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人々は逃げまどい、悲鳴と鳴き声があちらこちらで聞こえてくる。もうもうと立ち上る黒煙は灰色の空へ上り、空気を穢す。その臭いが人間には堪えるのか、騒動の中心から逃げる者たちは口元を押さえている。

バイクを停止させたティリも、顔をしかめて少し息をつめた様子だった。アレクサンドライトが大丈夫か問えば、彼女は首を縦に振り答える。しかしあまり積極的に口を開ける気力は無いようだった。


混乱の最中にある場所は、やはり自分たちが先ほどまでリリーナと時間を共にしていた喫茶店の近くだった。

と、言っても件の店は流れる人波の向こうにあり、バイクではなかなか近づける状況ではない。体の大きいアレクサンドライトでは普通に隙間をかいくぐって歩いていてもぶつかってしまいそうである。

小柄なティリはその点動きやすいらしく、ひょいひょいと危なげなく逃げ走る人々の合間を縫っていく。ここで離れるのは得策では無いと感じ、機械人の巨躯を呪いながら彼女の後に続いた。

にわかに、先を走っていたティリが「あ!」と大きく声を上げる。


「アレク、あれ!見て!」

「…アァ!?なんだ、ありゃあ…!!」


驚愕だけで形作られた二人の声は黒煙とともに貴族街に広がっていく。同時に、その驚きを打ち壊すかのような衝撃音が、目の前から響き渡った。

がしゃあん!とガラスが割られ、金属が叩き壊され引きつぶされる不協和音。衝撃は激しく、アレクサンドライトは装甲がぴりぴりと痺れるかのような錯覚を覚える。

空気を振動させるほどの破壊音をもたらした元凶は、二人の目の前にいた。

機械人の己よりも髙い身の丈と、がっしりとした骨組み。黒光りする装甲がそれを包み込み、圧倒的な存在感を見る者に与える。人の身体よりも太い腕と太い足、ずんぐりとした体格だが、その中に数多の武器や弾薬が積み込まれているということは以前歴史の教科書で読んだ。

その証明と言わんばかりに、肩に取り付けられた機関銃がぎらりと光る。


「兵器…機械、兵器…?」

「そんなもん、なんでこんなとこに!?」


呆然としたティリがぽつりと呟き、アレクサンドライトも左右違う色のセンサーをちかちかと点滅させてこちらを圧倒する鋼の塊を見上げた。

機械兵器―――先の戦争で数多生み出された、二足歩行型戦車である。

柔らかい皮膚を持つ人間が、炎の中を、銃弾飛び交う戦場を走り抜けるために製作されたもので、コックピットの中に一人、あるいはサポーターとして二人搭乗して操作する。

もちろん機械人と違い、現『テトラトル』王国では製作及び所持は固く禁止されている。アレクサンドライトもティリも書物でしか目にしたことは無かった。

その資料上の存在は、今現在二人の目の前に立っている。否、立っているだけではない。腕を振り回しては建物を破壊し、石畳を踏み荒らし、何もかも見つけ次第崩し、壊していく。逃げまどう人々の悲鳴も鳴き声も関係ないと言わんばかりの態度に、ティリが「ひどい」と声を出した。


「アレク、警邏隊を呼ぼう…!それと、リリーナ様は…!」


少女が混乱しながらも、あたりを見回して深窓の令嬢の姿を探すが、そう簡単に見つかるはずもない。もしかしたらすでにここから逃げたのかもしれない。

アレクサンドライトもまたリリーナがあたりにいないか注意深くセンサーを起動させるが、目的の人物の影すら見当たらなかった。街ゆく人々はもはや足音と悲鳴を残して逃げ去っていて、あたりには自分たちしか動く影は無い。

機械兵器の無機質なセンサーが、ぎろりとこちらを睨みつけた。中に何者が乗っているかわからないが、明確な敵意を感じる。


「どうする、ティリ!?」

「どうもこうも、私たちじゃかないっこないよ!でも、せめて…街の外に誘導できれば…」


ここで暴れさせておけば、二次被害が起きる可能性もあった。この破壊の塊を被害の少ないところに誘導できればそれも防げる。しかし貴族街はウインドマリーの中心地。外に出させるには他の地区を通らなければならず、結局は被害が大きくなる未来しか見えない。

