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床に倒れたままのロイロットとゴードン、銃を突きつけられて動けないリリーナ、三人の顔を順番に見回してから義足の老メイドゲルダは鼻を鳴らした。

自分たちがとても抵抗できない状態だと確認した後「これももういりませんわね」と呟き、彼女はかがんで金属で作られた足に手を触れる。鉄板と鉄板を繋ぐ大きなボルトのようなものをがちゃりと外すと、支えるものが無くなったためか義足を形作る金属と金属に大きな隙間が出来た。

その中には何もないはずだが、ちらりと光の当たった白い素肌にロイロットは目を瞬かせる。


「ゲルダ…、貴女は…足を失ってはいなかったのか?」

「あら?ほほほ、今更お気づきですの?」


呆然と呟いた元主人にゲルダは厭味ったらしく笑って軽く足を振った。かん、と軽い音がして元は義足だった金属の板が振り払われる。よくよく見ればそれは、薄い鋼板を円柱型にして中は骨組みも何もない、空っぽの義足とはまったく異なるもの。

ゲルダはこの中に脚を入れて過ごしていたのだ。あきらかに計画性のある行動に、ロイロットは眉間にしわを寄せながら老メイドを睨みつけた。


「父を騙してウインドマリー家に入ったのか?『機械の暴炎』で怪我をしたのも…」

「いいえ、『ゲルダ』は確かに貴方がたのせいで脚を失いましたわ。そしてわたくしも『機械の暴炎』に確かに巻き込まれた…」

「なに…?」


咄嗟に彼女の言う意味が理解できずに、ロイロットは問い返す。

察しの悪さを嘲笑ってか、口元を強く歪めた女は「この言葉でお気づきにならない?」とロイロットを見て、ゴードンを見てそしてリリーナを見た。

青い顔をしてかたかたと震えていたリリーナがはっとして老メイドを見つめ、「まさか、貴女は『ゲルダ』ではないのですか?」と細い声で尋ねる。その言葉についにロイロットも事情がわかり、まじまじとゲルダ…?を凝視した。


「別人…ゲルダと入れ替わってウインドマリー家に来たと言うことか?」

「ええ、ええ!その通り!過去ゲルダと呼ばれていた脚のない女はわたくしの姉でした!」

「姉…?」

「あの愚かな姉…『機械の暴炎』の事実を知りながらウインドマリー家を許そうとするなんて!ましてや脚のためにあの家に雇われるなど!」


吐き捨てるように言った言葉に、ロイロットは彼女の姉…本物のゲルダがここにいない理由を察する。

視線を鋭くしながら「まさか、貴女は姉君を」とその先の言葉を想像させる問いかけをかければ、彼女は大きく首を縦にふり顔全体を喜悦に歪めた。


「姉は私が殺しました。ウインドマリー家に入るために、姉に成り代わり偽の義足を作ったのです」


歌うように上機嫌な態度で言い切った老メイドに、ゴードンが「なんてことを、」と呟く。青を通り越して土気色になってしまった顔色の老執事にするりと目を向けた復讐者は、「貴方には感謝しております」と嗤いながら言った。


「貴方が花街の女に気を惹かれてくれたおかげで、良い隠れ蓑になりました。ほほほ、まさか自分のくれてやった時計がわたくしたちに使われていたとは思わないでしょう」

「う…」

「全て…貴女の計画なのか?全て『機械の暴炎』に巻き込まれた者たちの…」


わたくしたち、と言う言い方が気になりロイロットが周りを取り囲む護衛たちをそれぞれ見つめながら尋ねる。

全員自分よりも年上だがまだまだ若く屈強なものたちだ。51年前の戦争と事件を体験しているとは思えない。彼らがウインドマリー家に雇われた経緯も知っているが、出身地は件の地区では無かったはずだ。

