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『塔』の屋上は施設の天井部と接合しており、階段は途中で中へ侵入できるように続いている。

アレクサンドライトはスティングの背中を追って塔の内部へと押し入ると、不思議なことに装甲に当たる空気の温度が僅かに下がったことを感知した。否、温度の低下だけではなく、どんよりととどまっていた地下の空気にいつの間にか流れが出来ていることに気が付く。

清涼な風だ。先ほどウインドマリー家の別荘の近くで感じたものと同一の流れ。


ここから地上に繋がってやがるんだな―――と察することは頭に熱がこもっている自分にもたやすかった。

どこかしらに通路があるということは、スティングはそこから逃亡してしまっただろうか。だがあの銀色の機械人は自分たちをここにとどめるようなことを口にしていた。みすみす逃亡を許してしまうようなことをするとは思えない。

ならばこの先にいるのかと思い直し、アレクサンドライトは動力をフル稼働させ走る速度を速める。


塔の中は表よりも薄暗く、階段は真っ直ぐな通路に変わり、施設の中と寸分変わらぬ古び黒ずんだ空管、歯車がぎりぎりと苦しそうにもがく声で溢れかえっていた。

全て『時計塔』を動かすための部品の一部なのだろうか、動いているものも動かぬものもある。二度と蒸気を噴出さぬだろうひしゃげた空管にぞっとしたものを感じながら、アレクサンドライトは通路の曲がり角をぐるりと大きく曲がった。

己の到着を待っていたかのように目の前に銀色の影が現れる。


「待て!スティング!!」

「…」


銀色の機械人は何も答えない。くるりと背を向けて再び走り出す。彼の背後はまた階段になっていて、スティングは驚くような速さで駆け上がって行った。

アレクサンドライトもその後を追い階段を上りあがる。がんがんと乱暴に鳴り響く音。そして何歩分くらい上昇しただろうか―――唐突に己の体に今まで以上に冷たい風がぶち当たって思わず蒸気を噴き上げた。

完全に外の空気の冷たさだ。温度変化に敏感では無い機械人も、流石に蒸気に温められた部屋と外気の差には驚く。いったい何があるんだと視覚センサーを点滅させると、まるで合図でもしたかのように眩い光が飛び込んできた。


(…日の光?いや、もう夕日か)


朱に燃え盛るその色合いは、すでに太陽が西に隠れることを如実に予告している。視界に広がった空もまた同じく炎に焙られたような鋼の如き色でこちらを見下ろしていた。

完全にここは外だと実感して、アレクサンドライトは走る脚を緩めてじっくりと当たりを観察する。ほぼ同時に階段を上り切り、開けた場所に出た。


そこは荒廃した建物の内部だった。否、それはもう建物と呼べるかも定かでは無い、骨組みとわずかな壁材が残っただけのあまりにも侘しい跡地。屋根も壁もすっかりその役目を放棄していて、橙色に染まった空と大地が見えていた。

床はすっかり抜け落ち、土が露出して草がぼうぼうと伸びきっている。壁や骨組みにもツタが幾重にも絡み付いていて不気味ささえ覚えるほどだった。地下の機械たちも破損と風化が酷ったが、こちらの方が野風にさらされていたためか更に見る影もない。

いったいここは何のか、とぐるりと首を回して見ていると、跡地のちょうど真ん中に夕日を浴びて寂しく輝く銀色の影を見つけた。


「スティング…」

「来たか、アレクサンドライト…」


名を呼んで対峙すると、今度はしっかりと反応があった。

スティングの青い瞳は真っ直ぐにアレクサンドライトを射抜いている。50年前の戦士たるその眼差しに僅かに尻込みしつつも、しっかり受け止めて睨み返した。

しばらく彼は己の目をじっと見つめていた様子だったが、やがてしゅう、と短く蒸気を吐き出して跡地をぐるりと見回すように視線を逸らす。


「どうだ?酷いものだろう。ここは『時計塔』の最上部…50年前は様々な機械が所狭しと置いてあり賑やかだったのだが…」

「はん、戦争で賑やかとか言っても面白くねえな」

「―――…違いないな」


スティングの声にはわずかな寂しさがにじんだ気がしたのは、アレクサンドライトの錯覚なのだろうか?

