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偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第二章 なんかアレな感じの恋愛イベントはっじまっるよー
53/54

53 あっという間だったねぇ

 日が傾き始めオルテンシア嬢とのピクニックデートも切り上げて館へ帰ると、なぜか前庭でバドミントンやってる男女が二組。まじでなにしてんの。


「おかえりー。シアは早速その格好でデートしてみたんだ。けんちゃんは……自分で選んだの? っていうか怖い」


 オルテンシア嬢に向いていた意識を俺に向けたグリシーネ嬢が、途端になんとも言いがたい表情を作る。わかってんだよ。TPOにあってないって今は分かってるから、次からはちゃんと詳しい人の意見を参考にするから。

 怖いって言うのは内包する力を感じるっぽい体質のアレか。オルテンシア嬢のつけてる体質抑制の神器でも手首に付けさせてみるか。


「ちょっとグリシーネ嬢。そのミサンガみたいの付けてみて」


「うん? ……お、おお。けんちゃんが怖くなくなった」


 怖いって言うのに近づくのもどうかと、赤青緑に変色させて編んだミサンガぽい体質抑制の神器を投げ渡してみればグリシーネ嬢の体質にも有功だったらしい。ひょっとして、あらゆる『体質』を抑制するとかじゃなかろうな。


「普段は着けなくていいけど、体質の所為で辛いことあったら着けてみるといい」


「けんちゃんありがとう。でも、ピクニックにその服は……デボンとクリスにはシアとの合わせ方教えといたんだけど……」


「人の傷口を抉るのは良くないと思います」


 俺が全面的に落ち度を認めるとグリシーネ嬢もそっと話しを聞いていたオリザ嬢もどうしようもないといわんばかりの苦笑を浮かべた。


「じゃ、最後に一つ。けんちゃんさ、その靴でピクニック行って靴擦れしなかったの?」


「俺やジルやダイス女史くらいになるとダイヤモンド加工のヤスリでも問題ない」


 知らないうちに打ち身や切り傷ができてたなんて生活とは数年前にお別れしている。ふとした拍子に口の中を噛んで悶えるのはまだ克服できていない。


「ああ、そう……。とりあえず、次からはデボンかクリスに相談しなよ」


 グリシーネ嬢の言うことは正しいので大人しく頷いておく。

 話が一区切りつき、どうせならとオルテンシア嬢も加わってラリーするだけのバドミントンを再開する。俺とダイス女史は肉体のスペックが違い過ぎるので見てるだけ。そのうちにジルも帰ってきて、人外スペック組は三人で十個の羽を使ったラリーを始めた。そのうち誰ともなくサイコキネシスっぽい力でラケットを飛び回らせるようになり、最後の方は他の五人が見てる中で人外三人がアクロバティックな打ち合いを披露した。バドミントンの道具を使ってるだけでバドミントンなどしていなかった。




 南の島に滞在した最後の一週間は何事もなく、みなそれぞれで満喫した。

 俺とオルテンシア嬢は二人のときは基本的にピクニックデートを繰り返し、たまにミニダンジョンの生垣迷路でフレンドを撫で回したり、二度ほど入り江で舟を浮かべたり。

 グリシーネ嬢とパインズ王子はミニダンジョンへ行くことが多かったらしい。ゆっくりするときは館の庭で転がっていたようだ。寝転がってもちくちくしないのがすばらしいと言うので、王城でグリシーネ嬢に与えられた庭の一部にちくちくしない芝生を張る約束をした。王城に帰ったら芝生に転がるなんて許されないと思うとは言っていない。多分本人も気づいてるし。

 オリザ嬢とウォルティース公子は厚い本を広げながら庭の植物を見ていた日もあれば夕方に桶いっぱいの魚を持って帰ってきたり、ミニダンジョンでポイントを貯めてどの機能を開放したとか、ミニダンジョより北の森で見かけた鳥が珍しいだのととても活動的に楽しんでいた。

 ジルは島の北側で見つけたという遺跡の調査に没頭していたが、グリシーネ嬢が知るとまず間違いなく乗り込もうとするので厳重に口止めしておいた。未調査の遺跡なんぞ王子様の婚約者を連れて行けるはずもない。


 朝食もお弁当を持って外に出て行くようになったりと旅行前半に比べて皆で過ごす時間は夕食後に集中したが、この旅行はもともとパートナーとの仲を深めることが目的ということになっていたので正しい形になったと言えなくもない。




 そして今日は南の島滞在最終日となる二十四日目。荷造りは昨日の午後を使って済ませてあるので、お昼を食べて出発するまではいつも午前中に使っていた談話室へ集まって寛いでいる。


