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飛行機乗りジョナサン

ギターを弾きながら歌ってた

その女の子は、小柄で愛らしくて


ななくらいの背丈なんだけど

歌ってたら、堂々として大きく見える。



ななは、声をかけた。



「その曲、荒井由美さんでしょ」と



ななは、アニメ映画で聞いたような記憶を

辿りながら。



その女の子は、ギターを抱えたまま


「そう。いい曲だよね」と


さっぱりとした口調でそう言う。



真っすぐの黒髪、前髪もさっぱりと

切り揃えられて。




はっきりとした目鼻立ちで、ちょっと

華やかな感じ。




「歌、すごく上手」 ジョナサンは素直。





「ありがとうー。わたし、インディーズには

出してるの」と、その女の子は

普通にそういうので


ななは、すごい、と思う。



自然に、自慢でもなく

誇るでもなくそういうのは


本当に気負いがないのだろうな、と



なな自身より少し若いかな、その小柄な

女の子が

とっても綺麗に見えた。





インディーズ、って言葉に

加藤の事を思い出して


少し胸が痛いなな、でもあったけど。




そういえば、加藤さんも

自慢なんて感じと全然無縁なひとだった。



インディーズデビューはしてたし


本も出してる、科学者。



でも、全然自然で。





どうしたら、そんなに

ふんわりとしていられるのだろうと


思い返しても、そう感じる。




それで、ななは


ギタリストの女の子に「すごいのね。

とってもかわいいのに」と、言うと


女の子は「あたしなんて。あなたの方がかわーいよ。アメリカンのボーイフレンドがいるしー」と、おもしろい口調。



「ボーイフレンドね」と、ジョナサンもにこにこ。






「それなら、あなたも今から僕がボーイフレンド」と、女の子にそう言うジョナサン。




女の子は、ころころと笑う「そだね」




科学の子、ジョナサンは

気負いがないので、誰とでも友達になれる。




そのギタリストの女の子は、たぶん

自然の子供だろうけど



音楽があるから、なのかな?

幸せそうだ、と


ななは思う。





そういえば、加藤さんも音楽が好きで


いつも、イヤホンをつけていたっけ、


なんて、また思い出してる


なな、だった。





交差点になっている、区役所の前の通りは



横断歩道。




点滅の青信号が、ちかちか。





女の子の持っていた、アコースティックギターは


金属の弦が張ってあって、爽やかな

音がした。



区役所の前で音楽を奏でても、別に

迷惑だ、と言われる事もないくらいに

綺麗な声で、さすがに

インディーズ、で歌ってるんだなと

ななは思い



「駅前で歌ったりもするの?」






女の子は、かぶりを振り


「ちょっと怖いもの」と、にっこり。



区役所だと、あんまり怖い事には

ならないらしい。








科学で生まれた子供達は、戦いを好まないから

いつか、安心できる時が来るのだろうけれど。




「さっきの歌、あなたが歌うと

さっぱりとして、いいね」と、ななが言うと


女の子は、ありがとう、ってにっこり。


みわって呼んで?と言う。




「あたし、なな」と、少しお姉さんの

ななも、みわと同じ口調になって


学生みたいな気持ちになってしまって。


なんだか懐かしく思った、ななだった。




そういえば、みわ、って名前を


加藤が言っていた事を思い出したりする

ななだった。




加藤の、ガールフレンドのひとりだったのか

そんな、女の子の名前を

彼が口にするだけでも

ちょっと、気にしてしまっていた

その頃のななだった。



ななは、加藤を思い出すたびに

胸が痛くなる。



本当に、痛くなるって

初めて知った。


そんな事、初恋でも無かったのに。



ななの表情に、みわは



「なんか、思い出?」と

女の子なので、そういうところは

デリケートに気づく。




さっぱりとしている、みわだけど。



「うん、あのね」と、ななは

誰かに言いたかったのかもしれない。





加藤の想い出を、さらっと言えたのは


みわが、知らない子だから。




そんな事もある。






みわは「ふーん。そうなんだ。

あたしに話せて、少し楽になった??」と

にっこり。


綺麗な黒髪は真っすぐで


とっても素直そうな彼女は、これからの時代には

当たり前な子だろうけど



いままで、混沌としていたこの国には

不釣り合いなくらい綺麗な目をしている。





蒲田区役所の前の通りを

流麗な自動車がゆっくりと走っていった。



柔らかい曲線のボディと

穏やかなエンジンの音。



波打つようなライン。



ガラスまでがカーブを描いて。



緑色の117クーペは、交差点をゆっくりと

曲がった。



ステンレスのドリップ。

ウッドパネルと、ステアリングは優雅だ。




「いい車だな」ジョナサンは




ななと、みわから少し離れて


クーペのスタイルに見入っていた。





あまり、車はよく知らないけど

工芸品のようなそのデザインは

美しい、と誰にでもわかる。





その車は、商品として売られたのだけれども

お金を出して買う為に作ると言うよりは


職人たちが、美しいものを作りたいと言う

心を満たす為に作られた、そういう魂が

現れた、いわば作品だった。



かつて、この国にも

そういう気風が溢れていたのだった。




その頃、みわの歌ったさっきの歌のような


心を感じる歌も、また

この国に溢れていたのだった。



それは、日本人の心。




お金出しても、買えない、そういう心。



それに、ジョナサンも

アメリカンながら憧れる。



みわも、自然にそれをイメージして

そういう歌を好むのだった。






117クーペの窓から、ラジオの音楽が

流れていた。



軽快な、BOSSA NOVA。



hai, this is casey ,

810 on your radio dial.

american forces radio from


atsugi, camp zama, 224-4701.



「好きだなー、あれ」みわは笑顔になる。



ラジオの音楽の事を言ってるのだろうと

ななは思った。




英語わかんないけど(笑)

みわは、アメリカに行った事があるみたいだ。



ジョナサンは、もちろんアメリカに

行った事はあるだろう(笑)




