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【未完】偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第一章 そこではじめて会ったビジネスライクな結婚をする相手に一目惚れをした。

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30 できたら朝の行ってらっしゃいと夜のお帰りなさいをセットでお願いしたい。

 先生の社交術レッスンで唯一まともに及第点をもらえたテーブルマナーが初めて日の目を見た。自覚できる大きな失敗はなかったし、何よりオルテンシア嬢と向かい合っての食事は良いものだった。気分は上々。

 食後は場所を移して談話室でまったりタイム。オルテンシア嬢とダイス女史曰く、昨夜のオルテンシア嬢が俺の幸福感に中てられてへろんへろんになったのは、彼女の私室というリラックスしやすい場所であったことも要因の一つに考えられるそうだ。なので俺が神器を用意したとはいえど、できる努力はしておこうと今日は談話室で話し合いをしようと相成った。昨日俺が何を感じてたのかバレテーラ。やだ恥ずかしい。


「こうやって心休まる時間を過ごすのも捨てがたいが、今日は先に昨日から言っていた件を話し合おう」


 オルテンシア嬢とダイス女史と三人で過ごす静かな一時を切り上げるのはもったいないものの、心地好い時間を満喫していたらまた延期してしまいかねない。正直、それを口実にこうやって一緒に居る時間を作ってもらえないかなとか思わなくもないけど、それは不誠実だ。やるならぐわっと行ってどばっと散ろう。


「はい。昨日から仰られていた件ですね」


 今の今まで弛緩した空気をまとってにこにこしていたオルテンシア嬢がアルカイックスマイルで確認してくる。

 怒ってない大丈夫大丈夫。きっと緊張してるだけ。


「どこから話せばいいのかわからないし、まずはわざわざ時間を作ってもらうことになったきっかけを最初に説明しよう」


 三日前の夜に屋敷へ帰った時、オルテンシア嬢が出迎えてくれて以前より仲良く慣れていると感じたこと。出会ってからの月日を考え、オルテンシア嬢の誕生日を忘れていたりジルとの関係を誤解させたままだと気付いたこと。誤解を二ヶ月以上も放置して自力で解決できる気がせずグリシーネ嬢に相談したこと。


「それで、お互いに言うべきことも言いたいこともいえない状態を俺が作ってるのが根本的な原因だから、ちゃんとそれぞれの意思を伝え合う場を早急に設けなさいとアドバイスされた次第です」


 うむ。内心を赤裸々に伝えるのがとても恥ずかしくてつい敬語になってしまう。顔が熱いし走り出したくなるような据わりの悪さでもぞもぞする。


「ロゼネージュ家のジルという方は、『雪薔薇』のジーレンディーネ様しか私には心当たりがないのですが……」


 俺の話が一区切りついたところでオルテンシア嬢が丁度良い質問を挟んでくれた。ナイスアシスト。


「そう。『雪薔薇』って呼ばれてる、元ジーレンディーネ嬢。現ジールダイン公子」


 当時ジーレンディーネ嬢の失踪の捜索に赴いたこと。数日で発見し、当初の目的を完遂した後ジル(女)と親しくなりジル(女)の鍛錬に協力を申し出たこと。順調だったり順調じゃなかったりで神様の試練をジル(女)が突破し、男になったこと。ついでに王都へ買える前に貴族としての感性を有しているジル(男)にオルテンシア嬢へのお土産を選んでもらったこと。そのお土産に対するオルテンシア嬢の反応が芳しくなかったのでジルに相談したら鳥かごを作り直して贈ってはどうかとをアドバイスしてもらったこと。


「ではあの鳥かごの置物は、男性となったジールダイン様の助言をお受けになってのものだったのですか?」


 さらっと一回出ただけのジルの名前を聞き逃さず覚えてるとかさすが貴族。


「そう。作りなおした鳥かごの置物に対するオルテンシア嬢の反応が良くなかったように見えてジルに報告に行ったら、まだ世間的にはジルは女であって他所の女の意見を汲んだ家具や室内装飾なんて家に置くのはその女が恋人の証拠だと教えられました」


 しかし、オルテンシア嬢はこんな突拍子もない話を連続でされてよく信じられるなあ。


「その後にすぐグリシーネ嬢のお叱りを受けて……ああ。その時にオルテンシア嬢に恋人がいないって知ったんだったか」


「え?」


 オルテンシア嬢には珍しい、咄嗟に疑問の声がこぼれた感じで訊き返された。淑女としてははしたないのでちょっと顔が赤くなった。


「あー、その、話が前後するんですが、ジルの捜索のため出張する少し前にオルテンシア嬢に恋人ができたようだと勘違いしまして……」


 屋敷へ帰る途中馬車とすれ違い、直後にエントランスで出くわしたオルテンシア嬢が人を出迎えるには相応しくない格好だったのでお忍びで屋敷を訪れていたグリシーネ嬢を恋人だと勘違いしたこと。学園に通っていると知らず、日中に出かけているのはその恋人とデートをしているんだと勘違いに勘違いを重ねたこと。


