黄昏
この町に帰ってきてから5日が経った。あれからミズキやシンタロウとも連絡は取っていたが、特に会うことはなかった。
俺は暇があればこの町を散策した。風前のともしびのような学校。建物はかなりあるのに実際にシャッターが開いてるのはごくわずかな商店街。特に半年前から何も変わっていなかった。
今日も俺は商店街をだらだらと歩いていた。志沢商店が開いていたので、ミズキがいないかチラッと確かめた。ミズキの母とちょうど目があう。
「タカシくん久しぶりね。」
と明るく笑う顔がミズキに似ていてドキッとする。話を続けようと、ミズキはいますか?と聞いてしまった。ミズキは中にいるから上がって、と勧められ断るワケにもいかずに入る。
階段を上がると、ミズキはいらっしゃーいと言ってはしゃぐ。心に少しの罪悪感が芽生える。以前は女性として意識してなかったのだとつくづく思う。
ミズキは暇だから大学の話をして、と言った。部屋のレイアウトも以前と特に変わってないが、写真が飾られているのを偶然見つけた。俺とシンタロウの真ん中にミズキがいる。野球のユニホーム姿だ。
「大学の話と言ってもなー。」
と俺は天井を見上げて考える。
「タカシは海外留学とか考えてないの?」
「今のところは、、」
「ウチはね、来年にオーストラリアにいくつもりなんだ。」
目を輝かせながら言う姿は眩しくて、直視できなかった。
「留学?」
「ホームステイだよ。タカシも一緒にいこうよ。」
それは願ってもないチャンスだが、はっきりとは答えられない。考えとくとだけ言って俺が大学で勉強してることに話をそらす。
「有害生物とか農薬とか、そういうのを事細かに学んでるんだよ。」
「じゃあさ、農薬って人体に有害なの?」
「今は農薬も研究が進んで、残留性が少ないものが使われているんだよ。」
「ざんりゅうせい?」
「高活性、つまり農薬が植物に残りにくくなってるからね。」
かれこれ話しているうちに時間は過ぎた。窓から射している日の光も弱くなり、涼しくなってきていた。
ミズキは外で散歩でもしようと言ったので、俺らは外に出た。
沈みかけの夕日が、周りのあらゆるモノを長く引き伸ばしていく。姿が眩む黄昏時。
ミズキと並んで歩いているだけで、まるで地に足が着いている気がしなかった。妖精がフワフワと脳内を飛んでいる。
俺は常に、気持ちを伝えようか迷っている。
伝えてしまえば楽になると、心の中の天使は言う。それに対して悪魔が振られたらどうするんだ、と言う。どちらにせよ三人の関係が壊れる可能性は大いにある、と。
「見てみてー、夕日とカラスが重なって綺麗だよ!」
俺の天使と悪魔の討論をよそに、ミズキは俺の肩をポンポン叩く。俺は夕日とカラスを見つめるミズキを見る。この恋心をいつまでも隠しているワケにはいかないと、腹をくくる。
「ミズキ、ちょっと言いたいことがあるんだよね。」
「え!?なになにー?」
少し暗いが、俺はミズキの澄んだ瞳を見つめる。ミズキのことが好きだ、と胸の奥の言葉を出そうとする。
「ウチも言いたいことあるの思い出した。」
ミズキは急に真剣な表情になる。
野良猫が道路脇を通っていく。
家に帰った後、そのまま机にうつぶせる。俺はあと一歩のところで想いを告げられなかった。
結局俺は大学卒業後この町に帰ってくることを伝えただけだった。しかも、ミズキの言いたいことは何だったのかを覚えていない。その時の脳のシナプスの配線が聞く方にまで繋がっていなかったのかもしれない。
数センチメートル先の机を睨み付けて、俺は一体どうしたいのかと自問する。ミズキと付き合いたいのか、今の三人の関係でありたいのか。
シンタロウなら、ミズキと俺が付き合ったとしても変わらずに遊んでくれるだろう。
現状でも、デートに誘うとミズキは二人きりで会ってくれる。
体目当てか、いやきっとそうじゃない。
俺はただミズキの明るい性格が好きなんだ。 好きだと伝えるだけでいいはずなのだ。
次の日の朝は小雨が降っていた。今夜から屋台や神輿が催される。
昼過ぎにシンタロウから連絡があった。その後、俺の家に来た。
シンタロウは、これから作戦会議をしようと言った。
「何の?」
「もちろんタカシの告白大作戦。」
とニヤリと白い歯を見せる。シンタロウには高校の時にミズキが好きなことを伝えていた。
付き合っちゃえよ、とシンタロウはあっさり言ったのを覚えている。また、シンタロウは美人で巨乳な年上の女性と付き合いたいと言っていた。ミズキはまな板で幼児体型だとよく冷やかしていた。
作戦会議はロマンチックな告白をテーマに進められた。シンタロウをミズキに見立て練習を重ねる。しかし、告白の場所や時間については特に定まらなかった。
俺らが待ち合わせ場所の公園に向かうときには雨は止んでいた。濡れたアスファルトの匂いが漂う。
公園に着いてすぐにミズキが来た。白地に藍色の華。ミズキの浴衣姿は感動さえ覚えた。シンタロウは小学生みたいだなと馬鹿にする。
屋台が立ち並んだ間の道をキラキラした人々が歩き回る。ぶら下がる提灯は神社まで続いていた。
この町の夜がこんなに騒がしい。
夢のような空間に俺ら三人はいた。