり、離反が相次いでおります。」


やはり・・・か。


「長野様は、上杉家と対等の誼(同盟)を結びたいとのことですが、いかがいたしましょうか?」


「是非に及ばず。と伝えよ。」


長野がこのまま独立をすれば、主家裏切りの烙印を押されてしまう。

事実上は大名として独立しているが、上杉傘下であると対外的には見せたいのだ。

上杉家も長野との同盟無しでは、即時武田か北条の攻撃を受けて滅亡する。

足元を見られ悔しいが、致し方ない。

もはや関東管領や名家の威光など全く意に介さない憲政は、ただ貪欲に生き残る道を模索するのだった。





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