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偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。
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06 難易度ナイトメア。

 プロイデス王国の現国王キプロテ・プロイデス陛下は一点を除けば名君として名高い。

 自身の武勇もさることながら直接指揮を執る旗下の親衛隊は、王族および王城の警護を一手に担う近衛騎士団にも劣らないほど精強だと言われている。

 治世においても国政の手が回らない各地の小村に個人資産をつぎ込み、浄化を始めとした術封器を配布、死傷率や衛生面の改善に尽力。

 外交においては攻撃的な外交姿勢ではない故に過激な敵対者こそ作らないが、巧みに自国の利益へと誘導する手腕で一杯食わされた者達に『沼の呼び声妖精』と陰口を叩かれている。国内においては自国を利しつつも大きな敵を作らない点を高く評価されている。


 そんな名君キプロテ・プロイデス唯一の欠点と言われるのが『鈍ら』こと俺である。

 即位の一年前、神様の鍛錬場の入り口にある鍛錬都市テッゼアにて研鑽を積まれていた現キプロテ王と知己を得たという、出身地も分からない平民が常に護衛として陛下の御側に侍っているのだ。神のお告げにより悪意を持たないことは保障されていると陛下ご自身のお言葉があろうとも、この世界の人々にとって神とは災害と似たようなものだ。危険があると明言されるならまだしも、危険がないなんて神のお告げでは受け入れがたい。神にとって些細なことでも唯人にとっては違う例など枚挙に暇がないのだ。


「陛下の決断に否応等ないが、陛下の信頼に相応しい働きを貴殿自身が示さない理由にはならない」


 下城の途中でばったり顔を合わせる羽目になった王子様、パインズ・プロイデスに俺の働きに関する注意を受けている。気をつけてはいてもたまにステルスを忘れてこういうことが起きる。

 彼には端的に言って分かりやすい功績を挙げろとちょいちょい言われているのだが、今回も同じだ。現国王の私的な護衛であるとはいえあくまで公的な身分が曖昧な俺は、明確な上位者である王侯貴族の前では本来許しなく口を開くことはできず、王子様が鬱憤を晴らすかのように『お前仕事しろ』と婉曲な言い回しで注意して去っていくのを待つだけだ。いつものことである。

 彼による公衆の面前での叱責を一応とはいえ受け入れているのは、俺の出自だけを問題にしていない点で嫌味な貴族とは明確に違っているからだ。でも今回はちょっと違った。


「陛下と、何よりリシーの許しがあるとはいえ婚約者の居る淑女の下へ男一人が招かれるなど――」


 ああ、今回はたまにグリシーネ嬢のお茶会に呼ばれているのが原因なのね。男一人つっても、本来招かれているのはオルテンシア嬢のほうであって俺は彼女のおまけで呼び出しを食らっている身だ。その上、王子様も仰っておられるように陛下とご本人の意向であるならば俺では従うしかない。形として陛下に命じられているのでどうしようもない。この王子様は陛下の命令を断れと言うのか。王子様やべえな。


 なんて下らない事を考えながら表面的には粛然と、わざと人目につきやすいところで呼び止められた挙句のお叱りを受け、一時間後くらいに開放された。

 ぶっちゃけ表面的な話なら王子様の言ってることは間違っちゃいない。なんの功績も挙げて居ない俺が玉体の警護に就くなど大問題だ。警護される陛下ご自身の強い推挙と、神様の鍛錬場で武を磨き英雄という規格外の存在に手をかけていた力量を持つ陛下による戦力面での保障がなければ無理押しもできなかった人事である。


 周囲の悪評を払拭するのは簡単だ。おっさんに命令を出してもらって派手に暴れてる強大なモンスターでも仕留めれば良い。その結果得られるのは渋々見直された武力面に対する評価と、無責任で過度の期待、利用しようとする悪意。そんなものは今向けられている、不相応の立場に居座る身の程知らずへの悪意と大差ない。

 俺としてはおっさんとの契約を維持しても破棄しても生活に変わりはないくらいの消極的な理由で今の生活を続けており、精々が『初恋のオルテンシア嬢と離れるのは悲しいな』くらいだ。そのオルテンシア嬢にしても本来なら接点が皆無だと思えば仕方ないで済ませられる。モーションをかける? アプローチする? この歳まで恋愛ごとに疎かった俺にはなんと言うかは分からないけど、オルテンシア嬢との仲も進展が見込めていない現状では『初恋はやっぱり実らなかった』で片付けられると思う。実際にそうなった時に俺がどうするかは断言できないが。




