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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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31 うん。皆良い子。

「で、その後どうなのよ?」


 グリシーネ嬢がおっさんの執務室にやってくるなり出会いがしらに訊ねてきた。

 朝の出勤と夕の帰宅の際にオルテンシア嬢とちょっと話すようになって早一ヶ月。とても順調に仲良くなれていると思う。ダイス女史はたまに俺達が出来の悪い生徒かのように眺めているが、以前に比べれば飛躍的な進歩だ。だって毎日顔を合わせている。


「はぁ。アンタもシアもお似合いよー。どっちも毎日会うのが順調って……同じ家に住んでたら本来当然でしょうが……」


 なんでオルテンシア嬢に訊かず俺に訊いて来たのかと思ったら両方に聞き取りしただけの話だった。


「丁度良いから相談ごとがある」


 ここ数日、深刻とまではいかないものの悩んでいたことにアドバイスを貰おう。


「なーにー」


 淑女らしからぬ返答にもおっさんは動じない。さすが王様。基本的には淑女として振舞えるようになったグリシーネ嬢が、こういう面を俺やおっさんに見せる所為で外へ出して良いものか迷ってるとは面に出さない王様さすが。


「前にオルテンシア嬢に食事に誘ってもらったし、仲良くなれてると思うし、食事に誘おうと思うんだがどうだろう」


「さっさと行けよ……ごめん、今の言い方はない。言い直させて」


 飲みかけのカップに飛び込んだ虫へ向けるような視線で一瞬俺を見て反射的に辛辣な言葉を投げつけてきたグリシーネ嬢は、すぐさま前言を撤回した。咄嗟にそういうこと言わなくなったら完璧な淑女だ。がんばれグリシーネ嬢。


「はぁ……中学生でももっとマシな恋愛してるわ……。とりあえず、お店とか決めたの?」


「俺んち」


 あ、やべ。まあ大丈夫か。おっさんは俺があの屋敷で生活してないと察していたし、グリシーネ嬢も俺達の良くわからない距離感に納得できるだろう。


「アンタんちってあの屋敷じゃないの? シアと一緒に住んでるんでしょ?」


「あの屋敷に帰ってる風に見せて、実際は別のところで寝起きしてる」


「別居してるって事? あー。納得したわ。なんかシアの話に違和感あると思ったら、そういうことか」


 おう。扇か罵声か冷たい視線を警戒してたのになにもなかった。一層不安になる。

 暫しの沈黙。おっさんのカリカリペラペラやる音しか聞こえないまま数分経ち、やっとグリシーネ嬢が口を開いた。


「その別居って言い出したのアンタでしょ」


「そもそもの契約書に書いてある」


 断定的な問いに端的な答えを返す。


「やる気――はあるのよね。元々シアに恋愛感情があったわけじゃなくて、事前に用意してた契約書なんだし」


 扇を振りかぶって何とか堪えたグリシーネ嬢。この人、淑女としての成長に比例して暴力的になってないか。前はこんな人のことすぱんすぱん叩く人じゃなかったよな。


「うーん。家に呼ぶのかあ。アンタらって恋人未満とすら言えないのよねぇ……」


「家に招いての食事くらい何の問題もなかろう。未婚の男女でもお目付け役がいればよくあることだ。お前達の場合はダイス女史だな」


 すぐ側で俺とグリシーネ嬢がわいわいやっていても気にしないおっさんがプロイデス王国貴族としての見解を述べる。


「そっか。シアは小さい頃から淑女教育受けてる本物のお嬢様だもんね。ってことで、紳士的に食事を振舞うならオッケーみたいよ」


「わかった。ありがとうグリシーネ嬢。おっさんもありがとな」


 そんなこんなでオルテンシア嬢を夕食に招待する計画がゆるゆると発進した。




 俺の普段の朝と夜の食事は第五世代組バイオロイドの四人だ。朝は簡単に見える物を作るのがルールになっているそうで、夜は一日を丸ごと仕込みに使うぐらいの勢いで作るのも個人の裁量に任される。四人ともがほぼ毎回、部下数人とともに一日を費やして料理するのは必然だ。至らない上司で本当にごめん。いくつか研究開発のグループ作っても暇気味の子がまだいるのは俺の責任です。


