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ジョナサン

クリスタさんは、めぐが

旅している間、図書館のアルバイトを

代わってくれていたので

めぐは、失業(笑)しないで済んだ。






「バイトしなくても、いい?って言われてもねー」


めぐは、やっぱり本が好きだから

図書館に行きたいし


働きたい。




その報酬が、何かの形で

支払われた方がいい、とは感じる(笑)。






4.2J=1W、と言う具合に換算できる。



1W=J/sであるから、時間単位に従って

めぐのIDに、働いたぶん、エネルギーが加算される。


それが、貨幣の代わりになるので



工業製品だったら、必要なエネルギー量や

サービスに使われる仕事量で

価値が決定する。





別に、それを意識しなくても

IDカードでショッピングが出来るけれど

価値が科学的に厳密なだけ、経済は安定する。




ヨーロッパの端っこまで、それが訪れて来た。



けれども、めぐたちの生活はあまり変わりない。




貨幣を持ち歩く必要がないだけだったりする。




家督に縛られる事が無くなっても、

めぐにとって、おばあちゃんは大切な

家族だし



それは、心の問題だった。




クリスタさんとにゃご、の

関係に少し似て



家族だから、と束縛する要素は

何も無くなったけれど


気持ちだけで成立する。





その、ライブステージで演奏するにしても

ちょっと、技術に問題があった4人(笑)。


「いつかみたいにさ、コンピュータで補正すれば」って、Naomiは現実的にそういう。



めぐは、放課後の教室の端っこで

4人集まってる中、ベースギターの弦を

なぜか弾いて「それもいいかな」

意外に楽器でいい音を出すのは難しい。




それは、録音されたレコードの音を

聞いて、そういうものだと思っているから、で




自分で弾いて、それを聞くと

音もテンポもばらばらで(笑)


生々しいと言えばそれまで。




ライブがそういうものだ、って

気づかない。



(楽器の音を上手く整えればいいのだけど、

そういう技術を知らないのもある)。




コンピュータのアプリケーションと

生の楽器って根本的に違うって



めぐは思った。オルガンやピアノなら

弾いた事あるけど


ギターやベース、ドラムとかは



音を出すとこを自分で直接触れるせいか

細かい調節が必要な感じ。


シンセサイザーでもそうで、メロディーを

弾いただけじゃ

音楽に聞こえなくて。



メロディーを装飾してあげないと

ただの発信音、そんな感じ。





「難しいなーぁ。辞めちゃおか、ライブなんて」と、リサ(笑)。




そういう気持ちはめぐにもあった(笑)。

でも、ルーフィさんに見てもらいたいって

そんな気持ちが心のどっかにあったり。



恋を諦めたとしても、でも

好きな気持ちって変わらない。

ほかに、誰か好きになるまでは

そういうのって変わらないし。







穏やかな田舎の村は、変わらずに過ぎている。

それは、共和国なので

経済にあんまり影響されない、そんな理由もある。





めぐは、でも理系少女なので

作曲ソフトを作ったりした。



「んー、音階で3と7が半音ね」



real scale=[w:w:h:w:w:w:h];


real w=1;

real h=0.5;





「んで、不協和音がシミラレソ」



real inian.avoid=7;

real mixolidian.avoid=3;

real dorian.avoid=6;

real eorian.avoid=2;

.....