「アメリカはいいね、音楽いっぱいで」と

ジョナサンもにこにこ。





「そーだよねぇ!」と、みわは

ギターを抱えたまま。



あのラジオよく聞いてる、って。



ななは、あんまり聞いた事なかったので




「良く聞こえるの?」と、聞く。





「うん、お父さんが音楽好きだから」と

爽やかに。




ジョナサンは、お父さんから育てられた

訳もないけど



「うんうん。みんな好きだったな。アメリカはラジオ局いっぱいだし」と、別に

お父さんがいないからと言って、寂しいとも

思わない口調。



変に、人間から影響を受けて育たない方が

いい事もある。



みわで言えば、たまたま

お父さんが音楽好きだったから


音楽好きになったけど



そうでなければ、他の事が

好きになったかもしれない。





117クーペをデザインしたひとの心が


形を通じて、職人の心を打つ。




手作りでボディを作り、磨きだして。




見るひとの心を打つ。




そういう感動が、ひとを喜ばせる。


そういう時、ひとは

生きていて良かったと思うのだし



記憶にそれは残る。



そういう気持ちが、ひとを動かすのだろう。





「音楽っていいな」と、ななは思う。


悩み事なんて忘れるから、と

言いかけて、止めた(笑)。



爽やかな気分を壊したくなかったから。



悩みって結局は


人間が進化仕切れていないから起こるので




原始、生物は




環境ー>判断=>行動




こうして生き延びて来たから

自己防衛の為に、眠る事なく考える。




でも、今は社会があるので

防衛をあまり考えなくていいのに



考える機能が眠らないから




空想=>考える<=空想



こうなるので、悩みになるし


考える、と言う仕組みに



論理的でない

傾向があるので


結果が変になる(笑)







ジョナサンたち、科学の子供達には



悩みは起こらないのである。



科学的に考えれば、いいのだ。





今のななは、ジョナサンと


一緒なので、考えなくていいのに



考えてしまっていて。


それも変な事だ。



それに気づいたななは




「あ、ゴメンねぼんやり」と、にこにこ。





幸せ。





「いすゞ、って書いてあったね」と

みわは、眼がいいらしい。




「いすゞって大森にあったね」と、ななは

気づく。




「あんな綺麗な車を作ってるビルダーが

あるんだね、この近くに」と

ジョナサンは驚きと感心。



丸い4つのヘッドライト、リアは

カプセルのようになだらかなカーブ。


「後ろから見ると、グラマーなお尻みたい」と

ななが言うので、みんな笑う。







ななは知らないが



その、いすゞ自動車は

加藤の父のいた会社である。






電車でひと駅の、大森にある

いすゞのショールームに


ジョナサンと、なな、なぜか

みわまで(笑)


見に来て。





「驚いたなぁ」と、ジョナサンが

見た


ホワイトの117Coupeは


1969年型だった。




「博物館ものね」と、なな。




117Coupeの隣にあった


丸っこい小さな車は

青いメタリックで


低く、さらにスポーティーだった。




「ベレット、か」ジョナサンは

表示を読む。



ななも、何気なく看板を見ると

開発エンジニアに加藤、と言う苗字を見て

胸がどきり、とする。


名前の方も、加藤にそっくり。





「まさか」と、ななは想いながら。





「どしたの?」と、みわは????(笑)。





「あ、この写真」ななの見た

色褪せたモノクロームの写真。


白い作業服の、オールバックの青年。



加藤にそっくりのその男。



ななは、どっきりとした。



不思議そうに、みわはななを見て




写真に見入る。




「カッコイイね」と、みわは笑顔になる。




うんうん、とななはうなづく。



「あの、この方は?」ななが尋ねると



ショールームのガイドさんは


事務所に、ななたち3人を誘った。



静かな空間、だけれども


歴史を感じる、重みのある場所だった。




年配の、技術者ふうの男性は




「この方、加藤さんですね」と、加藤の父を

指し



立派なエンジニアでしたが、才気が勝ってしまって

会社の先輩たちに担がれて、独立してしまったんです、と


残念そうに言った。



ななは、黙って聞いている。




「それから、アイデアを部下に盗まれて

会社を取られてしまったそうです」







ななは、思う。



加藤は、超然と微笑んでいたのに

そんな苦労が、家庭にあったとは。



そう思うと、その加藤の人生と

親の影響を



ななは、身に染みて感じる。




なな自身は、女の子だから

どちらかと言うと

母の、いいところも

嫌なところも

受け継いでいるように思え


加藤の父が、才気が余ってしまって

失敗して


そのせいで、世捨て人のように

なってしまって


そういう父を、加藤が支えていたのだろうか?

それとも、父を嫌悪したのだろうか?


法律に詳しく、科学研究に勤しむ加藤は

父をどう思っていたか、は

知らないけれど

ななには、父親に似ているように思えた。




「弟さんふたりもいすゞのエンジニアで、

もう退職されていますが。

あ、遠縁の方が

まだいすゞ中央研究所に在籍で。

いすゞ一家だったんですね、加藤家は。」




1960年代あたりの日本は、そういう国だった。



会社も一家、そういう気持ちで

だからこそ頑張れた。



地域もそうで、みんなが助け合って生きて来た。




それを支えていたのが国家で、

銀行は企業を支えたし


その銀行を、国家が責任を持って支えた。




当然だが、貨幣は国のもの。



その貨幣を支えた銀行を国が支えていたのが



その時代。


だからこそ、国を信じられた。



「苦労したんだね」と、みわが言うと

全然苦労に感じないけど(笑)


ななは思う。

艱難辛苦汝を珠とす。


魂と言う意味。




それだから、加藤は

誰に攻撃されても、超然と微笑んでいられたのだろうか。




その加藤は、今は並列世界に行ってしまって

この世界にいる彼は、別人、なんだけど。






「そういえば、上の息子さんは

いすゞに入られて。


下の息子さんは、後に

科学者になられたとか聞いています。

あの、常温超伝導を研究された方」と


いすゞのマネージャーは、ななの知る加藤の


事を述べた。





わたし、知っていますと

言いそうになったが(笑)



ななの知る加藤は、過去の並列世界にいる。



「上の息子さんは、いすゞを退職して

若くして事故でお亡くなりになった、とか

不幸が続きましてね」と、いすゞのマネージャーは


語る。




それなのに、加藤はなぜ超然と

微笑んでいられたのだろう?