 いつもと同じく寄り道もせずまっすぐ帰宅すると、俺を中心とした周囲を警戒する専用のユニットが厩舎にいるハイドロフィラ家所有の走竜を捉えた。俺が捕まえた野生種のうち屋敷において飼ってるのは生息地の保護色となるくすんだ濃い黄土色のもの二頭で、ハイドロフィラ家のものは鮮やか――には足らないものの綺麗な薄紫と薄い水色なので一目で分かる。

 屋敷へ入る前に車庫へ寄ると、案の定ハイドロフィラ家の家紋が入った二頭立ての箱車があった。

 グリシーネ嬢のお茶会へ半月に一回ほどの頻度で呼ばれるようになって、俺を連れて行くためにオルテンシア嬢が泊りがけで屋敷へ来ることが増えたものの、今のところ問題があったとは聞いていないので彼女による屋敷作りは順調のようだ。巣作りと同じような言い方でいいのだろうか。


「お帰りなさいませ旦那様」


 ハウス・スチュワードのスチュワート・ハウスさん。ご本人によるとハウス・スチュワードは天職だそうです。ちなみにこの屋敷のハウス・キーパーをしてもらっている彼の奥さんの名前はキーリー・ハウスさん。


「オルテンシア様がお見えです」


 スチュワートさんがゆったりとした、けれど遅すぎない緩やかな所作と声で本日の報告をする。オルテンシア嬢がグリシーネ嬢のお茶会へ俺を連れて行くために来た時は言伝を受け取るだけで俺は船に帰るのだが、わざわざ彼女が来たことを知らせるのなら何か用事があるのか。


「旦那様がご帰宅された際にはお会いしたいとのことでして」


 俺の疑念を察したスチュワートさんが補足してくれる。

 婚約者が訪ねて来ていると伝えれば、すぐにか一度格好を整えた後にかの違いはあっても会おうとなるのが自然か。余程互いに関心がなくとも事務的に必要な件かも知れない以上、対応は変わらない。俺とオルテンシア嬢において、少なくとも俺の方は親密になる努力を……したい、と、思う……。

 もう婚約期間も半年近く過ぎてるんだよなあ。先生にはダンスはまだ八歳児並みって言われてるし、成長してるにはしてるものの意味がある成長かは大分怪しい。詩は無理だ。先生も言葉遣いのレッスンと合わせてちょっと諦めてる。女口説くのに必要なんでマジオナシャス先生なんて言えるわけもなく、俺もほぼ諦めている。詩は貴族の恋愛において重要事項なので、詩を諦めるということはつまり貴族の子女との恋愛を諦めるということだと理解したうえでほぼ諦めている。グリシーネ嬢は前世でも詩集を読んだりしていたそうで、俺とは比べられないほど真っ当に成長されていらっしゃるそうだ。


「旦那様、一度お部屋で埃を落とされますか?」


 思索に耽っていた俺に、スチュワートさんがやんわりと注意をくれる。ありがたい。言われなかったらいつまでぼうっと突っ立っていたか分からないわ。


「そう、だな……いや、このまま会おう。オルテンシア嬢はどちらに?」


 話を聞いた以上待たせるのも悪いかと、話してる途中で浄化の術封器を使い身奇麗にする。船に戻ったら人間丸洗い機で揉み洗いされるつもりでも、外から戻ったまま女性に会おうとするほど感性は死んでいない。ぎりぎりでもセーフはセーフだ。


「畏まりました。では旦那様、こちらへ」


 浄化の術封器でぱっとキレイにするだけという俺の無作法を注意しようか一瞬悩んだスチュワートさんは放置することを決め、俺を先導して屋敷を歩く。

 いつもエントランスと繋がってる小部屋で船にワープするか、今歩いてる廊下とはエントランスを挟んで反対側にある小ホールで先生のレッスンを受けるので、あまり立ち入らないところを歩くのは新鮮だ。

 個人的には額縁や置物の数と位置が多すぎず少なすぎず、邪魔にならない感じでとても居心地が良い。飾られているものを評価する審美眼など俺にはない。


 好みの風景画を何枚か横目に通り過ぎたところで、スチュワートさんが扉をノックする。

 そうか。俺が自室に居ることなんて今まで一回もなかったけど、一応ハウス・スチュワードとして主人の、俺の部屋にノックなしで入室する権利は与えていても、客室かオルテンシア嬢の部屋だろうこの部屋はノックしないとダメか。

