表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/39

番外:スティング

自分がいったいどういう機械人なのか説明するのは、スティングにとってとても難しい事柄である。

『戦闘型』であり『ウインドマリー家の従者』であり、そして過去に『12番目のアレクサンドライト』と呼ばれた存在でもある。

製作されたのが一番最後だったため、他の兄弟たちから散々『末っ子』扱いもされたことを思い出し、スティングは回顧の念を催しながら笑うように蒸気を吐き出した。

もうもうとした白い煙は既にとっぷりと日の暮れた空へ吸い込まれるように消える。ウインドマリー家の別荘の周りに咲く美しいマロウブルーの花の様相もその暗闇の中ではぼんやりとしか見えなかった。

日の光の下では濃い紫色に染まっているだろう大地を横切り屋敷までたどり着くと、そこには屋敷番として雇い入れている機械人と見慣れぬ人間が話し込んでいる。スティングが近づくと農具を背負ったのっぽの機械人が「おや」と声を上げながらこちらを振り返った。


「あれ?スティングさん!もうお帰りですかい?ロイロット様は?」

「ロイロット様は…別のルートから所用で出かけられた。そちらは?」

「ああ、この方は馬車の御者さんですよ。何でも乗せてきた客が帰ってこないとか」


紹介されておっとりした表情の男が被っていたハンチング帽を取り、一歩スティングに近づいて礼をした。

恐らく、先ほど飛行機で飛び立ったアレクサンドライトとティリを、駅からここまで乗せてきた馬車を運転していた者だろう。あの二人もまさか何の挨拶もせずに別荘地を飛び立つとは思ってもみなかったに違いない―――無論、自分が追いつめてしまったせいだ。

スティングは男の礼に目礼で返し、「機械人と少女の…あの二人のことだな?」と尋ねる。帰還しない客に気を揉んでいたのか、不安げな御者の目がぱっと見開かれた。


「アレクサンドライトとティリは…ロイロット様を追った。貴方には先に帰るよう私に言いつけてな」


無論、言いつけて、というのは嘘だが、本来ならば二人は彼とともにウインドマリーへ帰るはずだったのだ。自分たちの都合に巻き込んでしまったため罪悪感もある。

そこまで考えて、スティングは妙におかしくなって視線を逸らした。人間で言えば自嘲しているという行為に等しいそれは、今さら何を都合のいいことを考えているのだろうと言う自身への皮肉でもあった。

だがそれは一瞬の間、スティングはすぐに御者へと向き直る。


「待たせて申し訳なかった。何分急だったものでな。馬車代がまだったのなら支払おう」

「ああ、いえいえ。お代はすでにクラスタイン様から頂戴しています。ただ、深くは聞かされていませんが…あの子たちが何か思いつめた様子だったのでねえ」


「心配で心配で」とほっと胸をなでおろした男は広くなった額を撫でる。今日が初対面だったろう二人の身を心底案していたことが、憔悴しきった彼の表情からわかった。

スティングはその様子をじっくりと青の瞳に写し、そして少しだけ蒸気を吐いて「大丈夫だ、安心しろ」と告げる。御者は己の言葉を嬉しそうに受け取りながら、スティングとのっぽの機械人に対して何度も頭を下げて、帰って行った。

薄闇に消えていくその後ろ姿を見送っていると、隣の機械人が微笑ましそうに笑って口を開く。


「いやあ、あのおっさん。ずいぶんお客さんのことを心配していましてね。あの年頃の娘と息子がいるんだそうで。ははは、息子の方は機械人じゃないだろうにねえ」

「そうか、家族か。…平和な考え方だな」

「平和、そう、平和だねえ。まあ平和な時代ですからな!これもウインドマリー伯爵のおかげですな」


そう言ってからりと笑った機械人に、決して悪気は無かっただろう。だが一瞬、スティングの歯車は嫌な音をたてて冷たく回った。無論表面上は全く変わった様子など見せなかったため、隣に立つ機械人はやはり朗らかに笑うだけだった。