銀色の機械人は今一度小さく蒸気を吐き出すと、今度は視線を廃屋からその向こうへと移動させる。「あれを見ろ」と促されたのでアレクサンドライトも崩れ落ちた壁越しに目を向けると、やけに道幅が広く長い道路が夕日に染まっているのを見つける。

道路の広さは自分が3人寝転がって腕を広げてもまだ余裕がありそうだったし、長さに至っては端から端までが黙視できないほどだった。

その道路の片隅に、巨大な扉が開きっぱなしになっている朽ちた建物がある。暗いその中に鎮座しているものを視覚センサーが捉えたと同時に、アレクサンドライトは「あ」と声を上げた。


「飛行機…ここは滑走路か…」

「そうだ。ロイロット様はあの中の一台でリングリラへと飛び立った。地下の施設を稼働させたのは、ここを整備し飛行機を飛ばすためだ」


辺境伯の名前が出てきて、アレクサンドライトはセンサーを点滅させながら再びスティングに視線を転じる。銀色の機械人はいったい何を考えているのか、その立ち姿は不気味なほど冷静で不安が掻き立てられる。

こちらの思考回路に芽生えたものを知ってか知らずか、ウインドマリー家に仕える戦士は青い無機質な瞳を滑走路に向けたまま、静かに語り続けた。


「ロイロット様はリングリラ国王にウインドマリーの罪を何もかも告白するつもりだ。『機械の暴炎』…あれは一つの街が抱えるには大きすぎる秘密。両国の友好のためにも隠し事は無い方がいい」

「そりゃ、まあそうだろうよ。でも、そんなことしてロイロットは大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけがなかろう。下手をしたらまた両国の間に亀裂が入り、戦争になりかねん。…もっとも、ロイロット様はそれを阻止するために行くのだが」

「何…?」


首を傾げてどういうことだと問うアレクサンドライトに、スティングは冷たい目をしたまま向き直って酷く静かだがよく通る声で告げる。


「先代様を殺害した黒幕がリングリラにいるのだ。それを交渉条件にして丸く収めるおつもりだよ。…ゴードンと、ご自分の首を引き換えにしてな」

「な…っ!」


驚き固まるアレクサンドライトを嗤うようにスティングは首を振って、再び滑走路へと視線を向ける。

あまりにも冷え冷えとした瞳。主人の命運がこれからつきるかもしれないというのに動揺すらしない機械人は、まるで任務の報告でもするかのように淡々と続ける。


「他国の貴族を暗殺したという事実はリングリラにとっても痛い。ウインドマリーの過去の罪を水に流してくれる代わりにそのことを公表しないとなれば、ロイロット様と実行犯二人の命を捧げる価値はある」

「価値、だと…!!」


命を取引の材料にするロイロットとスティングのやり方に、アレクサンドライトは冷静になりかけていた頭に再び熱がこもったのを感じた。

もちろん、国を動かす貴族ならではの考え方なのかもしれないことはわかっている。自分のような平凡で平和なところで生まれ生きてきた機械人にはわからない世界なのだろう。

それでもだから納得できるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない解決の仕方だった。何よりも、主人がこれから死ににいくというのに平然としているスティングの様子が気に食わない。

わかりやすい怒りを左右違う色の瞳に湛えた自分に気が付いたのか、目の前の冷静な機械人は何かを諦めたかのように肩を竦めた。


「お前なら…あの少女に仕えるお前なら私の気持ちがわかると思いここに連れてきたが…違うようだな。我々は主人の思いを第一に考えるべきだと言うのに」

「当たり前だ!俺とティリを一緒にするんじゃねえ!!」

「…ならば仕方ない。腕ずくでもここにいてもらうぞ!!」


その声がセンサーに届いたと思った刹那、銀色の影が視界から消える。

え、と思ってあたりを見回そうとしたとき、ごおんっ!と鈍い音が響き渡り胸部を中心にして体全体に衝撃が走った。

踏ん張ることが出来ずに、そのまま吹き飛びむき出しの地面の上を転がる。装甲の中の歯車と空管が不協和音を奏でたような気がしたのは混乱から来る錯覚だろうか。


「が、は…っ」


内部が破壊されたのかもしれないという予感すら浮かぶ余裕も無いまま、アレクサンドライトは数回無様に地面を転がり仰向けで止まった。じゅうじゅうと蒸気が連続して吹き出る。体の中で回る歯車の音ががちがちと妙に大きく聞こえた。

