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07

貴族街から良くない訪問者が来て、翌日。

アレクサンドライトとティリは、泥棒騒ぎが起こった夜に破壊された廃材置き場を調べにきていた。もう誰も使わず放置されて久しいそこは、木でできた掘っ立て小屋のようなもので、今回のことで本格的に撤去されることが決まったらしい。

解体作業はすでに架橋に入っており、見慣れたボロ小屋はもう跡形も無かった。

調べるにしてもこれではどうしようもない…。すっかり朽ちた壁材を作業員が運び出す様子をセンサーに捕らえながら、アレクサンドライトはお手上げだの意を含めてぶしゅうと蒸気を吐き出す。


「どうするティリ。ここにはもう何も無いみたいだぜ?」

「うん…。あ、ねえ、辺境伯はこの前どっちから来てどっちへ行ったっけ?」


己と同じように困った顔をしていたティリだったが、ふとこちらを振り返ったあとあたりを見回した。

それに倣って、アレクサンドライトも周囲の景色をセンサーに映す。泥棒の車のボンネットに降り立ったあのときは夜で、日の光が当たる今と街の様相は違う。記憶回路をくるくる回し、アレクサンドライトは詳細を思い返しながら「えっとよ」と口を開いた。


「あの銀色の奴が向こうにいたと思ったから、多分あっちから来て同じ方向に帰っていったんだと思うぜ」

「あの銀色の奴って…、ああ、弟様が言っていた従者の」


スティング、と言う名前の戦闘タイプの機械人。

夜の闇の中でも自ずから光を放っているかのような銀色の装甲を持った機械人は、騒ぎから少しだけ離れた場所で辺境伯を見つめていた。あの異様な存在感を忘れようとも忘れられることが出来ず、街の様子が暗から明へ変わっていても何処に立っていたか思い出すことが出来た。

アレクサンドライトは廃材置き場から南西に伸びる路地を指差して「あっちだ」とティリに告げる。


「間違いねえよ、あいつらあっちの道に行ったんだ。あっちには何があったっけな…?」

「職人街を抜けたら、マーケットに着くと思うけど…。まあ、ここから真っ直ぐ行った場合は…だけど」


あごに手を当てて考えていたらしいティリは、ふと思いついたように眉根を寄せる。


「あ、ううん。道をちょっと外れると花街があるっけ…」

「花街…」


そう聞いてアレクサンドライトの回路に浮かんだのは、ロイロット・ウインドマリーが連れていたあだっぽい女だった。

見るからに水商売を生業にしていそうな出で立ちで、しなをつくりながら辺境伯に身を預けていたのを、げんなりしながら目撃したことを思い出す。ティリもそのことを思い出していたのだろう、眉間に掘られたしわがさらに深くなる。

辺境伯が女と機械人をともなって消えていった南西の路地を見つめながら、二人はううん、と唸った。


「辺境伯様たちは、花街から来てたのかな?」

「つっても何のために?花街が近いって言っても、あの騒ぎが聞こえるほどの距離じゃねえだろ?」


女といちゃついていたら泥棒騒ぎが起こり、野次馬根性で乗り出してきたというわけではあるまい。ふらふらと歩いていたら偶然騒ぎにたどり着いたというのも、出来すぎている。

何か目的があってではないとたどり着かないのではなかろうか?

アレクサンドライトはティリと目配せしあって、どちらともなしに南西の道へと歩き出していた。


「どーすんだ?花街に行ったって、この時間どの店も開いてねーんじゃねえか?」

「お店に用があるわけじゃないもの。この前の女の人のことを知ってる人がいるかもしれないし」


どうやらティリは先日の女から情報を聞き出せればいいと思っているようだった。

もし辺境伯が本当に件の女と花街で遊んでいたのならば、ちょっと聞き込みをすれば情報はすぐ引っかかるだろう。彼ほどの男があれほど酔っ払うほど酒を呑んで、目立っていないとは思えない。

それを期待して二人は、マーケットへと続く道から外れた通りを進んだ。


少しだけ歩けば、飲み屋が連なる大きな道へと出る。そこは意外なほどに人の気配の無い閑散とした場所で、先入観からかややすれて廃退した雰囲気を感じた。

やはり時間帯のせいだろう準備中の札がかかる店並みをぐるりと見回し、アレクサンドライトはふうん、と唸りながら蒸気を吐く。


「やっぱ、今やってる店はねえな。人もいないんじゃねえ?」

「うーん。まさかここまでとは…。誰かはいると思ってたんだけど」


職人街で生きてきたティリの常識では、昼の街に人が出歩いているのが普通だ。もちろんアレクサンドライトにとってもそうであるが、どうやら花街ではそれは通用しないらしい。聞き出すにしても人っ子一人いないこの惨状じゃ、どうしようもないだろう。

出直すか?と問いかけようとティリを振り返った刹那、アレクサンドライトの聴覚センサーが何か人の声のようなものを捉えた。しかもただの話し声ではない。叫び声に近い、切羽詰ったものを感じて思わず動作を止めてしまう。


「アレク?」

「し、ちょっと静かにしろ」


訝しげに見上げてくるティリを制して、アレクサンドライトは全機能を集中させて聴覚センサーの感度を上げた。

静かな花街の中聞こえるのはティリの呼吸音と衣擦れの音、己の歯車の音、―――そしてやはり、自分たちのものではない声、否、会話だった。

二人いる。一人は先ほど自分が拾ったものと同じ女の声、そしてもう一人聴覚センサーに低く響く声。感情を乱して声を上げている様子の女に対して、もう片方はいやに冷静だ。話している内容こそ聞こえないが、二人の様子に不安を煽られる。

