表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/54

33 あんま上手いこと言えなかった。

 結婚記念日にオルテンシア嬢を旗艦へ招待して夕食を一緒に摂ることが決まった翌日、オルテンシア嬢に変なことを吹き込んだ覚えはないかとグリシーネ嬢を問い詰めたものの心当たりはないと言われてしまって戸惑いや不安が加速したのも一ヵ月半ほど前のこと。今日はなんと、夕食にオルテンシア嬢を招待しよう計画の結構日の結婚記念日だ。オルテンシア嬢との結婚式からまるっと一年が経った日である。


 デート以来の一大イベントであることと、以前グリシーネ嬢に言われたオルテンシア嬢の気持ちについて正面から訊くつもりとあって、丸一日そわそわすると分かりきっていた俺はおっさんに休みを貰っている。一般的には大したことがない理由でも俺にとっては人生における有数の転換点だと言ったおかげか、そんなアホなことを言うほど危ない状態だと判断されたのか、理由はともかくおっさんは快く休暇をくれた。船で作った地球では高級品らしい酒を賄賂にしたのが決め手だろうかと邪推してはいけない。


 休みを貰って一日ずっと旗艦の自室でそわそわしていたが、とうとうもう少しでクリスとデボンがオルテンシア嬢を迎えに行く時間だ。朝に一度顔を合わせたときもオルテンシア嬢と視線を合わせられない緊張していたのは相手にもばれていただろう。オルテンシア嬢はアルカイックスマイルだったので、彼女も緊張してたんじゃなかろうか。


 ちらちら時計を見ては部屋の中を歩き回り、鏡に自分が映りこむたびこれで良いのかと不安になったり、コミュ障と素人童貞をこじらせると碌なもんじゃないなと冷静な部分で思ったり。落ち着きのない俺がなにをするか分からないと監視に就いたブルックは呆れた素振りすら見せず部屋の隅にずっと立っているが、多分ブルックも俺と似たようなことを思っているはずだ。




「今晩は、ようこそオルテンシア嬢。招待を受けてくれてとても嬉しい」


「今晩は、ケント様。私の方こそ、お招き下さりとても嬉しく思います」


 俺もガッチガチだがオルテンシア嬢もガッチガチだった。でもこれぞ盛装と着飾ったオルテンシア嬢はやっぱりとても良いと思います。

 こんなに気合を入れたオルテンシア嬢の装いは前回誘われた夕食の時なんて目じゃないくらい気合が入っており、これほどの盛装は披露宴に一度見たきりだ。俺じゃどうなってるか良くわからない感じに編みこまれたり結い上げられたり髪飾りを挿したりして豪華な髪型。普段オルテンシア嬢が地味な色合いの服ばかりのため一層華やかに見える、薄い青と緑のグラデーションが映える艶のある生地で仕立てられた刺繍や飾りの煌びやかなドレス。

 髪型もドレスも門外漢の俺には詳しい名前などわからないものの、おっさんの護衛で何度か見た王城の夜会でも覚えがないほどオルテンシア嬢が上品で美しいことは断言できる。冷静な部分の俺は惚れた欲目というが、冷静さはこんな時野暮だ。


 俺とオルテンシア嬢のぎこちない挨拶を無表情で眺めていたダイス女史が、どちらも動きが止まってしまったのを見て物理的な力を持たせた視線を俺の額へ突き刺した。血は出ていないが結構痛い。再起動係を押し付けて申し訳ないと思うがもうちょっと優しくお願いしたい。しかし、無言無表情のまま身振り手振りでエスコートして案内しろと教えてくれたので文句を言えようはずもない。


「じゃあ、その、食堂まで案内するよ」


 事前に第五世代組バイオロイド達に教えられた手順など吹き飛び、ARで進行予定を確認してオルテンシア嬢に声をかける。


「お願いいたします」


 俺の肘にそっと手を置いて言葉少なに応えるオルテンシア嬢だが、ワープ直後からずっとアルカイックスマイルなので緊張しているのだろうと思う。大丈夫。失敗したら多分ダイス女史が視線を突き刺して教えてくれる。


 二人ともが緊張しすぎて意図せずゆっくり廊下を歩きながら、この日の為だけにバイオロイド達が作り上げた調度品を観察するオルテンシア嬢の横顔を眺める。

 先生のレッスンを受け続けているのに未だに詩を詠んだりできない俺だが、やっぱり言葉遣いは脇においてオルテンシア嬢の装いへの賛辞を贈ったりした方が良かったんだろうか。鼓動と呼吸を制御して興奮や緊張を抑えているはずのなのに一向に頭がまともに機能しなくて困る。今更いつも以上にきれいですとか言ってもダメだよなきっと。