呆然としながら赤い空を見上げていると、傍らに誰かが近づいてくる気配がする。

こちらを窺うかのように静かに土を踏みしめる音…確かめるまでも無い、スティングだ。己の胸部に走った衝撃は、間違いなくスティングが放った一撃だ。


「私は接近戦は得意ではないのだが、一般機械人を倒すくらいの実力はあるつもりだ…。具合はどうだ?アレクサンドライト」

「ん、にゃろ…」


嘲笑うわけでもなく冷静に真実を告げた戦士に、アレクサンドライトは悪態をつきながらふらふらと立ち上がる。胸部にそっと手を触れると、大きなへこみが出来ていた。中の空管や歯車にも影響が出たかもしれないと考えながら、目の前に悠然と立つ銀色の影を睨みつける。


「次はへこむだけでは済まさんぞ。ここで寝ていろ」

「んな、こと!出来るか!!」


怒鳴りつけてアレクサンドライトは腕のワイヤーをスティングに向けて発射した。勢いが付き重い武器となったフックが音を立てて飛ぶ…が、それが届く前にスティングは銀色の残像を残し姿を消した。アレクサンドライトは気にせずフックをむき出しの鉄骨に引っかけると、ワイヤーを伸縮させて地面から離れた。

刹那、背後で己のいた場所にスティングの脚が鞭のように振り下ろされる。肩越しに振り返ってその素早さにぞっとしながら、近づいた鉄骨に足の裏をつけてワイヤーを発射する勢いとともに銀色の機械人へと飛びかかった。


「…りゃあっ!!」

「む…!」


振り上げたアレクサンドライトの拳が、勢いよくスティングの横っ面に入る。がこん!と小気味よい音がして銀色の機械人は足をもつれさせ、ふらつきながらも一瞬でこちらと距離を取った。

数メートル先に見える彼の顔にわずかな擦り傷が出来たのを見て、アレクサンドライトは鼻で笑うように蒸気を拭き出す。青い瞳を呆然とした様子で点滅させてスティングは、擦り傷のついた己の顔を手で撫でていた。


「…なるほど。一応は戦闘型…。それなりに戦えるのか」

「あったりまえだ!あんまり舐めると痛い目見るぜ!」

「ふん…」


意外そうに蒸気を吐き出すスティングを真っ直ぐに見据えてからからと快活に笑う―――が、それは精一杯の虚勢。

50年前の戦いのために作られ数多の戦場を駆けてきた機械人と、形だけは戦闘型でありながらも平和に生きてきた自分とでは実力と経験に差がありすぎるのはわかっている。

せめて何か突破口になるようなものが無いか…と相手に気づかれないように静かにあたりを観察していると、いつの間にか構えをといたスティングが右腕部分に手を当てながら小さく呟いた。


「何故私が『刺す者(スティング)』と名付けられたのか、まだ話していなかったな…」

「あ…?」

「刺す、となると刀や槍のような刃物を想像するかもしれないが…違う。私のモデルは『蜂』なのだ」


告げると同時にかしゃん!と小さく音がして、スティングの腕の形が変形した。例えるならばそれは大きな注射針…否、彼の言う通り確かに蜂の針に欲似ている。

だがそれがどうした?蜂のように素早く刺すことが出来るのだろうか?とアレクサンドライトが考えたとき、階段からたんたんたん、とこちらへ向かって小走りに誰かが上ってくる音が聞こえる。

ティリだ!と思い階段の方向へと思わず目を向けた刹那、スティングがしゅうと嗤うように短く蒸気を吐き出した。


「なあアレクサンドライト、蜂には『毒』があるだろう」


その声が聞こえた瞬間アレクサンドライトの体内は一気に冷え、そして目の前にいたスティングが階段に向けて素早く駈け出していたのを見た。


「来るな!ティリ!!」


銀色の機械人の腕が大きく振り上げられたのと、緑色のドレスを着た少女が姿を現したのは、ほぼ同時だった。

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