表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。
5/54

05 飴ちゃんあるぞ。

 グリシーネ・メイクシー。彼女は王都近くの農村にて可もなく不可もなくといった家庭で生まれ、そこそこの不運にみまわれたりそこそこの幸運に恵まれて育った。

 そんな彼女の転機は十歳の頃、父方の家系がいつの頃からか住んでいた家の納屋にて今にも崩れ落ちそうな紙束を見つけたことだ。その紙束には調味料らしきものの作り方が記されており、好奇心を刺激された彼女は早速再現に取り掛かった。

 三年経ち、それまでの人生ではありえないほどの幸運が立て続けに降り注いだことで調味料の完全再現に成功。紙束の一枚に記されていた料理を作って食べた瞬間に――


「記憶を取り戻して俗に言う転生をしてるって自覚したのよ。多分、あのレシピは過去のご先祖様が転生したか転移してきたかで残されていたものなのね。もう覚えてる人もいない昔みたいだけど」


 俺はオルテンシア嬢経由で王子様の婚約者のお茶会に招かれていた。出席者はグリシーネ嬢、オルテンシア嬢、俺。

 青い鳥の運んできた招待状のような物を受け取ったのがおっさんの執務室だったのが運の尽きだ。もちろん、グリシーネ嬢と関わらずにいられた幸運が尽きたという意味で。


「私もオタクでそういう無駄知識持ってたんだけどさ、こっちじゃ全然通用しないのね。醤油にしたって味や見た目は同じっぽいのに作り方が全然違うんだから。そもそも大豆使ってないし、こっちで醤油を作ったご先祖様って天才だったんじゃないのかな」


 生産施設系を搭載した専用船で大豆の栽培も醤油の醸造もできる俺には関係のない体験談だ。俺自身は作り方を知らない大豆も醤油も、生産系の専用船に指示すれば俺が使うに困らない分を作ってくれる。稼動して一日と経たずに俺の消費量で百年分に達したのですぐに製造ラインを停止させた後は放置している。味噌や調理酒、みりんにデミグラスソースとか調味料系は全部同じだ。


「その醤油っぽいので肉じゃがモドキ作って王都で露天開いて売ってたら妙に身形の良いお坊ちゃんが来てさ」


 グリシーネ嬢の身の上話は続く。正直興味はないので九割以上を聞き流し、お茶にも手を付けていない。俺がここに居るのはおっさんに命じられて断れなかったせいだ。王命なら撥ね付けるが、コミュ力を養えといわれれば従わざるを得ない。同郷の方が交流しやすいのは事実だし。


「てなわけで、あの人のことは好きでも上流階級って窮屈で仕方ないね。いちいち人の世話にならないといけないのも朝から晩まで礼儀作法のお勉強しなくちゃならないのもずーっとやってると頭おかしくなりそう」


 オルテンシア嬢はグリシーネ嬢の身の上について転生者であることも知っていたようでゆったりとお茶を楽しんでおり、グリシーネ嬢の怒涛の独壇場トークにも臆する様子はない。俺はもう正直恐怖すらしている。コミュ障は話しかけられると弱く、俺も例外じゃない。


「それでアンタは? パっと見は日本人よね。日本で生きてた体のままこっち来たの?」


「多分な。俺自身はそう思ってるし、神様もそんなもんだって言ってた」


 初対面の人間に話しかけられて返答できる俺すげー成長してる。

 冗談はさておき、先生とのレッスンは緊張して疲労してのコンボで気の置けない会話などできず、最近は部下のバイオロイドを除くとおっさんとしかまともに会話してないし気安い話し相手になれたら嬉しい。いや嬉しくない。コイツと親しくなるってことは王子と距離が近くなる。面倒が増えるって分かってるのにそれはちょっとな。御座なりに相手して興味を無くしてもらおう。


「へー。転移かー。初めて見たわ。転生者は会ったことあるんだけど、なんか会話が成り立たなくてさ。折角知り合えたのに攻略キャラとかイベントとかこっちの人を物扱いしてるのが合わなくって、好き嫌い以前でちょっと寂しかったんだ」


 寂しいとかそんな弱いとこ見せられたら優しくしたくなっちゃうだろ。飴ちゃんあるぞ。薄荷しかないわ。ミントキャンディーって言ったら許してくれるかな。


「これでも食って元気出せ」


「なにこれ飴? 薄荷? なんで薄荷? うわー。舌変わってるから自信ないけどめっちゃ薄荷っぽい、なつい。こっちで飴なんてほとんど食べないし、こっちで食べたミントキャンディーとも違うなあ」


 ああ、肉体自体が別物ってことは味覚も別物なわけで、同じもの食っても前世と同じには感じないのか。この薄荷の飴は俺の記憶を元に味覚データを抜いて再現した以上、前世で一般的なもののはずだ。