そんなふうに、プログラムは出来ても




でも、演奏が上手くはならない(笑)。





「魔法でやっちゃおうかなー」と、めぐは思う。



ロックギタリストの指は、魔法みたいに動くんだもの。




「ブラックモアなんて、黒魔術師みたいね(笑)」とか、レコードのジャケットを見てそう思うめぐ。




自分の部屋から、気分転換で

廊下に出ると、足元ににゃご。






「にゃご、どしたの?」めぐはにこにこ。


しゃがんでにゃごを撫でる。




にゃごは、猫の姿だけど


魂は、魔界から蘇ったものだ。



今は、転生のために生きている。





「あら」涼やかな声は、クリスタさん。





体重がほとんどない(笑)ので

足音もしない。




めぐは、それをうらやましいと思ったり(笑)女の子である。




見た目はよく似てるのだけど。





「IDカード、わたしも頂いたの」と

クリスタさんは嬉しそうに、空色のカードを見せた。





「良かったね、神様がくれたの?」と、めぐが聞くと





クリスタさんはにっこり。






「そっか、いいとこあるね神様」と、めぐは言い





「お買い物出来るね、それで。素敵な服とか」と、めぐは言って




クリスタさんなら、どんな服でも似合いそうだ、なんて思って





顔は似てるのになぁ、と

自分の姿を想像で重ねて(笑)。









今は猫の姿をしているにゃごは


無言で、クリスタたちの傍らに居る。



木造の床を渡る風が心地好いので

瞳を閉じて思う。



にゃご自身、もともとは人間の少年で


母の愛を失って、悪魔に利用されたのだった。





家族が必要なくなったあたりで

遠い、アメリカでは

変わった動きが見えていた。



女だけ、子供を宿し出産し

育てるのが大変で



永遠のエネルギー源があるのなら、子供は

要らないと言う


そういう女たちも出てきた。



出産が大変苦痛なので、と言う意味で

赤ちゃんを可愛がるのは好きだけど



世話は大変(笑)と言う

尤もな理屈である。




医学倫理的に、問題がなければ

別に、実用は可能だったから



それは、家族が必要ないと言う

人々には受け入れられた。




受胎した時点で、人工環境で成育させて

希望すれば、公共保育をする事もできる。



家族を最初から知らない子供が生まれる事になるし



母の存在も知らない子供が、同様に

生まれる事になった。







思春期になっても、邪魔をする

母親が元々いないし(笑)




そもそも、母親の記憶もないので

人のぬくもりを求めもしない。




人間の親から生まれない、そういう

科学の子供達は


自意識が起こるまで、過不足なく

医学がフォローするので



例えば、育児ミスによる

欠乏感などに起因する


心のトラブルも起こらないし



未熟な母親が起こしがちな



子供の意思を無視した、強要などが原因で

起こる

心の傷、劣等感なども起こらない。




なので、攻撃性のない子供達が

科学によって生まれたりした。






普通に、お母さんから生まれる子供達も

お母さんの経済的環境が、安定した事によって


普通、穏やかな子供達になった

(1960年あたりまではそうだった。

以降、異常な人々が増えたのは

他なら貧富の差のせいで

それを作ったのは、経済と政治である。)






そういう子供達が成長していけば、地上は

穏やかになっていく。






めぐたちの住む国は、古くからの共和国だから

あまり、変わる事もないけれど









貨幣がなくなり、貧富の差がなくなったから

科学の子供達は、共存するような

ドメインを拡げてゆく。



助け合って楽しく生きていこう。



アメリカン、ジョナサンもそのひとりで

ブロンドの少年。



ふらり、と旅するのが好きだったりする。





日本にやってきて、羽田から

電車に乗って。


乗り換え駅でふらりと降りた。




駅前は狭く、スーパーマーケットがあったりする


私鉄沿線。





「あら?」背の高いジョナサンに

偶然会ったのは、ななだった(笑)。



たまたま、懐かしい想い出を頼りに

京急蒲田へやってきていた、なな。




道に不案内な感じのジョナサンを見つけて





「どこへ行くんですか?」





ジョナサンは、にっこりと笑って



「ありがとう、お嬢さん。僕は、旅で

シスコから来ました。」と、ジョナサン。





ななの事を、可愛い、と思う(笑)。




でも、ジョナサンは科学の子供達なので

いきなりナンパしたりはしなかったり(笑)。






ななも、なんとなく「いい男の子(笑)」とか

思うけど



そこは、科学以前の女の子(笑)。



ナンパを意識したりする(笑)でも、ジョナサンは

なんにもしてこないので(笑)。




お姉さん、ななは



ジョナサンをナンパ(笑)。





「良かったら、ご案内しましょうか」(かわいいく(笑)