二人が頭を悩ませているわずかな間に機械兵器は逃げないことを不審に思ったのか、にゅっとこちらに向けて腕を伸ばしてきた。

ぎょっとして、アレクサンドライトは咄嗟にティリの手を引き、走り出す。彼女は刹那つんのめりそうになったが、何とかこちらについてきた。無論、背後の巨体も、道路をえぐり建物を壊しながら走ってきた。

意外に速いその速度に、アレクサンドライトはぶしゅうと強く蒸気を吐き出す。


「取りあえず、走るぞ!!どうせなら警察の真ん前に突き出してやれ!!」

「それなら…!あっち!あっちに向けて走って!!」

「よし、つかまれ!ティリ!!」

「え、あ、うわあっ!!」


ことさら強く腕を引いてその勢いのままアレクサンドライトはティリの体を腕に片腕で抱えた。小柄な少女は自分の腕一本で十分ささえきれる。浮遊感に驚いたのか傍らで少女が驚き悲鳴をあげるが、応えることなく反対の腕を瀟洒な建物の屋根へと向ける。

そしてワイヤーを発射した。きん、とフックが屋根にかかる感触。ワイヤーを収縮する。がくんと揺れて足が地面から離れた。


「ひっ!う、わあああっ!!」

「手離すんじゃねえぞ!!」


がなりたてるとティリの腕がぎゅっとアレクサンドライトの首へと回される。強い力がこもっていることを感じながら、いつかの夜のようにフックを外しながら遠くに引っかけ、遠心力で移動した。

あの日と違うのは追うのではなく追われるようになったことだ。自分が警邏隊に突き出した泥棒一味のことを思い出しながら、アレクサンドライトは胸中で悪態をつく。何でこんなことになってやがる、と言う文句を、慰める言葉は出てこなかった。


「っ、アレク!銃がこっちに向いた!」

「くっ!にゃ、ろうっ!!」


ワイヤーの速度に翻弄されながらも背後を監視していたティリの声に、アレクサンドライトもちらりとセンサーを機械兵器に向けた。言葉通り肩に取り付けられた銃が恐ろしい目をこちらに向けている姿を確認し、思い切り体をひねる。

刹那、火薬が爆発する音とともに、高速で飛ぶ無数の弾が二人の体のそばを通過した。

間違いない、あいつは自分たちを殺すことになんのためらいもない。最悪の結果を想像しアレクサンドライトはティリを抱く腕に力をこめながら、ことさら遠くにワイヤーを伸ばした。


「くそ…!」


追跡者は機関銃を撃つことをやめない。移動する自分たちの後を舐めるかのように丹念に狙撃していく。壁には模様のような銃痕がいくつも残された。中の住人の安否を心配したいが、自分たちの安全が確保できないこの現状では他者を気遣える余裕は無かった。せめて既に逃亡していることを祈るのみである。

アレクサンドライトは再び肩越しに振り返って、ぶしゅうと蒸気を吐き出す。機械兵器はまだ諦める様子は無い。


「ティリ!警察署までどのくらいだ!」

「もう少し、…待って!屋根が見えた!!」


ティリが視線で指したのは、視界の中では一際目立ち大きい堅牢な建物。この位置から街を眺めたことはないので一見わかりにくかったが、確かに目的の警察署のようだ。

しかし、見えたと言ってもまだ距離がある。自分たちがやられるのが先か、警察署につくのが先か―――最悪の結果が今目の前まで迫っているような気がして、アレクサンドライトの回路はオーバーヒートを起こしそうだった。

せめて、ティリだけでも…そんな考えが降ってわいた瞬間、にわかにティリが「あ!」と背後を見て声を上げた。


「アレク、ハッチが開くよ!」

「何っ!?」


アレクサンドライトが視線だけを動かしたと同時に、銃撃が止み、がこん、と重いものが動いた微量な音が聴覚センサーに届く。機械兵器上部についていたハッチが前から後ろに引かれ、現れたコックピットが陽光に晒された様子をセンサーがとらえた。