―――平和。確かに50年前の戦火を顧みれば、今のウインドマリーは平和そのものだろう。だがこの平和は大きな傷跡をつぎはぎで繕ったいびつなものだ。それを『機械の暴炎』の当事者である自分たちは理解している。

理解していて、この道しかないと50年間突き進んできた。


(だが結局、その選択で今の時代を生きるロイロット様に代償を支払わせることになってしまった)


スティングの記憶回路の中に浮かぶのは、自分の祖父が犯してきた罪と過去を知りながら隠してきた父親の罪を教えられた時の主人の表情である。

大きく見開かれた目と、血の気がうせ真っ青になった顔。そして体はがたがたと震えて瞳はただ虚ろに死にゆく先代辺境伯を見つめている。

あまりに哀れだった。

幼き日よりロイロット・ウインドマリーに仕えてきたが、あのように深く絶望した顔をスティングは知らなかった。彼もまた50年間の間に築き上げた平和の中生まれた人間で、常に快活に笑顔を浮かべている人物だったのにもう長くその穏やかな顔を見ていない。悩みに明け暮れ日に日にやつれていく主を、ただ見ていることしか出来なかった。

あの日の無力感が50年前の事故が起きた日の無力感と重なる。だからスティングはその中で生まれた決意だけは、せめて守ろうと誓ったのだ。


(国と国の間には、普通に生きていてはわからぬ問題が多々ある。ロイロット様の決断は間違いではないはずだ)


間違いではない。だがもうその時代は過ぎたのかもしれない。

時間が経ちすぎたという意味ではない。命で命を購うという行為自体が、もう国民には理解できない考え方なのかもしれないと、スティングは思った。

同時に考えたのは己と同じ戦闘型の機械人と彼に寄り添うように生きている機械工見習いの少女。平和な時代、場所で生きてきた二人はロイロットの悲痛な決意に対して、真っ向から否と言った。


二人だけなら己は抑えられただろう…だが、あれがウインドマリー全体の意見になれば―――そこまで考えたとき、ふと聴覚センサーが近づいてくる大型の車輪が回る音を感知した。


「おや、スティングさん。あれを見てくださいよ。誰か来たようですよ」

「…ああ」


隣の機械人も気が付いたらしい、その瞳はスティングを通り越してマロウブルーの花畑の中へ続く道路を見ている。彼の視線を追ってスティングも振り返ると、遠くの林から馬車がこちらへ向かってくるところだった。先ほど去って行った馬車よりも数段グレードの高い。

スティングの視覚センサーがその側面に、ウインドマリー家の紋章をとらえる。乗車している人物が誰か予測はついていたので、スティングは神妙にその到着を待つ。

やがて止まった馬車の中から出てきたのは、厳しい顔をしたエリウット・ウインドマリー…辺境伯、ロイロット・ウインドマリーの弟だった。

兄君と同じく赤い癖毛と凛々しい眉が特徴的な少年は、厳しい顔でこちらに近づいてくると真っ直ぐにスティングを見据える。


「スティング、わかっているな。馬車でゆっくりと聞かせてもらうぞ」

「は…」


静かに一礼すると、エリウットはしばらく己を物言いたげに見つめた後、のっぽの機械人に一言二言ねぎらいの声をかけて踵を返した。馬車まで戻っていく背中をスティングは追う。背後から見える少年の横顔は、ぐっと唇を強く結んで何処か思いつめたような表情をしていた。

乗り込んだ馬車には自分とエリウットしかいない。護衛はいらないのだろうかと薄ら思ったが、それを尋ねる前に向かい合って座った辺境伯の弟君は口を開く。


「兄がここに来たことはリリーナ嬢から聞いていた。やはりお前もいたな」

「はい…」

「今回のこと、全て兄とお前が計画したことなのか?」


スティングは少し考えて、そして頷く。鋭くこちらを睨みつけるエリウットの瞳がことさら強く光った。


「長い…、とても長い話になります。お聞き願えますか?」


エリウットはしばし己の目を見つめ、静かに了承する。

そこでスティングが語ったのは、この度の事件の発足から今まで。無論、50年前の戦争における秘密と自分の出自についてもすっかりと告白した。

エリウットはある程度覚悟していた様子だったが、やはり『機械の暴炎』の真実を知った時は大きく目を見開き、膝で握った手を震わせていた。顔は蒼白でじっとしりと汗を浮かべている。