 プロイデス王国周辺では見ることのない植物や動物をモチーフにした調度品を不思議そうに眺めるオルテンシア嬢に俺が知る範囲で説明したり、ズルをしてARで解説を開いて抜粋したりしているとなんとか食堂に到着した。もうここをゴールにしたいくらい精神的に疲弊している。

 俺との夕食のために気合を入れてきてくれたオルテンシア嬢を眺めてるだけですでに幸せいっぱいだし、何か失敗しないか心配で同じくらい緊張して消耗がすさまじい。




 食堂に着いた後は向かい合って腰を下ろして、ささやかな会話ともに食事を楽しんだ。正直言うと折角バイオロイド達ががんばって作ってくれた力作揃いなのに味がまるでわからなかったものの、オルテンシア嬢と一緒にご飯食べてる幸福感で十分以上に楽しめた。

 オルテンシア嬢の方もプロイデス王国では見ないいくつかの料理も含めて楽しんでくれていたように思う。アルカイックスマイルも途中で普通の笑顔になってたしきっと大丈夫。


 食後、俺にとってはここが今日一番の山場となる。以前からずっと気になっていたオルテンシア嬢の好意についてを直接訊ねると決めていたのだ。その所為でずっと緊張しっぱなしですわ。

 惚れた腫れたや好き嫌いにおいて理由や根拠を求めること自体がナンセンスだとわかっていても、オルテンシア嬢の前で失態ばかりさらしている俺にオルテンシア嬢が好意を寄せているらしいのはとても居心地が悪い。俺がオルテンシア嬢に対してなんとなく引け腰なのも多分そのことが原因の一部だ。俺がヘタレでコミュ障と素人童貞こじらせているっていうのがイマイチ積極的になれない原因の大部分であることは否定しないがな。


「今更だと思われるだろうが、実は契約書に署名する日に初めてオルテンシア嬢を見て一目惚れした」


 食休みを挟んでオルテンシア嬢が落ち着いたのを見計らい、俺にとっては今日の本題といえる話を切り出す。俺の言葉が理解できていないのか、オルテンシア嬢はきょとんとして小首を傾げている。ええ、はい。確かに唐突ですね。


 オルテンシア嬢の俺に向ける気持ちがどうのという話をするなら、まずは俺のオルテンシア嬢に向ける気持ちについて明かすべきだと思ったが、気持ちを確かめたり明かしたりするのはもっと先のつもりでいた。しかし、夕食に誘ったときのオルテンシア嬢の嬉しそうな様子を見て、もっとあんな表情を見せてもらいたいと思ってしまった。万が一にもオルテンシア嬢が俺に向ける気持ちが恋愛感情でそこに含むものがないのなら、恋人として、ゆくゆくは夫婦としてもっと近しい距離で触れ合って生きたいと思うのは初めて会ったときから変わっていない。恥ずかしい勘違いで回り道をしたり、他人にとっては幼稚で下手糞なアプローチしか出来てない自覚もあるが、それでも俺としては本気で恋をしている。


 何を言ってるか自分でもわからなくなりつつそんな内容のことを一気に捲くし立てた。


「ちょっと支離滅裂だな。あー、とりあえずなんでこんな回りくどいことになったのかだ。おっさんに言われて偽装結婚相手としてオルテンシア嬢の資料を見たときは長く一緒にいたら情が湧くかなって程度の関心しかなかった。だから契約書にもくどい位念を押して夫婦らしいことや愛情を強制しないと盛り込んだ」


 自分の顔が赤いのは頬の熱さのでわかるし、俺が面と向かって赤裸々に内心を吐露しているせいかオルテンシア嬢の顔も赤い。顔を伏せて隠したいのを堪え、視線を逸らしたら何も言えなくなりそうで目を見つめたまま話し続ける。


「それが、丁度二年前の初顔合わせのとき初めてオルテンシア嬢を見て、オルテンシア嬢の纏う穏やかで心を落ち着けてくれる空気を感じて、一目惚れの意味を知った。他の人には感じたことのないその空気に、まあ、裏があるんじゃないか疑ったりしたし、貴女には興味がないって意図が透けて見えるように契約書を作った所為でどうやって距離を縮めたらいいかも分からなくて失敗や遠回りを続けたし、その努力が実を結んだとは思えないが、俺はオルテンシア嬢と恋人とか夫婦なんて呼ばれる関係を築いていきたいと思っている」


