48 てっしゅー
高さ三メートルの生垣でできた迷路。
不思議トロッコで跳んだり跳ねたりする一時間の旅。
大きな泡に入って水中を流されたりしながら対岸を目指す水流の立体迷路。
どれだけ強い光源でも手が届く範囲しか照らせない広大な暗闇で出口を探す暗黒の空間。
空間がでたらめに継ぎ接ぎされたファンタジーでよくある迷路。
ちょいちょいエネミーを打ち落とし、フレンドを餌付けしてと適度のポイントを稼ぎつつ迷路ばかり五種のアトラクションを乗り越えたグリシーネ嬢一行はミニダンジョンの探索を始めて七日目でとうとう最奥にたどり着いた。最後二つとか復帰可能のセーフティポイントが途中になかったら泊りがけになってる規模だった。そんなもの用意するなら規模小さくして二つに分けろっていうね。
「ここでミニダンジョンは終わり。この部屋は手を繋がなくて良いらしい。ずっと手を繋いでたパートナーがいる人はあっちの台座に二人で手を置いてペアバングルを作って、独り身はあっちのバングルを持って帰れって書いてある」
今いる部屋へ入るなり俺の手元に現れた紙に書かれた内容を読み上げると、みんなの視線が手形が二つ刻まれた台座と、鈍い銀色のバングルがいっぱい載ってる台座に向かう。
「ミニダンジョン……楽しかったといえば楽しかったんだけど、完全踏破してもなんの感慨もないわ。後半は意地だったし……オリザもシアもキツかったでしょ。最後までつき合わせちゃってごめんね」
たった七日で心なし……というか目に見えてやつれたグリシーネ嬢が似たような有様のオリザ嬢とオルテンシア嬢にプロイデス王国貴族式の謝罪をする。さらっとできるくらい身に付けたんだなーとか尊敬する。先生のレッスンを受け続けてる俺は、未だに咄嗟に謝ろうとすると頭下げそうになる。
「リシー、気にしないで。私も楽しかったもの。今までの……二度の人生通してこれほど疲れたのは初めてだけれど、最後までやり遂げた今は楽しかったと思うほうが大きいもの」
「私もです、リシー様。大変でしたけれどそれ以上に楽しめましたので、きっと将来思い返したときにはとても良い思い出になっています」
「二人とも……」
あーあー。三人で抱き合ってわんわん泣き始めちゃった。俺とジルとダイス女史の人外組みはもちろん、ちょっと疲れてるだけな雰囲気のパインズ王子とウォルティース公子も置いてけぼり感を味わう。王子と公子もモンスター討伐のために従軍した経験がある分、上流階級のお嬢様として育てられたオリザ嬢とオルテンシア嬢や数年前まで一般市民だったグリシーネ嬢がこの七日間のミニダンジョン探索でどれほどがんばったかなど理解できないので置いていかれるのも仕方ない。でもああやって達成感で泣けるくらいの何かを仲の良い友達とやりとげるのって良いなあ。
お嬢様方が泣き終わるまで待ち、それぞれがパートナーと一緒にご褒美のペアバングルをもらう。二人が繋いでた手を手形に合わせて台座に置くと光の輪が手首にくるっと巻きついて弾け、神秘的な金色っぽい水晶みたいな材質で何の装飾もないシンプルなバングルが嵌められる。幅が一センチもない華奢なものだ。その辺にぶつけて壊しちゃいそう。
「ペアバングルは片割れのある場所を感じ取ることができ、その場への瞬間的な空間移動がなんの消耗もなくできる。ペアバングルと独り身バングル共通として、ミニダンジョン内で稼いだポイントを使って各種機能の開放ができる。つまり、独り身バングルはポイントを使わないとただの装飾品でしかない」
独り身バングルは何の装飾もなく色もいぶし銀なので、装飾品としてはあまり好まれないかもしれない。
「ねえ、けんちゃん。今言ったことってそのカンペに書かれてる内容と一字一句同じなの?」
散々泣いて落ち着いたあと、バングルに関する俺の説明を静かに聞いていたグリシーネ嬢が一同を代表して質問してくる。
「一字一句間違いない」
我が言に偽りなし。胸を張ってカンペを手渡す。
「独り身バングルって正式名称なんだね……」
「神様がそう名づけられた」
俺にはどうしようもない。
「しかも譲渡不可――っていうかそもそも外せないってどういうこと」
一人で先を読んで一人で騒ぐんじゃありませんよグリシーネ嬢。そこまだ説明してないんですよ。グリシーネ嬢がカンペを手放さないので、仕方なく主要人数分新しく神様に作ってもらって皆に配る。俺の部下はジルとダイス女史が先に踏破した際にカンペを貰ったので一週間前に”ネインド”で情報共有してある。
