46 なんか違くない?
表の看板に書かれていたルール通りそれぞれ婚約者や夫婦は男側の利き手と女性が手を繋ぎ、俺とオルテンシア嬢は名指しで記載されていたので手を繋ぎ、みんなでミニダンジョンに入る。受付で施設内でしか使えないオモチャの光線銃と、安っぽい見た目の割りに性能は俺艦隊一般兵の基本兵装よりも優れている保安機能満載のバングルを受け取って各自身につけたらミニダンジョン探索開始。
貸し出された光線銃からいつの時代のエフェクトだと突っ込みたくなるギザギザな光線が放たれると、生垣迷路の角から飛び出してきたエネミーを打ち落とす。パインズ王子が打ち落としたのはウサギのような何かをデフォルメして更に可愛らしくして蝙蝠の羽っぽいモノを背中にくっつけた掌大のエネミーだ。ウサギで悪魔で掌大だと何点だったか。
オリザ嬢とオルテンシア嬢は子猫や子犬に似ている何かを可愛らしくデフォルメして更に可愛らしくして鶏というか天使の翼っぽいモノを背中にくっつけたフレンドを俺とウォルティース公子に抱えさせてお菓子をあげて餌付けしている。オルテンシア嬢だと両手を使わないと抱えられないような大きさなので片手で持っていると邪魔臭くて仕方ない。天使の翼が目印のフレンドは一緒に居た時間の長さで雪ダルマ式にポイントが増え続けるので、このまま何事もなくゴールに到着すると手懐けたオリザ嬢とオルテンシア嬢がダントツで一位二位になる。手懐けるのをアシストした俺とウォルティース公子もちょっとポイントをもらえる。
「なんか違くない?」
入り口の立て看板や受付でのルール説明辺りからずっと沈黙していたグリシーネ嬢が俯いたままぽつりと溢した。
「ダンジョンってこういうのじゃないよね」
グリシーネ嬢の独り言に応える者は居ない。いや、パインズ王子がちらりと俺を見た。俺が対応するのか。
「ここはミニダンジョン、神戯場だからな。ゲームでいうダンジョンとは違うさ。グリシーネ嬢の期待してたっぽいダンジョンに近いのはランダム生成ダンジョンだな」
ランダム生成ダンジョンは神様による生きとし生ける者全てへの試練であり、王子様の婚約者なんぞ連れて行ける場所じゃない。南の島へ旅行に来ている面々はプロイデス王国にとって大事な人ばっかりなので、このミニダンジョンも中身次第じゃ俺とジルとダイス女史でどうにかしなくちゃならなかった。神様が俺たちの旅行に合わせて作ったミニダンジョンである以上そんな心配は四割くらいしかなかったが。神様ジョークはヒトの感性だと本気で笑えないのもあるので内心の四割くらいはとても心配していた。
「ここ、ダンジョンじゃないじゃん。シューティングみたいなアトラクションじゃん」
「ダンジョンじゃなくてミニダンジョンな。ヒトが遊んでる様子を見て神様が楽しむ場所。神戯場とも呼ばれる場所な」
「リシーはランダム生成ダンジョンのようなものを期待していたのか?」
「若しくは神様の鍛錬場中層みたいなものだろ。どっちも危なくて、王子と公子はともかくお嬢さん方を連れて行けるところじゃない」
「ランダム生成ダンジョンは何があっても行かせんぞ。あそこはダスターの縄張りだ」
ダスターはなんの略称だったか。ランダム生成ダンジョンの駆除をしている人たちなのは確かなんだが。
「ランダム生成ダンジョンで稼いでる人たちは切羽詰ってたり刹那的な生き方の人が多いからな。一般人でも下手に係わると危ない」
俺が拠点にしていた鍛錬都市でたまに見かけることがあったのでどういう人たちかはなんとなく知っている。あまり係わり合いになりたくない人しか居なかったので多分全体としてそういう人達なんだろうと思う。
「刹那的っていうと、宵越しの銭は持たないとか?」
「捕まって処刑されるとしても今こいつを殺して奪った金で浴びるほどの酒を飲んでやるぜって人達かな」
実際、鍛錬都市でそんなことをやって返り討ちにあいそのまま死んだやつとか居た。俺も襲われたので治験に協力してもらったことがある。