ジョナサンは、「ありがとう、僕はジョナサンです」






「わたし、ななです」と、ななも

のどかに。




でも、科学以前のななは

なーんとなく、出会いにどきどき(笑)。




ジョナサンは平然(笑)。


そもそも、母親もいないから

女の子への愛着もない。

(温もりとか匂いとか、そういう記憶がないので愛着もない)。



ジョナサンは、そんなななを見て



「フレンドリーでいいね」と

開放的なのはいいけど、ちょっと煽情的な

ななのスタイルを感想する(笑)。



でも、科学の子供達だから

見て思うだけで



すぐに襲ってしまうようなこともない(笑)。




スティディなジョナサンを、ななは

かわいいと思う。




でも、興味を持たれないところが


科学以前の子、ななとしては

やや不満(笑)。



「ななって魅力ないのかしら(笑)」なんて

思う。




そういえば、彼もそうだった、なんて

ななは思い出したりもする。




その連想が、ななの忘れていた

恋の気持ちを思い出させたりして




ジョナサンへの興味を増したりして。





「東京へは観光ですか?」と、ななは

ややぎこちなく尋ねる。




ジョナサンを魅力的、と思うと

なんとなく、ぎこちなくなってしまう(笑)。







「いえいえ、旅です」ジョナサンは

そういうななをみて(?)と思うのだけれども



アメリカンから見ると、幼く見える

日本人のななは、ジョナサン視点では


中学生くらい(笑)なので



お嬢ちゃん、と言う感じ。



なので、特別幼女が好きでもない

ジョナサンは



ふーん、色っぽい子供(笑)



みたいなとこだった。






ジョナサンも青年だから

もちろん、生物的な感覚もあるけれど

そこは、科学の子だから(笑)


むやみに発情したりはしない。



心から愛せないと

発情しないのは



1960年代ではふつうの感覚だったけれど


逸脱したがる若者が、段々と

反発心から、悪い事をして自己主張する。



そういう風潮が重なって、どんどん生物的に

なっていったのが1970年代。



80年代になると、もうほとんど

類人猿なみになってしまって



お金のためにそれらを道具にする、なんて事も


90年代には起こっていたり。




それらは、みんな貨幣の悪影響である。


貨幣と言うものが、根拠のない

流通であったために


お金が儲かればいい人たちのせいで

不都合が起きたのだが



今、もう



僅かな金銭のために心が左右される事のない世界である。





ジョナサンは、その革命の後に生まれたから



自由に、心から愛する事ができる。



反面、ななに対する思いやりから



世辞のように愛を述べる、なんて必要もない(笑)。



「蒲田に来たのは、餃子を食べたいと」ジョナサンはにこにこ。




「ああ、にーハオね。やってるかなあ」と、ななは

駅前からすぐの、コンビニのそばにある

ラーメン屋さんの方へ。




「アメリカでも有名なの?」と、にこにこしながら

ジョナサンを見上げる。




「はい。変わった食べ物だって。中国の

人が作ってるって」と、ジョナサンは

ネットで見た情報を。




「そうなの。でも、お店出したのは中国から

帰って来た日本の人なの。

中国の人たちが助けてくれて、お店を

出せて。そのお返しに、って

中国からの学生さんとかの働き口に、って。

助け合いね」と、ななは

知っている事をジョナサンに言う。




「はい。助け合い、いいですね。」

と、ジョナサンは科学の子供達らしく

平和的なものの考え方をする。





その、平準で客観的なところを

彼に似ていると、ななは感じて




ますます、ジョナサンに興味を持つ。


ななに、あんまり興味をもたないところも

ジョナサンは似ているのかも(笑)。




科学者の彼は

職業柄なのか、あまり感情的になる事はないけれど



そんなところが似ているのだろうか。





もとは踏切だった、京浜急行の

3階建ての線路の側を歩いて。




ジョナサンとななは、その中華のお店に入る。




いらっしゃい、と


青年の中国の人が、変わった日本語で

ごあいさつ。





普段の昼間は、11時からなんだけど


早く来ても、入れてくれる。



でも、仕込みが間に合わないと

なかなか料理が出てこない(笑)