アルバイトをしていたくらいだから、生活は苦しかったはずなのに。



と、ななは、謎の加藤の生態(笑)を

不思議に思った。




「仏様のようなひとなんだね」と

ジョナサンは語る。




ななは、言われて見るとそういう感じ。と

思った。





「そういえば、ご先祖は平家の落ち武者で

門徒の僧侶だと聞いています」

マネージャーは思い出したように。




写真を見ると、加藤の父は

スポーティーだ。



「いすゞ野球部のエースでしてね。

高校野球では甲子園に行ったと聞いています。

人気のある人でした。それだけに退職は社長も残念に思うくらいで」と、マネージャーは、語る。





ななは、なんとなく思う。


そんなに偉大なお父さんだと

疲れそう。(笑)なんて。




「当時の事を知る人は、もう殆どいませんけれど。」と、ななに語るマネージャー。



ななは、ちょっと不思議に思う。



「どうして、見ず知らずの私に

お話して下さるのですか?」




マネージャーは、少し間を置いて



「いえ、私もそろそろ退職です。

誰か、若い人で

ひょっとしたら、このお話を受け継いで下さるかもしれないと思ったのです。


ひとりの技術者が、不運のために

歴史の表舞台からは知られない存在になってしまっている。その事が悔しいのです。」





「ご子息、その超電導の研究者と

の関連で語られるくらいですか?」と、ジョナサン。




マネージャーはかぶりを振り

「今は、割と個人情報とかで

父が誰で、なんて書きませんね。」




と、残念そうに言った。







ななと、みわ、ジョナサンは

ショールームから出てきて




「すごい人なんだね、超電導?なんて」と、みわは笑顔で。



ななとふたつ違いなのに、とっても

可愛らしい少女みたいな、みわ。





その事を、ななは羨ましく思う。




「みわちゃん、ありがとう。今日は。これからどこ行くの?」と、なな。




「電車乗って帰るよー」と、みわはにこにこして。



もう夕方だ。





「ありがと、ほんとに。お家、どこ?」と、なな。



「葉山ー。電車で帰るね。ななちゃんは?」と、みわは

にこにこ。


ななは「うん、うちはね、青葉台」と、ななは借りてたワンルームの住所を言った。


しばらく帰ってないけど。(笑)。




今は、お金のいらない世界になったので

空き部屋が増えて。



いくらでも借りておけるようになった。



「学校の近くだ。今度遊び行っていい?」と、みわは、目黒の青葉台だと思ってる(笑)




ななのは、横浜だ(笑)。




まあいいか、と


ななは、アバウトである(笑)。




電話番号を教えあって、みわとななは

別れる。








いくら科学の時代と言っても、やっぱり

女の子は慎重だ。






ジョナサンもアメリカンだから

そのへんは心得ている。




「ジョナサン、今夜はどうするの?」と、ななは



みわを見送ったあとの大森駅で。




ジョナサンは少し考えて「東横インにでも行くかな」と。



ななは「大森の駅の向こう側にもあったね。」


さすがに、自分のアパートに呼ぶのは

ちょっと怖い(笑)。



男と女って面倒だ。





「そっか。じゃ、明日行くの?」と、ジョナサン。




いすゞの中央研究所に、加藤の親戚が

まだ勤めていると聞いて。



その親戚の住まいは、向島だと言うので

それなら、近い。



電車で30分も掛からない。



でも、女の子ひとりで訪ねるのは


何かと、誤解を呼ぶ(笑)ので




ジョナサンにも来てもらえると、楽。




男の子って便利だ(笑)。






「行くよ」と、ななが言うと




ジョナサンは、まあ、暇だから、と


答えた。







いすゞのマネージャーさんに、さっき

ななが加藤のバイト仲間だと言ったので



マネージャーさんは、その、いすゞ中央研究所にいる


加藤の遠縁に当たるひとに、連絡をとって

くれていたので


明日、会える事になっていた。




さすがに、山奥に引っ込んでいる

両親の小屋まで帰るのは大変だから(笑)



青葉台のワンルームまで、ななは

久しぶりに行って見る事にしようかな(笑)と




そんなふうに考えた。



通勤時間になると、電車が混むから


ジョナサンと大森駅で別れて


ななは、青葉台へ向かう事にしたけれど



「どの電車で行こう?」



結構、女の子ひとりとしては悩むところ。



混雑した電車で、身体が触れるのは

やっぱり嫌だし(笑)



そういうところは生き物であり

いくら進化しても変わる事もないのは

細胞のある生き物なので仕方ない。



なるべく、下町の路線を通っていけば

気楽だと思うのは

下町って昔からのひとが住んでいるので

危ない事になりにくいから、だったりする。


都会は怖いと言うのは

都会に出てきて、悪い事をするひとのいる

あたりに行くからで




古くから住んでいる人達にとっては

田舎と変わらないから


そういうあたりの電車は、割と安全である。




尤も、ななには空飛ぶ魔法があるので


危ない時は逃げればいい(笑)のだけど。






それで、ななは

蒲田に戻ってから池上線で

大井町線に乗り継いで


二子多摩川から青葉台、へと


向かう事にした。



懐かしいような、狭い駅前を

小さな電車がごとごとと、蒲田、蓮沼、池上、と

地面を進んでいく。




オレンジいろのシートは、まだ

空いていて



ななは、軽く腰掛けて

電車に揺られながら



「何を、わたしは考えているのだろう?」と

思う。




加藤の事を聞いても、いまさら

どうしようもないのに。




気持ちってそういうものだ。




理論的じゃないのである。





ななの思ったように、池上線は

昔からの下町の住人が乗る路線なので


居心地がいい。



お互いに、変に気遣いはせず、でも

迷惑にならないように自由に。



江戸からの庶民の経験である。



ななは江戸の庶民じゃないけれど



田舎の庶民も同じで



変に、争いっぽくなるのは

いつも、よそから来た悪い人の

する事、だったりする。



ななみたいな田舎もの(笑)でも

江戸庶民はふつうに受け入れる。





そういう、懐の広さが


下町にはあったりする。





「そういえば、加藤さんも蒲田の生まれだったっけ」



そんな事を聞いた事があって


それで、なんとなく

ななは

蒲田に来て、ジョナサンやみわに出会ったのだけど。





「それに、お父さんの事もわかったし」


謎解きじゃないけれど

ななは、あの加藤のように

超然としていられたら、と

思ったのもあった。




なな自身は、いつも

些細な事に傷ついたり、誰かの言葉が気になったり。


そんな感じだから。







大井町線から、田園都市線に乗り換えると



なんとなく、雰囲気がよそよそしい感じになって




田舎者がいっぱい、都会の真似をしている、そんな印象になる(笑)。










そんな、ななの印象だけど



今は、経済が安定したせいで



誰も、ゆったりとしている。



ななは、忘れていたけど




通勤の必要もなくなったのだった。









翌日、ななは

ジョナサンと品川で待ち合わせて

向島に行った。



地下鉄なら一本なので便利。





鈴木、と言うその紳士は

加藤の遠縁にあたららしいけれど



加藤の父の縁者なので

いすゞでも有名人(笑)



