40 異文化交流です
南の島到着初日、夕食は本館の大食堂にてみんなで摂った。調理も給仕も併せて食事を用意したのは俺の部下のバイオロイド達なので俺も安心して食べられる。今ではテーブルマナーに限り、先生にも文句のない合格点を貰っているのだよ。
食後は広めの談話室に皆で移動して寛ぐ。グリシーネ嬢が王子様伝に作ってもらったトランプで遊ぼうといって取り出すと、質感などを確かめたオリザ嬢が余興は大事だと色んなシャッフルや手品みたいな小ネタを披露しててグリシーネ嬢がたいそう喜んだ。ついでに一度見ただけで全部真似したダイス女史はやっぱりホモ・サピエンスじゃない。
「そういえば、南の海なのに水着用意してない。けんちゃん、人数分の水着持ってたりしない?」
直径二メートルくらいのテーブルをはさんだ人の瞳に映ったカードが見えちゃったりして、トランプってホモ・サピエンスのための遊具なんだなと実感していた俺にグリシーネ嬢が日本人的にはもともな質問をしてきた。
「用意しようと思えばデザインするところから始めて一週間ほどで用意できるが、プロイデス王国の価値観的というか文化的には水着は全般アウトだろ。そもそも貴族って水遊びしなくない?」
「そうだね。したとしても釣りや舟遊びかな」
俺の視線を受けたジルがプロイデス王国貴族の水遊びについて注釈を添えてくれる。ジルは有能だ。
「え、でも泳ぐ練習とかするもんじゃないの? 川とか水堀に落っこちたら危ないじゃん」
「落下制御や水中呼吸、泡包みの術封器があれば安全だよ。よほどの不良品だったり手入れを怠らなければ一生物だ。装飾品兼ねるといくつもいるけどなー」
なんでこの質問に答えるの俺なんだ。水着がどうのも淑女教育受けてるグリシーネ嬢なら――って出来レースか? 出来レースというかオチの決まってる小芝居か。
「けんちゃん気付いちゃった? 実はピースもウォルトも女の子だけで遊ぶときは良いよって言ってくれたんだよね。えへへ」
俺が裏を察したことに気付いたグリシーネ嬢が悪戯がばれたみたいな感じに自白する。
「二人が事前に許可出してるなら王都で専門家にでも……時間が足らなかったか」
「うん。思い立ってから出発まで二ヶ月なかったからね、材質からとなるとさすがに今回は無理かなって忘れてたんだけど……」
くそう。グリシーネ嬢め。上目遣いでおねだりとはあざといじゃないか。ニュアンス的には弱者の強かな小ざかしさ。オリザ嬢とオルテンシア嬢も上目遣いで不安そうに俺を見つめるのは事前に示し合わせてるだろ。あれ?
「オルテンシア嬢はグリシーネ嬢の言う水着がどんなものか聞いているのか?」
プロイデス王国の上流階級は大衆浴場や、使用人以外と入る大浴場すら縁遠い。日本式水着の布面積で、同性とはいえ人前に出るのは大丈夫なのか?