「基本機能以外はバングルを外したり人へ譲渡するにもミニダンジョンでポイントを稼がなくてはいけないなんて、課金要素満載のネットゲームのようです」
「プロイデス王国の国王が代わるときに新王が踏破していない場合ミニダンジョン崩壊っていうのがなかなかいやらしい」
オリザ嬢がネトゲをどの程度知ってるか気になったがそれはおいといて、オリザ嬢とグリシーネ嬢の意見には同意する。どんだけこのミニダンジョンで遊んでほしいのかと突っ込みたい。ついでにバングルの拡張機能が一部を狙い過ぎてて何がしたいのかと問いたい。
「音声通信、メール、グループチャット、アドレス帳、メモ、お絵かき……神様はスマホでも作りたかったのかな?」
「スマホっていうには機能がしょっぱくないか? それよりも、アドレス帳を開放しないと音声通信とメールが一対一でしか使えないとか、交信可能距離にポイント突っ込まないと初期は糸電話レベルの距離でしか使えないとかがあこぎだと俺は思う」
「最深部到達の二回目以降はバングルじゃなくてボーナスポイントをもらえるようになるんだ……私は二度とここまで来たくないわ。あれ? ジルさんとダイスさんって事前調査でどこまで調べたの?」
「私とダイス女史がここへ来たのは二度目となります」
なので二人は今回バングルではなくボーナスポイントをもらっている。
「でもバングル持ってなくない?」
「この一覧にある拡張機能は一部ですよ。入り口の受付で問い合わせるとその時点で開放可能な機能の一覧を見せてもらえます。私とダイス女史の腕にバングルがないのは、形状変化の拡張機能を開放して目に付きにくい形にしているためです。私の場合はこのペンダントトップですね」
ジルが説明しつつ胸元からペンダントを取り出してみせる。
「私の場合は今まで使っていたものと同じ形のホワイトブリムに変化させています。手触りも金属ではないのが不思議ですけれど、さすがは神器ということなのでしょう」
ジルがなんでペンダントにしたかは知らないが、ダイス女史は両腕とも袖に隠れる位置に腕輪をしているからだろう。魔力糸だか言うワイヤーを生み出す物だとか模擬戦後に言っていたはずだ。人の腕をスパッとやったり全長数百メートルの宇宙戦艦を一本釣りしたりととても使い勝手がよさそうだった。
ミニダンジョンの安全対策用バングルはミニダンジョンの中でしか着けないが、ミニダンジョンを踏破したご褒美で貰った方は日常的に身に着けたいものなので形状変化の拡張機能は優先順位が高そうだ。
「私もちょっとはポイント稼いでみようかなあ。私だけダントツでポイント少ないんだよね」
パインズ王子はグリシーネ嬢を守るつもりで積極的にエネミーを打ち落としてたし、俺とウォルティース公子はオルテンシア嬢とオリザ嬢がフレンドを餌付けするたびに抱えてたのでアシストしたってことでポイントをちょいちょいもらっている。そのオルテンシア嬢とオリザ嬢はできる限りフレンドに餌を与えたり撫で回したりしていたので結構なポイントを持ってらっしゃる。ついでに、最深部まで来たバイオロイドたちも一応バングルをもらっているが、バイオロイドが稼いだポイントはなぜか俺のほうに加算されている。神兵を倒したときに得られる力と似たような扱いっぽい。神様的にはバイオロイドたちはあくまで俺の所有物という扱いだと前に言っていた。俺の元を離れて独立したら個人として扱うとか何とか。
「生垣迷路ならグリシーネ嬢でも十分ポイント取れるだろ。お嬢さん二人と同じようにフレンドを餌付けするのでも良いし」
「だよね」
ポイント使って開放したい拡張機能があるならパインズ王子とポイント稼ぎにくればいいと思うよ。お嬢さん方はわざわざ作った水着着て海遊びって予定もあるが、旅行もパートナーと仲良くなるって言うより皆で行動してる時間が多いし旅行の後半は本来の趣旨通りにするのも良いんじゃないかな。
「よし。独り身バングルもそれぞれ受け取ったね。じゃ、撤収しよう。てっしゅー」
グリシーネ嬢の号令を受けて俺たちはぞろぞろとミニダンジョンを出ることにした。いつもそうやって集団を主導してくれればいいのに、なんで俺に投げるかな。