 俺の無能上司ぶりは脇に置き、バイオロイド達の作る料理は地球の食材を使った地球のものがほとんどだ。俺の好みが日本で一般的に食べられているものというのが理由の六割で、残りの四割はこっちで味を楽しめる状態のときにまともなものを食った記憶がない俺の所為だ。


 こっちに来た当初、スーパーパワーの『星の海を冒険しよう!』を気付けば持っていたものの、使い方がよく分からないうえに力も弱くて第一世代の基本兵装くらいしか使えなかった。つまり各種宇宙船を建造も召喚もできず、今のように船で飯を食べるなど出来なかった。そして普通に飯を食べようにも金がなく最底辺の食事で凌ぎ、稼げるようになった頃には船で自炊をしていた。因果関係としては船を使えるようになったおかげで稼げるようになったというのが正しいが、ともかくこのときにはもうコミュ障を拗らせていたので店での売買すら苦痛になっており、出来る限り人と接する機会を減らすべく大量に買い込んでは神様の鍛錬場に潜ったり、地上で宿をとっても実際は船で休養したりほぼ引き篭もりが完成していたのだ。


 おっさんと知り合った後も人といる時は飯がのどを通るような精神状態ではないほどのコミュ障へと至っていたり、ホモ・サピエンスを卒業していたので食事の回数も量も減っていたりと飯を食べる機会が激減していた。

 おっさんに雇われて少しずつコミュ障が改善され、船でバイオロイドに飯を用意してもらうようになったら今度は王城へ来て毒殺されかけ、船の外での飲食は自前で用意したものに拘るようになった。


「事情を説明し終わったので、本題に進もう。オルテンシア嬢を招待する食事の内容はどうするべきか」


「んー……作法はシアの好きにさせて、こっちの料理と似てるヨーロッパの料理にしたら?」


 オルテンシア嬢を食事に招待したい計画がゆるゆると発信した数日後、オルテンシア嬢のことで困ったらグリシーネ嬢を頼るという俺の中で確立されたマニュアルに従い、俺がこっちの料理に詳しくないことと地球の料理ならそこそこ再現できることを伝えて料理はどうすれば良いかを相談してみた。船やバイオロイドはあからさまに誤魔化しているので問題ない。


「それで良いかなって思ったんだけど、丼パーティーやったときとか、タコヤキパーティーとかオルテンシア嬢は結構食いつき良かったよな。日本のああいう系も混ぜられないかなって」


「最初っから高望みするんじゃないの。まず一回目を確実に成功させて自信をつけなさい。二回目はゆるい感じでアンタの好きなものとかテキトーに並べればいいじゃない」


「飯マズの大多数は基本を疎かに自己流アレンジを加えるって話と似てるな」


「そーゆー上手いこと言ったみたいのいらないから。ほら、あとは帰って一人で考えな。今日は閉店ー」


 グリシーネ嬢に至極真っ当なアドバイスをもらえたので手堅く行こうと踏ん切りがついた。またそのうち日本の食べ物を差し入れしよう。思い返したら、最後は丼パーティーだった。世話になってる割に還元していないと罪悪感に苛まれたのでARのメモに書き込み、あまり離れていないテキトーな日にアラームをセット。これで一回忘れても思い出せるだろう。




 大枠の方向性は定まったものの、俺はテーブルマナーが確りしている感じの料理を地球で食った覚えがない。ならば頼れる人も居るのだし頼れる人に頼るべきだ。


「そんなわけでみんなに助けて欲しいんだけど、なんとかなりそうかな?」


 俺より高スペックな第五世代組バイオロイド四人とテーブルを囲んで焼き芋を食べつつ相談する。最近は人に聞いてばっかりでちょっと不安になる。もうちょい自分の頭で考えるべきか……でもそれで失敗しまくりだったし……。


「プロイデス王国のテーブルマナーでも問題なく食べられる地球の料理ですね」


 考え事に沈み込もうとしていた俺をアルの声が引き戻す。四人のリーダーっぽい感じで率先して話を進めたりしてくれる。良い子だ。


「それ以前に、オルテンシア嬢を船へ引き入れるリスクは許容範囲だと判断されたということでよろしいのですか?」


 わざわざ前提を確認するブルックは真面目で良い子。そんなこともわからんのかとか言われそうで俺だったら言えない。


「俺のプライベート区画を見るだけだと宇宙船にいるとは思えないだろうし、窓枠もシャッター下ろしておけば変に思われないんじゃないか」


 俺のこだわりにより、俺の艦隊に属する船はほとんど窓がない。窓っぽい見た目で船外カメラの撮った映像を映すモニターばかりだ。本当の宇宙船でこんなつくりにしたら問題も出るかもしれないが、ファンタジーパワーで作った船だし問題が起こったらその時にどうするか考えるつもりでいても問題は起こっていない。