運転席に乗っているのは大柄な男である。彼は鋭い視線でぎらりとアレクサンドライトたちを睨みつけながら、傍らに置いてあった大きく長い金属の塊を肩に担いだ。

その正体を察して歯車の回転がぎゃりりと嫌な音をたてる。男が担ぎこちらに向けたのは小型の銃よりも、機関銃よりも殺傷度の高い武器。先の戦争で使われ、何人もの人命を奪い街や大地を破壊してきた―――擲弾銃だった。

容赦のない兵器の登場にアレクサンドライトが悪態をつく前に、ティリが悲鳴をあげる。


「アレク、あれ!」

「ああ、あいつ、擲弾銃なんざだしてきやがった!!」

「違う!後ろ!あれ!!」


彼女の視線はこちらに殺意を向ける男ではなく、コックピットの中に向けられている。

何だ?と首を傾げながらよくよく注視すると、運転席の後ろに小さくうずくまるような人影が見えた。否、うずくまっているというのは少し違う。うつむいて体を縮めるように小さくなっている様が、うずくまっているように見えただけで、どうやらその人物は気を失っているようだった。

そのせいで顔は見えないが、美しい黒髪と上物のドレスは見覚えがある。ぎゅりん、と強く体内の歯車が鳴った。


「お、おい、あれ!リリーナか!!」

「間違いないよ!捕まってたんだ!!」


悲痛な声でティリが叫ぶ。それに合わせたわけでは無いだろうが、こちらに狙いを定めた男が擲弾銃の引き金を引いたかきん、と言う音を聴覚センサーがとらえる。やべえ、と内心舌打ちながら、アレクサンドライトはワイヤーをさらに遠くの建物へとひっかけた。弾が高速で風を切る音が近くで聞こえる。

ぐうん、と体が引っ張られる、同時に背後の壁が轟音とともに爆発し、熱のこもった風が二人の背を押した。アレクサンドライトは破片がティリに当たらないよう必死にかばいながら、再び遠くへとフックを引っかける。

かん、きん、と小石が己の装甲を叩く音を聞きながら、ちらりと再び背後を顧みる。どうやらまだ弾は残っているようで、運転席の男は変わらずこちらに向けて擲弾銃を構えていた。


「ティリ、このままじゃ警察署につく前に撃ち落されるぜ」

「うん、それにリリーナ様も助けないと…」


機械兵器に積んである武器があれだけとは思えず、リリーナを人質に凶行を犯さないとも限らないこの現状で自分たちに出来ることなど数少ない。つまり、上手に逃げ切るか、反撃に出るかの二択。

アレクサンドライトは首に巻きついているティリの腕に、ことさら力がこもったのを感じた。それに応じるように彼女の矮躯を抱えなおす。ぶしゅう、と蒸気を吐き出しながら、「つかまってろよ」と低く呟いた。

遠くで再び擲弾銃の引き金が引かれる音がする。瞬間、アレクサンドライトは手前にある一際高い建物に向かって、ワイヤーを飛ばす。フックが引っかかる感触がしたと同時にワイヤーを伸縮。二人の体は遠心力も合わさって勢いよく建物のてっぺんへ向けて飛んで行った。

弾が再び建物を破壊した不協和音が聞こえる。


(はっ、結局俺たちにできるのはこれだけだっ!!)


胸中で悪態をついて、ちらりと機械兵器に視線を向ければ男は動揺した様子は無かったがまだ擲弾銃の銃口が真っ直ぐこちらを向いていない。今が好機。アレクサンドライトは体を大きく前にひねって、遠心力にさらに力をかけると、体ごとぐるりと機械兵器に向けた。

ワイヤーは前方へのふり幅が最大のところまで達すると、そのまま後方へと勢いよく戻っていく。その速度を利用し、アレクサンドライトはちょうどいい所でワイヤーを外すと機械兵器に向けて飛び降りた。

ぐん、と体にかかる重力。運転席の男が目を見開いて慌てて銃の引き金に指をかけるが、それより先に自分たちの体は彼の体にぶち当たっていた。

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