「んー。一ヶ月近くこの島に居たけど、あっという間だったねぇ」


 置いたままにしているピアノが自動で奏でるジャズアレンジした『星の海を冒険しよう!』のBGMにまぎれて、グリシーネ嬢がポツリとこぼす。


「終わってみれば、なんて何事もそうじゃねえの」


 誰も反応する様子がないので一般論を言ってみる。


「そうだけどさー。一ヶ月分がっつり楽しめたかって言うとそんな気しないもんじゃない?」


「個人差はあるだろうが、俺もそう感じるよ」


 俺も、月日が経ってからなら十分に満喫してると思えても、非日常が終わった直後はもっと楽しめたんじゃないかと感じる人間だ。


「私としては充実した一ヶ月でした。お屋敷に引きこもる日々も良いものですけれど、やはり外を歩き回って興味の赴くままに手を伸ばすのは素晴らしい」


 そういえば、オリザ嬢ほとんど王都のマレアロッサ邸を出ないって言ってたような気もする。マレアロッサ家の蔵書を読んだりするのも良いけどお米の品種改良したり栽培したりしたいって言ってたし、インドア派なのかアウトドア派なのかわからない人だ。軟禁されてるのか引きこもってるのかもイマイチわからない。


「私はこういった気心の知れた皆さんと遠出するのは初めての経験なので刺激にあふれる日々でした」


 オルテンシア嬢は将来のための淑女教育を受ける一般的な貴族の子女だったんだっけか。オルテンシア嬢にとってのお友達との付き合い方も、俺の知ってる日本に居た頃の友達づきあいと違うとは俺でもわかる。学園に入る前は王都じゃなくて領地に居たのかもしれないし、そうなると友達と一緒に遊ぶって言うのが数ヶ月おきくらいの一大イベントだったりもありえそうだ。


 子供の頃のオルテンシア嬢がどんな子だったのかを一人で想像していると走竜を散歩させているオルテンシア嬢をふと思い出す。そのままどの程度の生き物なら可愛がっている姿を思い描けるかと試していたら飛竜に一人乗りの簡易籠を持たせているところが浮かび、さっきの友達と遊べるのは一大イベントじゃないのかと予想したのと合わさって疑問が生まれた。ハイドロフィラ家は飛竜を所有しているのか。持ってるならどの程度活用しているのか。ハイドロフィラ家と付き合いのある家はどうか。もし結構手軽に飛竜を使えるなら、その家の子が友達と遊ぶのもそこまでご大層なもんでもないのか。

 誰かに聞けばどういうものかすぐに分かるが、正しいものを知りたいわけでもなく好き勝手想像するのが楽しい。


「次の旅行はジルも独り身じゃないと良いね」


 いつものごとく内側にこもっていたら話が変わっていた。ジルの結婚か。三十目前らしいし公爵家の嫡男となった今、割りと切実だな。


「そうですね……王都に帰った後のことを考えると憂鬱です。国内で相手を探すのは難しく、北方諸国へ足を伸ばすとなると相手を見つけるのはいつになることか」


 北方諸国って雪原の北か。俺、この国から出たことないし良く知らんな。事前に調べておいていざという時の参考にするか、それとも知らないままにしておいてその時になったら冒険を気分を満喫するか。まあ、現実的に考えるなら調査はしておいて俺自身は調査報告に目を通さないでおけば良い。ざっくりとした方針を決めたものの、今は神様との宇宙戦争ゲームをやってる最中。第五世代バイオロイドの四人も手を離せないし結局保留とする。活動範囲を増やすなら人を増やすべきか……。


「王都に帰ったあとか。また王位継承に備えて足場を固める日々だな。東西の公爵家に顔を出さなければならん」


「ピースまた出張?」


 王子の言葉に、グリシーネ嬢がちょっと寂しそうな心配そうな顔で訊ねる。

 南北の時期公爵は今回の旅行で顔合わせたから次は東西。王子様もあっちこっちのバランス取らないといけなくて大変ねぇ。


「クィジルソル家とロホマリスマ家に顔を見せに行くだけならば両方合わせて三ヶ月といったところだろう。予定をすり合わせる必要もある。王都へ戻ってすぐの話じゃない」


「目的地での滞在が二週間としても片方だけでも往復で一月くらい? どっちも遠いんだね」


 グリシーネ嬢が目を丸くしてるが、俺とグリシーネ嬢以外の実際の距離を知ってる面々はちょっと苦笑している。


「道中に諸侯と会わないなら片道二日とかからんよ」


 急ぎじゃない限り飛竜は街道から一定距離内を飛ぶから、王子様が使うだろうロイヤル飛竜だと時速二百キロメートルが一日八時間の片道二日で千六百キロ。直線距離で言ったらどのくらいになるんだろうか。日本の本州縦断で二千キロだったかな。あれも実移動距離は調べた覚えがない。


