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コツコツと鋼のかかとが階段を上る硬質な音があたりに響き渡って、それが逆に自分たちの間を漂う奇妙な沈黙に拍車をかけている。

遠くから聞こえる蒸気が噴き出す音や歯車の音色も、その静寂を助長させる一つ。何とも息苦しく、機械人だというのに呼吸がつまりそうという感覚に陥っていた。

アレクサンドライトとティリは足早に上るスティングの銀色の背中を見上げながら、一言もしゃべらずに後について行っている。辺境伯の付き人でもあるこの機械人に訊ねたいことは山とあったが、口火を切るきっかけも無く、またそういう雰囲気でもなかった。

スティングのまとう空気は独特で、普段は口数の多いアレクサンドライトも社交性のあるティリも、何を言っていいのか迷ってしまっていた。


何か言うべきであるという二人の雰囲気を敏感に悟ったのだろう。銀色の機械人はその青い瞳をちらりとこちらに向けたあと、しゅう、と静かに蒸気を吐き出し語りだす。


「この塔を建てる計画が始まったのは、あの戦争が激化するほんの数年前のことだ」


淡々とした口調だったが、その話は今一番アレクサンドライトたちが聞きたかったもの。

後に続く二人は神妙な顔つきで、機械人から語られる言葉を待った。


「天候や気候、星の動きや大地の動きまでを測定し記録する機械…それがあれば戦闘を有利に進められる。そう考えた当時のウインドマリー辺境伯はこの施設を作り、機械工たちを集めて研究を始めた」

「…やっぱりここは50年前の」


呟きながら、背後でティリが視線だけでくるりとあたりを見回す。二人で塔の上部まで上ってきていたので、そろそろ天井が近くなっている。このてっぺんにはいったい何があるのかと想像を巡らせたところで、再びスティングが話し始めた。


「権威と金に物を言わせ、ウインドマリーでも選りすぐりの機械工たちが頭と腕を働かせた結果、その設計図はあっさりと作られたと聞く。巨大な塔で戦場の全てを計り、動力でもあり戦力でもある戦闘型機械人たちにその記録をインプットすると言う形で計画は進められた」

「ああ…インプットする機能もあったのか…」

「12体全員で情報を共有していた方が効率が良く戦況も有利になった。当たり前のことだ」


その「当たり前のことだ」に、何となくこちらを馬鹿にしているような気配を感じて、アレクサンドライトはむっと視覚センサーを鋭く光らせる。だが銀色の機械人は己の苛立ちを察していないのか、それとも相手にしていないのか黙々と階段を上り続けている。

剣呑な己の目線にティリが気付き慌てて己の名を呼んだが、スティングはそれすら気にも留め無い様子で、こちらを無視して語り続けた。


「塔とその動力である機械たちの登場でリングリラとの戦いはこちらが有利に進むようになった。戦闘激化地区の地の利はウインドマリーが制していたからな。…だが、」

「だが?」

「…それはあくまで、ウインドマリー周辺での話。戦火が遠方まで広がればそこまで塔は管理しきれない。この街での戦闘は対処しきれてもその先に攻め込むことはやがて難しくなっていった」


一層重くなっていくスティングの口調と話の内容に、それは当り前だろうとアレクサンドライトも思う。

この『時計塔』が例えどんなに優秀な測定器だとしても、神でもなければ世界の全ての様子をうかがい知ることなど出来ない。戦いが激化すれば敵国に攻め込んだり、逆に攻め込まれたりもするだろう。

地の利を読むことで戦況を有利に進めてきたウインドマリー兵は、遠くに行けばいくほど少なくなる情報に戸惑ったかもしれない。戦法も変わるだろう。慣れぬ地に加えて従前の戦い方を取れないとなると士気にも関わる気がした。


