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プロローグ

男の声が響いたのと同時に、少年はかっと目を見開き、少女は眩暈でも起こしたのか漆黒の髪を揺らしてふらりと倒れかける。後ろに立っていたメイドが慌てて彼女を支えるが、その矮躯はふるふると震え、意識を保っているのもやっとの様子だった。

倒れそうな少女、怒りをたたえた少年、そして薄ら笑いで立っている男の間で他の使用人たちもおろおろと視線を彷徨わせ、どう対応すべきか判断しかねている。


騒然とした様子の一同を目の当たりにしても、言葉を発した男はにやにやと軽薄な笑みを浮かべたまま動じない。この混乱を作り出したのは自分だと言うのに、気にしないどころかむしろ状況を楽しむかのように目を細めて、茶色い癖毛をかきあげた。


精悍な顔立ちで太い眉が特徴的な男だが、浮かべている表情のせいであまり周囲に良い印象を与えない。

男の前に立っていた少年は顔こそ彼にそっくりだが、正義感溢れる若々しい空気が清涼であり、男とはまるで正反対だった。

目を見開いたままみるみるその顔を朱に染めて少年は、震えた声で問う。


「兄さん、僕の耳がおかしくなったんですか?今、リリーナ嬢になんと…」

「ん?ああ、聞こえなかったのか?彼女との婚約は解消する。僕は自由に生きたいんだ」


再びきっぱり告げられたその言葉に、メイドに支えられたままの少女のすみれ色の双眸がじわりと悲しみに彩られ、薄っすらと涙の膜が張られた。公式な場での宣言ではないが、これは二人の破局を意味する言葉だった。今にもこぼれそうな涙をそれでもこらえながら、少女の目は何故?と語っている。

だが男が答えることは無かった。ちらりと彼女を一瞥したのみで、にやついた表情を変えずに続ける。


「辺境伯になってわかったんだ。縛られて生きていくのがどれだけ苦痛なことか。自由に金を使って、自由に飲み食いして、自由に女と遊びたい」

「そんなこと!許されるはずはない!!」


あまりにも身勝手な言い分に少年は激昂した。婚約者であった男の激変についに耐えられなくなったのか、少女は両手で顔を覆って小さな嗚咽を漏らし始めてしまう。

様々な感情が交差する場所で、男はははは、と軽く笑って嘲るような態度で少年に言う。


「僕は辺境伯だぞ。僕の行動は僕が許す。エリウット、リリーナはお前にやるよ」

「兄さん!!」


少年の強く咎める声が、部屋の空気に鞭をうつ。ぴたりと、一同は刹那動きを止めるが、言われた当の本人である男はひょいと肩を竦めた後、少年を小馬鹿にするような顔をして踵を返した。


「とにかく僕はやり方を改めるつもりはない。文句があるなら、お前が辺境拍になるんだな」


様々な感情を置き去りにしたまま、男はブーツを鳴らして去っていく。しかしふと思い出したよう立ち止まり、肩越しに視線を投げる。


「どうしてもと言うならば、『時計塔のアレクサンドライト』を探してみろ。全てはそこにある」

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