プロローグ(2)
職員用の門を通って、住宅街に出た。
街灯や家から漏れだす光のおかげで、道はさほど暗くはない。
軽い散歩だから、近くの神社まで行ったら帰るつもりだ。
5~6分歩いて、神社の鳥居の前まで来た。そのとき、ふと青紫色の味がした。
味がしたほうを振り向くと、宙に舞う無数のシャボン玉と、見知った少女がいた。
「こんばんは、鳥井さん」
「あ、飛鳥くん、こんばんは」
彼女は鳥井 柚葉。クラスメートだ。
クラスメートだからよく話すといったことはないが、彼女はクラスで浮いている。彼女とそこそこ言葉を交わすのは僕と委員長くらいだ。
「飛鳥君はこんなところで何してるの?」
「ちょっと散歩。そっちは?」
「私は、すこし空を眺めてたの」
そういって空を見上げる彼女。それにつられて、僕も空を見上げた。
今日の空はあいにく曇っていて、星を目にすることはできない。
雲が薄くなっている場所から、月の光が仄かに見える以外、特に何もない空。
そこで、ふわふわとシャボン玉が舞っている。そのシャボン玉は、家から漏れ出す光や月の光を映していた。
ただそれだけなのに、妙に幻想的な光景。
――ふと、黒い影が横切った。黒い影の正体は鳥で、シャボン玉を割りながら飛び去って行った。
「…………鳥は、自由に空を飛べて、いいな。私たちとは、違う景色が視えているんだろうなあ」
そう呟く彼女からは、やはり青紫色の味がした。
「それじゃあ、飛鳥くん。また来週、学校で」
「無理するなよ」
「え……?」
「……何でもない。じゃあな」
職員室用の門を通って、再度学校の敷地内に入った丁度そのとき、ぱらぱらと雨が降り始めた。
「傘持っておいて正解だったな」
傘を差すと、ますます雨は強まってきた。礼拝堂へと行く道に差し掛かるところで、昇降口のほうから、霞んだ緑色の味がした。ふと気になり、そこへ向かうと、
「雨ですか…………。困りましたね」
僕の幼馴染の委員長――氷雨 風子がいた。
「よっ」
「蒼大ですか。丁度良いところに来ましたね」
そう言った彼女は、少し黄色交じりの笑顔を浮かべて、躊躇なく言った。
「傘貸してください」
「いや…………、今貸したら僕が濡れるんだけど」
「自分よりも家が遠い乙女に対して、雨に打たれながら帰れ――と、そういうことですね」
「そういうつもりじゃないのがわかって言ってるよな」
「『今』貸したら、って言ってましたからね」
クスクスと笑う彼女の感情から、緑色が薄くなった。
「じゃあ傘取ってくるな」
「私も一緒に行きますよ。なので、傘、半分貸してください」
「断る。って僕が言うのわかってて悪ノリしてるよな」
「ふふっ……。そのとおりですね。わかって言ってます。あ、でも行こうとしているのは本当ですよ。明日あるアレの会場は、礼拝堂でしょう?」
「ああ」
明日あるアレとは、結婚式のことだ。うちの学校を卒業した先輩がたが結婚式を礼拝堂でしたいと希望した結果、休日である明日、行われることになった。
「一応、警備責任者ですからね。会場の下見をしておくべきではないかと、考えまして」
「なるほどな」
彼女は委員長だし、ここの近くに住んでいるから、こういうことに駆り出されたといったところか。学校だし、教師の中には参列する先生もいらっしゃるだろうから、こういうことをするには人手不足なのだ。
「蒼大は明日は神父のお仕事ですか?」
「そうだよ」
永久に愛し(ry)的なことを言う役は、僕がすることになっている。礼拝堂に住んでいるから、当然このようなことは押し付けられる。
「では、行きましょうか」
そう言うと彼女は、少し僕のほうへ寄ってきて、ニコニコとした笑顔を浮かべた。
「……わかった、礼拝堂まで傘半分貸すから、いくぞ」
「…………やっぱり、蒼大は優しいですね」
そう言いながら傘に入ってくる彼女の感情は、少し淡い橙色の味がした。