「さすがに、ちょっと大変です」と、

大人物らしく、加藤や、その父のように

威張ったり、偉そうだったりしない。




何か、好きな事をしている人って

そういうもので



面白い事に夢中だから


人と比べて偉いとか、そういう感覚で

ものを考えない。



だから、研究に向いているのだろうけれど。





「そうですか、下の息子さんのお友達ですか。有名人ですね夢のエネルギー源を

作ったんですから。」と、鈴木は言った。



それが、どのくらいすごいかは


ななにはよくわからないけれど(笑)。







「加藤技師が、病に倒れられて。

上の息子さんはいすゞを退職されて。

どちらも、家族のためだった。

なんとも、残念な事です」と

鈴木は、意外な事を言った。







「加藤技師が、いすゞを退職したのは

自分の欲ではないのです。

故郷の父親が逝去し、家計に困ったので

長男の彼のところに、弟や妹が

上京してきたので

家計が成立しなくなったのです。

いすゞのサラリーでは」と、鈴木は

少し自嘲気味に言った。





「研究者と言うのは、あまり儲かる仕事ではありませんし。


それで、起業を試みたと聞いています。」




「それで、経営に困窮した、と」ジョナサンが言うと


鈴木はうなづいた。



「経営には疎かったので、特許や技術を盗まれてしまいました。その中には、国立の

研究所もあったりしたのです」と、鈴木は告げる。




ななは、なんとなく

加藤が法律に詳しい理由が解った。



そして、家族を大切にする理由も

父からなんとなく受け継いたものだった、と

感じた。






「不慣れな訴訟続きでしたが、相手は企業なので

法律上の悪巧みにも長けています。

そのうちに、心労から病を召されて。

息子さんたちの世話になりながらご逝去された、との事でした。無念です。」鈴木は続ける。





「上の息子さんは、いすゞに入社後、そういう事情で

家計の為に勉学を諦めて。

学者志望だったらしいのですが。」と、鈴木は語る。


「しかしーー。」と、鈴木は言葉を濁し



「婚姻をしたのですが、なんでしょう。あまり人を疑わない性格、お父様譲りなのでしょうね。

結婚相手が良い方でなく、財産も取られてしまい、心労の果てに自動車事故で逝去されて」と


鈴木は悲しそうに続けた。








鈴木と別れてから、ジョナサンとななは

勝鬨橋のそばを歩きながら。




「わからない。どうして家族のために死ぬのだろう」とジョナサン。



科学的な言葉だ。




でもそれだけに、ななの知りたい

加藤の心は

なんとなく見えてくる。




「そういうふうに、思い込む家系なのかな」と

ななはつぶやく。





生き物が、子孫を大切にするのは

生き延びるための性質だ。




そのために、我が身を犠牲にするつもりなどなかったのだろうけど。



そういう父を、加藤技術者は

見ながら育ったのだろう。



なので、弟や妹のために

研究を犠牲にした。




もし、その頃

今のような、無限エネルギー源があったら

困らずに済んだのに。




ななは、加藤が


発明を特許にせず

公開した理由が

なんとなく解った。




お金のために、ひとが苦しまないでほしい。




そういう気持ちだ。



「僧侶が先祖って言うから、思い込む

体質って言うか」と、ジョナサンは言い



「でも、家族の為に生きるって昔の男だね。

そこまでされたら家族だって縛られちゃって

重いよ」と、ジョナサン。



実際、鈴木技師も


そのせいで、いすゞ中央研究所を辞められずに

いる、と言う。




「それより、加藤さんの気持ちよ。

そんな父と兄が居て、相次いで死んで

残されたお母さんを支える為に、自身は

結局犠牲になるって事でしょ?」と、ななは言い



まだジョナサンには言っていない事を

思い出す。




その加藤は、神様の計らいで



並列時空間に行ってしまった(母を連れては行ったけれど)。






どんな気持ちだったのだろう?





ななは、ちょっと悲しくなった。



神様にお気に召されても、母親を見捨てない

なんて。

家族ってそんな重い物?





「強いお父さんだけど、愛があったんだろうね。強要するだけなら、逃げればいいんだもの。

愛されていたから、お父さんが病気になった時

見捨てる事ができずに、面倒を見てあげたんだね。」ジョナサンは言う。



生き物として、滅びて行こうとする者を

見捨てられない。




高等な知性があるから、そう思える。



同じ生き物だから。





「同じ人間同士争うのっておかしいんだよ。

だから、無限エネルギーを使って

争いの元になる貨幣を破壊したんだね」と、

ジョナサンは言った。



ななは、黙って頷いていた。



ななの思いは、別のところにあった。



超然と微笑んでいたように見えた加藤は

本当は、辛かったんじゃないかと思えて。




それは、なな自身の感覚だけど



お父さん、お兄さん。

そういう人達に、いろいろと

干渉されて辛かったんじゃないかな、って



なな自身の経験からそんなふうに。




どんなに正しい事だって、誰かに言われて

その通りにした方がいい、って思いこまされるのは


生き物としてつらい、と思うし




強要されるんじゃなくっても、従った方がいいと


納得してしまう方が、生き物としては

辛い。


間違えだって、思い通りにして


それで間違いだったって気づいて、でも

考えて、結果が出た方が



人間としてうれしいと思う。




それなので、加藤は

恋をしようと思ったとしても


そういう人達の干渉に、うんざりして

何も出来なくなっていたんじゃないか、と。




それなので、加藤は

父親や兄の干渉できない世界を選んで。





聞いた事がある。


ミュージシャンをしていて、インディーズデビューを果たしたが



その頃、父親が病気で倒れて


母親の面倒を見なくてはならなくなって。



父と兄が死ぬ。




それで、残された母親を支えなくては

ならなくなった。





家族の柵が、加藤を縛る。



そんな理由で、仕方なく科学者への

道を選んだのは




本意ではなくて。




本当は、音楽の道を行きたかったのではないか?







