血と時間
俺らは焼きそばやお好み焼きを食べた後、射的や金魚すくいなど、祭りの醍醐味を楽しんだ。
豊作を祈る老若男女が法被姿で神輿を担ぐ。わっしょいと盛り上げる。太鼓音頭や地方伝統の舞い、豊津田楽などは時が経つのも忘れさせた。
それら一通りのお披露目が終わり、俺らは神社の境内に向かった。雲の切れ間から星が輝きを放ち、暗闇が少しだけ明るくなった気がする。
「空、綺麗だよね。」
ミズキは夜空を見上げていた。今朝は雨が降っていたのにね、と言う。シンタロウが俺に合図を送る。説明のつかない強烈な衝動が俺を突き動かす。
「俺、ミズキのことが好きだ。」
そう声に出した。ミズキがフワッと振り向く。
俺らには作戦も何もなかった。あの時間はただのイメージトレーニングに過ぎなかった。でも、シンタロウのサポートが大きな自信に繋がっている。
俺の胸を打つ大きな鼓動が、全身に伝わっている。
ミズキが俺をじっと見つめる。
瞬間が止まったような気がした。
「この前言ったけど、ウチもタカシのこと好きだよ。」
そう言われても俺はピンと来なかった。これは夢ではないかと、頬をつねる余裕もない。
そしてシンタロウは、ミズキの次の言葉を待っているようだった。
「タカシもシンタロウも二人とも好き。」
ミズキがそう言った瞬間、
「俺はミズキのこと嫌いだ。」
シンタロウは低い声で呟く。
「タカシがどんな思いで告白したかわかってるのかよ!」
とシンタロウは怒鳴る。
想像もしていなかった状況に思考が追いつかない。
シンタロウはそのまま、今まで隠してきたことを話した。
父親と血が繋がっていないこと。父親はアルコール中毒ですぐに暴力を振るい、母親が家出したこと。浮気者の血を引いた俺が女と付き合うことは父親に許されていないのだと。
だから、と声が大きくなる。
「俺はタカシとミズキにまで辛い思いをさせたくない。」
すぐさま、そんなのおかしいと声に出す。夏にしては冷たい風が頬を撫でる。笹の葉が擦れ合い、ガサガサと音をたてていた。
「シンタロウのその苦痛や悲しみも、俺ら三人で背負って生きていけば良いだろ!」
俺はこの三人がいつまでも一緒にいることを望む。ミズキもきっとそうだろう。
いつの間にか、シンタロウの後ろに人影があった。狸のお面をしている。凄まじく不気味に感じた。
「シンタロウ。」
とその狸のお面が囁く。ドスの利いた低い声に俺らはビクッとする。
「親子の絆を育むのは果たして血だけなのか。」
その男を俺は口をポカンと開けて見ていた。
シンタロウは父さん、と呼んだ。きっと顔を見なくてもDNAを超えた何かで分かるのだろう。
「過ごした時間が全てを物語る。」
そう言った後、男はすぐに暗闇に姿を消した。
俺ら三人は提灯が照らした道を歩く。神輿の中の神様が奇跡をもたらしたような気がした。
「父さんは今入院しているはずなんだ。」
シンタロウは震えながら、そう呟いた。
「それを伝えるために抜け出してきたのかもしれない。」
「これで俺ら三人一緒にいられるよな?」
俺はシンタロウに聞く。
「ああ、間違いねえよ。」
シンタロウは親指を立てる。ミズキは泣きながら笑った。
神社から商店街へと戻る途中、足元に狸のお面が落ちていた。それをシンタロウが拾う。町は騒がしさの余韻に包まれていた。
ミズキを家まで送り届けた後、俺らは反省会をするような雰囲気で公園にいた。
「ところで、ミズキが嫌いってのは嘘だろ?」
「まあな。だから今後はタカシとライバル。」
シンタロウはかかってこい、とポーズする。
「よし、負けられないな。」
「恋愛でもサヨナラホームラン決めるぜ。」
「それが本当のサヨナラだったら困るな。」
地球のこんなちっぽけな町で、二人は宇宙のような闘志を燃やす。また明日、と俺らは別れた。
羊雲が輝くような快晴の日。煌めく町の夜が幻想的な姿を現す日。
人体を駆け巡る血の繋がり。過ごした時間の結びつき。
山へと吸い込まれそうな夕陽。うっすらと現れる三日月。
並んだ三人の影が地面に伸びていた。