「はい。リシー様もオリザ様も丁寧な絵で教えて下さいましたので。異文化交流です」
ちょっとハニカミながら言われてしまった。オルテンシア嬢が楽しみにしてるなら仕方ない。
「デボン。あとでお嬢様方の採寸と、それぞれの意見を聞いてデザインを頼む。仕立ては何時ものところでな」
「畏まりました主様」
俺の後ろにステルス状態で護衛についていたデボンがそっとステルスを解除して承諾の返答をする。この島に着いた直後から、不測の事態に備えてアルとデボンが俺の護衛に就いているのだー。ブルックとクリスは俺艦隊を指揮して宇宙怪獣型神兵と激戦を繰り広げている。ある程度まで押し込むと、宇宙怪獣型神兵のリポップ速度と進攻速度が釣り合っちゃって千日手になる泥沼の戦場だ。神様ゲームバランス考えてくれよ。
「あ、デボンさんお久しぶりです。先乗りの護衛はデボンさんだったんですね」
「お久しぶりです奥様。滞在されている間に他の者もお目にかかる機会があるかと」
オルテンシア嬢とダイス女史以外がぎょっとしている状況を打破すべくオルテンシア嬢がアドリブで間を取り持ってくれた。ありがとうございます。そういや、俺の護衛を見たことあるのってオルテンシア嬢とダイス女史だけだったか。ジルの驚きようが一番ひどい。英雄級半歩手前くらいのジルの受けた衝撃が一番大きいのは当然だ。人外って言い切れちゃう諸感覚の自覚と自負がある分びびるだろうよ。具体的には顔の良さでカバーできる間抜け面にも許容範囲ってあったんだな。
「け、ケントさん、心臓が止まるかと思ったじゃないですか」
「すまん」
すまん。心の中でももう一度謝る。オルテンシア嬢とデボンが更にダイス女史を加えて和気藹々と喋ってる間にみんな持ち直したが、いつものようにヘルメットやらコートやらで個性を完全に殺したフル装備だったらこんなに早く落ち着きを取り戻せなかったんだろうな。今度からは気をつけよう。
「はー。まだ心臓がバクバク鳴ってる。突然人が出てくるってこんなに驚くんだね」
この場に居る人間の驚きようを観察してみると、一番驚いてるのがジルで次にグリシーネ嬢、王子様と嫉妬男さんが同じくらいで最後にオリザ嬢はもういつもと変わらないくらいまで平静だ。
「オリザ嬢はあまり驚いていないみたいだな」
「驚きましたけれど、魔法があるならそういうこともあるかなと」
そういやそうだ。結界の術封器を使えば結界内の人だけ見えなくすることもできるし、空間転移の術封器や魔法もあるとおっさんが言っていたような気がする。
「オリザ嬢、それは違う」
グリシーネ嬢と王子様と嫉妬男さんとジルで視線を交し合ったあとにジルがオリザ嬢の言葉を否定する。ジルはもうすっかりそういう役回りだな。デボンとダイス女史と話してるオルテンシア嬢がこっちに居たらジルとオルテンシア嬢のどちらが説明役になったかを考えるのはちょっと面白いかもしれない。
「確かに、急に現れたように見せることは術封器でも魔法でも出来る。ただ、どちらにおいても魔力の動きや目ではない感覚に気をつけていれば分かるものなんだよ。使い手や術封器の数に限りのある空間転移によるものでも、予兆は感じ取れるものなんだ」
俺とオリザ嬢とグリシーネ嬢がジルの説明で納得したと頷く。
「なんでグリシーネ嬢も今初めて知りましたって顔なんだよ」
「今初めて知ったもの。最近、魔法とかで隠してあるものが目に付くなと思ってたんだけど隠す為に使ってる力を感じ取ってたのかなって」
「前にそんなこと言って……あれもう一年以上前の話か」
オルテンシア嬢の体質の話をしてたときにグリシーネ嬢がおっさんとかダイス女史とか怖いって言って溜め込んだ力がどうのとか話した覚えがある。
「えーっと、シアの結婚式の日の話だから……一年と二ヶ月くらい前の話ね」
「制御どうなの? ジルはこわくないの?」
「ジルさんはあんまりこわくないかな。なんかね、尖ってない」
感覚的なものの話をしても他の人間には分かりにくいか。
「あと、そのスーツ着てるときのけんちゃんも……ああっ。デボンさんもそれ着てるからわかんなかったのか」
唐突に叫んだグリシーネ嬢に皆の視線が向く。気付いたらなんか凄い仲良くなってるオルテンシア嬢とダイス女史とデボンの三人も、オリザ嬢にさっきのデボンの登場がどれほど驚くものなのか説明していたジルと王子様と嫉妬男さんと教えられてたオリザ嬢の四人も、ぐりっとこっちに意識を向けている。
