50 いろいろ隠す気なくなってるよね
この旅行の目的であるオルテンシア嬢ではなくなぜかグリシーネ嬢とちょっと仲良くなった翌日、今日は女性陣は揃って海で遊ぶので男共もせっかくだし一塊になって行動してみようということになった。
俺がこれからもオルテンシア嬢と――より正確にはオルテンシア嬢と仲の良いグリシーネ嬢と付き合っていくなら王子も公子も避けて通れない人達ではあるのだが、正直面倒くさい。公子はさほど知らないが、王子は真っ当な理由で俺を嫌ってるからね。主義主張の折り合いがつかない相手なので俺としては行動を共にするのは居心地が悪くて仕方ない。でも南の島へ来て二日目にこの面子で話したときは結構雰囲気良かったかも。
「この顔ぶれで何をしましょうか」
がんばれジル。この小集団をまとめる役は君にしか担えない。
「この四人で共通する部分が何一つ思いつかないから俺には何も提案できないよ」
真っ先に考えることを放棄する。話し合いには参加するけど俺に有用な意見は期待しないでくれ。
あーだこーだと三人で相談してるのを視界に入れながら、神様との宇宙戦争ゲームの戦況を確認する。軽く見た様子だとまた少し押し込んだところで戦線が膠着している。まさに千日手。戦場を任せてる子達も、神兵を倒したことによるパワーアップを実感しているとはいえ終わりの見えない戦いを延々続けてくれるとは頭が下がる。これは、俺艦隊総司令たる俺が戦場に派手な変化をもたらす方法を考えるべきだな。
膠着した戦況を打破する方法はぱっと思いつくもので三つ。今まで溜め込んだ資源を思いっきり放出して惑星破壊砲を戦線に並べるか。最前線に橋頭堡のようなものをでっちあげたあと成功するかわからないコズミック・モンスター召喚を行って三つ巴に持ち込むか。このまま泥沼の戦いを続けて力を溜め込み第六世代技術の開発に着手するか。俺が思いついた三つの方策はどれも一長一短あって悩ましい。コズミック・モンスター召喚なんて、下手をすれば俺艦隊が壊滅した上コズミック・モンスターを野放しにする危険性がある。そうなれば宇宙戦力を持たない惑星は端から順に消滅していく可能性が高い。何度考えてもコズミック・モンスター召喚は選べそうにないな。
ふと、ARのウィンドウから目の前の男三人に意識を戻すと、三人で煙草っぽいものを片手に三つ巴のチェスのような何かをしている。盤自体は六角形でマスも六角形。ちょっと楽しそう。初めて見るゲームなので誰が優勢なのかすらわからないが、ウォルティース公子が渋面なので多分押され気味なのだろう。
「初めて見るゲームだ」
「ケントさん、もういいのかい?」
「ああ。何も言わずに中座してたようなもんですまん。これってプロイデスで一般的なボードゲームか?」
ARでログ見たり報告の詳細開いてるのはかなりアレな様子だろうに三人とも何も言わない。スルースキルたけぇ。
「一対一のものが一般的だが、王族貴族庶民と大抵の国民はやったことがある程度に人気がある。どちらかといえば男性が熱中するな」
「盤の形は四角と六角で、マスの数で二人用と四人用、三人用と六人用を分けるんだ」
「四人や六人だとワンゲーム終わるまで時間すごいだろ」
一局何時間かかるんだよ。将棋だって早指しじゃないと結構時間かかったりするぞ。
「四人と六人の時はチーム分けするからそんなに長くかからないよ。それに、本業でもないと片手間にやるからね。一日かけてワンゲームもおかしくない」
本業ってなんだろう。プロリーグとかあったりすんのか。
「じゃあ、今日は酒や煙草片手にこうやって一日過ごすことになったのか」
「いや、何をするかと話していても決まらなくてな。どうせなら指しながらゆっくり決めようというだけだ。何か思いついたら盤は放置しても良い」
俺達が話している間に無言で長考していたウォルティース公子が駒を一つ動かす。王子もジルも意識を盤面に移したので俺も静かに観戦することにしよう。個人的に、こういうのは自分でやるより見ているほうが好きだ。
