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血縁  作者: 太子
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帰省

タカシは、鉄道線路を跨ぐ大きな橋を渡り、駅へと向かっていた。ちょうどガタンガタンと音をたて、電車が橋の下を通過する。遠くの深い緑色をした山脈が、晴れ渡る空と調和していた。


今日で大学も夏期休暇に入り、これから実家に帰るところである。年に一度の神社の祈年祭が一週間後にあり、高校の同級生と会う約束をしていた。

自宅と大学の最寄り駅である冨浦駅から立岡(たておか)駅行きの電車に乗る。そこから電車を二回乗り換えて、こじんまりとした無人駅に着く。

ボロボロになった看板には豊津駅とあった。正月に帰省して以来だが懐かしさを覚えていた。


駅前には古い旅館があり、まだ営業しているようだった。人口4000人程の町、豊津町。相変わらず静かな町並みを見て、心が安らいでいく。空気が美味しく感じ、スーハースーハーと深呼吸をしてしまう。

小さなスーパーが一件ある以外には、ほとんどシャッターが閉まっている商店街を抜けると、遠くが見渡せる緑色の景色が広がっていた。山々の稜線上は少しオレンジ色に染まりつつある。時計の針は午後6時を指していた。

畑や田んぼにビニールハウス、そして大きな家や倉庫がまばらに建っている。その一つに実家があった。


玄関に入り、ただいまと呟く。居間には父がいて、元気にしてたかと笑顔で言った。

俺も笑顔で、慣れてきたと返す。

実家を継ぐためではないが、なんとなく農業を学ぶ大学に入ることを決めた。父も今の時代は大学くらい行くべきじゃないかと経済的に後押ししてくれた。

母は台所で料理をしていた。カレーの匂いが空腹感を募らせる。母が振り返って、あらお帰りと笑って言う。


居間でテレビのニュース番組を見ていると、携帯電話のバイブレーションが鳴った。シンタロウからだ。


寂れた商店街の方に向かう途中で背の高いシルエットが見えた。夕暮れのせいかはっきりと姿を認識できないが、おそらくシンタロウだと思った。

シンタロウは手を振りながら、久しぶりと笑う。明るい茶色に髪を染めて、耳にはピアスを着けていた。

「少し酒でも飲みながら昔話でもしたいと思ってな。」

シンタロウは腰を屈め、目線を合わせようする。背丈がさらに大きくなった気がした。

「別に身長合わせなくていいよ。」

「タカシ、前から身長気にしてたじゃないか!」

確かに俺の今の身長は165センチ程で、高校の時に既に175センチあったシンタロウは正直羨ましかった。

「今となってはもう気にしてねえよ。」

俺は胸を張り、シンタロウを見上げた。

ところで、と俺は続ける。

「酒を飲める場所なんてこの田舎にあるか?」

シンタロウは考えていなかったらしく、辺りを見渡す。


スーパーで缶ビールの六缶パックを買い、近くの公園のベンチに腰かける。セミの鳴き声が近くで聞こえていた。

シンタロウは、落ちてた木のぼっこを手に取り野球の素振りの真似をしながら言う。

「あの頃は本気でプロ野球選手を目指してたよな。」

シンタロウのTシャツから覗かせる腕が太いな、と思う。建築系の仕事をしてたら自然と鍛えられるのだと自ら納得する。

「確かに。シンタロウは中学まで地区でも有名な四番バッターだったよな。」

「でも、俺は別の高校に行かなくて良かったな。」

「なんで?」

「タカシとバッテリーを組めたのが一番の思い出だからな。」

俺は中学から野球を始め、ピッチャーだった。その時シンタロウは外野を守っていた。しかし、高校二年の時、シンタロウはキャッチャー転向を監督に告げられ、必死に練習して夏の地区予選に間に合わせた。

「俺も投げやすくて良かった。それに最後の夏、一回勝てたからな。」

「あれは完璧な試合だった。」

サッカー部やテニス部等から助っ人を借りて出場した試合。エラーで初回に一点を失ったが、最後はシンタロウの逆転サヨナラツーランで勝利を飾った。

「俺がヒットで出塁した後には、シンタロウが必ずホームラン打つと信じてたよ。」

「あの時は自分の力ではない気がしたな。あまり覚えてない。」

そして、とシンタロウは言う。

「二回戦の5回コールド負け。あれもある意味思い出だ。」

地区の決勝まで行くような強豪校と対決し、レベルが桁違いで20対0で負けたのだ。


「あとは、おてんばマネージャーがいたのも良かった。」

シンタロウはビールを飲み干してそう言った。俺はビール一缶でだいぶ酔っ払った気がする。そういえば噂のミズキは実家にいるのだろうか。

「今日、志沢商店開いてなかったな。」

と携帯電話をポケットから取り出しつつ言う。

ミズキは俺らの幼なじみであり、いつも三人一緒にいた。実家の商店を手伝いながら、野球部のマネージャーをやっていた。

電話してみると言うと、好きだなとシンタロウはニヤニヤする。


俺は確かにミズキが好きだった。いつもハイテンションで、天真爛漫な姿に惚れた。でも女として好きになったのは高校に入ってからだった。告白するにも、いつものように遊んでいる関係が壊れるのが恐くて、できなかった。

また、ミズキはシンタロウのことが好きなんだろうと、普段の態度を見て決めつけていた。


「もしもし、タカシだけど」

「久しぶりー!どしたの?」

変わらない明るい声に、胸の鼓動が速まる。 鼓膜に届く瑞々しい波長が、全身を血液と共に駆け巡る。

「今、公園でシンタロウといるんだけど来ないかなと思って。」

「うん、二人に会いたいからすぐ行くよ、あっ、ちょっと待ってて!」

ミズキが母と言葉を交わしている。その間にも心地よい緊張感が、アルコールとの相乗効果でさらに幸せを感じさせる。


ミズキが来たときには、俺らは石と木のぼっこでトスバッティングもどきをしていた。

「三番ピッチャー島森くん、四番キャッチャー茂木くん。」

ウグイス嬢のような言い方で、ミズキは俺らを呼んだ。その後、久しぶりだねーと目を見開いて言う。

「俺はミズキ呼びたくなかったけど、タカシがどうしてもって言うからな。」

「べ、別にそんなんじゃないよ。」

志沢商店が開いてなかった理由を聞こうと思ってたが、すっかり動揺して喉の奥で言葉が詰まる。

ミズキは俺の隣に座り、ビール一本もらっていい?と聞く。

「未成年じゃないのか、誕生日まだだろ。」

と、シンタロウはすぐに拒否する。

ケチだなー、と空き缶をシンタロウの方に投げつけた後

「タカシだって誕生日8月にきたばかりじゃん。」

とぶつぶつ呟く。ミズキの肩くらいまである柔らかい髪が俺の肩を撫でていた。

「まあ、10月まで待とうよ。」

となだめる。俺らは誕生日を自然と覚えてるくらい付き合いが長くて深かった。シンタロウは5月12日生まれだ。


綺麗な三日月を雲が隠し始める。風で樹々の葉がザワザワと音をたて、そろそろ帰ろうかとシンタロウが言った。

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