 オルテンシア嬢は俺をじっと見つめて何も言わない。俺の話がぐちゃぐちゃなのは確かだが、何を言いたいか伝わってなかったりすんのかな。


「で、えー、オルテンシア嬢と仲良くなる為のアドバイスをグリシーネ嬢に貰ったりしてたんだが、最近になってオルテンシア嬢の気持ちを直接訊いてみろと言われるようになって、人に内心を明かせという前に自分が相すべきだろうと、思い切って自分の気持ちを打ち明けてみた」


 毎度のことながら、俺が大事な話をすると尻すぼみになってしまう。

 うーん。言うだけ言ってちょっとすっきりしたからか多少頭が回るようになって気付いた。心の準備を整えて俺が気持ちを明かすのはよくても、それに対してオルテンシア嬢に同じことを求めるのはフェアじゃないよな。だって、オルテンシア嬢には用意をする時間が与えられてない。

 今日は俺の気持ちを伝えるだけで切り上げてしまおう。俺がどういう気持ちでオルテンシア嬢に接しているか知ってどうするかを決めるはオルテンシア嬢の権利だ。俺がオルテンシア嬢に好意を向けていてもそこに干渉する権利はない。精々が彼女の気を惹いて俺の気持ちを受け止めてもらおうと努力するくらいだ。


「あー……とにかく、俺はオルテンシア嬢が好きで、オルテンシア嬢に好きになってもらおうとこれからも努力を続けていきます。言いたい放題言って何だけど、今日はこれで――」


「あの、初めてお会いした時に一目惚れしたのは私なんです」


 つい逃げを打とうとした俺の耳に幻聴を疑うほど俺に都合のいい言葉が滑り込んだ。ええー。なにそれ。


「私の体質の副次的なもので、相性の良し悪しや相手が私に向ける感情などがわかるんです」


 波長が具体的にどういったものなのかは分からないが、その波長が合った相手と感情に影響を与え合うならその相手と上手くやっていけるのかを初対面で判断できてもおかしくない……のか?

 頬は赤いままだが、ちょっと申し訳なさそうに俯いてオルテンシア嬢は喋り続ける。


「ケント様が私を初めて見た時に感じたという空気は、私がケント様に感じたものと多分同じもので、おそらくは私の感じたものをそのままケント様に感じさせてしまったのだと……。ですので、一目惚れしたのは私で、ケント様は私の気持ちを押し付けられて……」


「俺を洗脳したような罪悪感がある?」


「ッ……。はい。その通りです」


 俺が歯に衣着せぬ物言いで問えば、オルテンシア嬢は息を呑んだ後静かに頷いた。

 

「確かに、あの衝撃は洗脳とすら言える強烈なものだったが、個人的には洗脳とは別物だと思う。俺がオルテンシア嬢に抱いた気持ちをオルテンシア嬢に悪用された覚えもないし、そもそも印象操作なんて大なり小なり誰もが意識的、本能的にやっている。俺は自分が抱いたオルテンシア嬢への気持ちに違和感を抱いて不信感を持って接した時期もあったうえで、オルテンシア嬢が好きだと言える」


 とまあ、俺がどう思うかを言ったところで結局はオルテンシア嬢が自分でどう思うかが大事だ。ズルをしている罪悪感を抱いたままじゃ素直に好き嫌いを口に出来ないのもなんとなくわかる。

 どうしたものかと俺が悩んでいる間もオルテンシア嬢は顔を伏せて何も言わない。ダイス女史も初っ端に俺への注意をしただけで、今日はずっと何も言わず顔芸も視線芸もしていない。


「じゃあ、あの神器。神器をつけたまま俺と触れ合って、その上でお互いに好意を……恋愛感情を持ち続けられたら、そのときはオルテンシア嬢の体質に刷り込まれたものじゃないって言えないかな。人が人に向ける気持ちなんて移ろいやすいものなんだしさ、あんま肩肘張って理屈詰めで考えても上手くいかないんじゃないかなと、俺はそう思うよ」


 あんま上手いこと言えなかった。


「これからは、恋人関係を視野に偽装夫婦を続けていただけたら嬉しく思います」


 オルテンシア嬢が口を閉ざしちゃって、ダイス女史も自分の出る幕はないと何か言う様子はないので〆に何か言おうと思ったんだが、やっぱり俺じゃ上手くいかなかった。

 そんな、残念な俺でも、オルテンシア嬢がしかたないなあとちょっと苦味の混ざった呆れた笑みを浮かべてもらえたのだから捨てたもんじゃないと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