「あれ? 今まで気にしてなかったんだけど、ここって王都からどのくらい離れてるの? どこにも寄り道せずに片道三日半だったよね?」


 なぜかみんなこっちに視線を向ける。グリシーネ嬢はこの旅行でなにかあったら俺に訊いておこうみたいに思ってるようだからまだ良いにしても、この島はマレアロッサ領内だし、そもそもさっきまでグリシーネ嬢と話してた王子様が答えるのでも良いじゃないのよ。


「竜籠に慣れてないグリシーネ嬢に配慮して大分遅く飛んでるし、途中で山を迂回したり、おっさ――陛下に避けるよう言われた領地を通らないようにしてるから、直線距離で言ったら六百キロも離れてないはず」


 日本の本州半分にも満たない感じ。


「直線距離で言われても……。実際の移動はどのくらいなの?」


 グリシーネ嬢がなぜこの話に食いついてるのか分からん。ていうか王子に訊けよー。


「飛竜の飛ぶ速度が時速八十キロくらいで、飛んでる時間が一日平均で七時間くらいだったかな。それが三日半で二千キロ弱じゃない?」


 本州縦断できてそう。移動距離が直線距離の三倍強というのは多いのか少ないのか。日本で車の免許とって自分で運転してたらもう少し詳しく説明できてたのかなとかちょっと気になる。都心のど真ん中なら三倍じゃ足らないな。道路の向こうへ行くのに階段上ったり降りたりするらしいし。


「ぶっちゃけ何百キロとか言われてもピンとこない」


 グリシーネ嬢が俺の説明を切り捨てるが全面的に同意する。個人的には二十メートル越えるあたりから実感が伴わなくなる。


「そうですね。分かりやすいところで言うと――」


 物知りオリザ嬢が具体的な例えを並べ始める。プロイデス王国でいうと王都のどのあたりがどのくらいの大きさだとか、王城の一番高い尖塔がどのくらいだとか。日本で言えば本州の長さがどうの北海道や沖縄を含めるとどうの、どこぞの北国のなんとか鉄道がどのくらいの長さだの、日本からひろーい海を越えたところの某国の横断がどのくらいだの。地球は一周で四万キロメートルだの。

 あれってそんな大きさなんだ。あそこからあそこってそのくらいの距離なんだ。でも実感は湧かない。


「うーん。やっぱりピンとこないなあ」


 オリザ嬢も撃沈。


「王城の尖塔の高さなんてどうやって測ったんだ? パインズ王子とウォルティース公子が苦い顔してるぞ」


「数学とはとても便利なものなのですよ」


 数学の話か。俺は義務教育が終わるかどうかでこっち来たから多分習ってない。習ってたとしてもこんなファンタジーにどっぷり浸かって五年以上も経てば覚えてなくても仕方ない。ああ、でも俺艦隊旗艦の図書室には数学関連の本もありそうだ。バイオロイドたちに聞けばオリザ嬢がどうやって王城の尖塔の高さを割り出したのか教えてもらえるかもしれない。大した興味がないので訊かないが。


「算数ならまだしも数学とか覚えてないって。学生だった頃すらほとんど理解できてなかったのに。算数ができれば十分なんですぅ」


 グリシーネ嬢、発言には気をつけないと前世でどのくらい生きたかバレるぞ。気にしてないなら良いけど、王子様に知られたら微妙な空気になったりするんじゃないの。


「ちょっとけんちゃん何その目。言っておきますけど、私は前世と今世合わせても……合わせても……」


 俺に噛み付いた勢いなどなくなり、今はものすごい目が泳いでる。やめろって。もういいって。グリシーネ嬢が急に黙った所為で皆が状況の打破を俺に要求してきてるじゃん。


「……そろそろお昼食べようか。そのあと食休みを挟んで出発は予定通りに。さ、皆様食堂へ行きましょう」


 秘伝、強引な話題そらし。その場に居る全員に気遣いを強要するとても危険な技だ。ついでに、グリシーネ嬢に向けられていたなんとも言いがたい視線のうちいくつかが、可愛そうなものへ向けられる視線となって俺の方へ来る。ダイス女史からは視線で落第とのモールス信号をいただいた。だからこういうの俺に押し付けるなっつうの。

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