「そんな人が本当に居るの?」
グリシーネ嬢は冗談キツイって顔だが実在するのは覆しようのない現実だ。
「少なくとも、俺が鍛錬都市で見かけたダスターは十数人全員がそんな感じだった」
「うえぇ……」
そういや、他所の国にいるらしい転生だか転移だかの日本由来らしき数人はランダム生成ダンジョンやミニダンジョンに入り浸りっておっさんが言ってた気がする。どこの国にも神様の鍛錬場の入り口があるわけじゃないし、入り口のない国でヒャハってる人たちなのかもしれない――いや、それはおかしい。確か、転生っぽい人の一人は神子だって話だ。神子の居る国は本物の王権神授による国家で神様との窓口になるのが神子って前に誰かが言ってた気がするので、そんなすごそうな国に神様の鍛錬場の入り口がないとは考えにくい。ミニダンジョンよりも神様の鍛錬場の方が稼げるし強くなれる以上どっちかというと神様の鍛錬場に通うのが自然なはずで……そうか。他所の国の日本関係の人たちに関してはおっさんからの伝聞でしかないのか。つまりちゃんと調べないと正しいところは分からない。
「これも気が向いたら調べよう」
「なにが?」
いつの間にか考え事に耽ってたうえに独り言を呟いていたらしい。前後の脈絡のない俺の言葉にグリシーネ嬢が不思議そうな顔で訊ねてきた。
「よその国の転生っぽい人たちがどうのでよく知らない人のことを想像だけで決め付けるのはやめようって話」
「何言ってるかわかんないけど、後半は正論だね。つまりけんちゃんはシアとお互いを知ろうとする努力が必要なんだよ」
話が繋がってるのか繋がっていないのか。
「ではまずは、どうしてケント様のお手がこれほど冷たいのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
俺が左腕で抱える子犬型のフレンドに延々と食べ物を与え続け、全体のバランスは子犬なのに大型犬並みの大きさまで育て上げたオルテンシア嬢が今更のことを訊いてきた。入り口からずっと手を繋いでいたから、一時間近く疑問を抱えていたのだろうか。
「俺は手汗が凄いんだ」
端的に答えるときょとんとされた。
「手汗が多いと手を繋いだ時に気持ち悪いでしょ。だから汗腺を閉じたり、その所為で熱が溜まり過ぎないようにこのパワーアシストスーツで腕を強めに冷却したりしてるんだよ」
いつもはパワーアシストスーツ付属の革っぽいグローブをはいているというのに、このミニダンジョンのルールで脱がざるを得なかったゆえの苦肉の策だ。文庫本とか一冊読み終わる前にヘロヘロになるくらい手汗が凄いので、オルテンシア嬢に引かれないよう力技で対処している。オルテンシア嬢と繋いでいる俺の右腕の体温は三十度を保つ設定にしている。ちょっとやりすぎるくらいの方が多分失敗は少ないだろう。
「シアと手を繋ぐだけでそんな興奮してんの……?」
オルテンシア嬢本人はなんとも言いがたい困惑顔なのだが、グリシーネ嬢には引き気味で答えにくいところを突かれる。
「興奮よりは緊張の方が強いかな。というか、暑い日は顔に汗が浮くより先に指先から汗が滴るくらい手から汗かくんだよ。体質だ」
ゲームのコントローラーとか三十分に一回は拭かないとやってられない。コントローラーもマウスもなくゲームできるARバンザイ。
「俺の手汗はもういいんじゃないか。そろそろ広場に出るぞ」
「屋台とかあるんだっけ?」
ここはダンジョンではなくなんとかランド系の施設だと割り切ったらしいグリシーネ嬢は率先して先頭を進み始めた。
射的、チョコバナナ、お面、綿飴、たこ焼き、鯛焼き、焼きそば、ヨーヨー釣り、型抜き、カラーひよこ。想像してた屋台と違う。アトラクションがどうのって話をしてたのもあってもっとお洒落と言うか、若年層に人気のあるものを想像してた。ドネルケバブとか?