 スチュワートさんが来訪の報せと入室の許可を得るやり取りをしている後ろでそんな当然のことを考えていた。


「お帰りなさいませ、ケント様。お邪魔しております」


「こんばんは、オルテンシア嬢。この屋敷は貴女のものなのだから、そんな他人行儀な言い方は要らないよ」


 多分。しかし、この屋敷はオルテンシア嬢のものなのは確かだが、こんな偉そうな事を言う俺の立ち居地はどうなんだろう。彼女がここに引っ越して住み始めるまでは仮置きの主人なんだろうか。


「ふふ。ありがとうございます。でも、リシー様が『夫婦としての楽しみは結婚した後にとっておいて、恋人の時は恋人としての時間を楽しみなさい』と。私、とてもいい言葉だと思いまして、今はまだお邪魔していますと言いたいのです」


 この世界の貴族にとっての恋愛観なのか、日本人的恋愛観なのか、それともグリシーネ嬢的恋愛観なのか。初恋すらこの歳で迎えた俺じゃ判断がつかない。でも日本だと、結婚した後も恋人として接しあう人達の方が上手くいってたイメージがあるなあ。あくまで俺のイメージでしかないし、こっちじゃ多分別物だとは念頭においておこう。


「そうか。じゃあ、俺はこう言った方が喜んでもらえるかな。いらっしゃい、オルテンシア嬢」


 もうちょっと捻った言葉とかで恋人らしく合わせて――恋人じゃないよ? 俺たち、婚約者ではあっても恋人じゃないよ?

 やっぱり、オルテンシア嬢を前にすると脳味噌がだるだるになってまともに働いていない気がする。いつも酷いのに、輪をかけて酷くなってるんじゃないのか。オルテンシア嬢の侍女さんも何言ってんだこいつって目で言ってる。やっぱり今の俺客観的に見ておかしかったよな。これからはオルテンシア嬢と話す時はちょいちょい侍女さんを見よう。冷静になれる。

 ハイドロフィラ家はおっさんの直臣って話だし、やっぱり精神に働きかける系の魔法技能でも身につけてるのかなあ。その割には俺が常時起動してるセンサー類には引っかからないんだよなあ。


「ありがとうございます、ケント様。恋人ごっこにお付き合いいただけるなら、以前お約束下さったわがままを一つお願いしても良いでしょうか?」


 グリシーネ嬢のお茶会にはじめて呼ばれたときのか。実はどんなわがままを言ってもらえるのかドキドキして待ってたんだよね。一月経った頃には冗談だったのかなって思い直したけど、覚えてたのか。わがまま言ってもらえるってことは上手く対応できればきっとアピールチャンスになるよね。張り切りすぎて爆死する未来が見える。


「俺の力の及ぶ範囲であればなんでも言ってください。俺にできることなら、一つと言わずいくらでも」


「約束では一つだけでしたでしょう? どんなお願い事をしようか迷ってしまってお待たせしてしまいましたが、リシー様にアドバイスを頂いて決めることができました」


 オルテンシア嬢は右手の人差し指を立てて一つだけと強調しながら恐ろしいことを言った。グリシーネ嬢のアドバイスで決めただと。あの人が面倒見の良い人で基本的には善人だろうというのは事実であっても、唐突に日本人的悪乗りでシャレですまないことを言われそうな怖さがあるんだよ。日本人のあのノリはマジで怖い。

 わがままを言うと明言され、具体的に何を言われるのかを待つ数秒がとても重く長く感じられる。掌が冷たく湿る。


「デートをしましょう」


 難易度ナイトメア。聞き返したりはしない。この体のスペックは結構高く、聞き漏らすまいと集中していたのだ。聞き間違えてはいない。

 デートって……いや、そんな緊張するほどのものでもないのか。ホラ、仲の良い兄妹とか姉弟でお出かけするのをデートって呼ぶ人たちもいたし、母と娘とかでもデートって言う人達はいたし。そういうのを引き合いに出せばハードルもさほど高くないように思える。俺にとっては仕事が介在しない用事で人と一緒に出かけるっていうのが難易度アルティメットだなんてことは脇においておこう。


「リシー様とケント様の故郷では、恋人関係にある男女が一緒に過ごす時間で愛を育むことをデートと呼ぶのでしょう? 恋人ごっこをするのならばまずは形からでも入るべきだとリシー様に教えてきただいたのです」


 やっぱり難易度ナイトメアかー。

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