「あれ? 私だけにくれんの? シアの分は? 婚約者なんじゃないの?」


 忘れてたわ。致命的ミス。こういうところでコミュ力の低さが浮き彫りになる。ちゃんと周り見ないとな。


「申し訳ない、オルテンシア嬢。同郷の人に会えて自分で思っているよりも舞い上がっていたようだ。お詫びにオルテンシア嬢には秘蔵のチョコも付けよう」


 一応、他人の目の前だしオルテンシア嬢への言葉遣いは丁寧なものを心がける。俺にタメ口を許したグリシーネ嬢の前なら気にしなくていいだろうが、一応。


「気にされないでください。ふふ。でもチョコレートはありがたく受け取らせていただきます。……あら、このチョコレートは不思議な風味が……」


 カレ盛り合わせをテーブルに置いて差し出すと、オルテンシア嬢が抹茶チョコをお上品に口にして不思議そうな顔を見せる。

 俺の非礼をさらりと流したうえに話の流れを変えてくれた。口に出したら蒸し返しちゃうから心の中で感謝しよう。ありがとうございます。


「抹茶はここらじゃ手に入らないかんねー。にしてもホワイト、ミルク、スイート、ビター、抹茶、キャラメル、コーヒー、ガナッシュ……基本の鉄板をカレでそろえましたって感じ。贈り物にはしてはちょっと手抜き過ぎなんじゃない?」


 一緒に出した内容物一覧を読み上げたグリシーネ嬢が責めるような視線を向けてきた。

 いや、もとは贈り物ではなく非常用のストックだ。自分で食べることしか想定していないのに手の込んだものを考える必要もないだろ。リストがあるのは俺が忘れっぽいからだ。

 でも、この国じゃカカオの栽培が難しくてそこそこ高級品なせいでバリエーションが少ないって話をとっさに思い出して取り出したのはいいけど見た目が悪いのは事実でオルテンシア嬢への申し訳なさが積み上げられる。


「ザッハトルテを追加します。あまり菓子類には詳しくないんで、他にはチョコレートクリームをスポンジで挟んだシンプルなのしか出せないよ。ザッハトルテも一時期話題になってたのをなんとなく覚えてたくらいでそんな上手くできてる自信はない」


 本当は、船の調理設備用のデータベースには地球で一般的な料理のレシピがかなりの数保存されている。俺のスーパーパワーの元になったらしい『星の海を冒険しよう!』というゲームには菓子類も兵の士気を維持するのに必要という設定があったためかお菓子系も充実している。作り置きがザッハトルテ一つしかないのはもともとお菓子類が好きってわけでもなく、試しに名前に見覚えのあるものを一つ作ったりきりだったなんて大したことのない理由だ。


「そんなもんを婚約者への侘びに出すのはどうなのよ。……ああ、でも、そこまで卑下するものでないんじゃない? この国って土地柄仕方ないとはいえ、チョコ系が未発達なのが辛いわ~」


 また失敗。確かに自分で胸を張れないものをお詫びに出すのは失礼の上塗りだ。船の事を隠すのに咄嗟に誤魔化したとはいえ、それで相手の気分を害してたんじゃ詫びる意味がない。


「オルテンシア嬢、重ね重ね申し訳ない。非礼を重ねるなど不調法という言葉でも許されない。この上は――」


「はいはい。ごめんなさいするのはいいけど、相手の顔見ながらにしなさいよ。シアが困ってんでしょ。シアも、あとで思いっきりわがまま一つ言ってチャラにするのよ。なあなあで済ませたらどっちにも良いことないんだから」


 グリシーネ嬢に叱られて顔を上げると、困ったように眉尻を下げたオルテンシア嬢がグリシーネ嬢の言葉に頷いた。


「あの、そんなに気にされないでください。ケント様のご事情は陛下より窺っておりますので、少しずつ慣れて頂けたらと思っております。それに、リシー様の仰るとおり、近いうちに大きなわがままを一つお願いしますのでそれで許して差し上げます」


 最後の方は茶目っ気たっぷりに言い切られてしまった。条件をつけて許すといわれたのだ。ありがたく受け入れよう。


「ありがとうございます、オルテンシア嬢」


 俺のせいで微妙になった空気も、グリシーネ嬢による怒涛の独壇場トークが再び繰り広げられたことで払拭された。

 この人、気遣いできるみたいだし面倒見良さそうな良い人なのに上流階級の礼儀作法は壊滅的なのか。それとも、王子の婚約者としては表に出せないのであって俺ほど酷いもんでもないのか。ちょっと気にはなったが、このお茶会はグリシーネ嬢の息抜きと聞いているので気分を害するような質問だお分かっていて訊くのはやめておこう。


「そういやアンタって転移でこっち来たならチートとかないの?」


 俺の凹んだ空気が元に戻ったのを察知したグリシーネ嬢が再び話を振ってきた。


「神様がチートじゃないっていてたからチートではないが、こっちで目が覚めたときにこのスーツ一式を作り出せるようになってた。俺が熱中してたゲームに出てくる装備だし、思い入れが強いからその辺が関係してるかもな」