その疑問を口に出せば老女ではなく男たちが大げさに笑い、「俺らはこの国の出身じゃありませんよ」と馬鹿にするような口調で言った。


「俺たちはリングリラの出身…、この女の協力者ですよ。いやはや、先代様の身元のチェックの甘さには感謝しなければ」

「リ、リングリラ…!?それではリングリラ国王が…?それともお父様が?」

「国王は何も知りませんわリリーナ様。フレイムミル侯爵同様友好派ですしね…。でもあの国には別の考えを持つ貴族も多くおりますの」


口調だけは朗らかに伝えた女の言葉に、リリーナは思い当たることがあったのだろう、口を噤んで手を握りしめる。ロイロットもまた両国の交友に疑問を持つものが少なくないことを知っていた。

いまだにテトラトルに強い恨みを持つ過激な思想を持つものがゲルダを…彼女の妹をけしかけたのだろう。ロイロットはその一派である男たちを順に睨みつけ、大なり小なり全員が下卑た笑みを浮かべていることに嫌悪感を抱いた。


「貴様らが、彼女たちに『機械の暴炎』のことを教えたのだな…。そして彼女に姉を…」

「おやおやロイロット様。我々が悪いみたいな言い方はおやめください。真実を伝えないのはあまりにも可哀想でしょう」

「そう、その通りですわ。悪いのは全て貴方がた。貴方がた全員に罪を償っていただきますからね」


燃え上がるような怨念とともに吐き出した彼女に、ロイロットははっとして改めて視線を戻す。怒りで爛々と燃える老女の瞳は真っ直ぐにこちらを射抜いており、今にもその手に持ったナイフを掲げてこちらに襲い掛かってきそうな気迫がある。

ざわりと肌が泡立ち、背中に脂汗を浮かせながらロイロットは彼女を刺激しないようにゆっくりと尋ねた。


「私たちを、ここで殺すつもりか?」

「そうしたい所ですが…いいえ。貴方たちにはこのままリングリラ王都へと行ってもらいます」


ゆっくり首を振る老女の答えに僅かに余命が伸びたことを察したが、もっと嫌な予感が胸を過る。

まさか、と小さく呟いたロイロットに、ことさら狂気の色を濃くした女が頷き、酷く冷徹な声で三人の未来を告知した。


「貴方がたはこの飛行船とともに王都へと突っ込んでもらいます!リングリラごと燃え、私たちのように苦しみなさい!」

「…ひっ!ひえええっ!!」


ナイフで心臓を突かれるよりも残酷な刑罰に、先ほどから震えが止まらなくなっていたらしいゴードンがついにうずくまり悲鳴を上げる。限界だったのだろう、嗚咽すら混ざったその声はわあわあと飛行船内の空気を哀れに揺らす。

しかしそんなものには興味がないとでも言いたげに老女は彼を一瞥した後、すぐにロイロットとリリーナへと視線を戻した。

自分もリリーナもまた恐怖を身が包んでいたが、取り乱すことは出来ない。顔を青くしながらも復讐者と向き合っていた。彼女は一見平静に見える自分たちが気に入らないのか、狂気的な瞳に僅かな不満を形作る。

僅かでも刺激すれば何をされるかわからないと思い、観察しながら慎重にロイロットは唇を開く。


「それでは貴女も、貴方たちも全員死ぬぞ…。どうするつもりだ?まさか我々と心中するつもりではあるまい」

「ご心配なく。迎えの船は既に来ておりますわ、後はそれに乗り込むだけ…。ロイロット様の苦しむお顔を拝見できずに残念ですが」

「ああほら、ご覧下さいよ辺境伯様。あそこに既に飛行機が見える…」


窓側に立っていた男がにやりと唇をつり上げて、ガラスを隔てた向こうに目を向けている。

彼の言葉にロイロットもまたそちらに視線だけ動かすと、確かに雲間にぼんやりとした影が動いている様子が見えた。

翼の大きな、複葉機だ。危なげない操縦で随分近くを飛んでいる。操縦者の姿は確認できないが、乗務員たちを回収する準備は既に出来ているのだろうか?このままでは彼らをここで逃がしてしまう…。

歯噛みしながらその飛行機を睨みつけていると、にわかに男たちがざわつき始めた。

聞こえるのは帰還できる喜びの声でも、自分たちを嘲笑う声でもない。様子がおかしい。


「おい、あの飛行機…なんか妙じゃないか?」

「そういや随分小さ、お、おいあれっ!何だ!」


男の一人が叫び、全員が何事かと窓へ視線を向けた―――瞬間だった。

近くを飛んでいた飛行機でちらりと何かが瞬く、と思ったと同時に、がしゃああああんっ!!と弾けるような音がして窓ガラスが四散する。びょう、と冷たい空気が割れた部分からゴンドラ内に吹き込んだ。

