第一話 温泉好きの魔法少女
新連載始まります。
あと魔法貴族の優雅で無い酒造り奮闘記を同時更新しました。
「ねぇ君、魔法少女にならないかい?」
その一言が、平凡だった私の人生を大きく変えることになるのだった。
◆
「ほふぅ~、学校から帰ってきたら、温泉に入るのが一番だねぇ~」
乳白色のお湯が張られた岩風呂につかり、私は今日一日の疲れを癒す。
湯船からは鼻につく硫黄のニオイが立ちこめ、ここが温泉地であると実感させる。
「でもこのニオイも含めて温泉なんだよね~」
やや集めのお湯は私の体だけでなく、心の奥まで温めてくれる。
はふぅ、温泉は人の魂のふるさとだよ~。ああ、このままずっと温泉に入っていたいな~。
けど……
『柚子香! ペルヴだ!』
突然の乱入者の声に、私の極楽タイムは終わりを告げた。
「しょーがないなぁ」
幸せな時間を邪魔された私は不機嫌な声で彼の言葉に了承する。
そして湯船から出た私は、一糸纏わぬ姿で洗面所へと向かい体を拭くと、服を着る事なく上に置かれていたピンクのスマホを手に取った。
そしてあるアプリを起動させる。
「マジカルチェンジ!」
その言葉と共に私の体の回りにお湯の竜が現れる。
そして竜が私の肌の上を流れると、そこにファンシーな衣装が現れる。
髪飾り、ブラ、上着、手袋、ショーツ、スカート、ブーツ、そしてリボンと衣装が着飾っていき、最後に私の右手に蛇口を模したステッキが握られる。
「魔法少女マジカルユズ! チャプンと参上!」
洗面所にファンシーな衣装でポーズをつけたコスプレ少女の姿。
人に見られたら惨状だよね。
けど『今』はその心配も無い。
「それじゃあ行くよ! 魔法少女出撃だー!」
私はドアを開けて廊下を通り、玄関から『家』を飛び出した。
◆
「居た、ペルヴだ!」
ビルの屋上を跳躍しながら捜索していた私の耳元に、やや甲高い声が聞こえてくる。
「うん、私も確認したよ!」
私の視線の先、ビルとビルの谷間に全身が大きくて硬そうな鱗に覆われた姿の怪物が見える。
あれはペルヴェルティース、通称ペルヴ。
私達魔法少女の敵、そして飯のタネ……ううん、願いのタネ。
「そんじゃ行くよー!」
距離がある今のうちに先制攻撃!
私は手にした杖の先端についた蛇口の向きを変えてペルヴに向ける。
そしてハンドルを回すと蛇口の先から勢いよく水があふれ出た。
ううん、それは水じゃなくてお湯、杖から放たれたお湯は湯気を放ちながらペルブに向かう。
それはまるで水鉄砲の様に勢いよく飛んでゆく。
けれどペルヴは私の攻撃を避けようともせずに受けた。
自分の鱗にそんな攻撃通用しないって思ってるんだね。
でもそれは慢心が過ぎるよ。
「ギャウウウウウウウァァァァァッッッ!?」
突然ペルヴが悲鳴を上げてのたうち回る。
当然だよね、だって私の攻撃は……
「温泉の源泉と同じ熱さなんだから」
温泉の魔法少女である私は水とお湯を自在に操る魔法を使う。
「どんなに硬い鱗で体を覆っていても、スキマから私の熱々のお湯が入り込んで貴方を火傷させるのよ」
「相変わらずえげつない攻撃だなぁ」
今度は呆れた声が耳元から聞こえてきた。
「でも効くんだから良いじゃないスペロー君」
そう言って私は声の主を見た。
純白の濁り湯の様なモフモフの体毛を生やした生き物を。
彼こそ魔法少女のマスコット、スペロー君なのだ。
そのモフモフっぷりと言ったら、お風呂上りのバスタオルにぴったりのモフり具合だよ。
「グゥオオォォォォォ!!」
と、そこでペルヴが雄叫びを上げて腕を振り回してきた。
「あはは、ビルの上に居る私達には届かな……って危なっ!!」
届かないって言おうと思ったら、ペルブは近くにあったゴミ箱を掴んでブン投げてきた。
幸い距離があったから避けれたけど、金属製のゴミ箱が当たったら大怪我だよ。
あと汚いし。
「ペルヴはまだ健在だよ。早くとどめを刺して!」
「はいはい」
私は次々にモノを投げてくるペルヴに再び杖を向け、蛇口の後ろのパーツをスライドさせて真ん中のハンドルを回す。
するとスライドしたパーツ、シャワーヘッドから光輝く魔力の雨が降り注いだ。
「くらえー! ホットハートシャワー!」
これこそ私の必殺技! 降り注ぐ魔力のシャワーで相手を貫いてやっつける魔法だよ!