なな自身だったら、親なんて見捨てて

飛び出してしまうだろうけれど




加藤はそれをしなかった。



父親がそうしたように、家族の為に

自己犠牲を行った。





「神様ね、ほとんど」と、ななはつぶやく。





「ああ、あの人の事?そうだね。人間って言うより。」ジョナサンはアメリカンだから


違う神様をイメージしたかもしれない。








ななは思う。「彼の微笑みは、人間の、と言うよりは。天使のような無欲なものの、だったのね」




無我の境地に至ったものの微笑み。



それが、ななを安らぎに誘っていた。



でも、それは

ななの想像だ。


ななの経験だと、そう想像できると

言うだけの事で



違う経験をしている加藤の気持ちは違っていて

当然だ。



過ごした時間が、その経験なのだ。





世代の違いと言っていい。



加藤の父の時代は、家族を大切にして

会社に入れば、社員を

家族同然に見守った。



それは、当然会社の利益を減らす。

だけど、銀行がそれを見守った。



銀行が損しても、国がそれを見守った。



そういう時代だったのだ。



それは、日本システムと言って

世界の羨望だった。



でも、日本人のふりをしていた渡来人が

そのシステムで、アメリカの企業を買収したり

したので、日本システムは外国にとっては

攻撃の的になった。




そんな時代。




ななの育った、時代とは違う。






加藤は、そういう時代に育ったから

別に、父親の事を疎ましいとも

思わなかったし



父親も、別に加藤に


優秀である事を強要したりは

しなかったから



加藤は、長閑に育った。




ミュージシャンになりたかった訳でもなく

何かになりたい、と言う欲望もなかった。




争うのも面倒なので、争うくらいなら

諦めた方がいい、と言う少年だったので




超然としているように見えたのかもしれないけれど



ただ、面倒な争いは避けただけ、だった(笑)。




争ったところで、攻撃をしかける人達が

反省をする訳でもないと

加藤は思っていたから



関わらないように、と

思っていただけだった。





それが、幼い頃からの

兄の影響と言われると

そうかもしれなかった。




兄だから、不条理に

弟を支配する。




そういう傾向があったりすると

弟は呆れるだけだ。




関わらない他はないと

それを体言するだけ、で




それだけに、弱い者への

同情は強かった。




加藤が、父や母を見捨てる事なく

支援したのはそんな理由で




ななは、かわいそうな女の子ではなく



ゆりは、かわいそうな女の子だったので


ななは、加藤に選ばれなかった。




そんな理由だった(笑)。





本当は、女の子は面倒だから

関わらないつもりだったのだけれど


ゆりは、特別かわいそうな女の子で

加藤を必要だと訴えたから

やむなく(笑)ゆりを支援した。




その無償な行為を、ゆりは愛されていると

思った。




そんなものである。





ななとジョナサンは、川沿いを散歩しながら

とりとめもなく話をしたり。




「ななの心に、加藤がいるんだね」と

ジョナサンは微笑みながら。



ななは、そう言われて

自分で改めてそう思った。




でも、その加藤はもう

過去に旅して、並列時空間に行ってしまった。


この、今

ななのいる世界にいる加藤は、別の人だ。



名前も同じ、姿も同じでも。



そういう事はよくある、と

神様が教えてくれた。




並列時空間が10の500乗もあるのだけれど


ふつう、それには気づかない。





科学の子供達、ジョナサンでも

その事は知らないから




「加藤に会ってみたいなぁ、どんなひと

なんだろう」と、若者らしく


期待するんだけれども。



ななは、その事をどう話したらいいものか

わからない。




それで、そのままを話す(笑)。




科学から生まれたジョナサンは

理解も早く「ああ、super-string-dimention。

本当にあるんだね」と、事もなげに言う。



「でも、それならこの世界にいる加藤は

ななの事を知っているはずだね。」と

さりげなく、そんな事を言った。




並列時空間だから、当然に

そこは同じだ、と言うのだ。



ななと同じところで、同じ経験をしていた

と言う事になるらしい。



よく、人が変わってしまったとか

多重人格、なんて言ったりするけれど


人間の記憶が、目の前の時空間と

同じである必然はないので


時々、較正するのだけれども



それを認知、と言ったりする。



でも、合わせなければ変わってしまう事もあって。




その時空間が、ひょっとして


別の並列時空間である事も、あったりもする。



夢、なんかもそうだったりする。




大人になると、たいてい

思い通りにならない、世の中に

付き合って生きていくから



適当に付き合っていけばいいのだけど。






「加藤に、話してみれば」と、ジョナサンは言う。




こっちの世界の加藤にあっても仕方ないと

ななは思う。




でも「見た目同じだったら、好きになれるかもしれないよ」と、ジョナサンは

楽天的だ。




何もしないでいるよりは、何かしたほうがいいって


そういうとこはアメリカンである。




「最近思うの。なんで恋なんてするんだろう、って。女の子って、恋とか結婚とか

そんなものに縛られて生きていくしか

ないのかな、って」ななは実感する。



子供を産む為の機能が、どうしても女にはあから


それから解放しようと、アメリカでは

ジョナサンのような科学の子供達が生まれる。



もう、殖えなくていい人間たちだから

女にならなくていいし、男でなくてもいい。



寿命が延びれば増殖する必要もないのだ。




500年前に比べ、人間の寿命は

40%も殖えている。



日本で言えば、江戸時代、平均寿命は

36才くらいだった。



今は、70才を超えているので


その分、子供でいる期間が長くなったから

江戸時代なら御隠居さんの50才台が


今では青年の終わり、くらいである(笑)




ななも、江戸時代なら

とっくにおばさんか、おばあちゃんである。





それが、娘のような気持ちでいられる、

そんな自由はあったりする。



それは、寿命が伸びたメリットであるが。



そのせいで、恋の悩みも増えるし

婚姻した後も、まだ発情が起こるので(笑)