まだ少年と呼ばれる年代の彼には重すぎる内容だっただろう。しかし辺境伯の血を引くエリウットは手の震えを拳をさらに握りしめることで押さえて、ゆっくりスティングに尋ねる。


「それで、ティリとアレクサンドライトは兄を追ったというのだな?」

「はい…申し訳ございません」

「謝るのは私に対してではない、あの二人にだ。…本来は私がしなければならないことを、何もかも彼らに託してしまった」


頑なで生真面目なエリウットは、大きく呼吸を繰り返して顔を伏せた。

気付けば馬車はすでに駅へと到着していた。ほの明かりの浮かぶ停車場から入る光が、悲痛な顔の少年をぼんやりと照らしている。御者も心得ているのか、降車を促すようなことはしなかった。

少しの間、馬車の中には無言の時間が流れた。スティングは何も言えない。ロイロットはただただ自分の足元を見つめている。

やがて顔を伏せたままだった少年は、にわかに「私でも同じことをしていたかもしれない…」と呟いた。


「確かに過去の罪は、辺境伯と事件の犯人の命で購うことも出来るだろう。だがそれでも失態を隠し通すことは出来ない。外交の問題ではない、国民への責任の問題だ」

「は…」

「ティリとアレクサンドライトの反応を見ればわかる。隠れ蓑には出来ぬ…彼らもまた大事なウインドマリー家の民だ。お前もそう思ったから二人を行かせたのだろう?」

「…」


突然の問いに、今度はスティングが無言でうつむく番だった。

確かに、エリウットの考えは当たっている。ロイロットの考えが間違っているとは思わない。命を罪の代償にすれば、一時は場が収まるかもしれない。それでも遺恨は残り、それが新たないさかいの種にもなりかねない。

何よりウインドマリーの、テトラトルの国民が真実を知ればあの二人と同じような反応を示す者たちが多くいるに違いなかった。

言葉を発しないことを肯定を受け取ったのか、エリウットは一度ため息をつくと、御者に言いつけ馬車を降りた。涼やかな夜の風が、何処か柔らかくスティングの装甲に当たる。

エリウットに続き降車したスティングは体全体で大気の流れを受け止めながら、ふと空を見上げた。時期外れの別荘地は暗く、ちらちらと瞬く星の光がよく見える。


(アレクサンドライトとティリは…ロイロット様のところについただろうか?)


脳裏に浮かぶ機械人と少女が寄り添う姿。お互いを信頼し、平和に生きるその姿にとてもうらやましいものを感じていることにスティングは気付いた。

恐らく己は―――ああいうものになりたかった。ロイロットを生かすために戦える機械人になりたかったに違いない。

スティングはロイロットに、生きていて欲しかったのだ。


(ああ、だから私は…あの二人を逃がしたのか)


先ほどエリウットが語った理由も、もちろん大きい。だが心の奥深く、芯のところに芽生えた思いはそれだった。


「スティング、我々は急ぎフレイムミルとリングリラに連絡を取らねばならない。何人か向こうにも派遣せねば。お前にも…うん?どうしたスティング?」

「エリウット様、別荘のマロウブルーは誰が植えたかご存知ですか?」


ぼんやりと空を見上げているらしくない己の様子に、御者と何事か話していたエリウットは不思議に思ったに違いない。その上唐突に今までの流れとは全く違うことを問われればその驚きは深くなるだろう。

首を傾げて年相応のあどけない表情でこちらを見上げていることが視覚センサーの端に映った。それを見て、じゅうと静かに蒸気を拭き出す。


「先代様が『機械の暴炎』のことを知った時、我々のことを思って植えてくれたのです。マロウブルーは青から桃へ。色の変化する茶ですから」


緑と赤、色を変化させる宝石、アレクサンドライトのように。そして戦場から観測へ、形を変化させる自分たちのように―――。

それを聞いたエリウットは静かに息を吐き、そして己と同じように夜空を見上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