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コンノさんと今野さん、そして私  作者: 小田島静流
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七、放課後綺談

「えー、感動的なシーンに水を差すようで悪いけど、そろそろ下で勧誘してた人達が戻ってくるよ」

 申し訳なさそうに告げられて、慌てて手を離す。今野さんは原稿を急いで鞄にしまい込み、コンノさんはと言えばひょい、と体重を感じさせない動きで跳び上がって、そして空中でくるりと一回転すると、パッと消えてしまった。

 焦って窓の上を見上げれば、そこには白い狐面が、『さっきからずっとここにいましたよ』と言わんばかりの澄まし顔で、時計の隣に収まっている。

「吉川、ジュースは飲まなくていいのか? そのままだと強奪されるぞ」

「あっ、いけない」

 飲む暇もなかったジュースをトートバッグに放り込んだところで、軽快なノックの音が響いてきた。

「こんちわー! あっ、今野さん! 珍しいですね、こんな時間に」

 入って来るなり、窓際に座っている今野さんを見つけて大声を上げる部長。その後ろから中島さんと数人の部員が続き、そして「お邪魔しまーす!」の声と共に、可愛い女の子達が八人ほど、ぞろぞろと入ってきたから驚いた。

「……投網でも投げたんですか」

「水沢が声かけて、連れてきたんだよ」

 苦笑交じりに応える中島さんの背後では、漫研一のイケメンを自称する水沢さんが「俺の勧誘テク、すごいっしょ!」とかドヤ顔をしているけど、飾られたプラモやフィギュア、本棚から溢れそうな漫画の山を見て、明らかに引いている子もいるので、果たして何人が本当に興味を持ってくれているのやら。

「オレちょっとトイレ行ってくるわー。ヨッシー、悪いけどみんなに部の説明してあげて」

「ええっ! 何で私に振るんですか!」

 いいからお願い、と拝むような仕草をして、そそくさと部室を出ていく部長に、どうしたものかと現役生を見回すも、どうやらみんな勧誘疲れで説明する気力がないらしく、ことごとく視線を逸らされる。

「しょうがないなあ。じゃあ、簡単に説明するね。えっと、私は二年の吉川です。まずは……」

 ちょうど一年前、コンノさんが教えてくれたことを思い出しながら、順番に説明をしていく。活動内容や部会の説明、会費のことや現役部員の構成――ああ、そうだ。まずこれを言っておかないと。

「えっと、ここにいるちょっと強面の先輩は、四年の今野さんです。一見、無口で無愛想で、取っつきにくいかもしれないけど、面倒見が良くて、実はちょっとお茶目で、しかもものすごく面白い漫画を描く人なので、たまに部室で見かけても怖がらないでください」

「吉川、お前な……」

 抗議の声を上げようとした今野さんだったが、現役部員達から惜しみない拍手が贈られて、ついに頭を抱えてしまった。

 そのまま自己紹介タイムに突入し、趣味や特技、今期イチオシのアニメなどで喝采が起こったり、悲鳴が上がったりと、何とも賑やかだ。

 どんなに時代が変わっても。そこに集う人が違っても。私達はいつだってこんな感じで、何となく楽しい日々を過ごしている。

 だから今は、いつかは思い出に変わる日々を、存分に楽しもう。

 そんなことを思いながら窓を見上げれば、狐面がぱちり、とウインクをした――ような気がした。

 ……いや、気のせいじゃないらしい。今野さんが顔を引きつらせて狐面を睨みつけている。

『だいじょーぶ、他の人には分からないようにやってるから☆』

 何と声まで飛んできた。こっそり周囲を窺えば、聞こえたのは私と今野さんだけのようなので、ほっと胸を撫で下ろす。

『ふふーん、なんかちょっとパワーアップした感じがするなー。何が出来るようになったか、色々試してみないとね』

 何やら能天気な呟きが聞こえてくるけれど、怪奇現象扱いされて処分されたら困るんだから、今野さんが引き取る日まで、あまり目立つような真似はしないでほしい。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか自己紹介の順番が迫ってきていた。

「はい、八嶋くんの自己紹介でしたー。じゃあ次は、ヨッシー!」

 部長に促されて、あたふたと立ち上がる。

「ええっと、商学部二年の吉川千尋です。好きな漫画は……」



 コンノさんと今野さん、そして私。

 忙しない時の流れにぽかっと空いた、まるで奇跡のような時間と空間で、私達は今日も笑いさざめく。


 この『すこしふしぎ』な日常が、いつまでも続きますように。

 私はこれからも、そう願い続ける。


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