機能的に変なのだけれども

そのせいで離婚したりする。






ななの好きな加藤は、神様の計らいで

過去に旅し、人生をやり直すために

並列時空間へと旅立ったが


なな自身、神様に願って

同じ座標へ旅した記憶があるけれど


ふつう、見えない

並列時空間の彼らを目前にして


しかし、触れる事すらできないもどかしさに


やむなく諦めた。




そんな思い出があるので、ジョナサンに

奨められても、こちらの世界の

加藤に会うのは、少し怖い。



そう思うななだったが


「あ、研究所はそんなに遠くないね」ジョナサンは

駅前の時刻表を見て、そう言う。




歩いて、地下鉄の駅まで来てしまったので




加藤が現在研究をしている、その山裾まで

それほど遠くないと、ジョナサンが

楽しそうに発見(笑)するのを見て




もちろん、ななも知っている。


神様と一緒に、一度行ったのだから。


その時は、本物の(笑)彼だったのだけれど。




でも、ジョナサンが楽しそうにしているので

その笑顔を大切にしたいと、ななも思い返し




電車に乗って、再びその研究所に向かった。





山深いその研究所は、案外都会から

近い。



地上の要塞のようなその場所だけれども

案外に開放的な雰囲気でもある。





受付にはレストランがあり、大勢の人が

歓談しながら喫茶していたりする。



そう、向こうの加藤の発明のおかげで

誰もが豊かに成れたのだった。





もちろん、こちらの加藤も

ななを知っているが



こちらの加藤は、10年前に

ゆり、と言う少女と別れたきりで


老母を支えて生きている健気な人物だ。




「しばらくですね」と、加藤は

ゆりに笑顔で挨拶する。




ゆりは、違和感を感じるが



本物の加藤が別世界にいる事は

こちらの加藤は知らない。




もしかすると、ななの空想なのかもしれないと

なな自身思うくらいだった。



研究所と言うよりは、ひとつの町。

そんな印象で、森の中に

衣食住、すべてのものがあるところだった。


この施設は、国家に依らないもので

民間企業、だけど銀行からお金を借りない会社が

作ったもので


税金を取られるよりは自分達で使おうと

こうして研究所を建てた。



つまり、貨幣と資本と言う考え方は

こんなに、資本家と国家に無駄にお金を

取られているので



その分、加藤のエネルギー革命で


みんなが豊かになったのである。






その加藤は、向こうの世界に行ってしまったのだけど。



もうひとりの加藤が、研究所の中を走っている

バスに乗ってやって来た。



2000人ほどが生活しているので

バスも走っているし



以前、国鉄の時代には


電車も構内まで入っていた。





JRになって、お金を値上げすると言うので

バスに切り替えたのだが(笑)。




そのくらい、損得勘定と言うのは愚かなのだ。





加藤が、バスから降りて来て


ななに、微笑む。



大きな動物さんのように、穏やかで

ななも、自然に微笑む。





「しばらくです」と、加藤は言って




白い建物の2階、レストランにジョナサンと

ななを誘った。





入口にはいろいろな研究展示があって



F1のレースカーや、太陽電池、常温超電導モーター。



いろいろだ。








2階のレストランは、意外に昭和っぽくて

ガラスが大きいけれど、懐かしい雰囲気で



それが、なんとか昭和生まれのなな(笑)には

懐かしい。




「思い出のお話ですか」と、加藤は

楽しそうに言う。




「そう。あの頃の加藤さんと違って

立派になられて嬉しい」と、ななは言った。





「超電導モーターを作られたのですね」と、ジョナサンは言ったけど



加藤は「作った記憶がないのですけど(笑)

そうなってますね」正直だ。




並列時空間はそんな事もある。

記憶違い、なんてのは



記憶の中の時空間と、目の前の時空間が

ちぐはぐなこと、だ。





「加藤さんが、女の子に慕われる理由を

僕らは知りたい(笑)」と、ジョナサンが

楽しそうに言うと、加藤は



「よくわからないのです。優しくもないし、女の子って感情的になると面倒だから関わらない

ようにしてるだけで」と、加藤は本音を言った。




それは、紳士の嗜み(笑)なのだけど

昭和生まれらしい加藤である。


昔のマンガ、例えばサザエさんを見たりすると

解るけど



お互いに干渉しないように尊重していた

日本人だった。





「本音だと、女の子って面倒臭いって思ってる?(笑)」と、ななが言うと

加藤は頷いて




「理論的でないしね。感情、って自分勝手って

事だから、関わらないでほしいですね。

そういう女の子は。






そういう冷徹さが、どこか危険な香がして

女の子たちはそれに惹かれるのかもしれないと

ジョナサンは思った。



そういう奴は死ね、と言っているのと同じだ。





女の子だから、そういう不条理や

女の子同士の窮屈さは嫌いなのだ。





「それは、お母さんの影響ですか?」ジョナサンは

科学的だ。



「そうかもしれないね。女、って論理的じゃないから

母親の勝手で子供を思い通りにしようとするでしょう?

自分が産んだんだから、当然だ、って

そういうのを面倒見てると嫌にはなるね」と、加藤は本音を言った。





「でも、1980年代あたりまでは、まだ女の子って可愛かったね。

その後は、女の子集団が暴力的になって。

今の政治そっくりだよ。勝手な事をごり押ししてくる。何の理論もない。」


加藤は言う。


その背景には、日本が

国民を保護せずに

外国の投資家に

日本人を曝した、そんな理由がある。




損得勘定が優先されて、でもそれは、嘘で


損得ではなくて、それを理由に



悪知恵を使って、劣等感のある人が

優しい女の子たちをイジメた。



だから、可愛かった女の子も

小学校に

入るあたりから

荒んでくる。






ななにはよくわかる。


ななの母親も、父親も

町内会、と言う任意団体で仕事を押し付けられたりして。



加盟しない、と言うと


子供が学校でイジメられてもいいのか、とか

そういう事を言ったりする

女たちが増えた。









「それで、経済はいらないと僕は思ったのです」




自然エネルギー源を使って、無尽蔵な資源を開発し、無料提供すれば

あらゆるものが無料になる。



損得もなければ、貧富もない。












「それで、ゆりちゃんにはどうして親切にしたの?」と、ななは聞く。





加藤は笑顔になり

「あの子は、可愛かった。イジメ組織に従わず、戦おうとした。

それで、自立して生きようとしていた。

そういう子なら、助けてあげたいと思った。

恋愛じゃない」と、加藤は言う。





「ゆりちゃんはね、見た目がかわいいってだけで、そうでない女たちから嫌われた。沖縄の民謡みたいな話だけどね」と、加藤は言った。



その歌は、ななも聞いた記憶がある。


かわいい女の子を、そうでない女の子たちが

断崖絶壁から突き落として。


かわいい女の子は、花になった、と言う

歌だ。




なな自身は、処世にも長けているので

顔を化粧でごまかして、素顔を見せない。




だから、そんなに妬かれる事もないし

イジメ集団とも適当に付き合う術も持っている。




だから、加藤に保護されなかったのだろう。



そういうのは相性だ。




「でも、ゆりさんが加藤さんを

どう思ってるかはわからない」と、ジョナサンは言う。




ななは、なんとなく解る。

頼れる人を、親愛と恋愛の混じった気分で

愛してしまう事は、わりとある。




「でも僕も、いつまでそうしていられるか

自信もなかった。なので

ゆりちゃんとは、少し距離を置いて」

加藤は言った。



10年経って、お互いに好き、だと思えたら

スタートにしよう。そう願った。




ジョナサンは「18世紀みたいな恋愛ですね。ショパン、でしたっけ」と、音楽も好きな

加藤の趣味に合う話をした。




「ああ、なんだか聞いた事があるな。少女に恋をして、距離と時間を置いて考えたとか」と

楽しそうに記憶を巡らす加藤。




「その10年って、そろそろですね」と、ななは気づく。





向こうの世界に言った加藤は、10年遡って

ゆりと一緒になった。



こちらの加藤は、10年待って、と

考える時間を置いた。



どちらも誠実な考えだ、と

ななは思い


ジェントルマンな加藤らしい、と

こちらの世界の加藤も、好ましいとも

感じた。





「ゆりちゃんみたいな子供がね、大人の保護も

受けられずにいる世の中からまず、変えないと」と、加藤は述べた。



その10年の間に、加藤は

エネルギー革命を起こして、経済を無くして

貧富格差を無くした。



それで、もうひとりの加藤は10年前に遡ったのだが



それは、こちらの加藤は知らない。





「生き物は、元々優れた者が生き残るように

競う。その為に雄と雌が出来たと考えられているね。でもそれは、チャールズ・ダーウィンの頃の差別思想が背景だと僕は思う。現在起こっている事は、劣位な者が集まって優位な者を

攻撃する、と言う構図だね。

この国の政治もそうだし、さっきの沖縄民謡もそう。美しい娘が生き残るべきなのに、妬みで

殺される、なんて変でしょう?