そういう曖昧なところも、おおらかに

思える。




時間に追われたりしないし、追いもしない。




広いところで育った人なのだろう。




もっとも、お店を出したのは

八木さん、と言う

日本人なのだけれども。




ジョナサンは言う。


「餃子は、面白い食べ物。

焼いても煮ても美味しい。」




ななは笑顔。「ここのは、焼き餃子も茹で餃子も美味しいの。蒸し餃子、そうそう、スープ餃子もあって」と、少しだけ

先輩(笑)。





科学の子供、ジョナサンは

ジェントルマンだから


身構えなくて気楽だと

ななは思う。




いつも、男の子は

なんとなく危ない感じがしたけれど




ジョナサンは違うな、なんて

つい、思ってしまう

ななだった。



そのお店は、ふつうのラーメン屋さんに

見える。


いろんな料理番組とかで紹介されているらしく

写真が壁にたくさん貼られていたり。




でも、気取らず


餃子も6つで300えん、と

安かったりするし



ラーメンとチャーハンとセットで700円、なんて




ふつうのラーメン屋さん。




味は、中国ふうなので

日本人には少し薄味に感じるらしく



醤油をかけて食べてる人もいる(笑)。





そういえば、味覚もひとそれぞれ。





茹で餃子は、つるつるしてるので

落とさないように(笑)。


手作りの皮と、中のお肉。



スープが入っていて、とても美味しい。

鶏肉がベースみたい。




ななは、美味しく頂く。



ジョナサンも、お箸を上手に使って。





調理場では、中国語が飛び交っている。



めいめいに、楽しそうなのは



国際的な職場らしい感じ。





ジョナサンの言葉は、意外だった。




「まだ、お金があった頃の

お金持ちにも、いい人もいたんですね。

日本に帰る日本人を助けたりして。

お金が悪い訳でもない。

使い方ひとつなんですね。」




科学の子供達、ジョナサン。


客観的である。



その、発明のおかげで

ジョナサンは、人間からではなく

人工環境から生まれた、母を知らない子供達として

生まれて来た。





でも、貧しい家庭で望まれない子供として

生まれたら

ジョナサンは、穏やかな子供にはなれなかっただろう。






ななは、ジョナサンの言葉を

実感として頷ける。







ジョナサンは、美味しそうにラーメンを食べている。




何も入っていないラーメンだけれども

美味しい。そして安いのが

魅力的なのか、いつも人気の350円ラーメンだ。



物を食べて美味しいと思うのは

それも、生物として生きてきた長い歴史で

記憶してきたもの、だ。



なぜ?美味しいと思うのかは、根拠がない。




それを美味しいと思う事で、生命として

続いていられるから、なのだろうけれど。




「中国の人にも、優しい人がいたのね」と

ななは、お金持ちの中国人が

日本でラーメンのお店を開く時に、手助けを

してくれた事に、そう感想した。



「日本では昔、国がそうだったと聞いています。銀行を国が保護して、会社を始める人を保護した。」




中国では、そういう事ができないので

日本に来て、中国から来た日本人にまで

親切にした。







そう、お金も道具だし

法律も道具だ。



使う人間の心次第で、武器にも凶器にもなる。


世の中が変わっても、それは変わらない。



美味しいものを作ろう、そういう気持ちの

人達だから、誰かが助けてくれる。




それで、お店を作れば

美味しいものが食べたい人が来る。




それは、ふつうの事だった。





ジョナサンも、美味しいラーメンに

喜んだ。




「旅してきてよかったと思います」

ジョナサンは言葉が綺麗だ。




「ほんとね。ここでないと食べられないもの」と、ななもにっこり。




喜んでいるジョナサンを見ていて

ななもうれしい。





人と人の気持ちって、そういうものだ。





ななは思う。



ちょっと前まで、自分を守るのに

精一杯だったけど



今は、そんな事はどうでもいい事みたいに



平和だ。








これが、本当の人間の暮らしなの?