アレクサンドライトは視線を花街の奥の方へ向けて、あっちだ、と短く言った。


「誰かいるぜ。何か、言い争いしてるみてーだ。女と…多分男だな」

「え?だ、誰かわかる?」

「さあな、花街の連中…客とホステスか、店員同士か…。行ってみるか?」

「…」


行けば無用なトラブルに巻き込まれる可能性もある。だが言い争いをしていた片方が女というのが気になったのだろう。ティリは窺うようにこちらを見たあと、行ってみようと目配せする。

このまま放っておいて寝覚めの悪い結果になってしまうのも不本意なので、アレクサンドライトもその意見に同意し、彼女を守るように先導した。


声は花街の奥…にある路地の一つから聞こえてくるようだった。近付けばセンサーの感度を上げずども会話が聞こえ、人間のティリもそこにいる誰かの存在に気付いたようだ。

やはり言い争うような声で、後ろを歩くティリがきゅっと身を強張らせた気配を感じる。何があるかわからないため、せめて後ろにいる彼女だけは逃がせるように気をつけながらアレクサンドライトは早足で路地を進む。


表の通りよりも裏はさらに陰気であやしげな空気が漂っていた。

明らかにかたぎではない様子の店や、いかがわしい看板があちらこちらに見える。ティリにはもちろんこんなところにいさせたくないし、アレクサンドライトもさっさと戻りたい。その願いが叶ってか、目的の現場にはすぐに到着した。


「お願いします。あの方に、あの方とお話がしたいのです!」

「あの方は今誰にもお会いできない。それが誰であってもだ」

「お手間はかけません…!せめてもっと説明を、わけを聞きたいのです!」


はっきり聞こえるようになった会話と路地の半ばに見えた姿に、アレクサンドライトとティリは瞠目して立ち止まる。

すえた臭いが漂いそうな品の良くない通りにおいて、一際目を引く銀色の装甲。過去大戦で活躍した戦闘用機械人の姿をしているそれは、間違いなくスティングと呼ばれていた辺境伯のお付きだった。

そして言い争いのもう片方…むしろより声を張り上げているのはこちらだったが、その麗姿はとても大声を出すようには見えない。

ヘッドドレスに包まれた黒く流れる髪の毛は艶があり、バッスルでスカートを膨らませたすみれ色の上等のドレスに細い肢体を包んでいる。襟元から覗く肌は白磁の如く、ほのかに染まった頬はどんな薔薇よりも愛らしい色をしている。


深窓の令嬢という言葉が人の形を取るのなら、こういう女のことを言うのだろうとアレクサンドライトは思った。だがその美しい彼女だけでなくスティングも、この花街の裏路地にいるにはかけ離れすぎている。言い争いをしているところも奇妙だ。

アレクサンドライトは訝しがる態度を隠すこともせずに、「おい」と二人に声をかけた。

女と機械人がこちらに視線を向ける。


「…あ、」

「…ともかく、貴女とお話しすることは何もない。お引取り願おう」


驚きかそれとも大声を出したことを恥じたのか女が口元を覆ったのを尻目に、スティングは冷たくそういい捨てるとするりとその場を去っていく。女が慌てた様子でその後姿にすがろうとしたが、大柄な機械人は「くどい」と告げて彼女の体を振り払った。

強い力ではなかったようだが、女は力なくよろけ、尻餅をつく。


「ちょっと…!」

「おい、てめえ!!」


あまりの仕打ちにアレクサンドライトとティリは非難の声を上げながら、まだ懇願するようにスティングを見上げる女へと駆け寄った。しかし銀色の機械人はそれに反応することもなく、冷淡に素早く歩き去ってしまう。怒りで回路が熱くなったアレクサンドライトが「待ちやがれ!」と怒鳴っても振り返りすらしない。

熱した蒸気がぶしゅう!と強く頭部から吐き出された。


「なんだよ!あいつは!…あ、おいアンタ、大丈夫か?」

「はい…、お気遣いありがとうございます」


ティリに手を貸され起き上がった女が、青白い顔をしてアレクサンドライトに礼をする。白く細い手が胸元できゅっと握られており、それが小刻みに震えているのを見て今一度熱い蒸気を吐き出した。


「あいつ、やっぱりとっ捕まえてくる!一発殴ってやんねえと気がすまねえっ!」

「いえ!…いいのです、いいのです。…あの調子では、きちんと話を聞いてくださらないでしょうから」


大きな苦しみを吐き出すような声にティリがその背を優しくさするのを見ながら、アレクサンドライトは苛立ち焦れながら「でもよ…」と呟く。白い顔の女はゆっくりと首を横に振って今一度、いいのです、と細い声で告げた。


「ここで争い、暴力が振るわれることはわたくしの本意ではありません。わたくしも少し冷静になりたいですし…頭に血が上りすぎました…」

「大丈夫ですか?どこかでお休みになられますか?」


いかにも繊細そうな口調の女をティリが気遣うと、彼女は長いまつげに縁取られた目を閉じて長く深く息を吸い、吐くと静かに頷く。


「いったん屋敷へ戻ります。もしよろしければお礼をしたいので貴方がたをお招きしてもよろしいでしょうか?」

「あの、失礼ですが、貴女は…」


ティリが問うと、目を開けた令嬢はすっと背筋を正して二人を見つめる。その瞳は彼女のドレスと同じく、鮮やかなすみれ色だということがようやくわかった。

彼女はその美しさに相応しい穏やかな笑みを浮かべて、優雅に礼をした。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくしはリリーナ・フレイムミル。テトラトル国フレイムミル領領主、ギルベルト・フレイムミル侯爵の娘です」


告げられたその名と立場に、アレクサンドライトとティリは瞠目し、自然とお互いの顔を見やっていた。

どうやら予想以上の人物が、ここに来て騒動に関わってきたようである。

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