「あの、ちょっと、ちょっとお待ちください。あの日あのようなはしたない姿で居たのはですね、リシー様の助言を私が勘違いしただけであのような姿を他の方にお見せするわけではなく」


「はい。オルテンシア嬢に恋人がいたというのは俺の勘違いだったと今では理解しています。あれ? でも三日前も昨日も似た格好で出迎えてくれたよね。あれなんだったの?」


 半年前の俺が勘違いしたきっかけの話になるとオルテンシア嬢が顔を赤くして早口に事情を説明し、俺が三日前と昨日のことを訊ねると更に顔を赤くした。プロイデス王国は基本的に女性に貞淑さを求める気風が強いし、そのうえ上流階級で淑女たれと育てられたはずのオルテンシア嬢にはやっぱりはしたないなんてレベルじゃないくらいには恥ずかしい格好だよね。うん。何でそんな格好を三回も見せたのかというね。


「あの、私、リシー様に、あの」


 真っ赤な顔を両手で隠し俯いてしまい、会話が成り立たなくなってしまった。

 昨日は別として、半年前も三日前も俺が大した反応を見せなかった所為でどっちの時も羞恥心を堪えられたものの、今更になって穿り返されて恥ずかしさがぶり返したとかそんな感じかなあ。俺も失敗談をスルーされて後になって蒸し返されたらこんなんなりそう。

 どうしたものかとダイス女史に視線を向ければ、我関せずと見事な姿勢で椅子に座ったまま目を閉じていた。いや、助けてくれよ。




 オルテンシア嬢の再起動には一時間を要した。よくそんな長続きするななんて思ってない。思ってても言わない。その間の俺とダイス女史は、何をするともなくぼうっとしたりダイス女史の淹れてくれた紅茶を味わったりと穏やかな時間を過ごした。


「オルテンシア嬢がかなり強く感情を刺激されたのに、俺もダイス女史も影響がないな。さすが神器と言ってもいいのか、今回は神器に関係なくなにもなかっただけなのか。一度じゃ答えが出るはずもないか」


「そうですね。ですが、これほど感情の動きが大きかった際には今まで大なり小なり私は影響を受けていましたので、神器が効力を発揮していると私には思えます」


「私自身は自覚できる違いは何も……」


「ま、とりあえずは使い易い形で使い続けてみてくれる? 身につけていた間と身につけていない間と同じ日数でオルテンシア嬢の体質の影響があった回数を比べれば意味がありそうだくらいはわかるでしょう」


「はい。畏まりました」


 神様にもらった神器に関しては現状どうしようもないな。神様がくれた物だし、ちゃんと機能しているとは思うんだけどな。


「さて、なんで時間を作ってもらったかの経緯も説明したし、誤解も解け……解けたかな?」


「はい。ジールダイン公子とはご友人でいらっしゃるのですよね」


 オルテンシア嬢がちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「じゃあ、次は昨日も最後に少し話したこと。俺の気遣いの仕方が的外れ気味なのをどうにかしたくて、できればオルテンシア嬢からの要望を言ってもらえる機会を作っていきたい。毎日は負担が大きいだろうから三日や五日に一回くらいで、夕食後の今みたいな時間とか、朝や夜の食事を一緒に摂るのでも良いし、出掛けや帰宅時にエントランスでちょっと顔合わせるのでも良い。どれか都合のいいタイミングはあるかな? 今言ったのじゃなくても、オルテンシア嬢の都合にあわせたい」


 どきどきだ。これで伝言を使用人に預けるので問題ないでしょうなんて言われたら灰になる。でも、できたら朝の行ってらっしゃいと夜のお帰りなさいをセットでお願いしたい。


「わがままをお願いしても良いでしょうか?」


 俺がどんな返答をされるかと身構えていると予想していなかった問いを返された。

 何かを決心したような、思いつめたような、しかし毅然とした面持ちだ。視界に隅に映るダイス女史は囃すように右手で拳を作って振り回す。見えるようにやってないかこの人。


「大抵のことは何とかできると思う。何でも言ってみてほしい」


 俺に出来なくとも第五世代組バイオロイドなら多分どうにでもできる。それになんたって女の子にわがままを言われるのは男の甲斐性だと思う。『わがまま言っても良いかな』って事前に言われるのが高ポイント。言う方は明言したって免罪符が得られるし、言われた方はわがままだと自覚してもお願いされるくらい頼られてるんだって気になれる。少なくとも俺はオルテンシア嬢に言われて嫌な気になるどころかやる気が漲る。俺チョロい。