「それで、当時のウインドマリー辺境伯はどうなさったんですか?戦いが行き詰ってしまったのなら、たぶん新しい作戦を考えたんですよね」


自分と同じように考えたのか、背後を歩くティリが酷く低くためらいがちな声で尋ねて促す。

一瞬何かを思い出したのかスティングは僅かの間無言で、やがてため息のように蒸気を短く吐き出したあと「拡大だ」と答えた。


「拡大?」

「ああ、『時計塔』の規模の拡大を計画した。この国だけでなく、リングリラ…否、その向こうの国の全てを計測できる測定器を作ろうとしたのだ」


なるほど。確かに今までこの『塔』の力で戦い、戦況を有利に進めてきたのだからそう作戦を立ててもおかしくはないと思う。

しかし、それほど大がかりな機械を製作するとなると時間も金もかかっただろう。以前の栄光に頼るよりも、現状で最も素早く対処できる作戦に切り替えた方が町や村に出る被害は少ないように感じてしまう。

アレクサンドライトがふと抱いた不安と疑問はどうやら的中したようで、語るスティングの口調は更に重くなった。


「機能を増設し、施設を広くし、機械工たちを増やした。しかし、以前は上手くいっていた工程がなかなか進まなかった」


戦争の最中(さなか)、国自体が疲弊し財政も苦しかったのが原因だったらしい。思うように金策がはかどらず、材料も機械工も集まらなかったそうだ。

しかし当時すでに戦火は激化しており、一秒の遅れで村一つが消えていく状態だった。待ってくれない戦いに、先々代ウインドマリー辺境伯は焦った。早急に計画を進行せねばとやっきになりあちこちを走り回りながら、機械工や12体の機械人たちを叱責した。


「…んなことしても、職人たちが委縮するだけだろ。先々代辺境伯は、そんな単純なこともわからなくなってたのか?」


状況は違えど、時間に追われて弟子や家族に厳しく当たる機械工の親方を知っているアレクサンドライトは、少しだけ咎めるような口調で呟く。その声を拾ったスティングが肩越しに振り返り、まるで自嘲するように首を横に振った。


「その通り。焦りは苛立ちを生み、苛立ちは恐怖を生んだ。職人たちはすっかり怯え、作業どころでは無かったが…それでも計画を進める他は無かった」

「止まらなかった、んですか?」

「止まれなかったと言うのが正しい。人員と金を費やした計画をここで捨てるわけにはいかなかったのだ」


どう考えても激化する戦争の中で進まぬ計画を押し通すのはおかしい気がするのだが、それはアレクサンドライトとティリが平和なところにいて冷静に物事を判断できるからこそ出る考えなのだろうか?

当時のウインドマリー辺境伯も、急かされる機械工たちももうまともな思考では無かったのかもしれない。自分たちだとてその状況に巻き込まれれば、今のような考えにたどり着けるかはわからない。否、状況に流されてそのまま突き進んでしまう自信があった。


しかし―――そうなるとたどり着く先はいったいなんだ?


戦争は激化していたが、一応は円満な形で和平が結ばれている。スティングの語り口では結末に待つのが悲劇であるような気がするのに、自分たちが知っている歴史にはそれらしい記述はない。

語られるその後の話を待っていると、銀色の機械人は重苦しい空気をまといながら口を開いた。


「ティリよ。機械工見習いならばわかるだろう。時間に追われ、焦りが支配する現場では何が起こる?」

「…え?」

「何が起こる?」


質問を繰り返したスティングが、再び肩越しに振り返る。その青い冷徹な瞳に真っ直ぐ貫かれ、僅かにティリが体を震わせた空気が伝わった。

アレクサンドライトは彼女を守るべくスティングの視界からその矮躯を隠そうと体を動かすが、それより先にティリは一歩階段を上がってはっきりとした口調で言い返した。


「まず焦って作業が上手くいかなくて、さらに焦ると思います。そうなると小さいミスが連発して、またさらに焦る…そしてやがて大きなミスに繋がって事故が…!っ、まさか!」


言いながら途中、何かに気が付いたのかティリは悲鳴のような大きな声を出した。見ればその顔は青白く血の気が引いている。体は震え、普通の様子では無い。

アレクサンドライトは察することは出来なかったが、スティングは彼女が何を思いついたのか理解できたのだろう。「その通りだ」と短く頷き、ティリの言葉を引き継ぐ。


「当時この施設でもミスが目立つようになり、さらに焦りが生まれた。しかしそれを指摘する声も改善する策も上がらずそして…取り返しのつかない事故が起こった」

「…事故?」


冷ややかな予感に恐る恐ると問えば、スティングは歩みを止めた。そしてゆっくりと二人を振り返り、静かに見下ろす。

無機物だとしてもあまりにも温度の無い銀色の機械人の様子に、ティリだけでなくアレクサンドライトもまた動きを停止して無言で彼を見上げた。二人分の窺うような視線を受けてスティングは、振り返ったときと同じゆっくりとした速度で発生回路を開く。