妬む発想の背景には差別がある。

美しい者の方が優位だ、と言う差別ね。



そんな事はない。見た目だけ美しい人もいれば中身が美しい人もいる。動作が美しい人もいる。

1970年代までは、みんな平等にそうして

讃えあっていたんだよ。学校でもね。」


と、加藤は言う。




ななには、俄かに信じられない。


ななの知る学校は、既に抑圧的で

教師は争う事しか教えなかった。


勉強でもスポーツでも、芸術でも

勝つ、しか考えない教師。





「僕らは科学的に教えられてますから、差別は発想としてないですね」ジョナサンはそう、微笑んだ。





「そう、教育にも損得を持ち込んだら

おかしいんだね。勝てば得するって。

教育基本法に

ないよ、そんなの」と、加藤は言う。




「生き物には淘汰の本能がある、なんて

俄か学生が言うけどね、それなら優位の者が

生き残るべきさ。でも、人間の優劣って今はないよ。だけど、競う気持ちだけが残ったから

結果が出ないのでみんなイライラしてるのさ。

攻撃したがるってのは

そういう育てられ方をしたからさ。

心の病気なんだよ。」


それは、すぐには治らないと

ジョナサンも思う。






「淘汰なんてしなくていいのさ。1960年代みたいに助け合っていけば。」加藤は言った。




ジョナサンも思う。それは、アメリカンな平和で



日本海より北は、1960年代でも

差別的な国だった。




それが、1990年代に

日本の金融市場を開放した事で


日本を侵略した結果、日本の社会が

差別的になった、と。



それで、加藤は経済を破壊した。


そんなものはなくてもいい、と。





「でも、どうして酷い事されても

平気なのですか?」と、ななは

それを加藤に聞いた。



「感じないんですね」と、加藤は

意外な事を言った。



「穏やかで、感受性豊かに見えますけど」と

ジョナサンが言う。



加藤は、ありがとう、と言いながら



「でも、何も感じないんです。自然に慣れたのかもしれません。」




ななは、そこに凄みを感じた。




クレーマーは、相手が怒ったり

傷つくのを見て喜ぶのだけど



自身が劣等感の持ち主だからだ。



だが、加藤のように

平然とされると


それが、劣等感を刺激するらしい。




「何を言われても気にしないって事ですか?」ジョナサンは聞く。




「いえ、気にしないと言うか

自分は自分なので、誰かに評価される必要は

ないですし、大抵は聞くに値しない事ですね」と、加藤は科学的に述べた。






あのドビュッシーだって、ピアニストで一番になれなかったことで

母親から罵倒されて傷ついた。

2番だったのに。


親の言う事なんて、絶対だと思わなくていいのさ。

彼は作曲家で成功したな。

合った道を探せばいいのさ」



ジョナサンには、親がないから

理解できない心境ではある(笑)。






「でも。JKだったんでしょう?ロリコン?