魔力のシャワーはペルヴの投げてきた物を迎撃し、更にペルヴに降り注ぐ。
水の特性がある私の魔法は威力は弱いけど、ペルヴ自慢の鱗の隙間に流れ込んで少しずつ相手の内側にダメージを与えてゆく。
「グボォアァァァァァァァァッッ!!」
ペルヴが苦悶の表情をあげながらわたしに腕を振り回してくる。
でも周囲に投げるものが無くなったペルヴは腕を振るばかり。
「やっぱ防御力が高い相手は私と相性が良いよね!」
ペルヴが悲鳴をあげながらのた打ち回り、少しずつその動きを小さくしていく。
そして魔力のシャワーを浴び続けたペルヴは遂に動かなくなった。
「倒したかな?」
私は動かなくなったペルヴを遠くから観察するけど、ペルヴは消滅する様子はない。
「死んだフリだね」
私は杖のハンドルを回して蛇口から数発お湯弾を叩き込む。
「グボァッ!?」
それが止めの一撃だったのか、ペルヴは大きく震えると体を光の粒子にして消滅していった。
そう、ペルヴは死ぬと光の粒子になるのだ。
そして粒子が私の杖に集まる。
これが私達の糧となるのだ。
「よっし倒した!」
ペルヴが完全に消滅した事を確認した私は、ガッツポーズを取ってスペロー君に向き直る。
「お疲れ様柚子香、今日の願いは何にする?」
スペロー君に問われ、私はポケットからピンクのスマホを取り出す。
そしてアプリを起動して画面を見る。
そこにはマジカルユズ、獲得願いポイント:10と表示されていた。
「やった! 結構大物だった!」
「そうだね、普通の魔法少女がアレと戦ったら、堅牢な鱗の鎧で苦戦していただろうからね」
「やっぱそうかー、防御力高い相手には防御無視攻撃だよねー」
私はニマニマしながら表示されたポイントを見る。
とそこでビューっとビル風が吹く。
「クチュン! お風呂に入っている時に出てきたから、湯冷めしちゃったよ。もう一回お風呂入りなおさなきゃ」
そうだなぁ、せっかく大物を倒したんだし、もう一回お願いをしても良いよね。
「よし決めた! 今日のお願いは天狗温泉の湯にするよ!」
◆
「ほふぅ~、きんもちいい~」
私は脱力して湯船に浸かる。
赤茶色のお湯からは鉄の錆びたような匂いがしてくる。
温泉の元? いやいや違いますよ。
これは偽物なんかじゃありません、正真正銘天狗温泉のお湯です。
「さいっこぉ~だぁ~ね~。外で冷え切った体があったまる~」
魔法少女になった私が、願いを叶えて本物の温泉のお湯を我が家の湯船に注ぎ込んだからなのですよー。
お湯だけじゃない、湯船だってお願いの力で檜の浴槽となっている。
そう、この瞬間だけは、私の家のお風呂は本物の温泉となっているのでーっす!
「魔法少女になって良かったぁ~っ。お肌もスベスベ~」
そう、これは私が魔法少女になって、その対価として願いを叶えて貰う物語の日常の光景。
人類の敵、ペルヴェルティースを倒したご褒美に願いを叶えて貰う、魔法少女達の日常の物語なのです。