「起こったのはウインドマリー過去最大の悲劇―――機械の暴炎だ」


凍る空気。

アレクサンドライトは「え?」と間抜けな声を上げ、ティリは「やっぱり」と震えながら小さく呟く。


―――『機械の暴炎』。


歴史の中の悲劇として語られる謎の機械の暴発事件。あれは原因が不明で、当時調べても何もわからなかったと歴史書には書いてある。そうアレクサンドライトは反論したかったが、衝撃的過ぎたためか言葉らしい言葉が一切出てこなかった。

ただ「な」とか「あ」とか、小さく意味のなさない声の断片を漏らすのみ。スティングはそれを一瞥して再び階段を上りだす。慌てて二人も後に続いた。


「避けられるはずの事故だった。だが起こってしまった。些細なミスで作業機械が暴発し、それが連鎖…やがて大きな火災になった」


スティングは語る。重苦しい口調はもはや場の空気すら支配している。


「火災はさらに暴発を呼び、やがて大爆発を起こした。中で作業していた機械工も兵士も機械人も…そして地上で戦っていた兵士や罪のない村人たちは全員巻き込まれた。この後は歴史の授業で知っていよう」


冷たい氷のような一言だった。

アレクサンドライトは様々な感情が装甲の中で渦巻き、ティリは震えて自分で自分を抱きしめるように腕を回している。どう言っていいのか、何を言っていいのか、何を言うべきなのか、その判断が出来ずしばし二人は戸惑って、やがて堤防が決壊するように口を開いた。


「そんな、そんなひどい…そんなひどいことが…!」

「って、おい待てよ!歴史書じゃ『機械の暴炎』は原因不明の事故だって言われてるじゃねえか!!ウインドマリー辺境伯はこのことを黙っていたのか!!」

「そうだ。敵はともかく自国の民を巻き込んだのだ。露見すれば責任を問われる。だから辺境伯はそれを事故に見せかけ利用し、戦争を和平に導いたのだ」

「てめえ…!そんなこと許されると思ってるのかよ!!人が何人も死んでるんだぞ!!」


アレクサンドライトの脳裏に浮かんだのは、『機械の暴炎』に巻き込まれて片足を失った老メイドの姿だった。

彼女は脚を失いながらも必死に生き、先代ウインドマリー辺境伯に拾われて感謝までしていたのだ。その気持ちを踏みにじり泥をかけるような当時の辺境伯の行動に、怒りで回路が熱くなる。今ここに先々代辺境伯が姿を現したら一も二も無く殴り飛ばしていただろう。

しかしスティングは語気荒く詰め寄るアレクサンドライトの様子を歯牙にもかけず、一度だけしゅうと短く蒸気を吐き出しただけで目も合わせない。

こいつも一発殴ってやろうかと一歩踏み出すアレクサンドライトだったが、ふと震えていただけのティリが慌てた様子で己の体の隙間から身を乗り出した。


「待ってください。どうしてスティングさんはそんなことまで知っているんですか?当時の辺境伯から教えられていたんですか?」


その問いかけに、スティングの足が止まった。

気付けば彼がいるところは、階段の踊り場…12体目の機械人が眠っているはずの最後の階。自分のいる場所からも黒くすすけた扉が確認でき、隣にプレートもあることから11番目までの階と大差ないようだったが…アレクサンドライトはふと気づき、視覚センサーの感度を上げる。

そして、「あ!」と声を上げた。


「お、おい、ティリ!この階、機械人がいねえぞ!扉の中身は空っぽだ!!」


己の驚き答えたのは、しかしティリでは無かった。

再びこちらを振り向いたスティングが、澱みない真っ直ぐな視線でこちらを貫きながら、まるでアレクサンドライトを嘲笑うかのように淡々と告げる。


「気付かないか、アレクサンドライト。この私が…『刺す者(スティング)』が12番目の機械人だ」


銀色の機械人は嗤うように言った。

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