「縁日……」
「縁日とはこういう雰囲気なのですか?」
グリシーネ嬢の呟きにオリザ嬢が反応した。
「もうちょっとごちゃごちゃしてたかなー。でも並んでる屋台がまんま縁日だよね」
「これが縁日……」
オリザ嬢は縁日に思い入れがあるというよりも日本で縁日に繰り出したことがないのかな。やっぱり前世じゃ良いところのお嬢さんだったんだろう。だってヴァイオリン弾けるし。
「そろそろお昼だけどどうする? 丁度真ん中にこれ見よがしな感じでテーブルとベンチが並べてあるが」
縁日の休憩スペースみたいな。
「あそこでいいんじゃない? お弁当広げて、足りなかったら屋台で」
デボンとクリスにご飯の準備を丸投げしてぼうっとただ待つ。グリシーネ嬢とパインズ王子、オリザ嬢とウォルティース公子はそれぞれ普通の人っぽい神兵が店番をする屋台を巡っているが、オルテンシア嬢はオリザ嬢から預けられたのも併せて二匹のフレンドをつついたり食べ物を与えているので手を繋いだままの俺はふらふらできない。
フレンドと戯れるオルテンシア嬢は頬がゆるゆるだ。無防備な感じがとても良い。前にペットがどうのの話をしたときは俺が預けた青い小鳥型人工生命が居るのでと断られたが、やはり小鳥と四足の獣は別枠だろう。竜舎から連れ出した走竜と偶に庭を歩いているそうだし、爬虫類系もいけるクチかもしれない。犬猫は鉄板として、蛇や蜥蜴は好きかを訊いたら好みに合った見た目の人工生命を愛玩と護衛を兼ねたペットな感じで贈ろうかな。
「みんなご飯の準備できたよー。今日は使用人の皆も一緒に食べちゃってね。時間ずらすとミニダンジョンの探索する時間減っちゃうもん。ぱっと食べて食休みを挟んだらまた探索再開ね」
グリシーネ嬢に呼ばれて席に着き、さあ食べようとしたところで困った。ミニダンジョン内だから繋いだ手を解けない。周囲を見回すと、オルテンシア嬢も他の二組も今気付いたのか動きが止まっている。お前ら気付いてなかったのかよーハハハ俺も俺も。俺たちが気づかないように神様が認識をいじってた可能性もある。
「日本風のお弁当があってよかったな。プロイデス風だったら片手じゃ食べられないのもある」
日本風のお弁当はからあげ、エビフライ、ミニハンバーグ、厚焼き玉子、スティックサラダ、カプレーゼのようななにか、俵おにぎり、サンドイッチと片手で食べ易い物ばかりだ。きんぴらごぼうとかはちょっと食べにくいか。
プロイデス風のお弁当は料理名は分からない物が並んでいる。先生のテーブルマナー講座じゃ見たことの無い物ばかりで対応できそうにない。大口開けて食べるのがアウトなのでサンドイッチも手で食べるなら両手を使いちぎって食べるしそれを前提にした具が選ばれるというくらいしかわからない。あっちに手を出すのは控えよう。料理にもARタグ付けてもらおうかな。
俺は携帯食料もあるしなんだったら食べなくても良いかと決めたが、誰も料理に手を付ける様子がない。片手が使えない状態のテーブルマナーは王子様も知らないんだろうか。
「まさかここまで見越してのミニダンジョンのルールなのかな」
グリシーネ嬢がポツリと呟く。
「男の方で利き手が使えないってことは『あーん』イベントをこなせという神様のお達しじゃないのかってこと」
グリシーネ嬢はちょっと弾んだ声で教えてくださった。オリザ嬢の方も伺うが、オリザ嬢が相手だと顔見ただけじゃ何を考えてるか俺にはわからない。俺の場合は顔で何を考えてるか分かる人の方が少ないが。
「王子と公子に異論がないならテーブル分けるか?」
グリシーネ嬢は乗り気のようだが、男共はそんな飯の食い方してるのを人に見られるのは辛かろうよ。いや、吹っ切れてたりするのかもしれない。人に世話されるのが当然の二人だし。
「頼めるか」
パインズ王子の短い言葉に、ウォルティース公子も頷く。オリザ嬢とウォルティース公子はどうやって食べるのかちょっとだけ気になるがデバガメはやめておこう。
「じゃあ、頼む」
側に居たクリスにそのまままる投げし、ぱぱっとセッティングしなおしてもらった。気付いたら二人で使うのに丁度いいくらいのテーブルも三セットあったのは神様の配慮だろうか。
他所の二組はしらないが、俺とオルテンシア嬢のところは何の問題もない。神様の鍛錬場で力を溜め込みホモ・サピエンスをやめるとサイコキネシスっぽいのが使えるようになるので俺は手を使わなくてもご飯が食べられる。オルテンシア嬢はダイス女史に手伝ってもらっていた。ダイス女史の物理的な圧力を伴った視線と、オルテンシア嬢の少し寂しそうな視線になど俺は気付いていないので何の問題もなかった。オルテンシア嬢、すまぬ。『あーん』とか俺にはハイレベルすぎて無理だ。すまぬ。