そんなふうに思う。



ジョナサンは、餃子を

美味しそうに食べていて


「変なアメリカンっ」と、ななが言うと



「チャイニーズじゃないね」と、ジョナサンは

ユーモア。




そういう返答の仕方は、なんとなく

彼に似ているな、と

ななは思う。







ななにとって、なんとなく

安心できる存在だった。


ジョナサンは年上じゃないと思うけど(笑)

でも、落ち着いた雰囲気に


ななは、少し安心。



ななのお父さんも、記憶の彼方では

落ち着いていたような気もしたけど



日本の経済が、資本家のために

なってしまったあたりから



お父さんは、ななにとって

安心できる存在でなくなった。










それも、今は昔話になるけれども

日本では、遠い昔に

労務賃金をピンハネする事が横行していた。



仕事をしないとお金をもらえないから



貧しい人達は、やむを得ず

ピンハネに甘んじていたので



法律でそれを禁じた。




ところが、昭和の終わり頃




お金儲けの為に、当時の政治が



ピンハネを一部認めた。



それが派遣と言う制度である。




同じ会社で同じ仕事をしているのに

正社員が高い賃金で、派遣は安い賃金。

差別である。



派遣社員の雇用不安を用いたりする。




恒久エネルギーのおかげで、変な制度もなくなった。



おかげで、ななものんびりしていられる訳なのだけど。




「ななさんって、スザンヌさんに似てますね」と、ジョナサンは、突然面白い事を言う。



ななは、ラーメンを食べ終えて

お茶を飲んでたけれど



そう?ニコニコしてるから?」ななは

仕事をしなくてもいいので、自然に笑顔(笑)。




「おおースザンヌー待ってておくれー♪」と

ジョナサンは、間違った歌詞で歌う(笑)。




「それはスザンな」と、ななも笑う。






短い髪の中国の青年は、言葉が

あまりよくわからないらしいけれど

調理場の方から、ジョナサンたちを見て

笑った。




自然に笑顔がこぼれるのって、いいな、と

ななは思う。




みんなが、和やかだ。







ななは、ジョナサンと話していて

落ち着くな、と思った。



「ジョナサンは、大人ね」と言うと




「僕は、Adultですか、じゃあ、

アダルトムービー、みてもいいのですね」と


ジョナサンは軽妙だ。




ななは、笑って「それは、まだ」




「そうですね、レディの好むものではないです」と、ジョナサンは楽しそう。




ななの思う、落ち着いた感じは



公平にものを考えて、自分が間違ったら正す。



そういう、当たり前の感覚なのだけれども



損得や、自己顕示でものを考える

人達にはない感覚だ。



昔の日本人は、みんなそれを持っていた。



アメリカンだって、公平なのを

好んだものだった。




それは、ななも知らない事だけれども


動物的な感覚だ。



弱い人に思いやり、共に生きていくのが

人間である。



例えば病気の人には配慮が必要だし


強い者は、弱い者を助けるのが生き物の

群れ、である。




そういう、人間に進化する前の

類人猿ひと科だった記憶が、誰にでもあるから



例えば、捨て猫がいたら施したりもする。




そうすると、心が安らいだりするのは


600万年以前の記憶である。






このラーメン屋さんで働いている人達のように


さほど裕福でなくても、例えば

食べ物を料理する楽しみとか


そんな、ささやかな楽しみでも


心を豊かに生きて行けるものなのだ。





そして、永遠のエネルギーを得て

人間は自由になった。


家督も、相続も必要ないし


貯蓄も富も要らない。




元々、動物的な排他意識で

富や名誉欲、などがあった訳だが



そもそも排他は、利己である。



生き残る、自分だけが。




そういう、生命発祥からの記憶と

比較進化論的には説かれる。だが




人間は環境順応性が高いし、論理を持つ。




永遠にエネルギーが得られれば、争う必然は

無いのである。



無意味に争うのを好むのは、被虐体験の

ある傷ついた心の持ち主くらいだし



そういう人を作らないために、国家が

人工成育を始め

ジョナサンのような人が生まれる。



ななのような旧世代でも、働く事なく