 オルテンシア嬢を招待するのは夕食にするつもりなので、その窓枠モニターにシャッター下ろした映像でも映しておけば鎧戸閉めてる感じできっとなんとかなる。


「私達はプロイデス王国の料理も作れますが、地球の料理のみでメニューを組み立てた方が良いですか?」


 俺の大雑把な推測に納得したのかしてないのか、頷いて口を閉ざしたブルックに代わってクリスが次の質問をしてくる。クリスは一番早く俺への接し方をフランクな感じにしてくれたが、大事なことを話すときは上司と部下のものにしてくれる。気遣いのできる良い子。

 クリスが良い子なのは知っていたが、うちのバイオロイド達がプロイデス王国の上流階級が食べる料理を作れるとは知らなかった。


「まじで? お前らいつの間にこっちの料理なんて覚えたの? 外出る時っていっつも俺と一緒じゃん?」


「使用人組の子達のうち、キッチンを担当している子達が覚えたものを私達も身につけました。その子達はハウス夫妻が手配したプロイデス王国の料理人に教わりましたし、オルテンシア嬢も毎日満足してくれているそうです」


 そうね。オルテンシア嬢のご飯を用意してるのって俺が屋敷に配属したバイオロイドだったわ。

 いやん。料理どうするか悩んでた俺って間抜けじゃないですかー。


「至らない上司で恥ずかしい限りです……」


「それは今更なのでおいておきましょう。オルテンシア嬢を招待する夕食の料理はどうしますか? 基本はプロイデス王国の食材を使ったプロイデス王国の料理にして、何品かを地球の食材で作った地球の料理にすれば無難かと思いますが」


 辛辣なことをすぱっと言うのはデボン、嫌われやすいことと嫌われそうな言い方で言うようになったのは多様性を大事にしたいからだと前に正直に教えてくれた。嫌われ役を自ら進んで買って出てくれた良い子。

 うん。皆良い子。


「よし。今回は手堅く行くと決めているので、デボンの案を採用する。地球の料理のみの食事に誘うのは次回以降だ」


 俺が最終決定を下すとそれぞれが了承の言葉を返してくる。

 さて計画を詳しく詰めようとなって、最初に決めるのはいつ招待するか。


「決められるところは今決めちゃいたいけど、オルテンシア嬢の予定を訊かないといつにするかは決められないし、役割分担だけ決めてあとは次に持ち越しかな」


「ケント様、このクリスめに妙案がございますれば」


「ほほう。クリスよ、妙案とな。言うてみるが良い」


 クリスの、言葉遣いとは裏腹に表情は茶目っ気たっぷりというよくわからない小芝居に付き合ってみる。他の子がこういうことやらないのは単純に個人差かなあ。


「ははあ。一月半後にはケント様と奥方様の結婚記念日なれば、その日に合わせるのはいかがかと愚考いたします。でも、プロイデス王国での結婚記念日がどういうものかはちゃんと調べた方が良いと思います」


「危ない。結婚記念日忘れてたわ。ありがとうクリス」


 でも小芝居するならキリの良いところまでやろうや。喋ってる途中でやめられて一瞬困ったじゃないか。


「サプライズは前に失敗している以上、ちゃんと確認取らないといけないな。なにより、大事なことは話し合うってオルテンシア嬢と決めてる」


 先にジルとかグリシーネ嬢とかおっさんに訊いて反応次第でサプライズにするのも……やめておこう。今回は手堅く行くと決めたのだ。余計な冒険心はしまっておこう。


「じゃ、明日の朝にでもオルテンシア嬢に訊こう。会議はこれにて終了。焼き芋食べよう」


 途中で放置気味になっていた焼き芋をみんなで楽しむ。プロイデス王国はまだ焼き芋の季節には早いというか初夏目前だが、美味しいものはいつ食べてもだいたい美味しい。

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