そんな感じでだらだら過ごす。パインズ王子とウォルティース公子の婚約者自慢や、王子と公子からは男性視点での女性への接し方を教わったり、ジルからは女性視点での良い男性の振る舞いを教わったり。ジルと俺で神様の鍛錬場下層での体験談。王子と公子が気にするので日本の話しを俺がちょぼちょぼしたり、俺が溜め込んでいる日本の食べ物や酒を摘んだり。
王子も公子も人間ができているので、どうしようもなく俺と会わないところは脇において今は和やかに歓談する。人間ができているというか、貴族らしいというか。貴族は好き嫌いで付き合う相手を選んでられないそうですし。それはどこの社会人も同じか。
「これで詰みだな」
「さすがに王子は強い」
「ピースは相変わらず人を利用するのが上手い。ピースを狙っていたはずがジールダイン公子と削りあう羽目になるとは」
「人聞きの悪い言い方をするなウォルト。お前がジルの陣に食い込み過ぎたのが悪い」
三つ巴だと駆け引きが煩雑で俺には無理だ。
「次はオーシィ卿も交えてやろうか?」
「ウォルティース公子の誘いは嬉しいが、俺は他人のゲームを見るのも自分でやるのも好きだが上手いとは言えなくてね。ちょっと俺に有利なゲームを用意させてもらおう。クリス、用意を手伝ってくれ」
「畏まりました」
一辺二メートルで高さ一メートルの基礎部分を設置し、その上に同じく一辺二メートルで厚さが十センチのフィールドを構築する材料となる板を載せる。
「最初だし、フィールドは基本設定の緩やかな丘陵地帯で、部隊も歩兵二百と弓兵五十と騎兵百と魔法兵五十にしよう」
「はい……設定完了致しました」
「ありがとう」
さて、準備も終わった。一枚板から設定通りのフィールドと駒が用意されるスペクタクルを横目に、三人に魔法とSF併せた技術による傑作を一つ紹介しよう。
「これは俺が戦術を学ぶために使っていた教材でね。使い方を変えればゲームにもなる。さっきのボードゲームを少し複雑にしたようなゲームだ」
この装置はジオラマ君と俺が呼ぶ装置だ。俺の戦術的視点を育てるために第五盛大バイオロイドたちが作ってくれた。一万分の一ジオラマを作り出し、縮尺を揃えた超小型人工生命やマイクロマシンで構成した兵器を駒に部隊の展開や運用を学ぶことができる。一万分の一の人間というと百八十センチの身長が百八十マイクロメートルとなりホモ・サピエンスをやめないと肉眼では視認できない点を考慮し、今回は拡大表示映像を空間投影する機能を十全に活用していこう。第五世代バイオロイドたちに俺が教わるときは使われることのない機能なのでジオラマ君も普段使わない機能を使えてきっと気分が良いだろう。ジオラマ君のAIには喜怒哀楽を解する人間性を与えてないが。
クリスがジオラマ君がどういった装置であるかを三人にしている間俺はぼうっとしていた。俺に有利なゲームとか言ってみたものの、実は第五世代バイオロイドを相手にしたジオラマ君での模擬演習で一度も合格点を貰った事がないのだ。二十キロメートル四方の舞台でリアルタイムに部隊を運用するのは百人規模でも俺には難しい。『星の海を冒険しよう!』のようにターン制だったらまだなんとかなるんだけど。
「また随分と手の込んだ玩具だ」
操作はやりながら覚えようということで、どういうものかだけを聞き終えたパインズ王子が呆れたような吐息と共に感想を一言。
「歩兵は重歩兵、弓兵は魔弓、騎兵は走竜に魔術兵が五十とは、贅沢な部隊だ」
出来上がった駒の拡大映像と部隊編成の注釈を見ていたウォルティース公子はジオラマ君よりもこれから操作する部隊に対する感想を口にする。
「ケントさん、いろいろ隠す気なくなってるよね」
俺も最近自覚しつつある痛いところをジルが的確に抉る。遊ぶなら自慢の一品でっていうのはやっぱまずかったか。三人ならオトナな対応をしてくれるだろって思ったのはやっぱ甘えてるよなぁ。
「細かいことは良いじゃないか。ほら、三人とも軍配団扇を持って。自分の部隊に指示を出すときは口を隠すようにしないと届かないからな」
俺、ジル、パインズ王子、ウォルティース公子がそれぞれジオラマ君の四方に立ち、三人にはチュートリアルを始めてもらう。バイオロイドを補佐につけて操作の補助や使い方の説明を任せ、俺にはクリスがつき戦術の補助をしてもらう。