「おう、どうしたグリシーネ嬢」
「それ。そのけんちゃんがいっつも着てるスーツ。それ着てないときはけんちゃんもなんかすごい怖いもん。そのスーツがさっきデボンさんが出てきた理由でしょ」
一発でデボンの名前覚えてたのか。グリシーネ嬢すげえ。俺未だに嫉妬男さんの名前が覚えられない。やっぱりあとでARタグつけておこう。
名前はさておきスーツな。バレてもいいくらいのつもりで王城内でもステルス機能使い倒してた割りに全然気付かれなかったこのパワーアシストスーツな。でもそうか。同じの着てて同じように神出鬼没になるヤツが居れば一発で分かるけど、着てるのが俺一人だとステルス機能も属人的な力だと思われるのもおかしくないのか。
「ああ、このスーツはすごい便利なんだ。ヘルメットやコートも併せると完璧なんだが、さすがに顔も体格もわからないのはダメだっておっさんに言われててさ」
「ああああ、しかも初めて会ったとき言ってたし。『星の海を冒険しよう!』の基本兵装ってけんちゃんさらっと言ってたし」
すげえな。それ覚えてたって言うか思い出せたのか。
「そうそう。てっきり分かってて無視してるんだと思ってたわ」
「ケントさん、グリシーネ様はいったい……」
やっぱりジルがみんなを代表して、叫び始めたグリシーネ嬢がどうしたのかを俺に訊いて来る。といっても、淑女としてどうかというグリシーネ嬢の突発的な言動に慣れていないのはジルくらいで、他の面々はグリシーネ嬢が落ち着くまで待っている。
「うう……。あんなはっきり言われてた上に目の前で使われて気付いてなかったとは……。あれ? ってことは、けんちゃんもデボンさんと同じことできるの?」
「できるぞ」
「じゃ、そのスーツ着れば私もステルスごっこできるの?」
きらっきらした期待に輝く瞳でグリシーネ嬢が畳み掛けてくる。アップダウンというか感情の移り変わりが相変わらず激しい人だな。オルテンシア嬢の体質の影響受けずにこのハイっぷりはすごい。
「残念ながらそれはできないんだグリシーネ嬢」
とっさに否定したあとで思考速度を意識的に引き上げて理由を考える。ここで下手な事言ってプロイデス王国の正式装備になんてなるのはちょっとごめんだ。技術力がどうのとかじゃなくて自分の箸を勝手に他人に使われるみたいな気持ち悪さがある。自分用の食器類はできれば家族にも使われたくない人種なんだ俺。
「この基本兵装一式は俺のスキルで作り出してて……グリシーネ嬢以外にはわからない言い方になるけど、俺の配下ユニットじゃないと使用権限の付与が出来ない。つまり、俺の部下でもないヤツが下手に着込むとパワーアシストの反転を受けてまともに身動きも出来なくなる拘束具になる」
俺がぱっと考えたにしては上出来じゃないのこの言い訳。
「ぐぬぬぬ。じゃあ私もけんちゃんの部下になる」
何言ってんだ。
「リシー……」
王子様が右手をデコに当てて頭痛堪えてるじゃないか。術封器で頭冷やしてやろうか。
「今回の旅行の時間を捻出する為に学園の課題や稽古事を前倒しにしていた所為かもしれん」
俺のこいつどうしようの視線に気付いた王子様が見解を述べる。グリシーネ嬢は復学したんだったか。え、でもオルテンシア嬢はそんな忙しそうにしてなかった気がする。
「復学直後ということもあってリシー様は大変お忙しくされていらっしゃったので、それを更に前倒しするとなると……」
俺の視線一つでオルテンシア嬢が欲しい答えをくれる。心と心が通じ合ってる感じでいいな。でも王子様も視線だけで……単純に対人関係における観察力か。
「うーん。ちょっとハイになりすぎてて怖いし寝かせるか」
誰も反応できない内に右手の掌を駄々っ子グリシーネ嬢へと向けて沈静の術封器と微睡みの術封器のコンボを放ちささっと眠ってもらった。
「っと……オーシィ卿……」
グリシーネ嬢が崩れ落ちる前に受け止めた王子様が非難の視線を向けてくる。しゃーないやん。
「明日になればグリシーネ嬢も落ち着いてることでしょう。先ほどの水着の件も含めて、明日の朝食の際にでも明日の予定を決めましょう。皆さん、それでよろしいか?」
叱られる前に逃げるべく解散へ話を持っていく。やり方は乱暴だった自覚はあるが、徹夜明けテンションのグリシーネ嬢が心配だったのも嘘じゃないですよ。
「では、今日はここらでお開きにしましょう。皆さん、御緩りとお休みください」
反対意見がでなかったので強引にまとめる。
っしゃ。逃げるぞ。