お母さんも好きなの?マザコン?」ななは

突然変な事を言うのでジョナサンは慌てたが


加藤は、顔色も変えず


「ロリコンと言うのは、幼女性愛の事。

マザコンと言うのも、母的性愛の事ですね。

どちらも間違いです。ゆりは17才だったので

幼女ではないし、母親を、私は介護しているので性愛ではないですね。」と、加藤は笑顔で。


ななは、安堵した。


いつかも、仕事でイライラして加藤に当たった事があった。



ななに掛かってきた電話を、ななが居なかったので

折り返し連絡にした加藤。



それを、ななが責めた。



「待たせておけばよかったの!」



加藤は、「戻って来る事が解っていれば、それもよかったですが。お客様をお待たせしない、とマニュアルにありますね」


笑顔で言われて、ななも反論ができず

逆上した記憶がある。




でも、後になってその加藤の冷静さに

驚いた。



感情、と言うものがないようで。

大物のやくざを相手にしているような、そんな気がして



でも、そうではなくてジェントルマン。



それに強いものを感じて、惹かれたなな、だった。







ジョナサンは「落ち着いてますね。マザコン、ロリコン、なんて言われて怒りませんか?」





加藤は笑って「そもそも、定義が間違っていますし、精神分析医でもない人に診断はできないと

アメリカ合衆国の、精神医学会発行の

その診断マニュアルDSM、精神分析の類型と

その判断手引書、に書かれています。

それに、誰に何を言われても私はゆりを

助けただけ、ですし

母を介護するのは当然の事ですから

批判には当たりません」と、加藤は

微笑みながら。





「さすがは、科学者ですね」ジョナサンは

笑顔で拍手(笑)。





これでは、なまじの相手では

イジメようとしても反対に

論破されて劣等感を覚えるだけ、だと

ジョナサンは思った。




「こういう研究員になれる人は、違うなあ」ジョナサンは褒めるので




「いや、お恥ずかしい。僕はエリートじゃないんです。その証拠に

ゆりと出逢ったのは、仕事が切れた時に

コンビニでアルバイトした時、だったんですから」と、加藤は素直に言った。




アルバイト。


ななは思う。



ななの居た店に、派遣で来たのも

アルバイトで。




本業が研究員で、合間に来ていると言う

噂が流れ

加藤に反感を持つ、店の社員連中が

加藤イジメを始めようとしたのだった。



でも、加藤は戦おうともせず

相手にもしなかった。



そのうち、研究所から呼ばれて



加藤は退職。



イジメを図った連中は、劣等感に苛まされたのだけど



それは、加藤のせいでもない。




仕事を攻撃の道具にした連中が間違いなのだし


そもそも、社会は自己主張の場ではないのだから。





「でも、もう終わりですね。

醜い争いの起こる理由の多くは、社会から

受けるストレスを、大人が

子供にぶつけてしまうからです。

貧富や、経済格差が原因で

貧しい者が虐げられるからです。

それは、自然エネルギーの無料化でなくなる。あと、20年もすれば」と、加藤は

神様の見た、20年後の世界を予見して

そう言った。




「その頃、加藤さんはどうしてますか?」ななは何気なく。




「もう死んでるはずですね。元々僕は

ひとりで生きていくつもりだから」と、加藤は表情を変えずに言う。



淋しい、でも、悲しい、でもない。




ななは、不思議に思い「なぜ、そう思うのですか?」




加藤は、平然と「僕には変な力があるらしいんです。僕を攻撃する者は、必ず死ぬ。それが会社だろうと国家権力だろうと。僕が魔法を

使ってる訳ではないんだけど。」と、加藤は静かに述べ、



「父も兄も、僕を支配しようとして、結局できずになぜか死んだし。若い頃、サラリーマンだった時の会社で、僕を支配しようとした会社は

みんな潰れましたね。理由はわかりません。

なので、ゆりちゃんのような前途ある女の子を

巻き込みたくはなかったから、深くは付き合わないようにもしたし」と、加藤は言う。



ななは、なんとなく感じとれた。


その、不気味な凄みは加藤の持っているものでもないようだけれども。



どこかで、加藤の意思とつながっている。







その、大きな安定感が

ななを引き付けるものだ。





「本気で殺意なんて抱かないように

してるのさ。だから」と、加藤は

口調が砕けた。



普段のジェントルマンは、防御なのかと

ジョナサンは思う。



心に感じないように、自らバリアを張ってしまう。



解離、などと呼ばれるが。




レストランの音楽が変わった。


エリック・サティのジムノペディ1番。


ゆったりしているようで、どこか

哀しさを感じるメロディー。



加藤は、その曲が好きなようだ。


表情に和みが見える。




「父の時も、兄の時も

彼らは僕の自由を束縛しようとした。

できないで、なぜか死んだ。

切迫観念、だったんじゃないかな。

優位でなくてはいけない、と言うような。

父は、政治家になったような人物なので

頭脳に自信があったんだろう。でも、僕を

支配できなかった。無力感から、病気が悪化した。

医師が、治療が困難だと言う事を僕に告げた。

僕は、そのまま父に伝えた。


父は、治療拒否して死んだ。




兄は、議論で僕に勝てなかったので

宗教を信じた。

そこなら、僕に勝てると思ったのだろう。



祈祷が過ぎて、自動車を運転中に発作的に

高速道路から落ちて死んだ。

事故を装った自殺だと、僕は知っている。



その数日前に、推理小説、僕の書いているそれを見ていた。

その手段を書いてあった。



ふたりとも、僕の自由を奪いたかったらしい。

気づいていないけれど、そういう思想に

ふたりとも、縛られている。


家族は序列、父は息子を支配できる、

兄は弟を支配できる。



そういうものが社会にあふれている。

そういう人達は、盲信的にそれを信じているから

僕のように信じない人がいると、自分達が

信じられなくなるんだろね。


愚かな事だ。


学校教育もそういうところが昔はあったから

教師の言う事は絶対だ、なんて

暴力的に教えた。



そのうちに教師が、教え子を暴行したりして

無くなったけどね。

教師に従え、親に従え。会社に従え。そして、

国に従え。

そうじゃなくて、本当はみんなで思いあって行こうって

事だった。支配じゃないんだね。」






「コンピュータに育てられた僕も、なんとも思わないけど」ジョナサンは言った。



「これから、君達の時代が来る。父親も

母親も居ない、国も家族も要らないけど

友達はいる、仲間はいる。

元々人間はそうだったんだよ。」





レストランの音楽が、サティの

きみがほしい、に変わった。



加藤は、楽しげに聞いている。



「音楽、好きですね。あの頃も

いつも音楽が心にあるって感じで、楽しそう」ななは、思い出すように尋ねた。



加藤は、頷いて



「音楽があるから、僕は生きて行ける。

生き物だから、喜びって

生物的なものが基本。でも、音楽を

聞いていれば、生物だって忘れてもいい」

加藤は、遠い日を思い出すように。




ジョナサンたち、科学の子供達でも

人間が基本だから、楽しい事、うれしい事は


脳の中で、生き物として正しい事を

したら

そう感じるように、プログラムされている。


神経内分泌的シーケンス、と言っていい。



よく言われるように、脳内麻薬、なんて

おどろおどろしいものでもなく


ただ、スイッチを化学物質が

受け持っているだけだ。



スイッチを入れる基準は、記憶なのだ。



遠い、2億年前からの。




ジョナサンたちの進化も、これから。



退化していった人間たちが、死滅した後、、だろう。




争う事で淘汰される過程で、いつも

怒っているような気分の人間が、死滅する。



争って

淘汰される運命なので、争いを好むのである。



争いを避け、新たな喜びを見出だした者が

その記憶を受け継ぐのである。




言うまでもないが、闘争は人類以前からの

古い記憶であり、それに囚われる者は

退化していくだけ、だ。






「音楽を好き、ってなんなんだろうね。

音を聞いているだけで、いい気持ちになれて

何も要らないって思う。

子供の頃からそうだったし、大人になっても

そうだった。女の子と居るより好きだったな」と、加藤は言う。




ななには、よくわからない。

恋愛よりも楽しい、って言う人がいるのは。




でも、そういう人がいてもいい。




人間は子供を残すと言う方法以外に

例えば、音楽を残す、文芸を残す。



そういう生き方もある。




音楽は、永遠に生き続けるのだ。



遺伝子のように。






一方のジョナサンは、歩いてゆっくり旅をしていた。



東京から東へ向かい、江戸川から千葉、茨城の方へと歩く。



歩くとお腹が空くのだけど、神社やお寺の

門前では


慈悲深い人々が、施してくれたりした。




日本には、昔から信仰が根強く


お参りをする人達に施してあげるような

風習があったので

ジョナサンも、その恩恵に預かった、と

言う訳だ(笑)。




島国日本の、美しい風習で


もともと天の恵みが、食べ物として

与えられるから


お腹がすいている人には分けてあげようと

そういう感覚。




日本は昔から豊かだったのだ。




一時、政治が悪くなったせいで

思いやりの分を資本家が掠めようと企んだけれど


今では、経済の仕組みが変わって

誰でも豊かになれた。





その代わり、と言うか

今まで税で過剰に整備されていたところ、

例えば道路整備とか、護岸工事とか

そういう領域は少しづつ後退してゆく。



高速道路整備なども沈滞だったが、元々

そんなに需要がある訳でもなかったので



普通の人達はそんなに困る事も無かった。



企業活動が減っていくと、人の移動が少なくなる。



道路工事など、厳しい仕事をする人達も減る。



そういう訳で、高速道路を利用した輸送は

減退ムード。






そこで、小型の水上飛行機を

輸送に使うアイデアが広まった。




超電導モータなら、大きな推力を

軽いモータで得られる。



電気抵抗がゼロに近いので、消費電力も

殆ど無いから

軽量な軸を採用すれば、ソーラーセルで

モータを回せた。






航空輸送は、再び注目を浴びる。




中距離輸送に、超電導モータを搭載した

飛行船を使うアイデアなども実用になる。






霞ヶ浦まで歩いて来たジョナサンは



そうした水上飛行機が飛び立つのを見て




「面白そうだな」なんて、思ったりした(笑)。


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