「おお。まさか演習場に魔物がいるとは思わなかった。油断していたら不意の遭遇で打撃を受けかねないぞ」
ウォルティース公子が驚いている。ふははは。俺は初めてジオラマ君で第五世代バイオロイドの戦術講義を受けたときに今回と同じような条件で魔物に全滅させられたぞ。
「模擬演習と言いつつ演習場での訓練とは違うということだな。現実にありうる損害を考慮した部隊運用は指揮官の訓練に丁度良い」
「ケントさん、まさかとは思うけど兵一人一人の得て不得手まで考慮しなければならないなんてことはないよね?」
ジルは眼の付け所が良い。
「ジルの言ったようにもできるが、あまり勧められないな。煩雑になり過ぎてまともに部隊を動かすまで数日かかったことがある」
俺が指揮官として無能というのもあるが、小隊の編成すら個々の性格を考えないと思わぬところで動きが鈍ったり命令違反が起こったりで、講義の一環ではなくゲームだったらあっというまにクソゲーとして投げてた。ああ、でも『星の海を冒険しよう!』にもある程度慣れてからの一種のやりこみ要素として似たようなものはあったな。
「三人とも操作には慣れたな。ゲームを始めよう」
三十分ほどかけて三人ともがそれなりに操作に慣れたので俺の部隊も待機命令を解除して動かし始める。今回は単純にフィールド中央の旗を最初にとった人が勝ち。ただ、自軍の索敵が済んでいないと地形すらプレイヤーに見えないので騎兵をまっすぐ走らせて終わりにはならない。川や森が広がって騎兵の機動力を生かせない可能性もあるし、先ほどウォルティース公子が遭遇したように魔物も徘徊したり群れを作っていたりで騎兵だけを先行させ過ぎると壊滅もありうる。
「オーシィ卿、もしや駒を作成する際に錬度も設定できるのか?」
雑談を交えながらそれぞれが中央の旗を目指していると、パインズ王子がふと疑問を投げかけてきた。
「できる。今回の駒は、以前にプロイデス王国軍の訓練を陛下が視察した際に俺が見たものを参考にしている」
運動不足気味のころのおっさんが体を動かす口実を求めて訓練場を見て回ったときの視覚データを解析して反映している。実際の作業をやったのは当然俺じゃない。あとは近衛騎士団や宮廷魔術師団も多分再現できるし、鍛錬都市で見かけた錬士の一部もそこそこ再現できる。
「部隊を動かしているときの覚えのある感覚はその所為か。随分正確だ。訓練を眺めるだけで軍の錬度を推察する観察力はさすが英雄級なのだが……勿体無い……」
途中から口の中で呟く様に言った王子だが、人外スペックの俺にはジオラマ君を挟んでいても聞こえたしジルも聞こえただろう。
王子の勿体無いという言葉は、俺が英雄級の力を持っているにも係わらず英雄と呼ばれるに相応しい行いをしないことに向けられている。『鈍ら』を召抱えるおっさんに対するちょっとした悪評が我慢ならないのもあるだろうが、なによりもパインズ王子は王族たれと教育を受けてきた人物である。何かしらの力を持つものはそれに釣り合う行いと人品を心がけるべきと自らに課し、俺にも言い聞かせてくる。俺と折り合いの付かない王子の主義主張だ。
王子の言い分も正しいとは思うが、俺には当てはまらないというのが俺の考えだ。俺は他人の助力を得て今の力を手に入れたわけじゃないので、この力によって得られるモノを誰かに還元する義務などない。敢えて挙げるならバイオロイド達だが、ほかの人間は俺の力と無関係だ。俺の生まれ育ちやおっさんとの契約、今の立ち位置をすべて説明すれば王子も納得するかもしれないがそこまでして理解を得たいわけでもない。よって平行線。王子の主張が正しい分には説教も聞いているので良しとしていただきたい。
王子の勿体無いという一言でちょっと思索に耽っている間にジルの斥候が俺の斥候と衝突した。一当てして離れたがここからはプレイヤー同士の衝突もあり得る。ジオラマ君の操作には一日の長がある以上下手な負け方はできないので気合を入れなおしてゲームに集中しよう。最下位は回避せねばならん。