「その……毎日お会いする時間をいただけたらと……」


 腕を振り回していたダイス女史が勝者のように両手を天に掲げ、直後に楚々とした仕種でお茶を飲み始めた。オルテンシア嬢よりダイス女史のほうが気になって仕方ない。

 努力して意識をオルテンシア嬢に戻し、提案を吟味する。俺としては手放しで受け入れてひゃっほいだが、オルテンシア嬢の方ではどうなのか。毎日少し顔を合わせるなら朝夕の見送りと出迎えが丁度良さそうで俺の希望ともかみ合う。


「短時間とはいえ毎日となるとオルテンシア嬢の負担にならないかな?」


 突き刺さる『このヘタレが』と意思の篭められたダイス女史の視線。視線に物理的圧力を持たせて突き刺すのはやめて欲しい。ホモ・サピエンスならほっぺに痣ができる勢いで押し込んでるじゃないですか。


「毎日お会いできたら、私は嬉しいです……」


 え、これどういう意味で捉えれば良いの。唐突に言われても裏があるようにしか思えない。今までも好意的ではあったけど恋愛に繋がる好意だったかというと俺には判断できませんわ。

 助けを求めようにもダイス女史はそ知らぬ顔で干し肉かじってる。塩辛いだろ。

 ダイス女史にサラミやチーズと辛口の酒類を差し出し、オルテンシア嬢に向き直る。


「俺も毎日オルテンシア嬢の顔を見られるなら嬉しい。負担になりそうだったらまたどうするか話し合おう」


「はい」


 とても嬉しそうな微笑みで頷かれた。普段のオルテンシア嬢は俺が思っているよりも子供っぽい言動だったりするんだろうか。たまに見せる無防備な表情が幼くてかわいらしい。


「毎日時間を作るとしたら、朝夕の俺が屋敷に出入りする時が良いかな。エントランスに入る前に余裕を持って報せるよ」


「できれば夕食を一緒に……その後もこうやって……いえ、はい。朝夕の二回ですね」


 前半のもごもご言ってる部分も聞こえたが突っ込む勇気はない。意識すれば三百メートル以内の人間の心音を聞き分けられるくらい耳の良い俺だがきっと聞き間違いだろう。だって途中でぱきっと音がしそうな変化でアルカイックスマイルになったし。

 ダイス女史がオルテンシア嬢に魔法をつかって何か話かけているのも俺の気のせいだ。ダイス女史は相手の耳周辺の空気を振動させて自分の言葉を聞かせることが出来るのか。器用だな。それに対するオルテンシア嬢は無理とだってしか言っていない。

 大人しく待とう。


「お待たせしてしまい申し訳ありません、ケント様。朝夕の一日二回、エントランスでお待ちしております」


 オルテンシア嬢は真っ赤な顔にアルカイックスマイルを貼り付けて、震えそうな声でダイス女史との言い合いの結果を宣言した。ダイス女史は不満そうだが、もうやめてあげて欲しい。表情は変わらないのに泣きそうな目で見られたりして俺の精神も疲れきっている。


「わかった。報せる手段は……ダイス女史、これを手に持ってくれるかな」


 細い銀紐を唐蝶結びにした飾り紐を手渡す。


「紐を編んだ飾り物ですか? あまり見たことのない様式ですね」


「見た目はともかく、それは遠隔から魔力を供給する術封器なんだよ」


 気ままに物を作らせているグループのバイオロイドが作った術封器だ。どういった魔法が篭められているか忘れたものの、用途は覚えている。遠くから注がれた魔力の受け皿になるだけでその魔力を使う機能はない。


「少し俺の魔力を流し込んでみるから、感じられるか教えてくれるかな?」


「はい。旦那様の魔力を感じ――」


「ひうっ」


 素っ頓狂な声を漏らしたオルテンシア嬢に俺とダイス女史の視線が向けられる。


「わ、忘れてください。なんでもないんです」


 また真っ赤になった顔のまま説得力のない言葉で誤魔化すオルテンシア嬢。

 俺とダイス女史は無言で頷き合ってそっとしておくことが決まった。多分ダイス女史がそれとなく聞き出してくれるだろう。

 とりあえず話し合いの主題は済んでいるし、オルテンシア嬢がとても居心地悪そうにしているので、飾り紐の術封器を使った合図を決めて今日は解散と相成った。

 終わりは微妙になったとはいえ、明日からは朝夕二回顔を合わせることができる。少しずつ距離を縮められるようにがんばろう。

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