 この世界で目覚めたときは確かにこのスーツ一式を作り出せる程度だったが、俺がいつも身につけているこのパワーアシストスーツは一般兵に支給する基本装備の一つでしかなく、今の俺の本領はどこに常駐してるかわからない艦隊の召喚やそれをAI任せに戦術的な運用をすることにある。もちろんリストから選択する簡単作業での建造もできる。どこで誰が造ってるかはやっぱり知らない。比較的小型の宇宙船一隻の建造に一時間とか、スペーズコロニーの桶の図に二十四時間とか現実味がなさ過ぎてやっぱりスパーパワーでファンタジーだ。


 この世界では個人が研鑽を積みある程度の域に達した技術は、体一つでどこからともなく出し入れ自在なカードにより証明できる。特筆すべき技能がない場合のカードは何も記述されておらず、神様に認められた技能以外の情報は一切確認できない。このカードは神様が発行する技能証明だって神様が言ってた。カードに記載された、神様が認めるほどの技量に至ったそれをスキルと呼ぶ。現地語でなんと呼んでるかは知らないけど、俺にはそう聞こえる。この呼び方は過去の転生者や転移者の影響があったりすのかもしれない。

 そして、この世界で目覚めた時から俺が持っていたスキルは『星の海を冒険しよう!』という見覚えのある名前だった。


 俺の知っている『星の海を冒険しよう!』はターン制宙域制圧SLGだ。故郷の星をプレイヤーキャラ一人で出発するところから始まり、資源系小惑星をイナゴのように食い荒らしながら資源を溜めたりそれを売却することで資金を得ていき、有人惑星を武力により制圧したり資本により制圧したり無人惑星をテラフォーミングしたりで自領を広げていくゲームである。ほのぼのっぽいタイトルとは裏腹に一番簡単で現実的なのは武力制圧だという点でタイトル詐欺な作品として扱われることが多い。ゲームの一周目で初めての惑星をテラフォーミングにより手に入れるにはとことん突き詰めた効率プレイでプレイ時間にして20時間ほどかかる。ロードによる吟味の時間を含めた実時間は考えてはいけない。


 俺の本領たる艦隊運用は『星の海を冒険しよう!』では戦術規模の話だったが、この世界においては戦略級といえるかもしれない。『星の海で冒険しよう!』の戦略級といえば惑星破壊砲なんかがそうだが、こっちで使うことはまずないと思うし。

 そんな俺の戦い方を知っているおっさんが多少の面倒を背負ってでも人格面も能力面も相応しくない護衛という役目に俺を就けておきたいのは国家元首として当然だ。

 はっきり言って俺のタイマンでの戦闘能力は控えめに言って下の上といったところ。タイマンで俺に勝てない人たちは大体が補助系とか直接戦闘には向かない役割がメインになる。そもそもが俺の主力は宇宙艦隊であり、大規模戦闘や広域殲滅、大量輸送が得意なのだ。船一隻にしても俺百人分くらいの戦力だし、戦闘特化で力を取り込み続けた相手だとワンパンで船を落とされる。

 しかしそれは同じだけの力を取り込み続けた場合の話であって、その量自体が違うなら俺でも戦闘特化のやつらとタイマンで殴り合える。最低限、いつも着ているライダースーツっぽい見た目のパワーアシストスーツを着ていればの話だけど。


「あーあー見覚えあると思ったら『星の海を冒険しよう!』か! 私も一時期やってたわ。もう細かいこと全然覚えてないけど」


 公式アンケートによると『星の海を冒険しよう!』のプレイヤーは、ちょっとどころではなく男が多かったはずだ。醤油の件は記憶が戻る前としても、このスーツに見覚えがあるくらいゲームをやりこんでいたとなると……。


「答えたくなかったらそれでいいんだが、前世の性別とか覚えてるのか?」


「前世? 多分男だった。でも肉体的にはこっちの女として生きた感覚のが強いっぽい。もとから女っぽいとは言われてたとは言えさ、男として生きた人格が今の女の体でいるって最初の頃はすごい違和感あったけどね、もう慣れた。だから今はもう、完全には前世と同一人物ってわけでもないんじゃないかなって思ってる」


 予想外に重かった。ちょっとした興味本位で聞いて良い感じじゃなかった。

 そんな俺の内心が表情に表れたのか、グリシーネ嬢が苦笑する。


「気にしなくていいよー。私はもう乗り越えたつもりだし、シアもピースも私が前世で男だったって言うのを知った上で付き合ってくれてるんだし。でもちょっと傷ついたから次のザッハトルテはもっと完成度を高めてきてね」


 ものすっごい気を遣われてしまった。流れるように次の約束も取り付けられたものの、自分の落ち度が原因だし、イイヒトがさびしそうなのは心が痛むし、余程の面倒ごとに発展しない限りグリシーネ嬢との付き合いは続けようか。

 あんまり頻繁にお茶会に顔を出していたら王子に攻撃する機会をあげちゃいそうだなあ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