その日の夜、俺とのペアバグルで俺の元へ空間移動できるのは嬉しいがダイス女史との間でできないのは残念だとオルテンシア嬢がちょっと寂しげに言った。ペアバングルによる片割れの元への空間移動は基本機能だが、アドレス帳に登録したバングルの元への空間移動はとても便利な機能だけあってちょっと頭おかしいくらいのポイントが機能の開放に必要なのだ。
オルテンシア嬢の寂しそうな顔を見て、俺の中のよくわからないスイッチが入った。
手の空いているバイオロイドを緊急招集し、俺も含めて六十人ほどでミニダンジョンを襲撃。
エネミーおよびフレンドから得られるポイントは深部ほど多くなる点と時間あたりにエネミーと遭遇できる数を考慮し、エネミーとフレンドが出没するという条件では最深部となる空間がでたらめに継ぎ接ぎされた迷路ではなく、その一つ手前のどんな光源でも一定範囲以上を照らし出さない暗闇で包まれた広大な空間を狩場に定める。戦う技能を持つバイオロイドは三人一組でエネミー殲滅に向かわせ、戦う技能を持たないバイオロイドには護衛を付けてフレンドをひたすら餌付けさせるのだ。
この広大な空間は一定以上の距離があるとあらゆる光を観測できなくなるだけでそれ以外の探査能力――具体的には音を阻害しない点がとても良い。入り口と出口は門のような物を使うとあって、みんなと一緒にここを踏破するときはダイス女史にソナーのようなもので先導してもらった。”ネインド”による通信や俺の持つ偵察ユニットの行動も妨げられないので、今回は大量の偵察ユニットを投入し音波やら電波でエネミーとフレンドを補足するなり片っ端から仕留めたり餌付けする。
結果、即時かつ無限リポップという神様らしいザル設定を十全に活用したことで夜明けまでの一晩で大量のポイントを稼がせていただいた。アドレス帳に登録したバングルをマーカーにした空間転移機能を俺とオルテンシア嬢とダイス女史の合わせて三つのバングルで開放できる量のポイントだ。
神様的には鬼のような形相を浮かべた俺が必死こいてポイントを稼ぎ続けるのは面白かったそうで一回は見逃してもらえたが、二度と同じ荒稼ぎができないようにオルテンシア嬢と一緒じゃなければ俺はミニダンジョンに出入りできないというルールが加えられた。俺たち以外の人がミニダンジョンへ入るときは俺やオルテンシア嬢の名前を指定した部分は見えなくすると約束してくれたがいちいち特定個人の名前をルールに書き加えないでほしい。
「一晩でこんなにポイントを……」
お嬢さん方の疲労が濃いこともあってミニダンジョンを踏破した翌日はそれぞれゆっくりすることになっており、オルテンシア嬢とダイス女史を連れてミニダンジョンの受付で拡張機能の開放を済ませてもらったら二人に呆れられてしまった。
「その、オルテンシア嬢はあまり、あー……俺に頼み事とかしてくれないだろう? 俺の前で『あれが欲しい』というのはよほど欲しいのだろうと……」
居心地が悪い。俺としてはちょっとがんばったら手に入るという確信があったのでがんばったのだが、今振り返って客観的に考えるとやりすぎた。ジルとダイス女史が二人で一週間ミニダンジョンに通って得たポイントのン千倍というポイントは、ポイント取得を目的に本気で取り組んだとはいえ一晩で稼ぐには多かったかもしれない。
「旦那様、ドン引きです」
ダイス女史に真顔で言われた。
「いや、でも、ジルとダイス女史だってポイントだけを目的にミニダンジョンへ入れば三日くらいで同じくらい稼げるはずだし」
「できるかどうかと、実際にやるかどうかは別問題です」
正論だ。俺もプロイデス王国の王都を攻め落とすならどうすればいいかとか考えたこと何回かあるし。
「ケント様のお心は嬉しいです。……嬉しいのですけれど……ケント様のサプライズは本当に驚いてしまいますので……」
ああ、うん。今回のもサプライズと言えばサプライズか。それに、オルテンシア嬢自身が一週間ミニダンジョンに通って貯めたポイントと比べると桁が多過ぎるのも素直に喜んでもらえなかった原因かなー。
「今度からはサプライズは事前に誰かに相談するよう気をつけるよ」
「わがままを言って申し訳ありません。ですけれど、嬉しいことをしていただいたのに素直に喜べないのも申し訳なくて……」
うん。なんかごめん。
変だなー。別にオルテンシア嬢が体質抑制の神器を外してたわけでもないんだけど、なんで昨夜はあんなにハイになってたんだろう。俺も疲れてんのかな。