ストレスのない社会なら、意味もなく


争う事もないから、平穏である。





つまり、古い社会で争ったり

自己顕示を好む人たちは


皆、経済に抑圧されていた悲しい人達

だったのである。



そして、動物として

種を存続する事からも解放された

人間たち。




ジョナサンのように、母も父も存在しない

人類もいる。



でも、愛を知らない母や父なら

いない方がいいのかもしれない。





ななのように、人間から生まれて

育てられても



父や母が、社会に苛まされて

傷ついた心では



その痛みからのストレスで、子供が

傷ついてしまったり。




そんな社会なら、ないほうがいい。





人が人として、幸せに生きられないなら。







ラーメン屋さんの中国人たちは、祖国から

日本に出てきた。





だけど、平和だし


祖国の人々ばかりか、中国を侵略した

日本人を助けて、一緒にラーメン屋さんで

働いたり。



べつに、有名なラーメン屋さんになっても


食べ物の値段を上げたりもしないし



有名な事を自慢したりもしない。



食べ物を作る事が好きなのだ。





ななも、そんなに中華好きでもないけれど


その美味しさは解るから


わりと、わかりやすい美味なのかもしれない(笑)。



ジョナサンは「ごちそうさまでした」と

日本語で言ったけれど



「ああ、中国語だとなんて言うの?」と

言って、店の中国人青年を笑わせる。



「にーはお、は、お店の名前か」と、ななも

わからない(笑)。




お店に来ていた人々は、みんな

近所のおばあちゃんとか、おばさんとか。


なぜか、おじいちゃんは少ない(笑)のも



よくある事。





その、誰もが楽しそうだと

ななは思う。




この店は、経済がどうなっても

以前からずっと、和やかであったのだろう。




そんなふうにななは思い




ごちそうさまでした、と


お店を後にして

ジョナサンと、お店の外に出て

京浜急行の線路を斜めに見上げながら

公園の方に行った。





お年寄りたちが、和やかに

ゆったりとラーメンを食べられるのも

老後が心配でなくなった事もある。



年金、などと言うものに頼らなくても

生きている限り無尽蔵のエネルギーが

得られるから、で



そのために年金に加入しなくても

良くなったななたちも、実際に

お金の為に働く必要もなくなった。




財産も貯蓄も不要なのだ。



でも、やっぱり、ななとしては

話相手くらいはほしいと思う。



「ジョナサンはさ、ひとりで生まれて来たんだよね」と、ななは尋ねる。




「そうだけど?」ジョナサンは不思議そうに。


公園の入口の車止めを跨ぐ、長身のジョナサンは

さすがにアメリカンだ。





「淋しいって思う事ない?ひとりで」と、ななは

公園の生い茂った木々を見上げて。





「べつにないなぁ。ずっとこうだったし」と

ジョナサンはにこやかにそう言う。




「家族、そうね。

わたしも、いなくてもいいって

思う事もあるけど

」と、ななは

自分が意図を持って話しているのではない

けれど


でも、なんとなく

心淋しいのかな、なんて

自分自身でそう思った。





公園には、幼い子供やお母さんたち。



楽しそうだ。




ちょっと前みたいに、ママ友、なんて言う

気持ち悪いシンジケートも見られないのは



ママたちが、みんな自由だからだ。




かつてのママ友、なんてのは

たいていどこかで会社とか、学校とかの

利害関係が重なっていて窮屈な、女同士の

無法地帯(笑)だったりしたのだけれども



それも、元々は


経済が無秩序で、基準が無かったからだ。









自分の中の悪を許してしまう、幼稚さが

あるのは




つまり、そういう父母に育てられて

真似をしているから。




自分が格好悪いと思わないからだ。






ジョナサンは、科学によって育てられたから

そういう間違いを冒さないだろう。




もちろん、ななたちのように

経済から

解放されれば、べつに


子供を産んで育てたとしても、

子供に当たる事もない。




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