その冷たさに身を竦ませる余裕も無いロイロットの視界に映ったのは、硬く編まれたワイヤー。先端に付いたフックがゴンドラ内を横ぎり、反対側の壁に穴をあけて引っかかっている。


「あ、いったい…」


その言葉を発したのはいったい誰だっただろう。

ピンと張られたワイヤーがしゅるりと引かれ、複葉機から誰かが飛び出してきたのが目に映った。そこでロイロットはようやくこのワイヤーが飛行機から伸びていたのだと理解する…と、同時に炭素鋼のロープを伝って影が勢いよくこちらに向かってきた。

聞こえてきたのは青年の叫び声、見えてきたのは大きな緑色の人影―――それを全員が認識した瞬間、件の人物は割れた窓をさらに大きくぶち破り、ゴンドラの中に着地する。


「だあありゃあっ!!っ、ああ!」


一際大きな叫び声とともに影はつんのめり、そのままずっこけた。がしゃん!と派手な音が響く。

緊張に凍っていたゴンドラ内の空気が、途端に弛緩する。だが誰一人声を上げることも出来ず、ただ茫然と「ちくしょー」とぼやきながら頭を振る人物を見ていた。


自身に破損個所(けが)が無いか確認するように手足を確認するたびに、回る歯車の音。じゅう、と噴出される蒸気。所々傷のある緑色の装甲と金属で出来た巨躯。片目を破損させているところが妙に目を引く…突然の乱入者の正体は戦闘タイプの機械人であった。


その姿を何処かで見たことがある…ロイロットが思い出そうとした刹那、いち早く我に返ったリリーナが「え?」と声を上げる。


「あ、アレクサンドライト様?アレクサンドライト様ですか?な、何故ここに?」

「おう!リリーナ!大丈夫か?俺はティリと一緒にロイロットを止めに来たんだ!」

「わ、私を…?」


唐突に名前を呼ばれてロイロットが思わず呟くと、片方しかない機械人の目がぎろりとこちらを向いた。


「ん?あ!ろ、ロイロット!てめー…あ?今どういう状況だ?あ!ゴードンに、…ゲルダ!」


倒れている己から今にも気絶しそうなゴードン、そして周りを取り囲む男たちと最後にゲルダを見た機械人は、ぶしゅう!と不機嫌に蒸気を吐き出す。そしてナイフを手にしたまま行動を起こしかねている老女に向けてぴっと指を向けて、船内に響き渡るようにはっきりとした声で叫んだ。


「お前、本当はゲルダじゃねんだろ!エリウットが言ってたぞ!ゲルダに成り代わってウインドマリー家に入ったんだな!!」

「アレクサンドライト様!そ、それはもう説明されましたわ!」

「あ、お、おう!そうか!じゃああとはゲルダと…ここにいる物騒な奴らをとっ捕まえるだけなんだな!」


慌てたリリーナに説明された機械人は一瞬間が抜けたような声を出したが、すぐに体勢を立て直し改めて相対する老女を隻眼で睨みつける。

それに煽られたか老復讐者はいっしゅん目を見開き、すぐに唇を歪めて笑い声を立て始めた。アレクサンドライトと気になる名で呼ばれた機械人は短気っぽく蒸気を噴き上げて、「何がおかしい!」と怒鳴りつける。

真剣な彼の様子がことさら彼女の琴線に触れたのか、いやらしく笑い続けながら老女は口を開いた。


「おかしい?おかしいですとも、アレクサンドライト様!いまさら何をしようと言うのです?もう何もかもが遅い!」

「遅くねえ!遅くねえよ!お前らを止められるからな!俺はそのためにここに来たんだ!」


きっぱりと嘲笑う声を跳ね除けると、老女の顔からすっと笑みが消える。

ロイロットは自分たちを守るように立った機械人の背中と復讐者の表情を交互に見ながら、どうするべきか考えていた。

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